街に戻った二人は、偶然キリトと遭遇した。
「お~いキリト~」
「キリト君、久しぶり!」
「久しぶりだな。二人はどっかからの帰りか?」
「ちょっと迷宮区にな」
「ああ、フィールドボスが倒されたんだったか。今回は早かったよな」
「キリトはいつ戻ってきたんだ?」
「昨日の夜かな。さすがに疲れたから、今日は昼まで寝てた」
「それじゃそんなお疲れのキリトに、おみやげをやろう」
「くれるってんならもらうけど、何だ?」
ハチマンは何も言わずに、キリトにチャクラムを渡した。
「これか……正直いらないんだが……」
「さっきもらうって言ったよな」
「はめられた……はぁ、ありがとうな。ハチマン」
「無理にありがとうって言わなくてもいいんだぞ。キリえもん」
「キリえもんって言うな」
「あ、キリト君も体術スキル取りにいってたんだね。大丈夫。私もハチえもんを見たから」
「ハチえもんって言うな」
三人は笑い出した。
「一応聞くけどキリト。こっちはいるか?」
「マイティ・ストラップ・オブ・レザーってあれかよ!
エギルにでもあげればいいんじゃないか?似合うし」
「やっぱりお前もそう思うか」
「ああ。むしろあいつ以外に似合う奴が思いつかない」
「やっぱりそうだよね」
三人は再び笑い合った。
「ところでキリト。アルゴから何か聞いたか?」
「あ、そうだった。アルゴに呼び出されて、今から向かうところだったんだよ」
「そうか。事情はアルゴが話すと思うが、ちょっとやっかいだぞ」
「そうなのか?まあアルゴから聞くよ」
「ああ」
キリトと別れた後二人はそのまま解散し、明日の事は明日決める事にした。
迷宮区に長くいたためか、さすがに二人とも早く休みたかったようだ。
「それじゃおやすみ、アスナ」
「うん、おやすみなさい」
ハチマンが宿で休んでいると、アルゴからメッセージがきた。
明日会って話がしたいのと、一つ頼みがあるらしい。
ハチマンは快諾し、そのまま眠りについた。
第二層が開放されてから八日目の朝。
ハチマンとアルゴは、アスナの宿に集合していた。
「で、今日はどうしたんだ?」
「用件は二つ。まず、昨日の夜の話からだな。
ここまで関わった以上、二人に何も説明しないわけにもいかないと思ってナ」
あの後キリトは、アルゴの依頼で武器の強化をしに行ったようだ。
ネズハはハチマンの事があった後も、他の町へ移動して依頼を受け続けていたらしい。
武器が壊れた後、目の前で武器を出現させ、現場を押さえる形となったようだ。
その時聞いた話は、要約するとこんな感じだった。
彼は最初は戦闘職だったが、ナーヴギアに視覚が完全にはマッチングせず、
遠近感が掴めなかったらしい。そのために出遅れ、仲間に迷惑をかけてしまったようだ。
仲間への負い目があったため、ある時出会ったポンチョを着た不思議なプレイヤーに、
今回のやり方を教わり、話に乗ってしまった。
今はキリトのアドバイスに従い、新しい強さを身につけるべく、
鍛治スキルを捨てて体術スキルを取りにいく事になり、
今まさに、岩を殴っている最中のようだ。
「ポンチョの男、ね」
「まったく情報が掴めないんだが、まともな人間じゃなさそうな感じだナ」
ハチマンは、更に疑問をぶつけた。
「しかし、遠近感が掴めないのに体術って、大丈夫なのか?」
「それがな、彼、投擲スキルも上げてたみたいなんだヨ」
「そういう事か。投擲武器なら遠近感の影響は少ない。もっとも投擲は運用がな……
待てよ、そうか。まさかチャクラムか?」
「そのまさかだよ。ハー坊いい仕事したよナ」
「邪魔だから押し付けただけだったんだが、何が幸いするかわからないもんだな……」
「なんか、奇跡的な偶然だね」
「あと、ネズハって呼び方は、本当は正しくないみたいだな。
まあ本人は、その呼び方でいいって言ってたが、正確には、ナジャもしくはナタクだナ」
「なるほど……あいつもやっぱり、英雄たろうとした男ではあったんだな」
「ハチマン君、ナタクって?」
「古い中国の話に出てくる英雄の名前なんだよ」
「そうなんだ。じゃあこれで後は、武器を取られた人の事をなんとかすれば解決なのかな?」
「正直それが一番どうしようもなく難しい問題なんだよナ」
「まあそうだよね……」
「謝ればいいって問題じゃないからナ」
「今回は事が犯罪行為だけに、いくら本人達が謝って誠意を見せたとしても、
こればっかりは許してもらえるかどうか俺にもなんとも言えん」
「後は本人達次第なんだね」
「ああ。もうそれしかないって感じだな。それでアルゴ、もう一つの用件って何だ?」
ハチマンは頷きつつ、アルゴにもう一つの用件について尋ねた。
「実はな、今回はボスの情報が前回よりも比較的順調に出てきてるんだが、
別に一つ、どうしても気になるクエストがあるんだヨ」
「どう気になるんだ?」
「なんかボスに繋がってるというか、情報屋の勘なんだけどナ」
「そのクエストを私達が手伝えばいいのかな?」
「ああ。実はお使いクエストって奴で、あちこち走り回らないといけないんだよナ」
「俺はかまわないぞ」
「私も構わないかな。すぐ始める?」
「二人が良ければ、よろしく頼むヨ」
「キリトは参加しないのか?」
「キー坊は、今ネズハを体術クエストの場所まで案内してる。
その後は、もしクエストで有用な情報があった場合の繋ぎの役をしてもらうために、
攻略会議の方に行ってもらおうと思ってるんだよ。
オレっちの情報だと、もう間もなくボス部屋まで到達すると思うんだよナ」
「それじゃ急いだ方がいいね」
「よし、それじゃあ行くか。目的地は迷宮区近くの密林だヨ」
こうして三人は、密林に向かい、それから密林の中を延々と走り続ける事になった。
一方キリトは、ネズハを体術スキルクエストの発生場所まで案内した後、
しばらくその様子を観察していた。
(鬼気迫るって奴か……これなら相当早くクエストをクリア出来そうではあるが……)
キリトはその日はそのままそこに留まった。ネズハは休まずずっと岩を殴っていた。
それを見守っていたキリトは、次の日の朝街へと戻った。
そしてたまたま会ったエギルに、ボス部屋への到達と、
攻略会議の開催を知らされたキリトは、そのまま参加する事にした。
会議は何事もなく終わり、キリトはエギルのパーティに入れてもらう事となった。
「エギル、今回はありがとうな」
「それは構わないんだが、それよりあいつらどうしたんだ?姿が見えなかったが」
「今は、ボスの情報をもっと集めるために必死で走り回ってくれてるらしい」
「そうか……あいつら二人ともいい奴だよな」
「ああ。一層では俺なんかのために必死になってくれたし、
もしあの二人のために出来る事があるのなら、俺は何でもするつもりだ」
「そうか。二人に報いるためにも明日は頑張ろうぜ」
「ああ、明日は宜しくな。エギル」
その頃アルゴは、キリトから攻略会議開催と終了の連絡を受け、焦っていた。
(こっちは明日の昼くらいまでかかるかもしれないな、まずいゾ)
「ハー坊。アーちゃん。攻略会議が開催されて、今終わったらしい」
「そうか、思ったより早かったな。こっちはまだまだかかるっぽいが」
「最悪間に合わなかったら、終わり次第迷宮区まで突入だね」
「マップデータは持ってるから、まあなんとかなるかナ」
「まあとにかく頑張るしかない。次いくぞ」
その日の夕方、寝食を忘れて岩を殴っていたネズハは、
とんでもない早さで大岩を割る事に成功していた。
そのまま下山し、続けてチャクラムの練習に入ったようだ。
途中少し寝て食事もとったようだが、そのまま次の日の朝まで練習は続けられた。
そして昼近くまでかかってやっと思うようにチャクラムを操れるようになったネズハは、
迷宮区を目指して歩き出した。
次の日の昼前、ついに三人は、クエスト終了一歩手前まで到達していた。
「ふう、次でやっと終わりか」
「長かったね」
「二人ともありがとナ」
「よし、これで終了だ」
「どれどれっと……ハー坊、アーちゃん、まずいゾ!」
「どうしたアルゴ」
「ボスの情報が間違ってるみたいダ」
「え?」
「正確には、もう一体追加で出てくるらしい。アステリオス・ザ・トーラスキング」
「すぐにキリトに連絡だ」
アルゴはキリトにメッセージを送ろうとしたが、メッセージは届かなかった。
メッセージは、ダンジョン内のプレイヤーには届かない。
もうすでに本隊は、迷宮区に入ってしまったようだった。
「アルゴ、すぐにボスの情報をまとめてくれ。俺達は準備が出来次第迷宮区へと突入する」
「今回はオレっちも一緒に行くぜ。人手はどれくらいあってもいいだろうからナ」
「わかった。準備を急ごう」
三人は急ぎ準備を整え、迷宮区へと向かった。
「ん?誰かいるぞ?」
「おやぁ?あれは……ネズハだナ」
「どうしたんだろうね。クエストはクリアしたみたいだけど」
アスナはネズハの顔を見て言った。確かにヒゲは書いてないようだ。
三人は、話しかけてみる事にした。
「おい、どうしたんだ、ネズハ」
「あなたは……っ、そうか、あなたもキリトさんの仲間だったんですね」
「ああ。すまなかったな」
「いいえ、全て悪いのは僕なので、お気になさらないで下さい」
「で、どうしたんだ?」
「はい。無事にクエストをクリアし、チャクラムの修行も終えたので、
こんな僕にも何かお役にたてないかと思ってここまで来たのですが、
迷宮区には入った事が無くて、どうしようかと困ってしまって……」
そこにアルゴが割り込んできた。
「ネズハの存在が、この件の救世主になるかもしれないゾ」
「どういう事だ?」
「説明は走りながらだな。ネズハ、オレっち達は今からボスの部屋を目指すんだが、
ネズハも一緒に行かないカ?」
「はい!是非ご一緒させて下さい!」
「よし、そうと決まったらみんな行くぞ!」
「みんな、急ごう!」
「罠とか敵の接近の見極めは頼むぜハー坊」
「任せとけ」
こうして、今日最大の山場に向け、役者が徐々に揃い始めたのであった。