「いたわ、あそこよ。この方角」
「了解だ」
シャナは地面に伏せ、M82のスコープを覗き込んだ。そこには、今まさに、
モブ狩りをしていたプレイヤーの一団を狙っている集団の姿が映し出された。
ピトフーイもシャナの横へと寝そべり、目を細めながらそちらを観察していた。
そんなピトフーイを見て、シャナは何かのアイテムを実体化させ、ピトフーイに渡した。
「おいピトフーイ、ほれ」
「おっ、ありがと」
シャナがピトフーイに渡したのは、距離計測機能の付いた単眼鏡だった。
ピトフーイはそれを覗き込むと、シャナに言った。
「うん、あの六人組が、私が見た集団で間違いないね。
ほら、左端に水色の髪の女の子がいるでしょ?珍しいなって思ったから、覚えてたんだ」
「それは確かに珍しいな」
「でもあんたの周りには、もうすぐそのレアな女性プレイヤーが、
三人も集まる事になるんだよね、私と、閃光さんと、ロザリアちゃん」
「もう一人も、女性のプレイヤーだぞ」
それを聞いたピトフーイは、呆れた顔でシャナに言った。
「そうなの?あんた、どれだけ貴重な資源を独り占めするつもり?このハーレム野郎」
ハーレム野郎と言われ、多少自覚があったのか、シャナは、少しムキになって反論した。
「資源って何だよ。あと、ちゃっかりそのハーレムとやらに自分を入れるんじゃねえ。
ちなみに彼女と身内と下僕が二人だから、ハーレムじゃねえ」
「あ、もう一人は身内なんだ」
「手を出したらリアルに殺すぞ」
「あんた、さっきと言ってる事が違うじゃない!」
シャナはそう言われ、肩を竦めながら言った。
「それとこれとは別だ、極めて普通だろ」
「普通じゃないよ!でもそんな訳のわからないシャナが好き!」
「いいから黙って見てろ」
「は~い」
そう言われ、ピトフーイは、自分の持つ単眼鏡を覗き込んだ。
そして何かに気付いたのか、シャナに声を掛けた。
「ねぇ」
「何だ?ピトフーイ」
「あっ、私の事は、ピトでいいわよ。だって、ピトフーイって言いにくいでしょ?」
「確かにな……それじゃ遠慮なく、何だ?ピト」
ピトフーイはその問いをスルーし、ガッツポーズを取りながら言った。
「わ~い、シャナにピトって呼んでもらった!」
「お前な……いいからさっさと用件を言え」
「あ、そうだった。ねぇ、あの水色の髪の女の子、素人かな?」
「ん?何かあったか?」
「あれって多分、狙撃のレクチャーを受けてるんじゃない?」
「ふむ」
シャナはスコープごしに、その水色の髪の女性プレイヤーを観察したが、
確かにそんな感じに見えた。
だが、その女の子の持っていた狙撃銃が、そこそこ筋力値を必要とする物だった為、
おそらくまったくの素人ではないと判断した。
「持ってる銃のランクからして、ズブの素人じゃないだろうな。
待ってろ、今何を言ってるか確認する」
「え、そんなの分かるの!?」
ピトフーイは、それを聞いてとても驚いた。
「ああ、読唇術って奴だな」
「そんなのどこで勉強したの?」
「習った」
「誰に?」
「義理の姉だ」
「お兄さんでもいるの?」
「いや?」
「閃光さんのお姉さん?」
「いや?」
ピトフーイは、義理の姉が出来るケースには、他にどんな物があったか頭を悩ませたが、
いくら考えても答えは出なかった。
「全然分からないんだけど、どういう事?」
「姉的存在って奴だ」
「あ、なるほど。義理の姉って言うからにはよっぽど親しいんだね。どんな人?」
「魔王だ」
ピトフーイは一瞬フリーズしたかと思うと、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。
「何それ、あはははははは、シャナってやっぱり面白い!」
「限りなく正確に答えたつもりなんだがな」
「え……」
ピトフーイはピタッと笑うのをやめ、ひそひそとシャナに囁いた。
「マジで?」
「マジだ」
「私と比べると?」
「お前が二等兵だとしたら、あっちは大元帥だな」
「マジでぇ?」
「大マジだ」
「うひぃ!」
ピトフーイは仰け反るのを通り越し、そのまま後ろに引っくり返ると、
感慨深そうにシャナに言った。
「ねぇシャナ」
「何だ?」
「世界って、まだまだ私の知らない事がいっぱいあるんだね」
「そうだな」
「シャナと一緒にいたら、少しはそういうの、見れるかな?」
「さぁ、どうかな」
「そっかぁ……私、シャナに会ってから、世界が変わった気がするよ」
「気のせいだ」
「もう!拾った子犬には餌くらいやりなさいよね!」
そのピトフーイの言葉を聞いたシャナは、バッと顔を上げ、
ピトフーイの顔をまじまじと見つめた後、笑い出した。
「ははっ、何だよそれ、お前らそういう所、実は似てるのな」
「何それ?」
「まったく同じ事を、この前ロザリアに言われたんだよ。拾った子犬には餌をやれってな」
「ぐぬぬ、先を越された……ロザリアちゃん、やるなぁ」
「初めてだから上手く出来るか分からないけど、頑張ってみる」
「んん~?」
「さっき、何を喋ってるか読むって言ったろ」
「あ!」
シャナにそう言われ、ピトフーイは、自分達が今何をしていたのかを思い出した。
ピトフーイは単眼鏡を覗き込み、興味深そうにその女性プレイヤーを見た。
「へぇ~、只でさえレアな女性プレイヤーなのに、その上レアなスナイパーねぇ」
「銃さえ供給されれば、遠距離のスナイパーも、もっと増えると思うけどな」
「そうだよね、私、シャナのライフルを見るまでは、
そのクラスの遠距離狙撃に対応した銃なんか、まったく見た事無かったもん」
「対物ライフルって奴だな。まあそんな訳で、あいつは狙撃対象から外すぞ」
「え、もしかして、女の子だから?」
「それもあるが、何よりスナイパー的には、いずれライバルになるかもしれないだろ?
そうなってから改めて戦う方が、ずっと面白いと思わないか?」
「あ、その気持ちはちょっと分かるかも」
ピトフーイは、そのシャナの言葉に理解を示した。
「さて、それじゃあピトは、そのまま見物でもしててくれ」
「観測手をしなくていいの?まあ私、そんな事出来ないけどさ」
「確かに狙撃には、観測手が付いててくれた方がいいんだろうが、
まあこれはゲームだからな。一人でも問題ない」
「殺す事は気にならないんだ?」
ピトフーイは、先ほどのお返しとばかりにシャナをからかった。
「ゲームだとちゃんと割り切れるなら問題ない。
お前が駄目な理由は、言わなくても分かるよな?」
「薮蛇だった!」
「それじゃあやるか、先頭の奴から順番にな」
「うん、それじゃあ私は見物してるね!」
シャナはそう言うと、何気ない動作であっさりと引き金を引いた。
ピトフーイは慌てて単眼鏡を覗き込んだが、その瞬間に狙撃対象の頭が弾け飛んだ。
そして立て続けに三人のプレイヤーが頭を撃ち抜かれ、
ピトフーイは、シャナの動きの滑らかさと自然さに、背筋が凍る思いがした。
更に驚いたのは、おそらく相手には、バレットラインが一瞬しか見えていないだろうという事だ。
GGOにおいては、誰かに銃で狙われた場合、バレットラインという線が表示される。
それによって敵の弾道を予測する事が可能なのである。
ちなみに誰かに狙われた場合、初撃に関しては、バレットラインが表示されない。
撃つ者が視認されて初めて、バレットラインが表示される。
だからこそスナイパーには、基本隠密行動が求められるのだ。
ちなみにバレットラインは、プレイヤーが引き金に指を接触させた時に表示される。
それと同時に、撃つ側の視界には、バレットサークルという円が表示され、
それは、心臓の鼓動に連動して大きくなったり小さくなったりを繰り返し、
引き金を引いた瞬間、弾はその時表示されていた円のどこかにランダムで命中するのだ。
つまり、バレットラインが表示されないと言う事は、敵に弾を命中させるのに、
極力システムのサポートを、廃しているという事になる。
「ねぇ、何でバレットラインがほとんど見えないの?」
「反射神経の問題だな。心臓の鼓動に合わせてトリガーに指を触れ、
その瞬間に、表示された小さい円を中心に合わせるように一瞬で微調整し、引き金を引く。
ちなみに実弾演習もかなりやらされたぞ」
ピトフーイは、実弾演習と聞いて目を剥き、
やらされたと聞いて、何かに思い当たったのか、シャナに尋ねた。
「……魔王に?」
「ああ」
「魔王すげえええええ!」
「すごいだろ、まさに魔王だろ?」
「今度会わせて!」
「やめとけ、他人には本当に怖い人だからな」
「それでもいい!」
「まあ、機会があったらな」
「お願い!」
シャナはそう言うと、銃のスコープに目を戻し、
次のターゲットに狙いを付けると、一瞬で射殺した。
「四人目っと。あと一人か」
シャナは、最後の一人に狙いを定め、何気なく引き金を引こうとしたのだが、
次の瞬間、ピトフーイが叫んだ。
「あっ、シャナ、あの女の子が立った!」
そしてスコープを水色の影が塞ぎ、シャナは咄嗟に指を止めようとしたが、
それは少し間に合わず、既に弾は発射された後だった。
二人のプレイヤーが、その一発の弾で連続して頭を撃ち抜かれ、その六人は全滅した。
「やっちゃった?」
「やっちまった……」
「ちょっと気を抜いちゃった?」
「それは否定出来ん。俺もまだまだ未熟だな」
「あっ、シャナ、見て!あの女の子の狙撃銃がドロップしちゃってる」
「まじか、消える前に急いで回収だ。ピト、走るぞ!」
「分かった!」
そして二人は全速力で走り出し、その銃を、何とか消える前に回収する事に成功した。
プレイヤーがフィールドで倒された時、稀に所持品を、強制的に落としてしまう事がある。
仲間が回収してくれた場合は問題無いのだが、今のケースのように、
遠距離から襲われて全滅した場合、
その武器は基本消滅してしまう事になるのだ。シャナはほっと胸を撫で下ろした。
「あ、危なかった……」
「ねぇそれ、どうするの?」
「持ち主に返す」
「えええええええ」
「さすがに今のは寝覚めが悪いからな」
「何で他人には餌をあげるのよ!私にもプリーズ!」
「うるさい、それじゃ急いで街に戻るぞ」
「あ、ごめん、私は街に戻ったらすぐに落ちるよ。実は明日、ミニライブがあるんだよね」
その言葉を聞いたシャナは、ピトフーイの顔を、ぽか~んと見つめながら言った。
「お前、明日ライブがあるのに、今日は泊まるとか言ってやがったのか?」
「えへっ」
「えへっ、じゃねえ!俺が見ててやるから、ここでさっさと落ちろ」
「ラジャー!」
そしてログアウトしようとするピトフーイに、
ふと何かを思いついたのか、シャナが最後に声を掛けた。
「あ、それとな、お前さっき、男に声を掛けられてイライラするって言ってたよな」
「あ、うん」
「それじゃあ……顔に刺青でも入れてみたらどうだ?
迫力満点になって、多分、声を掛けられる頻度はかなり減ると思うぞ」
「ん~、いいアイデアかも。シャナが言うならそうする!あ、それってもしかして、餌?」
「まあ、餌って事にしとけ」
「やった!」
ピトフーイはそう言うと、笑顔でシャナに手を振りながらログアウトした。
「ピトフーイのストレスになるような事は、極力排除するに越した事は無いからな。
さて、あの水色の髪の子を探さないとか……まだいてくれればいいが」
そう言うとシャナは、街へと全力で走り出した。