CONGRATULATIONの文字が空に浮かび、わずか十日で二層はクリアされた。
この戦いの功労者は、誰がどう見てもネズハであった。
リンドはネズハを労おうとしたが、未だネズハがソロであった事に気付いて、謝罪した。
「すまない、ごたごたがあったとはいえ、君をレイドメンバーにも加えず、
ソロのまま戦わせてしまった。本当に申し訳ない。ところで君は……」
「リンドさん。そいつ、最近噂になってた鍛治屋だぜ」
リンドがネズハに素性を問いかけようとした矢先、隣にいた男が横から声を掛けてきた。
ハチマンはそれを見て、以前ネズハに武器強化を頼み、失敗した男である事に気が付いた。
(あれは確か最初にネズハを見かけた時の依頼主か。
このままうやむやになればそれはそれでと思ったが、やっぱそういう訳にもいかないよな)
その男、どうやらシヴァタというらしい、は、そのままネズハと話し始めた。
「お前、この前俺が武器強化を頼んだ鍛治屋だよな?なんでいきなり戦闘職やってるんだ?
なんでいきなりそんなレアなドロップ武器持ってるんだ?
そもそも鍛治屋だけでそんなに儲けられるもんなのか?」
ハチマンはその言葉を聞き、シヴァタが既にネズハを疑っている事に気が付いた。
(こうなるとこれはもう、何らかの責任が追及されるのは確定だな。
最悪の状況だけはなんとしても避けないといけないが)
ハチマンの想定する最悪とは、もちろんここにいるメンバーによる、ネズハの処刑だった。
それだけは何としても避けなければならない。
だが、これだけの犯罪行為を安易に擁護するわけにもいかない。
この状況で、俺が守りたいものはなんだ、と考えながら、
ハチマンはさりげなくレジェンドオブブレイブスのメンバーの隣に移動した。
アスナとキリトもハチマンに続き、三人は事の成り行きを見守っていた。
「アスナとキリトはどう思う?」
「私は、この件に関わった人が皆納得できればいいと思う。難しいのかもしれないけど」
「俺はネズハの頑張りを知ってるからな……何らかの償いが終わった後に、
心機一転他のチームでやり直して欲しい」
「被害者には必ずなんらかの助けが必要だよな……心を救うって難しいな」
全員が注視する中、ネズハはシヴァタに土下座し、自分の罪を全て告白した。
レジェンドオブブレイブスの仲間達の事は全て伏せたままで。
「ふざけんな!お前のせいでここに来れなかった奴が何人もいるんだぞ!」
「この裏切り者!」
場は一時騒然としたが、シヴァタが軽く手を上げ、それを制した。
周囲は重苦しい雰囲気に包まれていた。
当事者であるシヴァタの言葉を待っているかのように。
「俺の剣はまだ残っているのか?」
「すみません、全部売ってコルに変えてしまいました……」
「では、コルでの金銭的な保証は可能か?」
ハチマンは、その言葉に驚いた。
(まじかよすごいな。怒鳴り散らしてもおかしくないのに、強いな)
「すみません、飲み食いや高い宿に泊まって全部使ってしまいました……」
「そうか……」
「いい加減にしろ!豪遊してただけだっていうのかよ!」
「お前何様のつもりだよ!」
(あいつ、やっぱり一人で全部かぶるつもりなんだな)
再び場は荒れた。ハチマンがちらりと横を向くと、
レジェンドオブブレイブスのメンバー達は、顔面蒼白だったが、動く気配は無かった。
(ちっ、こいつらには期待できないか)
ハチマンは、アスナとキリトを呼び、こっそりと話しかけた。
「アスナ、キリト。落とし所をどう思う?」
「連帯責任しかない」
「私ももうそれしかないと思う」
「でもネズハは多分、仲間をかばいたがってるよな」
「そこなんだよな……ネズハ一人が仲間のために罪を全て引き受けようとしているのに、
俺達が余計な事をしてあいつの気持ちを裏切るのもな……」
「ネズハ君、大丈夫かな?」
「穏便な処置なら静観でいいかもしれん。納得は出来ないけどな。
だが、エスカレートするようなら……」
「何か手はあるのか?」
「無い事もない。とりあえず隣のあいつらを自首させる」
「出来るのか?」
「ああ。とりあえず二人とも、俺が何か聞いたらちょっと大きめの声で答えてくれ」
二人は頷き、その後ハチマンが、隣に聞こえる程度の大きさで言った。
「なあ、アスナ、キリト。お前らその武器、いくらでなら売る?」
「俺はそうだな……二十万コルくらいか」
(おう、ふっかけやがったなこいつ)
「私は絶対売ら……あっ……そうだね、私もそのくらいかも」
ハチマンに目配せされ、アスナは慌てて言いかえた。
「そうだよな。そのくらいにはなるよなやっぱ。
しかしそんな大金飲み食いと宿だけで使えるもんかね?」
「そうだな……使ったっていうなら使えるんじゃなのか?」
「ちょっと私達じゃ想像もつかないよねー」
(うまいぞ二人とも)
「今度鼠に調べてもらうか。俺もちょっと興味あるわ」
その三人の会話を聞いて、心なしか、隣から息を呑む気配がした。
(よし、種だけは蒔いた)
前方に目を戻すと、どうやらリンドが、穏便な解決方法を示そうとしているようだった。
「それじゃ、とりあえず今後徐々に返してもらうとして、
これからは攻略でしっかりと働いて……」
その時、キバオウ隊の中から誰が突然叫んだ。
「待ってくれよリンドさん!俺聞いた事あるぜ!
そいつのせいで武器を失って、弱い武器で無理をして死んだプレイヤーの噂!」
(くっ、想定はしていたが、やっぱりこうなるのか)
そのプレイヤーの一声で、その場は一気に断罪の場に変わった。
「なんだよそれ!人殺しじゃないか!この人殺し!」
「PK野郎!死んで償え!」
「死ね!」
この場はもはや、ネズハが犠牲にならないと収拾がつけられない雰囲気で満たされていた。
「ハチマン君……」
アスナが泣きそうな目でハチマンを見つめていた。
「アスナ、大丈夫だって。ハチマンがいるじゃないか」
キリトは落ち着いていた。ハチマンを信頼しているように。
「こういうのは俺に任せろ。その代わり戦闘じゃ、お前を一番信頼してるぜ。相棒」
ハチマンはキリトにそう声をかけ、アスナの頭を軽くなで、前に出ていった。
ハチマンは、まずリンドに話しかけた。
「ちょっといいか?」
「あ、ああ、ハチマンか。すまん礼を言うのが遅くなった。今回はありがとう、助かったよ」
「いや、こっちこそ、情報がぎりぎりになってしまい、すまなかった。
みんなを危険な目にあわせてしまった」
ハチマンは、ぐるっと周囲を見回し、軽く頭を下げた。
周囲の目は、どうやらハチマンに好意的に見えた。
ハチマンは、これならなんとかなりそうだと思った。
「横からすまん。皆も知っての通り、そいつを連れてきたのは俺達だ。
一時的にでも一緒に戦ったせいで、こいつに助けられた事も何度かあった。
あ、いや、勘違いしないでくれ。正直今の話を聞いたら、こいつをかばう気にはなれない。
だがそういった事情で、そいつにはいくつか借りがある。そこでだ。一つ提案がしたい」
今回の功労者の一人であるハチマンに言われたためか、一応聞こうという雰囲気になった。
「こいつを罰したい気持ちはよくわかる。が、俺は正直目の前で人が死ぬのを見たくない。
そこでだ。ここからが提案なんだが、お~い、鼠!ちょっと来てくれ」
ハチマンはアルゴを呼び出し、一堂に聞こえるように言った。
「武器が破壊された奴のリストを、今俺に渡してくれ」
「そんなもの、あるのか……?」
「まさか鼠とグルなんじゃ……」
「実はな、俺も武器強化の失敗で武器が壊れるところを見た事があってな。
だから、そんな可能性があるのかどうか、鼠に依頼して調べてもらってたんだよ。
俺もちょうど強化したかったからな。まあ頼んだのは、何件くらいあったかだけだが」
「その調査なら確かにもう済んでるぞ。ボス絡みのゴタゴタで、渡しそびれてたけどナ」
アルゴに今回の件の調査を頼んだのは事実だったせいか、その話はスムーズに進んだ。
「今回聞きたいのはその先の情報だ。みんなも知っている通り、この鼠はプロだ。
この中にも何人か、情報を買った者がいると思うが、情報は全て正確だったはずだ。
そして、まだあいまいな情報が取り扱われた事は無かったものと思う。そこでだ。
鼠、強化に失敗した人間の、その後の情報はあるか?」
「あるぞ。情報料は、今回はタダにしといてやるよ。
ボスの情報集めを手伝ってもらったのと、相殺だナ」
その返事を聞き、ハチマンはみんなに語りかけた。
「これでおそらく、誰か死んだ者がいるかどうか確実な情報が得られると思う。
これを見てから判断しようじゃないか。もしあれだったら、追加調査で……」
ハチマンが核心の言葉を発し、レジェンドオブブレイブスの方をちらりと見た。
リーダーのオルランドは、追加調査という言葉が出たか否かのタイミングで、
意を決したように、こちらに歩いてくるところだった。
(よし、決断したようだな。しかしネズハを殺す可能性もある。近くで警戒するか。
犠牲者がいないのはアルゴに聞いて知ってるしな)
ハチマンは一歩後ろに下がり、リンドに目配せをして、
レジェンドオブブレイブスをあごでさした。リンドはそれに気付き、尋ねた。
「今度は君達か。どうかしたのか?」
レジェンドオブブレイブスの五人は、ネズハの横で同じように土下座をし、
自分達も仲間だから一緒に裁いてくれと、罪を告白し始めた。
「ハチマン、お疲れ」
「ハチマン君、ありがとう」
「おう、今すぐ帰って休みたい気分だわ」
「相変わらずだな」
「ハチマン君らしいね」
「しかし、あのタイミングだと、あいつら俺のブラフが効いたのか、
自主的に出てきたのか、何とも言えない感じだな」
「私は、自主的だって信じたいかな」
「そうだな、ハチマンも、もうそういう事でいいんじゃないか?」
「そうだな、悪い気分じゃない」
結局誰かが死んだという事実は無く、言葉を発した者も噂で聞いただけだったため、
レジェンドオブブレイブスの所持していた装備を全て被害者に譲渡し、
損害以上の金額を弁済するという事で落ち着いた。
少なくとも価値の面からすれば、被害を受けた以上の額になるようだ。
彼らはこれからどうするのか。一からやり直すのかどうか、それはわからない。
この噂もすぐ広まるだろうから、彼らがやり直すとしても、それは苦難の道になるだろう。
チャクラムはネズハ以外に使える者がおらず、
レアリティはあっても金銭的価値は無いに等しかったため、
そのままネズハの手元に残される事となった。
今後ネズハがレジェンドオブブレイブスに残るのかどうかはわからないが、
少なくとも攻略には参加し、元気な姿を見せ続けてくれる事だろう。
こうして、第一層にひき続き波乱含みとなった第二層の攻略は、ここに全て完了した。