ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/02/18 句読点や細かい部分を修正


第193話 やっちまった

「いたわ、あそこよ。この方角」

「了解だ」

 

 シャナは地面に伏せ、M82のスコープを覗き込んだ。そこには、今まさに、

モブ狩りをしていたプレイヤーの一団を狙っている集団の姿が映し出された。

ピトフーイもシャナの横へと寝そべり、目を細めながらそちらを観察していた。

そんなピトフーイを見て、シャナは何かのアイテムを実体化させ、ピトフーイに渡した。

 

「おいピトフーイ、ほれ」

「おっ、ありがと」

 

 シャナがピトフーイに渡したのは、距離計測機能の付いた単眼鏡だった。

ピトフーイはそれを覗き込むと、シャナに言った。

 

「うん、あの六人組が、私が見た集団で間違いないね。

ほら、左端に水色の髪の女の子がいるでしょ?珍しいなって思ったから、覚えてたんだ」

「それは確かに珍しいな」

「でもあんたの周りには、もうすぐそのレアな女性プレイヤーが、

三人も集まる事になるんだよね、私と、閃光さんと、ロザリアちゃん」

「もう一人も、女性のプレイヤーだぞ」

 

 それを聞いたピトフーイは、呆れた顔でシャナに言った。

 

「そうなの?あんた、どれだけ貴重な資源を独り占めするつもり?このハーレム野郎」

 

 ハーレム野郎と言われ、多少自覚があったのか、シャナは、少しムキになって反論した。

 

「資源って何だよ。あと、ちゃっかりそのハーレムとやらに自分を入れるんじゃねえ。

ちなみに彼女と身内と下僕が二人だから、ハーレムじゃねえ」

「あ、もう一人は身内なんだ」

「手を出したらリアルに殺すぞ」

「あんた、さっきと言ってる事が違うじゃない!」

 

 シャナはそう言われ、肩を竦めながら言った。

 

「それとこれとは別だ、極めて普通だろ」

「普通じゃないよ!でもそんな訳のわからないシャナが好き!」

「いいから黙って見てろ」

「は~い」

 

 そう言われ、ピトフーイは、自分の持つ単眼鏡を覗き込んだ。

そして何かに気付いたのか、シャナに声を掛けた。

 

「ねぇ」

「何だ?ピトフーイ」

「あっ、私の事は、ピトでいいわよ。だって、ピトフーイって言いにくいでしょ?」

「確かにな……それじゃ遠慮なく、何だ?ピト」

 

 ピトフーイはその問いをスルーし、ガッツポーズを取りながら言った。

 

「わ~い、シャナにピトって呼んでもらった!」

「お前な……いいからさっさと用件を言え」

「あ、そうだった。ねぇ、あの水色の髪の女の子、素人かな?」

「ん?何かあったか?」

「あれって多分、狙撃のレクチャーを受けてるんじゃない?」

「ふむ」

 

 シャナはスコープごしに、その水色の髪の女性プレイヤーを観察したが、

確かにそんな感じに見えた。

だが、その女の子の持っていた狙撃銃が、そこそこ筋力値を必要とする物だった為、

おそらくまったくの素人ではないと判断した。

 

「持ってる銃のランクからして、ズブの素人じゃないだろうな。

待ってろ、今何を言ってるか確認する」

「え、そんなの分かるの!?」

 

 ピトフーイは、それを聞いてとても驚いた。

 

「ああ、読唇術って奴だな」

「そんなのどこで勉強したの?」

「習った」

「誰に?」

「義理の姉だ」

「お兄さんでもいるの?」

「いや?」

「閃光さんのお姉さん?」

「いや?」

 

 ピトフーイは、義理の姉が出来るケースには、他にどんな物があったか頭を悩ませたが、

いくら考えても答えは出なかった。

 

「全然分からないんだけど、どういう事?」

「姉的存在って奴だ」

「あ、なるほど。義理の姉って言うからにはよっぽど親しいんだね。どんな人?」

「魔王だ」

 

 ピトフーイは一瞬フリーズしたかと思うと、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。

 

「何それ、あはははははは、シャナってやっぱり面白い!」

「限りなく正確に答えたつもりなんだがな」

「え……」

 

 ピトフーイはピタッと笑うのをやめ、ひそひそとシャナに囁いた。

 

「マジで?」

「マジだ」

「私と比べると?」

「お前が二等兵だとしたら、あっちは大元帥だな」

「マジでぇ?」

「大マジだ」

「うひぃ!」

 

 ピトフーイは仰け反るのを通り越し、そのまま後ろに引っくり返ると、

感慨深そうにシャナに言った。

 

「ねぇシャナ」

「何だ?」

「世界って、まだまだ私の知らない事がいっぱいあるんだね」

「そうだな」

「シャナと一緒にいたら、少しはそういうの、見れるかな?」

「さぁ、どうかな」

「そっかぁ……私、シャナに会ってから、世界が変わった気がするよ」

「気のせいだ」

「もう!拾った子犬には餌くらいやりなさいよね!」

 

 そのピトフーイの言葉を聞いたシャナは、バッと顔を上げ、

ピトフーイの顔をまじまじと見つめた後、笑い出した。

 

「ははっ、何だよそれ、お前らそういう所、実は似てるのな」

「何それ?」

「まったく同じ事を、この前ロザリアに言われたんだよ。拾った子犬には餌をやれってな」

「ぐぬぬ、先を越された……ロザリアちゃん、やるなぁ」

「初めてだから上手く出来るか分からないけど、頑張ってみる」

「んん~?」

「さっき、何を喋ってるか読むって言ったろ」

「あ!」

 

 シャナにそう言われ、ピトフーイは、自分達が今何をしていたのかを思い出した。

ピトフーイは単眼鏡を覗き込み、興味深そうにその女性プレイヤーを見た。

 

「へぇ~、只でさえレアな女性プレイヤーなのに、その上レアなスナイパーねぇ」

「銃さえ供給されれば、遠距離のスナイパーも、もっと増えると思うけどな」

「そうだよね、私、シャナのライフルを見るまでは、

そのクラスの遠距離狙撃に対応した銃なんか、まったく見た事無かったもん」

「対物ライフルって奴だな。まあそんな訳で、あいつは狙撃対象から外すぞ」

「え、もしかして、女の子だから?」

「それもあるが、何よりスナイパー的には、いずれライバルになるかもしれないだろ?

そうなってから改めて戦う方が、ずっと面白いと思わないか?」

「あ、その気持ちはちょっと分かるかも」

 

 ピトフーイは、そのシャナの言葉に理解を示した。

 

「さて、それじゃあピトは、そのまま見物でもしててくれ」

「観測手をしなくていいの?まあ私、そんな事出来ないけどさ」

「確かに狙撃には、観測手が付いててくれた方がいいんだろうが、

まあこれはゲームだからな。一人でも問題ない」

「殺す事は気にならないんだ?」

 

 ピトフーイは、先ほどのお返しとばかりにシャナをからかった。

 

「ゲームだとちゃんと割り切れるなら問題ない。

お前が駄目な理由は、言わなくても分かるよな?」

「薮蛇だった!」

「それじゃあやるか、先頭の奴から順番にな」

「うん、それじゃあ私は見物してるね!」

 

 シャナはそう言うと、何気ない動作であっさりと引き金を引いた。

ピトフーイは慌てて単眼鏡を覗き込んだが、その瞬間に狙撃対象の頭が弾け飛んだ。

そして立て続けに三人のプレイヤーが頭を撃ち抜かれ、

ピトフーイは、シャナの動きの滑らかさと自然さに、背筋が凍る思いがした。

更に驚いたのは、おそらく相手には、バレットラインが一瞬しか見えていないだろうという事だ。

GGOにおいては、誰かに銃で狙われた場合、バレットラインという線が表示される。

それによって敵の弾道を予測する事が可能なのである。

ちなみに誰かに狙われた場合、初撃に関しては、バレットラインが表示されない。

撃つ者が視認されて初めて、バレットラインが表示される。

だからこそスナイパーには、基本隠密行動が求められるのだ。

ちなみにバレットラインは、プレイヤーが引き金に指を接触させた時に表示される。

それと同時に、撃つ側の視界には、バレットサークルという円が表示され、

それは、心臓の鼓動に連動して大きくなったり小さくなったりを繰り返し、

引き金を引いた瞬間、弾はその時表示されていた円のどこかにランダムで命中するのだ。

つまり、バレットラインが表示されないと言う事は、敵に弾を命中させるのに、

極力システムのサポートを、廃しているという事になる。

 

「ねぇ、何でバレットラインがほとんど見えないの?」

「反射神経の問題だな。心臓の鼓動に合わせてトリガーに指を触れ、

その瞬間に、表示された小さい円を中心に合わせるように一瞬で微調整し、引き金を引く。

ちなみに実弾演習もかなりやらされたぞ」

 

 ピトフーイは、実弾演習と聞いて目を剥き、

やらされたと聞いて、何かに思い当たったのか、シャナに尋ねた。

 

「……魔王に?」

「ああ」

「魔王すげえええええ!」

「すごいだろ、まさに魔王だろ?」

「今度会わせて!」

「やめとけ、他人には本当に怖い人だからな」

「それでもいい!」

「まあ、機会があったらな」

「お願い!」

 

 シャナはそう言うと、銃のスコープに目を戻し、

次のターゲットに狙いを付けると、一瞬で射殺した。

 

「四人目っと。あと一人か」

 

 シャナは、最後の一人に狙いを定め、何気なく引き金を引こうとしたのだが、

次の瞬間、ピトフーイが叫んだ。

 

「あっ、シャナ、あの女の子が立った!」

 

 そしてスコープを水色の影が塞ぎ、シャナは咄嗟に指を止めようとしたが、

それは少し間に合わず、既に弾は発射された後だった。

二人のプレイヤーが、その一発の弾で連続して頭を撃ち抜かれ、その六人は全滅した。

 

「やっちゃった?」

「やっちまった……」

「ちょっと気を抜いちゃった?」

「それは否定出来ん。俺もまだまだ未熟だな」

「あっ、シャナ、見て!あの女の子の狙撃銃がドロップしちゃってる」

「まじか、消える前に急いで回収だ。ピト、走るぞ!」

「分かった!」

 

 そして二人は全速力で走り出し、その銃を、何とか消える前に回収する事に成功した。

プレイヤーがフィールドで倒された時、稀に所持品を、強制的に落としてしまう事がある。

仲間が回収してくれた場合は問題無いのだが、今のケースのように、

遠距離から襲われて全滅した場合、

その武器は基本消滅してしまう事になるのだ。シャナはほっと胸を撫で下ろした。

 

「あ、危なかった……」

「ねぇそれ、どうするの?」

「持ち主に返す」

「えええええええ」

「さすがに今のは寝覚めが悪いからな」

「何で他人には餌をあげるのよ!私にもプリーズ!」

「うるさい、それじゃ急いで街に戻るぞ」

「あ、ごめん、私は街に戻ったらすぐに落ちるよ。実は明日、ミニライブがあるんだよね」

 

 その言葉を聞いたシャナは、ピトフーイの顔を、ぽか~んと見つめながら言った。

 

「お前、明日ライブがあるのに、今日は泊まるとか言ってやがったのか?」

「えへっ」

「えへっ、じゃねえ!俺が見ててやるから、ここでさっさと落ちろ」

「ラジャー!」

 

 そしてログアウトしようとするピトフーイに、

ふと何かを思いついたのか、シャナが最後に声を掛けた。

 

「あ、それとな、お前さっき、男に声を掛けられてイライラするって言ってたよな」

「あ、うん」

「それじゃあ……顔に刺青でも入れてみたらどうだ?

迫力満点になって、多分、声を掛けられる頻度はかなり減ると思うぞ」

「ん~、いいアイデアかも。シャナが言うならそうする!あ、それってもしかして、餌?」

「まあ、餌って事にしとけ」

「やった!」

 

 ピトフーイはそう言うと、笑顔でシャナに手を振りながらログアウトした。

 

「ピトフーイのストレスになるような事は、極力排除するに越した事は無いからな。

さて、あの水色の髪の子を探さないとか……まだいてくれればいいが」

 

 そう言うとシャナは、街へと全力で走り出した。


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