ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/02/08 句読点や細かい部分を修正


第190話 二つの顔

 ピトフーイはずっと笑い続けていた。

 

「あはっ、あはははははは」

「笑いすぎだろ……」

「だって……だって……あはははは、面白すぎる!」

「何がそんなに面白いんだよ……」

 

 シャナが呆れたようにそう言うと、ピトフーイは、腹を押さえたまま苦しそうに言った。

 

「だって……エムなら本当にやりそうだって思ったらつい……」

「それってそんなに笑うような事か?」

「だってエムは、元々私のストーカーだったんだもの」

「はあああああ?」

 

 シャナは、そのピトフーイのカミングアウトに、さすがに驚きの声を隠せなかった。

 

「私を落とした手管といい、何でそんなに色々分かるの?あんた神なの?神なんでしょ?」

「俺はただの善良な人間だ。あとお前、いきなりあんた呼ばわりかよ」

「あははははははは」

「だから笑いすぎだって……」

 

 ピトフーイはその後もしばらく笑い続けていたが、やがて落ち着いたのか、

とてもスッキリとした顔で、突然こんな事を言い出した。

 

「うん、私、あんたがSAOサバイバーだろうとなかろうと、もうどうでもいい!

私、絶対あんたと友達になる!」

「断る」

 

 シャナはそのピトフーイの宣言にかぶせるように、マッハで断りを入れた。

 

「ええええええ、いくら何でも即答すぎない?」

「お前みたいな危ない奴と、友達になるのは御免だ」

「じゃあ、恋人……とか?」

「世界一の彼女がいるのに、何故世界で二番目以下の奴と新たに恋人になる必要がある」

「私と会ったら、私が一番になるかもしれないわよ?」

「絶対に変わらん、断言する」

「はぁ……それじゃあ愛人で手を打つわ」

「俺は浮気はしない」

「もう~、だったらどんな関係だったら認めてくれるのよ」

「そうだな、いいとこ主人と下僕じゃないか?」

 

 シャナは冗談のつもりでそう言ったのだが、それを聞いたピトフーイは目を輝かせた。

 

「じゃあそれで!」

「は?お前馬鹿なの?」

「何よ!あんたから言い出した事じゃない」

「それはそうだが」

「なら決まりね。男なら、吐いた唾を飲み込むんじゃないわよ?」

「いつから俺が男だと錯覚していた?」

「あら、もしかして女だったの?ならこうしても問題ないわよね?

大丈夫よ、私、男も女もいける口だから」

 

 ピトフーイはそう言うやいなや、いきなりシャナに抱きついた。

 

「おい……は、な、れ、ろ」

「い、や、よ」

 

 シャナは、力ずくでピトフーイを引き離そうとしたが、

ピトフーイはかなり筋力があった為、どうしても引き離す事は出来なかった。

 

「この馬鹿力め……は、な、れ、ろ!」

「い、や、よ」

「会ってやらな……」

「え?何の事?」

 

 ピトフーイは、シャナがそう言い終える前に素早くシャナから離れ、

何事も無かったかのように、すました顔で言った。

 

「さあ、さっさとログアウトしましょう、時間がもったいないわ」

「お前、いい性格してんな……」

「いきなり褒めるなんて、もしかして私の事、好きになった?」

「いや、褒めてねえし、好きになんかなんねえよ」

「それじゃ、また後でね!」

 

 そう言ってシャナにウィンクをすると、ピトフーイはログアウトしていった。

残されたシャナは頭を抱えた。

 

「はぁ……明日奈、もしかしたら俺、色々ミスったかもしれねえわ……」

 

 シャナは立ち上がると、再びはぁ、とため息をつきながらログアウトした。

こうして現実に帰還した八幡は、いの一番に薔薇に電話を掛けた。

ピトフーイと会うのに際し、八幡は、複数の人間に監視させると言いはしたが、

実際問題、八幡が自由に動かす事が出来、仮に変な事に巻き込まれても胸が痛まないと、

『八幡が自分に言い聞かせられる』のは、薔薇しかいなかった為であった。

薔薇は八幡からの着信に、ノータイムで電話に出た。

 

「……」

「……」

「……もしもし?」

「うわ、びっくりした……あれ、おい今、着信音鳴ったか?」

「だってすぐに電話に出たもの」

「早すぎだろ……」

「べ、別にあんたからの着信を待ってた訳じゃないわよ、たまたまよ、たまたま!」

「お、おう、そうか……で、いきなりで悪いんだが、今からちょっと外に出てこれるか?」

「準備は出来てるわ、どこに行けばいい?」

「だから早いんだよ……」

 

(こいつはこいつで俺を必要としすぎだろ……やはり将来が心配だ……

こいつに今から女と会うなんて言ったら、おかしな誤解をされそうだが……

まあ背に腹は変えられん。よし……)

 

「実は今からよく知らない女と二人きりで会うので、ちょっと出てきて欲しいんだよ」

 

 八幡は、何らやましい事は無いと示すように、堂々と薔薇に用件を語った。

 

「なるほど、どうやら私が手伝うまでもなく、手がかりが掴めたのね」

「少し違うんだが、ラフコフへ通じる可能性がある案件だ。

しかし今の言い方でよく誤解しなかったな」

「当たり前よ、私はあんたの部下一号だもの。それにあんたには、明日奈様がいるしね」

 

 電話の向こうで、その大きな胸を張っているであろう、

薔薇の姿を想像し、八幡はとても複雑な気分になった。

 

「自分で一号とか言うなよ」

 

(こいつはこいつで、有能なのか、俺への信頼がすごすぎるのか、よく分からん……)

 

「じゃあ、筆頭!」

「お前、何か変な物でも食ったのか?」

「えっ?も、もしかして私、あんたの一人目の部下じゃないの?」

「いや、まあ、俺には部下と呼べるのは、お前しかいないが」

「ならいいわ。さあ、具体的に指示をお願い」

「分かった、今から説明する」

 

 そして二時間後、八幡は薔薇と共に、陽乃のオフィスの窓から外を監視していた。

八幡が待ち合わせ場所に指定したのは、そのビルの前だった。

ここなら、あくまでも仕事中のビジネスマンを装って監視が出来る。

何かあってもすぐに応援も呼べるだろう、そう考えての選択だった。

そして一人の女性が現れ、八幡の指定した場所に陣取ると、時計を見ながら、

きょろきょろと辺りを見回し始めた。八幡は、どうやらあれがピトフーイだなと思いながら、

薔薇に行ってくると声を掛けようとしたのだが、

薔薇はその女性を見て、何故かわなわなと震えていた。

 

「おい、どうかしたか?」

「ね、ねぇ……あれって変装はしてるみたいだけど、もしかして神崎エルザじゃないの?」

「神崎エルザ?どこかで聞いた名前だな」

「あんた知らないの?すごい人気で、チケットがほとんど入手出来ないっていう、

今話題のアーティストよ?」

 

 アーティストと聞いて、八幡は、先日明日奈に聞かせてもらった曲が、

まさに神崎エルザの新曲だった事を思い出した。

八幡は携帯をいじり、その曲を薔薇に聞かせた。

 

「もしかして、これか?」

「そうそう!これがあそこにいる、神崎エルザの新曲よ!」

「まじかよ……」

 

 呆然とする八幡に、薔薇は呆れたように言った。

 

「あんた、そんな有名人を、冗談のつもりでも下僕扱いしたの?

あまつさえ、相手がそれを承諾したって……」

「そういう事になるよな……」

 

 八幡は、まさかこんな展開になるとは思ってもいなかった為、狼狽したが、

まだあれが神崎エルザ本人だと確定した訳ではないと思い直し、開き直った。

 

「まあいいか、とりあえず他に誰もいないようだし、ちょっと行ってくるわ」

「私も後をつけて、周囲に気を配っておくけど、くれぐれも気を付けて」

「おう、頼むわ」

 

 八幡はそう言うと、ビルを出て、ピトフーイに近付いていった。

心細そうに待っていたピトフーイは、八幡の姿を見付けると、一瞬ビクッとした後、

探るような目付きでこちらを観察してきたのだが、八幡が軽く手を振ると、

どうやら八幡がシャナだと当たりをつけたのか、手を振り返してきた。

 

「尾行はちゃんと巻いたんだろうな」

「うん、バッチリ!」

「本当に尾行してきてたんだな……」

「あはははは、シャナの予想通りだったね!」

 

 丁度その時、八幡の携帯が着信を告げた。どうやら薔薇からのようだ。

八幡はピトフーイに断りを入れ、直ぐに電話に出た。

 

「何かあったか?」

「さっきは気付かなかったけど、尾行が一人いるわ。

あんたの姿を見て、どうやらうっかり姿を見せてしまったみたいね」

「分かった、今後はそいつの監視を頼む」

「了解」

 

 八幡は電話を切ると、ピトフーイの手を握り、移動を開始した。

 

「それじゃあこっちだ」

 

 八幡は、そのまま今来た道を引き返し、ビルの中へと入った。

八幡は顔パスなので、同行者がいても問題なく通れるが、

おそらく尾行してきたエムは、ここを通る事は出来ないだろう。

ちなみにこの入り口は、盗聴器を付けられていた場合、発見する事が出来る優れものだ。

八幡は盗聴器の有無を確認し、そのまま最短ルートで裏口へと向かうと、

すぐ近くにあった地下鉄の入り口へと入り、そのまま電車に乗った。

次の駅で降りた八幡は、そのまま連絡口へと向かい、別の路線へ乗り換え、次の駅で降りた。

八幡は一応薔薇に電話を入れ、エムが今、完全に八幡達を見失っている事を確認した。

 

「よし、もう大丈夫だ」

「何が大丈夫なの?」

「お前、エムに尾行されてたぞ」

「え?本当に?あいつ、明日帰ったらお仕置きだわ」

「あ~、まあ、お手柔らかにな」

 

 八幡は、お仕置きという単語に気を取られ、

ピトフーイが、明日帰ると言った事には気が付かなかった。

 

「さて、密談するならここか」

「カラオケボックス?」

「ああ、個室な上に、外に声が漏れる心配もないからな」

「まあ、それもそうだね」

 

 二人はそのままカラオケボックスに入り、軽い食べ物と飲み物を注文すると、

そのまま椅子に座って一息ついた。

 

「ふう……」

「ごめんねシャナ、尾行はちゃんと巻いたつもりだったんだけどなぁ」

「まあ、エムがプロだって事だろ、気にすんなって」

 

 八幡はそう言いながら、リモコンを操作し、とある曲をリクエストした。

 

「あれ、話す前に一曲歌うの?」

「いや、ちょっと違う」

 

 そして曲が流れ出すと、ピトフーイは、ハッとした顔で言った。

 

「これって……」

「そうだ、お前の曲だろ?神崎エルザ」

 

 そう告げた八幡の顔を、じっと見つめる神崎エルザの後ろで、

モニターに映し出された、まったく同じ顔の少女が、こちらを笑顔で見つめていた。




タイトルの二つの顔とは、ピトフーイと神崎エルザの事であり、
神崎エルザと、モニターの中の神埼エルザの事でもあります。
しかしまぁ、薔薇さんもピトさんも、いい性格をしていますね……

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