「ねぇシャナ、勢いで何となく乗っちゃったけど、これってどういうメンバーなの?
何でこんなに女の子が多いの?まるであんたのハーレムじゃない」
「その言い方だと、お前もそのハーレムの一員だって事になるからな」
「あんたね、勝手に私をあんたのハーレムメンバー扱いするんじゃないわよ」
「お前が今、自分で言ったんだろうが……」
シャナは、話にならないという風に、ため息をつきながら言った。
ちなみに席順は、運転席ににシャナ、助手席にシズカ、
後部座席は、左からピトフーイ、ベンケイ、シノンの順であった。
ちなみにこのハンヴィーは、ここが日本サーバーという事もあり、右ハンドルである。
「とりあえず、これはどういう関係の集まりなのかだけ教えてくれない?」
「そうだな、しばらく行動を共にする事になった訳だし、自己紹介でもしておくか」
シャナにそう促され、助手席に座っていたシズカが後ろへ振り返り、シノンに挨拶した。
「私はシズカ、シズって呼んでね。さっき言った通り、今日始めたてほやほやの新人だよ!」
シズカはそのきつく見える外見には似合わず、随分と柔らかい性格のようだ。
シノンはそう思いながらも、シズカにシャナとの関係を聞いた。
「二人はどういう関係なの?」
「えっと、その……し、将来を誓い合った仲?」
さすがのシズカも、身内以外に対して正妻宣言をするのははばかられたらしく、
いつもより婉曲な表現で、そう言った。
シノンはその意味を理解すると、確認するようにシズカに尋ねた。
「ふ、二人は恋人同士なんだ……」
ちなみにその自分の声に、少し残念そうな響きが混じっていた事には、
シノン自身はまったく気付いていなかった。
「当然大人の関係だよ!」
「おっ……大人……?」
ピトフーイがそう混ぜっ返し、シノンは何かを想像したのか、顔を赤くして俯いた。
「おいピト、余計な事を言うな」
「え~?私、そういうのを当てるのには自信があるんだけどなぁ」
「いいから黙れ」
「はぁい」
そして次にシャナは、シノンと同じように、
実はさっきから顔を赤くして俯いていたシズカに言った。
「シズカも、もっとポーカーフェイスを身に付けような。その、俺も恥ずかしいから……」
そのシャナの声が、とても優しい声だったので、
シノンは、やっぱりそうなんだと思いながらも、少し面白くないという表情をした。
当然本人は気付いていない。ピトフーイは、自分に対してとはまったく違う、
そのシャナの態度に拗ねたのか、プイッと横を向いた。
「次は私の番だね!私はベンケイ!ケイって呼んでね、同じく新人だよ!
え~っと、シャナとの関係は……いも……ん~……一緒に暮らしてる仲?」
それを聞いたシノンは、やっぱり、という顔で、シャナの顔を睨んだ。
「あんたね……」
「違う、ケイは俺の妹だ」
「えっ、妹?」
「シャナ、言っちゃっていいの?」
ベンケイは、普段は身内と言うばかりで、
シャナが一度も自分の事を妹だと言った事が無かった為、
その表現は使わないように気を遣っていたのだった。
もっとも一緒に暮らしているという表現が、適切だったかどうかは別問題である。
「まあ、この二人が相手なら、別にいいだろ」
それを聞いたピトフーイは、すぐに機嫌を直し、シノンも信用された事を嬉しく感じた。
「まあシャナがそう言うんなら改めて、シャナの妹のベンケイです!
お二人とも、宜しくお願いしますね!」
ベンケイは、シャナのお許しが出たと思ったのか、慣れない口調から、
普段通りの妹感に溢れる話し方に戻す事にしたようだ。
「おお、ケイ!我が妹!」
ピトフーイは、ベンケイがシャナの妹だと知ると、外堀を埋めるつもりなのか、
ベンケイに笑顔を向けながら、いきなり抱き付いた。
「おい、ケイは確かに俺の自慢の妹であり、もはや世界の妹と呼べる存在かもしれないが、
それでもピト、お前に妹と呼ばれる筋合いはまったく無い。さっさとケイから離れろ」
「お兄ちゃん、シスコンぽい。って言うか、はっきり言って気持ち悪い」
「うっ……」
思わず素に戻って放たれたベンケイの言葉に、シャナは落ち込んだ。
「それにピトも、私の関心を買おうとしても無駄です。
最近のお兄ちゃんは、何故かグレードの高い方々にモテまくっているから、
ピトがそれを望むなら、それらのライバルを、全て倒さなくてはいけないのです」
「えっ?他にも私の知らない強敵が?具体的には?」
「具体的、ですか……」
ベンケイは、少し考えながら、いくつかの名前を羅列した。
「えっと、シズは言うまでもなく、氷の女王に獄炎の女王、
ゆ……え~っと、て、鉄壁の胸と……あざと会長と……あ、多分ロザリアさんもそうか……」
「お前、鉄壁の胸って何だよ……」
シャナは呆れた顔でベンケイに言った。
それに対してベンケイは、顔を赤くして反論した。
「だって、他に表現が!」
「お、おう、まあ、あいつには二つ名がついてる訳じゃないからな」
「そんなにライバルがいるの……?」
「他にも多分、何人かいますけどね。あ、肝心な人を忘れてた!」
ベンケイは、周りに誰もいないのを確認するように、
きょろきょろと辺りを見回してから、その名前を言った。
「魔王」
「魔王きたああああああああ!」
ピトフーイは、興奮ぎみに、そう叫んだ。
「魔王を知ってるんですか?」
「あ、うん、存在はね。シャナに聞いた~!」
ピトフーイがそう答えると、シズカとベンケイは、シャナをジト目で見つめた。
「……これは、魔王に報告の必要があるかな?」
「ですね……」
「お、おい馬鹿やめろ、早まるな、話せば分かる」
尚も二人のジト目が止まらなかった為、シャナは汗をだらだらとたらしながら、
二人の顔色を伺うように、自分から言った。
「ケ、ケーキ食べ放題でいい、です……か?」
それを聞いた二人は、途端に喜色満面な顔で言った。
「今、私は何も聞きませんでした」
「うん、今ここでは、何もありませんでした」
「あ、ありがとな……」
「あはははははは」
いきなり笑い声が聞こえ、残りの四人は、その笑い声の主を見た。
その主は、今まで静かにしていたシノンだった。
シノンは、ベンケイが何人もの名前を羅列していた辺りでは、
呆れたような目でシャナを見つめていたのだが、
今のやり取りを聞いた瞬間、どうやら笑いを堪えきれなくなったようだった。
「あ、あんた達、いつもそんな漫才みたいな会話をしてるの?」
「失礼な」
シャナは真顔でシノンに言った。
「たまにだ」
「あはははははは、たまにって、十分多いわよ。後、あんたモテすぎ」
シノンは普段、こういう風に笑う事はほとんど無い。
GGOを始めてからもそれは同じだった。
シノンは本当に久しぶりに、心の底から笑う事が出来た自分に、少し驚いていた。
それと同時にシノンは、成り行きとはいえ、
もう少しこのメンバーに付き合ってみるのも悪くないかな、と思った。
そんなシノンを見て、ピトフーイが言った。
「オーケーオーケー、今度シャナのおごりで、ここにいる全員でケーキ屋さんに行こう!」
「何をいきなり訳の分からない事を言ってるんだよ、ピト」
「私は別に構わないけど?」
「私もです!」
シャナがピトフーイのリアルを知っているような事を言っていたのを、
先ほどの会話で聞いていたシズカとベンケイは、即座にそれに同意した。
シノンは、すぐにはその意見に同意する事は出来なかった。
それも当然だろう、ゲームの中でリアルを晒すような事をするのは、とてもリスクが高い。
どれだけシャナを信頼しているのか、即決出来るシズカとベンケイがおかしいのだ。
このメンバーならリアルでも会ってみてもいいかなと、シノンは思わないでも無かったが、
それには一つ、大きな問題があった。ピトフーイの存在である。
「……ねぇピト、あんたさ、はっきり言って、評判最悪よね」
「いきなり何?ハッキリ言うなぁ、シノノン」
いきなりそんな愛称まがいの呼び方をされ、シノンは驚き、ピトフーイに聞き返した。
「シ、シノノン?」
「うん、シノノン、かわいいでしょ?」
「まあ、かわいく無くは無いけど……」
シノンは、とことんフレンドリーな、今のピトフーイに戸惑っていた。
あまりにも聞いた噂と違うのだ。
「ねぇピト、あんた、以前知らない人と狩りに出かけて、やばいモブが出てきた時、
その仲間を盾にして自分だけ逃げたりした?」
「うん!」
「気に入らない事を言ったプレイヤーを、笑いながら銃で射殺したりした?」
「うん!」
「やっぱりピトは、あのピトフーイなんだ……」
「ピトフーイなんて名前のプレイヤー、私しかいないでしょ。毒鳥だよ、毒鳥!」
「だよね……」
シノンは、やはりという思いで、そのピトフーイの言葉を聞いた。
「ピトって、そんな事をしてたんだ……」
「まさに悪って感じですね!」
「みんなと一緒の時は、絶対にしないけどね!」
シノンは、二人にそう笑顔で答えるピトフーイの姿を見て、
そのギャップに苦しみつつも、はっきりとピトフーイに言った。
「短い付き合いだけど、あんた達と一緒にいるのも、正直悪くないなって思った。
だから正体を明かさないって条件で、ケーキ屋に行くのもまあ、有りかなって思う。
シャナ以外は全員女の子だしね。だけどやっぱり私は、あんたを信用しきれないよ、ピト」
「まあそうだよね。でもシャナがいる限り、それは無いから安心していいよ、シノノン」
「シャナがいる限り?」
シノンはそれが何の保証になるのかと首を傾げた。
影でピトフーイが何かをしても、シャナには分からない。
そんなシノンに、ピトフーイは自己紹介を始めた。
「まだ自己紹介の途中だったね。私はピトフーイ、ピトって呼んでね。
趣味は気に入らない奴を罠にはめる事、特技は気に入らない奴を殺す事。
そんな私はシャナの下僕一号です!」
ロザリアがいたら怒り出しそうな事を、ピトフーイは平気で言った。
ロザリアは今はいないのだから、言った物勝ちだと判断したのだろう。
それを聞いたシノンは、再びシャナをジト目で見ながら言った。
「下僕って……あんた、やっぱり……」
「あ、違うよシノノン、そうじゃない、シャナは何もしてない。
私が勝手にシャナの下に押し掛けただけだよ」
「え、そうなの?」
「うん、シャナの事が気に入っちゃったの。これはもう好きって言ってもいいよ!
ただし、シズがシャナの一番で、私はあくまで下僕だけどね!」
「何それ……」
シノンは、呆れた顔で、シャナに言った。
「あんた、これって一体どうなってるの……?」
「仕方ないだろ、聞いた通り、俺の冗談を真に受けて、一方的に押し掛けてきたんだよ。
こいつは下僕の癖に、その事については、俺が何を言っても言う事を聞かないんだよ」
「押し掛けられた、ねぇ……まあそういう事にしておいてあげるけど、
でもそれって、別にリアルで会っても問題がない理由にはならないんじゃない?」
「あ、シノノン、それは心配無用だよ」
ピトフーイはシノンにニヤリと笑いかけると、次に堂々と宣言した。
「私、車の運転免許証のコピーを、自発的にシャナに渡してあるの。
だから、私を煮るも焼くも犯すも……あっごめんなさいシズ、冗談、
冗談だから、叩かないで!えっとつまり、私のリアルは完全にシャナに支配されてるの!
だからシャナが、シノノンに迷惑をかけるなって言ったら、私はそれを忠実に守るよ!」
それはこの日一番の、ピトフーイのカミングアウトであった。