ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第020話 独りぼっちの英雄

 今回のボス戦に参加するのは、全部で四十七人。

編成は、レイドリーダーをクジで引き当てたリンド率いるABC隊と、

キバオウ率いるDEFのアインクラッド解放隊。

そしてレジェンドオブブレイブスの五人によるG隊、リーダーはオルランドといった。

そして前回中立を保ったエギル率いるH隊。という編成になっていた。

ABC隊は、ドラゴンナイツブリゲードと呼称するようになっていた。

 

(レジェンドオブブレイブス……装備のせいか迫力はあるが、

どこかびくびくしているような……あ、そういう事か)

 

 ネズハが急に姿を消した事で、自分達の悪事がバラされるかもしれないと、

びくびくしているのかもしれないな、とキリトは納得した。

彼らには余りいい印象を持っていなかったキリトは、

まあそんなの俺の知ったこっちゃないがな、と、内心で付け加えた。

 

 当初GHの二隊は、取り巻きのナト・ザ・カーネルトーラス、

通称ナト大佐担当とされていた。

しかしオルランドが、強硬に自分達も、ボスモンスターである、

バラン・ザ・ジェネラルトーラス。通称バラン将軍、担当にしてくれと主張し、

話し合いの末、G隊もボス担当という事になった。

 

(ネズハがいなくなった事で、今後の事に不安を覚えたのか……

ここで一気に攻略隊のトップに躍り出るつもりだな。

それはさておき、ナト大佐に一隊で対処はなぁ……)

 

 抗議しようとしたキリトを押しとどめ、エギルが落ち着いた声で意見した。

 

「ナト大佐は中ボスクラスだと聞いている。

さすがに俺達だけでは荷が重い可能性があるんだが」

「事前情報と違った場合、対処できなそうならもう一隊そちらに送る。

すまないが今はそれで我慢してもらえないだろうか」

 

 一応抗議したエギルは、肩を竦めて引き下がった。

 

 

 

 ボス戦が開始された当初、討伐隊の面々は、思ったより手応えが無いと感じていた。

最初は麻痺する者の多さに一時撤退も検討されたが、そこから踏ん張った。

そして戦いが進むにつれ段々慣れてきたのか、

麻痺する者こそ未だに一定数出てしまってはいるが、その数は徐々に減っていた。

 

「エギル、どうだ?」

「前回よりは確実に楽だが……」

「そうなんだよな……まだ何があるかわからないしな」

「おう」

「ナト大佐のHPが赤くなったぞ」

「よし、このまま慎重にいこう」

 

 その時コロシアムの反対から、プレイヤーが一斉に叫ぶのが聞こえた。

キリトはギクリとしたが、それはどうやら歓声のようであった。

見ると、ついにバラン将軍のHPが黄色くなっていた。

キリトは安堵し、目の前の敵に集中しようとした。しかしその時、それは起こった。

 

 

 

 広場の奥にあるステージが、せり上がっていた。上空の景色が揺らいでいく。

キリトはこの光景を知っていた。これは、大型モンスターのPOPする合図だ。

空間の揺らぎは大きくなっていき、その漆黒に見える空間から、巨大な何かが出現した。

 

「アステリオス・ザ・トーラスキングだって……」

 

 六本角を持ち、王冠をかぶった巨大なトーラスが、

雷光のエフェクトと共についにその姿を見せた。

あまりの出来事に、咄嗟に対応できるチームは無い。

そもそもバラン将軍を相手にしているチームにも、そこまでの余裕は無いのであった。

 

「まずいぞ!全力攻撃!」

 

 リーダーであるエギルを差し置いて、キリトが咄嗟に指示を出す。

もはや一刻の猶予も無かった。まずはこの敵を倒さなくてはならない。

 

「多少無理してでも額の弱点を狙え!」

 

 そこからは死闘だった。まずキリトが高く飛び上がり、額に強力な一撃を与えた。

そのため、ナト大佐の攻撃を若干遅延させる事に成功した。

 

「今だ!みんな頼む!」

 

全員が次々にソードスキルを放つ。

キリトの硬直が切れた頃、同時にナト大佐の遅延も解けた。

普通はそこで下がるキリトだったが、この場面で引く事はできない。

キリトは再び高々と跳びあがり、渾身の《ホリゾンタル》を、ナト大佐の顔面に当て、

同時に奥の手である、体術ソ-ドスキル《弦月》を左足で放った。

武器のカテゴリーが違えば、ソードスキルの後の硬直を無視できる事を、

キリトは研究によって、発見していた。

その一撃により、ついにナト大佐が大量のポリゴン片となって砕け散った。

 

「みんなすぐポーションを飲め!エギル、あの化け物の様子はどうだ?」

「どうやら移動速度は遅いようだな。まだ若干こちらに来るまでに時間がありそうだ」

「それじゃ……すぐ本隊を助けにいかないとな」

「よし、それじゃみんな移動するぞ!急げ!」

 

 エギルの指示により、全員バラン将軍の方へと駆けだした。

 

「右から回り込んで攻撃するか?」

「そうだな。エギル、指揮を頼む。まずバラン将軍を倒そう。

もし倒しきる前にあの化け物がこっちに来たら、

攻撃を当てて全力で遠くに移動しよう。出来るだけ引っ張るんだ」

 

 キリトはそう言うと加速し、その勢いをもって高く跳びあがった。

同時に突撃技である《ソニックリープ》を放つ。

そのすさまじい速さの攻撃は見事にバラン将軍の額を撃ち、バラン将軍は爆散した。

 

「間に合ったか……」

 

 そう呟いたキリトが見たものは、

大きく息を吸うようなモーションを見せている、トーラス王の姿であった。

その直後、トーラス王は紫色のブレスを吐いた。

 

「しまっ………」

 

 最後まで言い終える事は出来なかった。

一気にHPバーが二割ほど減り、同時に緑色のマークが表示された。

それは、今日何度も見かけたマーク……麻痺を示すものだった。

前衛陣は皆麻痺の状態になり、満足に口も開けない有様だった。

 

「みんな……麻痺……治療のポー……ション…を」

 

キリトは諦めず、皆にポーションを使うように声をかけた。

回復速度が多少早まるだけだが、だからといって使えなければ待つのは確実な死だ。

その声に皆、何とか麻痺を治そうと試み始めたが、

麻痺しているので、手はゆっくりとしか動かす事は出来ない。

 

 そこに威厳を持って、トーラス王の足音が迫ってきた。

誰もが、これから起こるであろう大虐殺の光景を想像し、恐怖していた。

自分達はこれから、動く事さえも許されないまま、王の鉄槌を受けるのだと。

王はまず、一番前にいた、キリトとリンドとキバオウに目を向けた。

 

「くそ……ハチマン、アスナ、ごめん……」

 

 もう一度、あの二人に会いたいと思った。

トーラス王が武器を振り上げ、キリトが死を覚悟したその時キリトは、

王の額に向けて、入り口の方から白い一筋の光が走り、王がぐらつくのを目撃した。

 

 

 

 

 

 その少し前、じりじりと焦る気持ちがわいてくる中、

ハチマン一行は、すさまじいペースで奥へ奥へと進んでいた。

罠も敵もほとんどを回避し、回避できない敵は奇襲で粉砕していく。

マップの恩恵を受けているとはいえ、それはとてもつもない早さであった。

 

「相変わらずハー坊はすごいナ」

「雑魚トーラスがまだPOPしていないせいで、随分と楽させてもらってるからな」

「ボス部屋が見えたよ、みんな」

「よし、何があっても決して慌てず、きっちり仕事を果たそうぜ」

「はい!」

 

 四人がボス部屋に入った瞬間、バラン将軍らしき敵が爆散するのが見えた。

幸い、ナト大佐の姿は見えなかったが、

既に真のボスである、トーラス王がPOPしており、

次の瞬間、トーラス王がブレスを吐くのが見えた。

 

「やばい、あのでかぶつに追撃させるなネズハ!アルゴ!パーティを解散しろ!」

 

 ネズハで四十八人になるため、パーティのままではネズハはボスに攻撃はできない。

アルゴは素早くパーティを解散した。

それを確認したネズハは狙いを定め、全力でチャクラムを投擲した。

 

「アスナ、全員を鼓舞して元気な奴に救助活動をさせてくれ。

アルゴはキバオウ達に情報を伝えろ。俺は麻痺ってる奴らにポーションを飲ませる」

 

 ネズハの放ったチャクラムは白い光となって、

今まさに武器を振りおろそうとする、トーラス王の額の王冠に命中した。

 

 

 

 

 

 キリトが見たその光を、全員が目撃していた。

それが何なのか、その場の誰にも分からなかった。

その光はトーラス王の額に命中し、ガン!と金属音を立てたかと思うと、

また入り口の方に戻っていった。

その音で全員は我に返り、入り口の方を見た。そこには、四人の人影があった。

同様に、衝撃による短い行動遅延から立ち直った王も、

ギロリと入り口に目を向け、そちらに向けて歩き出した。

実際の所そのネズハの一撃が、ボスに対するファーストアタックであったためだろう。

トーラス王の目にはもう、先ほどまで目の前にいた者達の姿は一切入っていないようだった。

 

「元気な人は、倒れている仲間を後方に引っ張って下さい!

しばらくは時間を稼げるはずです!みんな落ち着いて!みんなしっかりして!」

 

 アスナの凛とした声が周囲に響き渡った。

後方で固まっていた者達も、その声を聞いて動き出した。

 

「飲め、キリト」

「ハチマン……」

「すまん、遅くなった」

「いいさ、俺達の仲じゃないか」

「本当に間に合って良かった」

 

 キリトはハチマンの肩を借りて立ち上がった。

 

「エギル、キリトを一時後方へ頼む」

「くそっすまん。俺とした事が竦んじまってた。後は任せろ!」

「頼む!俺は他の奴らにポーションを飲ませてくる!」

 

 その頃アルゴはキバオウとリンドを救出し、二人と話していた。

 

「二人ともオレっちに思うところはあるだろうが、今はおいといてくれ。

撤退するなら、おそらく今なら全員無事に脱出できる。

だがもし戦うなら………あのボスの情報をついさっき仕入れた。

今なら特別にタダにしといてやるヨ」

 

 アルゴにとって驚きだったのは、二人がすぐに戦闘続行を決断した事だった。

あれほどの死に直面していたにも関わらず、二人が即答した事で、

アルゴは二人に対する認識を、少し改める事にした。

 

 回復したキリトは、戻ってきたハチマンと話していた。

 

「あれはネズハか。間に合ったんだな」

「ああ」

「この短期間にチャクラムまで使いこなしているとは、ちょっと驚いたよ」

 

 一人で粘っているネズハの方を見たキリトは、

今まさに、トーラス王がブレスを吐こうとしているのに気付いた。

 

「まずい、ブレスだ!ネズハが危ない!」

「大丈夫だキリト。まあ見てろって」

 

 ハチマンの言葉通り、ネズハは余裕を持ってブレスを避けた。

ちょうどその時、リンドの声が周囲に響き渡った。

 

「たった今ボスの情報提供を受けた。遅いって苦情は無しだ。

その人達は、ぎりぎりまで情報を求めた後そのままこちらに駆け着けてくれたんだ。

その内容を今から説明する!まず、ボスのブレスが来る前に、必ず目が光る!」

「そういう事か。だからネズハはあんなに簡単に避けられるんだな」

「ああ。今も一人で戦線を支えている、すごい奴だよ」

 

 その後もリンドは、ボスの行動の情報を素早く提供していった。

さすがにネズハ一人にボスを維持させるのも、限界が近い。

体制を整えた攻略隊のメンバーは、すぐ戦闘を開始した。

まず最初に、リンド、キバオウの二つのチームのタンクを担うA隊D隊が、

トーラス王の足に突っ込んでいった。

 

「それじゃ、俺とアスナは後ろで見てるわ。頑張れよ、キリト」

「キリト君、頑張ってね!」

「え?戦ってくれないのか?」

「いやお前、だってもうネズハで四十八人揃っちゃってるだろ」

「あ……そうか………」

「まあもしお前が麻痺したら、俺とアスナで後方に引っ張るくらいはしてやるよ」

「お、おう。ありがとう」

 

 A隊D隊の頑張りで、ようやくボスのターゲットがネズハから外れると、

緊張がとけたのか、ネズハは少しふらついた。

 

「大丈夫か?」

 

 キリトが声をかけると、ネズハは弱弱しくも力のこもった瞳を見せ、武器を高く掲げた。

 

「僕は大丈夫です!こんな僕がボス戦でこんなに活躍できるのが、

今本当にとても嬉しいんです!皆さんも僕の事は気にせず、攻撃に参加して下さい!」

 

 その声を受けて、エギルの掛け声と共に、エギル隊も戦場へと向かった。

ボスの目が光る度に、ネズハがチャクラムを投げる。それが命中すると、どこからともなく、

 

「ナイス!」

 

 という声がかかった。

 

「見てるだけってのはやっぱ寂しいものがあるな」

「まあ、裏方も大事だよ!」

「しかし雰囲気は明るいな。まあ、何も問題がないようにしっかり俺達が見とこうぜ」

「もし何かあった時は、全力で救助活動だね」

 

 戦況はとても安定している。それは主に、ネズハの力である。

しかし未だにネズハはソロのままだった。

今五人パーティなのは、レジェンドオブブレイブスだ。

レジェンドオブブレイブスのメンバーは、誰もネズハの元には駆け寄って来ず、

ひたすらボスの近くで攻撃を続けていた。

おそらく装備のせいだろう。他のパーティに比べて麻痺率がかなり低い。

そのためかリンドも、後退命令を出すのが躊躇われるようだった。

 

「俺達がリンドなりに要請するのもちょっと違うしな……」

「そうだね……やっぱりもう色々駄目なんだろうね、あのチーム」

「どうなんだろうな……正直俺達にはもうどうする事も出来ないよな」

「まあネズハ君にはもっといいチームがいくらでもありそうだよね」

「そうなんだが、まだ罪を償ってないからな……どんな形で落ち着くんだろうな」

「そうだよね……この中にも被害にあった人がいるかもしれないしね」

「まあそれはさておき、あいつらにボスからのドロップアイテムを渡すの、嫌だよな」

「うん、それは私も嫌かな」

「よし、今度キリトが下がったら、発破をかけてくるわ」

「うん、お願い!」

 

 ボスに猛攻を加えていたキリトは、一度後方に下がる事にしたのだが、

その瞬間ハチマンは、キリトを捕まえて、耳元で囁いた。

 

「奴らにMVP、取らせたくないよな」

 

 ハチマンは、そのままスッと後方に下がっていった。

キリトはネズハの頑張りを見て、言われなくてもそのつもりだったのだが、

ハチマンの言葉で、それが絶対に失敗できないミッションに変わった事を自覚した。

 

(戦闘に参加できない二人の分も俺がやってやる)

 

 その後も攻略隊は一切崩れる事もなく、ついにボスのHPがレッドゾーンに達した。

おそらく次の一斉攻撃で倒れるだろう。キリトは気合を入れ、慎重に機会を伺っていた。

そして、今日何度目かのネズハの攻撃により、ボスが仰け反った瞬間に、

畳み掛けるように、最大威力の片手直剣からの体術のコンボを決めた。

その攻撃で、見事にボスは爆散したのだった。

 

「さっすがキリト君!」

「きっちり期待に応えるところがさすがだな」

 

 

 

 第一層にひき続き、波乱の展開となった第二層のボス攻略は、こうして完遂された。

まだ問題が全て解決したわけではなかったが。


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