「どういうつもり?」
「ただの確認だよ、あんたが本物の神崎エルザだって事のな」
それを聞いたエルザは、ほんの少し嬉しそうな表情を見せた。
「ほら、会えば分かるって言ったのは本当だったでしょ?」
「まあリスクを考えると、俺よりお前の方が遥かに上なのは認める」
「良かった、認めてもらえて」
そう言うとエルザはマイクを手に取り、カラオケに合わせて歌を歌い始めた。
本人が歌っている為、当然とても上手かったのは言うまでも無い。
曲が終わると、八幡はエルザに心からの拍手を送ったが、
ついでに八幡は、余計な一言を付け加えた。
「こうしてると、お前があのピトフーイだなんて、まったく信じられん」
「何言ってんの。喋り方や性格はまったく一緒だよ?」
「……この前の方が多少おしとやかだった気がするが」
「さすがの私も、人にお願いをする時くらいは多少丁寧に喋るわよ」
「まあ、そう言われるとそうなんだけどな」
エルザはそのまま椅子に座り、バッグをごそごそと漁ると、一枚の紙を八幡に差し出した。
「それじゃあ、はい、これ、受け取って」
「おいお前、何だよこれ……」
「見て分からない?免許証のコピーだけど」
それは、紛うことなき神崎エルザの個人情報が満載の、免許証のコピーだった。
「それは分かるけどな、一体何のつもりだ?」
「これで私はあんたを裏切れないでしょ?私なりの誠意よ」
八幡は少し考えた後に、それを素直に受け取った。
「分かった、これは絶対に他人に漏れないように、万全の体制で管理しておく」
「ありがと」
エルザはそう言うと、はにかむような笑顔を見せた。
八幡はその笑顔を見て、こいつも薔薇と一緒で、
黙ってれば見た目はいいのにな、等と失礼な事を考えていた。
「で、私はあんたに、期待してもいいの?」
「そうだな……さすがにここまで誠意を見せられるとな」
それを聞いたエルザは、期待に目を輝かせた。
「じゃあ……」
「でも言えない事もあるからな、そこらへんは理解しろよ。
あと、俺が言う事を信じるも信じないもお前の勝手だ。証明は出来ないぞ」
「うん!」
「それじゃあまずは、おめでとう」
「え?」
八幡がそう言い、いきなり拍手を始めたので、エルザは、訳が分からず、きょとんとした。
「え~っと、ありがとう?」
「おう、どういたしまして」
「え~っと……」
「まあ、普通は訳が分からないよな」
「う、うん」
八幡は、覚悟を決めるように、深い息を吐くと、エルザに言った。
「お前が引いたのは、例の三十人じゃない」
「あ……そっか、そうなんだ……」
エルザはそれを聞き、一瞬悲しそうな表情を見せたが、すぐに明るい笑顔に戻った。
「でもさっきも言ったけど、私はこうしてあんたと話せるだけで……
って、あれ?でもさっきあんた、確かにおめでとうって……」
「ああ。お前が引いたのは、三十人じゃない。数字で言うなら、四なんだ」
「え?え?……四!?四ってまさか……」
驚愕と共に、エルザの顔に理解の光が広がった。
エルザは、今度こそ期待に満ちた目で八幡の言葉を待った。
「どうやら分かったみたいだな、俺は銀影だ。その二つ名はよく知ってるんだろ?」
「そんな……そんな事って……神聖剣、黒の剣士、閃光、そして……銀影」
「まあ今回は、俺が運悪く恐ろしい強敵に遭遇しちまって、
その戦いを動画に撮られちまってたせいなのが大きいとは思うが、
それにしても俺がログインしたのはあの日以来だからな。強運というより、豪運……」
そのセリフを言い終える間もなく、エルザはいきなり八幡に抱き付いてきた。
「だからいきなり抱きつくなっつ~の。とりあえず、は、な、れ、ろ」
「い、や、よ」
「まあここはゲーム内じゃないから、引き離すのも余裕だけどな」
そう言うと八幡は、今度はあっさりと、力でエルザを引き離した。
エルザは不満そうに口をすぼめながらも、ここは譲らないとばかりに八幡の隣に座った。
そんなエルザの第一声は、こうだった。
「どうして教えてくれたの?三十人の一人だって、誤魔化す事も出来たよね?」
「まあ、あんまりお前ばかりにリスクを背負わせるのもちょっとな」
「そっか、少し怖かったけど、私のやった事は無駄じゃ無かったんだ」
「もう二度とこんな事はするなよ」
「うん!もうシャナ以外にはしないよ!」
「俺にもすんな」
「う~……」
エルザは不満そうな顔を見せたが、八幡に逆らう気はもうまったく無くなったようで、
結局八幡に、素直に頷いてみせた。
「さて、何から聞きたい?」
「えっと、プレイヤー同士の争いについてって言いたい所なんだけど、
せっかく銀影が相手なんだから……どうしよう、何から聞こうかな。
こんなの想定してなかったから、ちょっと迷っちゃうよ」
「その前に一つ言っておく。これから話す事は、絶対に他人に喋らないと誓え」
「うん、誓う」
「よし、オーケーだ」
エルザは八幡に頷くと、最初の質問を切り出した。
「それじゃあ聞くね。えっと、他の四天王の人はどうなったの?」
「一人はもう、この世にはいない」
「あ……そうなんだ」
「ちなみに残りの二人は、今でも一緒にいるぞ」
「そうなんだ!ちなみに、誰なのか聞いてもいい?」
「黒の剣士と閃光だ」
「そっか、欠けたのは神聖剣だったかぁ」
「ああ」
エルザは、何か想像しているらしく、遠い目をしながらそう言った。
「やっぱり、私もプレイしてみたかったな、SAO……」
「駄目だ」
「何でよ!」
「そうなった時、お前はラフコフに入った可能性があるからな」
エルザはそれを聞き、首を傾げながら八幡に聞き返した。
「ラフコフって?」
「お前が一番聞きたがっていた奴らの事だ」
「えっ……」
「分かるだろ?殺人ギルドだ」
そして八幡は、ラフコフに関する情報の、ほんの触り程度をエルザに話したのだが、
その事を一番聞きたがっていたはずのエルザは、何故か表情を歪めた。
「それ、違うわ……」
「ん?何がだ?」
「私はもっと正々堂々とした、ギリギリの戦いの末にそういう事が起こったんだと、
勝手にそう思い込んでた。でもあんたの話だと、そいつらはただの犯罪者じゃない!
そんなの、私が体験したかった、魂を焦がすような戦いとはぜんぜん違う!」
「そうか、俺がさっき、お前にイラついていた理由が分かったか?」
「うん、ごめん、そこは私が間違ってた」
エルザが素直に謝罪した為、八幡はエルザの評価を少し改めた。
だが、正々堂々ならいいのかという問題は、今後も彼女の周りに付き纏うのであろう。
「そこで、だ。俺からもお前に頼みがあるんだがな」
「頼み?下僕なんだし命令でもいいよ?」
「いや、まだ確信が持てないから、頼みくらいが丁度いい」
「そうなの?まあ、どっちでも構わないけど……」
承諾が得られた事で、八幡はエルザに、自分の目的を明かす事にした。
「実はな、GGOに、さっき説明したラフコフのメンバーが、おそらく参加している」
「そうなの!?」
「ああ、確かな筋の情報だ」
「そうなんだ……で、頼みって?」
どうやらエルザは、八幡に全面的に協力するつもりのようで、話の続きを八幡にせがんだ。
「今まで通り、SAOサバイバー探しを続けて欲しい。男限定で、強そうな奴を中心にだ。
そして、もしお前の目から見て怪しい奴がいたら、俺に教えて欲しい」
「いいけど、その条件は何で?」
「ラフコフに女はいなかった、まあ下部組織にはいたがな。
あと、俺が探してるのはラフコフの元幹部どもだ、当然強い。
放置しておいてもいいんだが、万が一にも俺達に害が及ぶような事は避けたいんでな。
まあ情報収集の一環だと思ってくれればいい」
エルザはそれを聞いて納得したのか、力強く宣言した。
「分かった、拷問は私に任せて!」
「……その顔でそう言われると、微妙にくるものがあるな」
「だから中身は変わんないんだってば。それとも私に惚れちゃって、
そういう事をしてほしくないのかな?」
「だから無えよ。それにお前には、エムっていう立派な彼氏がいるだろ」
「だからエムは彼氏じゃなくて、下僕だってば!」
「あーはいはい、とりあえず黙れ」
「う~」
エルザは隙あらばという感じで、ぐいぐいと八幡に迫っていくのだが、
八幡はまともに相手をしようとはしない。エルザはそれが少し悔しそうだった。
「さて、まだまだ俺に聞きたい事は沢山あると思うが、もう終電も近い。
お前も予想外の展開で、聞きたい事が上手く纏まってはいないだろ。
とりあえずこのくらいで、今日はお開きにしておこうぜ」
「え?私、今日はあんたと一緒に泊まるつもりで、着替えまで持ってきたんだけど」
「はあ?何でそうなるんだよ」
「だって私、さっき言ったよね?エムにお仕置きするのは明日にするって」
「そういえばそんな気もするが……」
「ね!」
「だが断る」
「え~?いいじゃない!」
「断る」
「いいじゃない!」
「断るっつってんだろ」
こうしてしばらく押し問答をしているうちに、
いつの間にか終電の時間が過ぎている事に気が付いた八幡は、エルザをじろっと見つめた。
「お前、わざと時間稼ぎしやがったな」
「え~?何の事~?」
「はぁ……」
「いいじゃない、ここは一つ、ハチにでも刺されたと思ってさぁ。あ、あんたは刺す方か!」
「その顔でおやじかよ……まあいい、ちょっと待ってろ」
「ほえ?」
八幡はそう言うと、どこかに電話を掛けた。そして数分後、一台の車が二人の前に停車し、
八幡は有無を言わさずその車にエルザを乗せ、その隣に自分も乗り込んだのだった。