ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/02/18 句読点や細かい部分を修正


第191話 強運というより豪運

「どういうつもり?」

「ただの確認だよ、あんたが本物の神崎エルザだって事のな」

 

 それを聞いたエルザは、ほんの少し嬉しそうな表情を見せた。

 

「ほら、会えば分かるって言ったのは本当だったでしょ?」

「まあリスクを考えると、俺よりお前の方が遥かに上なのは認める」

「良かった、認めてもらえて」

 

 そう言うとエルザはマイクを手に取り、カラオケに合わせて歌を歌い始めた。

本人が歌っている為、当然とても上手かったのは言うまでも無い。

曲が終わると、八幡はエルザに心からの拍手を送ったが、

ついでに八幡は、余計な一言を付け加えた。

 

「こうしてると、お前があのピトフーイだなんて、まったく信じられん」

「何言ってんの。喋り方や性格はまったく一緒だよ?」

「……この前の方が多少おしとやかだった気がするが」

「さすがの私も、人にお願いをする時くらいは多少丁寧に喋るわよ」

「まあ、そう言われるとそうなんだけどな」

 

 エルザはそのまま椅子に座り、バッグをごそごそと漁ると、一枚の紙を八幡に差し出した。

 

「それじゃあ、はい、これ、受け取って」

「おいお前、何だよこれ……」

「見て分からない?免許証のコピーだけど」

 

 それは、紛うことなき神崎エルザの個人情報が満載の、免許証のコピーだった。

 

「それは分かるけどな、一体何のつもりだ?」

「これで私はあんたを裏切れないでしょ?私なりの誠意よ」

 

 八幡は少し考えた後に、それを素直に受け取った。

 

「分かった、これは絶対に他人に漏れないように、万全の体制で管理しておく」

「ありがと」

 

 エルザはそう言うと、はにかむような笑顔を見せた。

八幡はその笑顔を見て、こいつも薔薇と一緒で、

黙ってれば見た目はいいのにな、等と失礼な事を考えていた。

 

「で、私はあんたに、期待してもいいの?」

「そうだな……さすがにここまで誠意を見せられるとな」

 

 それを聞いたエルザは、期待に目を輝かせた。

 

「じゃあ……」

「でも言えない事もあるからな、そこらへんは理解しろよ。

あと、俺が言う事を信じるも信じないもお前の勝手だ。証明は出来ないぞ」

「うん!」

「それじゃあまずは、おめでとう」

「え?」

 

 八幡がそう言い、いきなり拍手を始めたので、エルザは、訳が分からず、きょとんとした。

 

「え~っと、ありがとう?」

「おう、どういたしまして」

「え~っと……」

「まあ、普通は訳が分からないよな」

「う、うん」

 

 八幡は、覚悟を決めるように、深い息を吐くと、エルザに言った。

 

「お前が引いたのは、例の三十人じゃない」

「あ……そっか、そうなんだ……」

 

 エルザはそれを聞き、一瞬悲しそうな表情を見せたが、すぐに明るい笑顔に戻った。

 

「でもさっきも言ったけど、私はこうしてあんたと話せるだけで……

って、あれ?でもさっきあんた、確かにおめでとうって……」

「ああ。お前が引いたのは、三十人じゃない。数字で言うなら、四なんだ」

「え?え?……四!?四ってまさか……」

 

 驚愕と共に、エルザの顔に理解の光が広がった。

エルザは、今度こそ期待に満ちた目で八幡の言葉を待った。

 

「どうやら分かったみたいだな、俺は銀影だ。その二つ名はよく知ってるんだろ?」

「そんな……そんな事って……神聖剣、黒の剣士、閃光、そして……銀影」

「まあ今回は、俺が運悪く恐ろしい強敵に遭遇しちまって、

その戦いを動画に撮られちまってたせいなのが大きいとは思うが、

それにしても俺がログインしたのはあの日以来だからな。強運というより、豪運……」

 

 そのセリフを言い終える間もなく、エルザはいきなり八幡に抱き付いてきた。

 

「だからいきなり抱きつくなっつ~の。とりあえず、は、な、れ、ろ」

「い、や、よ」

「まあここはゲーム内じゃないから、引き離すのも余裕だけどな」

 

 そう言うと八幡は、今度はあっさりと、力でエルザを引き離した。

エルザは不満そうに口をすぼめながらも、ここは譲らないとばかりに八幡の隣に座った。

そんなエルザの第一声は、こうだった。

 

「どうして教えてくれたの?三十人の一人だって、誤魔化す事も出来たよね?」

「まあ、あんまりお前ばかりにリスクを背負わせるのもちょっとな」

「そっか、少し怖かったけど、私のやった事は無駄じゃ無かったんだ」

「もう二度とこんな事はするなよ」

「うん!もうシャナ以外にはしないよ!」

「俺にもすんな」

「う~……」

 

 エルザは不満そうな顔を見せたが、八幡に逆らう気はもうまったく無くなったようで、

結局八幡に、素直に頷いてみせた。

 

「さて、何から聞きたい?」

「えっと、プレイヤー同士の争いについてって言いたい所なんだけど、

せっかく銀影が相手なんだから……どうしよう、何から聞こうかな。

こんなの想定してなかったから、ちょっと迷っちゃうよ」

「その前に一つ言っておく。これから話す事は、絶対に他人に喋らないと誓え」

「うん、誓う」

「よし、オーケーだ」

 

 エルザは八幡に頷くと、最初の質問を切り出した。

 

「それじゃあ聞くね。えっと、他の四天王の人はどうなったの?」

「一人はもう、この世にはいない」

「あ……そうなんだ」

「ちなみに残りの二人は、今でも一緒にいるぞ」

「そうなんだ!ちなみに、誰なのか聞いてもいい?」

「黒の剣士と閃光だ」

「そっか、欠けたのは神聖剣だったかぁ」

「ああ」

 

 エルザは、何か想像しているらしく、遠い目をしながらそう言った。

 

「やっぱり、私もプレイしてみたかったな、SAO……」

「駄目だ」

「何でよ!」

「そうなった時、お前はラフコフに入った可能性があるからな」

 

 エルザはそれを聞き、首を傾げながら八幡に聞き返した。

 

「ラフコフって?」

「お前が一番聞きたがっていた奴らの事だ」

「えっ……」

「分かるだろ?殺人ギルドだ」

 

 そして八幡は、ラフコフに関する情報の、ほんの触り程度をエルザに話したのだが、

その事を一番聞きたがっていたはずのエルザは、何故か表情を歪めた。

 

「それ、違うわ……」

「ん?何がだ?」

「私はもっと正々堂々とした、ギリギリの戦いの末にそういう事が起こったんだと、

勝手にそう思い込んでた。でもあんたの話だと、そいつらはただの犯罪者じゃない!

そんなの、私が体験したかった、魂を焦がすような戦いとはぜんぜん違う!」

「そうか、俺がさっき、お前にイラついていた理由が分かったか?」

「うん、ごめん、そこは私が間違ってた」

 

 エルザが素直に謝罪した為、八幡はエルザの評価を少し改めた。

だが、正々堂々ならいいのかという問題は、今後も彼女の周りに付き纏うのであろう。

 

「そこで、だ。俺からもお前に頼みがあるんだがな」

「頼み?下僕なんだし命令でもいいよ?」

「いや、まだ確信が持てないから、頼みくらいが丁度いい」

「そうなの?まあ、どっちでも構わないけど……」

 

 承諾が得られた事で、八幡はエルザに、自分の目的を明かす事にした。

 

「実はな、GGOに、さっき説明したラフコフのメンバーが、おそらく参加している」

「そうなの!?」

「ああ、確かな筋の情報だ」

「そうなんだ……で、頼みって?」

 

 どうやらエルザは、八幡に全面的に協力するつもりのようで、話の続きを八幡にせがんだ。

 

「今まで通り、SAOサバイバー探しを続けて欲しい。男限定で、強そうな奴を中心にだ。

そして、もしお前の目から見て怪しい奴がいたら、俺に教えて欲しい」

「いいけど、その条件は何で?」

「ラフコフに女はいなかった、まあ下部組織にはいたがな。

あと、俺が探してるのはラフコフの元幹部どもだ、当然強い。

放置しておいてもいいんだが、万が一にも俺達に害が及ぶような事は避けたいんでな。

まあ情報収集の一環だと思ってくれればいい」

 

 エルザはそれを聞いて納得したのか、力強く宣言した。

 

「分かった、拷問は私に任せて!」

「……その顔でそう言われると、微妙にくるものがあるな」

「だから中身は変わんないんだってば。それとも私に惚れちゃって、

そういう事をしてほしくないのかな?」

「だから無えよ。それにお前には、エムっていう立派な彼氏がいるだろ」

「だからエムは彼氏じゃなくて、下僕だってば!」

「あーはいはい、とりあえず黙れ」

「う~」

 

 エルザは隙あらばという感じで、ぐいぐいと八幡に迫っていくのだが、

八幡はまともに相手をしようとはしない。エルザはそれが少し悔しそうだった。

 

「さて、まだまだ俺に聞きたい事は沢山あると思うが、もう終電も近い。

お前も予想外の展開で、聞きたい事が上手く纏まってはいないだろ。

とりあえずこのくらいで、今日はお開きにしておこうぜ」

「え?私、今日はあんたと一緒に泊まるつもりで、着替えまで持ってきたんだけど」

「はあ?何でそうなるんだよ」

「だって私、さっき言ったよね?エムにお仕置きするのは明日にするって」

「そういえばそんな気もするが……」

「ね!」

「だが断る」

「え~?いいじゃない!」

「断る」

「いいじゃない!」

「断るっつってんだろ」

 

 こうしてしばらく押し問答をしているうちに、

いつの間にか終電の時間が過ぎている事に気が付いた八幡は、エルザをじろっと見つめた。

 

「お前、わざと時間稼ぎしやがったな」

「え~?何の事~?」

「はぁ……」

「いいじゃない、ここは一つ、ハチにでも刺されたと思ってさぁ。あ、あんたは刺す方か!」

「その顔でおやじかよ……まあいい、ちょっと待ってろ」

「ほえ?」

 

 八幡はそう言うと、どこかに電話を掛けた。そして数分後、一台の車が二人の前に停車し、

八幡は有無を言わさずその車にエルザを乗せ、その隣に自分も乗り込んだのだった。


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