ピトフーイはずっと笑い続けていた。
「あはっ、あはははははは」
「笑いすぎだろ……」
「だって……だって……あはははは、面白すぎる!」
「何がそんなに面白いんだよ……」
シャナが呆れたようにそう言うと、ピトフーイは、腹を押さえたまま苦しそうに言った。
「だって……エムなら本当にやりそうだって思ったらつい……」
「それってそんなに笑うような事か?」
「だってエムは、元々私のストーカーだったんだもの」
「はあああああ?」
シャナは、そのピトフーイのカミングアウトに、さすがに驚きの声を隠せなかった。
「私を落とした手管といい、何でそんなに色々分かるの?あんた神なの?神なんでしょ?」
「俺はただの善良な人間だ。あとお前、いきなりあんた呼ばわりかよ」
「あははははははは」
「だから笑いすぎだって……」
ピトフーイはその後もしばらく笑い続けていたが、やがて落ち着いたのか、
とてもスッキリとした顔で、突然こんな事を言い出した。
「うん、私、あんたがSAOサバイバーだろうとなかろうと、もうどうでもいい!
私、絶対あんたと友達になる!」
「断る」
シャナはそのピトフーイの宣言にかぶせるように、マッハで断りを入れた。
「ええええええ、いくら何でも即答すぎない?」
「お前みたいな危ない奴と、友達になるのは御免だ」
「じゃあ、恋人……とか?」
「世界一の彼女がいるのに、何故世界で二番目以下の奴と新たに恋人になる必要がある」
「私と会ったら、私が一番になるかもしれないわよ?」
「絶対に変わらん、断言する」
「はぁ……それじゃあ愛人で手を打つわ」
「俺は浮気はしない」
「もう~、だったらどんな関係だったら認めてくれるのよ」
「そうだな、いいとこ主人と下僕じゃないか?」
シャナは冗談のつもりでそう言ったのだが、それを聞いたピトフーイは目を輝かせた。
「じゃあそれで!」
「は?お前馬鹿なの?」
「何よ!あんたから言い出した事じゃない」
「それはそうだが」
「なら決まりね。男なら、吐いた唾を飲み込むんじゃないわよ?」
「いつから俺が男だと錯覚していた?」
「あら、もしかして女だったの?ならこうしても問題ないわよね?
大丈夫よ、私、男も女もいける口だから」
ピトフーイはそう言うやいなや、いきなりシャナに抱きついた。
「おい……は、な、れ、ろ」
「い、や、よ」
シャナは、力ずくでピトフーイを引き離そうとしたが、
ピトフーイはかなり筋力があった為、どうしても引き離す事は出来なかった。
「この馬鹿力め……は、な、れ、ろ!」
「い、や、よ」
「会ってやらな……」
「え?何の事?」
ピトフーイは、シャナがそう言い終える前に素早くシャナから離れ、
何事も無かったかのように、すました顔で言った。
「さあ、さっさとログアウトしましょう、時間がもったいないわ」
「お前、いい性格してんな……」
「いきなり褒めるなんて、もしかして私の事、好きになった?」
「いや、褒めてねえし、好きになんかなんねえよ」
「それじゃ、また後でね!」
そう言ってシャナにウィンクをすると、ピトフーイはログアウトしていった。
残されたシャナは頭を抱えた。
「はぁ……明日奈、もしかしたら俺、色々ミスったかもしれねえわ……」
シャナは立ち上がると、再びはぁ、とため息をつきながらログアウトした。
こうして現実に帰還した八幡は、いの一番に薔薇に電話を掛けた。
ピトフーイと会うのに際し、八幡は、複数の人間に監視させると言いはしたが、
実際問題、八幡が自由に動かす事が出来、仮に変な事に巻き込まれても胸が痛まないと、
『八幡が自分に言い聞かせられる』のは、薔薇しかいなかった為であった。
薔薇は八幡からの着信に、ノータイムで電話に出た。
「……」
「……」
「……もしもし?」
「うわ、びっくりした……あれ、おい今、着信音鳴ったか?」
「だってすぐに電話に出たもの」
「早すぎだろ……」
「べ、別にあんたからの着信を待ってた訳じゃないわよ、たまたまよ、たまたま!」
「お、おう、そうか……で、いきなりで悪いんだが、今からちょっと外に出てこれるか?」
「準備は出来てるわ、どこに行けばいい?」
「だから早いんだよ……」
(こいつはこいつで俺を必要としすぎだろ……やはり将来が心配だ……
こいつに今から女と会うなんて言ったら、おかしな誤解をされそうだが……
まあ背に腹は変えられん。よし……)
「実は今からよく知らない女と二人きりで会うので、ちょっと出てきて欲しいんだよ」
八幡は、何らやましい事は無いと示すように、堂々と薔薇に用件を語った。
「なるほど、どうやら私が手伝うまでもなく、手がかりが掴めたのね」
「少し違うんだが、ラフコフへ通じる可能性がある案件だ。
しかし今の言い方でよく誤解しなかったな」
「当たり前よ、私はあんたの部下一号だもの。それにあんたには、明日奈様がいるしね」
電話の向こうで、その大きな胸を張っているであろう、
薔薇の姿を想像し、八幡はとても複雑な気分になった。
「自分で一号とか言うなよ」
(こいつはこいつで、有能なのか、俺への信頼がすごすぎるのか、よく分からん……)
「じゃあ、筆頭!」
「お前、何か変な物でも食ったのか?」
「えっ?も、もしかして私、あんたの一人目の部下じゃないの?」
「いや、まあ、俺には部下と呼べるのは、お前しかいないが」
「ならいいわ。さあ、具体的に指示をお願い」
「分かった、今から説明する」
そして二時間後、八幡は薔薇と共に、陽乃のオフィスの窓から外を監視していた。
八幡が待ち合わせ場所に指定したのは、そのビルの前だった。
ここなら、あくまでも仕事中のビジネスマンを装って監視が出来る。
何かあってもすぐに応援も呼べるだろう、そう考えての選択だった。
そして一人の女性が現れ、八幡の指定した場所に陣取ると、時計を見ながら、
きょろきょろと辺りを見回し始めた。八幡は、どうやらあれがピトフーイだなと思いながら、
薔薇に行ってくると声を掛けようとしたのだが、
薔薇はその女性を見て、何故かわなわなと震えていた。
「おい、どうかしたか?」
「ね、ねぇ……あれって変装はしてるみたいだけど、もしかして神崎エルザじゃないの?」
「神崎エルザ?どこかで聞いた名前だな」
「あんた知らないの?すごい人気で、チケットがほとんど入手出来ないっていう、
今話題のアーティストよ?」
アーティストと聞いて、八幡は、先日明日奈に聞かせてもらった曲が、
まさに神崎エルザの新曲だった事を思い出した。
八幡は携帯をいじり、その曲を薔薇に聞かせた。
「もしかして、これか?」
「そうそう!これがあそこにいる、神崎エルザの新曲よ!」
「まじかよ……」
呆然とする八幡に、薔薇は呆れたように言った。
「あんた、そんな有名人を、冗談のつもりでも下僕扱いしたの?
あまつさえ、相手がそれを承諾したって……」
「そういう事になるよな……」
八幡は、まさかこんな展開になるとは思ってもいなかった為、狼狽したが、
まだあれが神崎エルザ本人だと確定した訳ではないと思い直し、開き直った。
「まあいいか、とりあえず他に誰もいないようだし、ちょっと行ってくるわ」
「私も後をつけて、周囲に気を配っておくけど、くれぐれも気を付けて」
「おう、頼むわ」
八幡はそう言うと、ビルを出て、ピトフーイに近付いていった。
心細そうに待っていたピトフーイは、八幡の姿を見付けると、一瞬ビクッとした後、
探るような目付きでこちらを観察してきたのだが、八幡が軽く手を振ると、
どうやら八幡がシャナだと当たりをつけたのか、手を振り返してきた。
「尾行はちゃんと巻いたんだろうな」
「うん、バッチリ!」
「本当に尾行してきてたんだな……」
「あはははは、シャナの予想通りだったね!」
丁度その時、八幡の携帯が着信を告げた。どうやら薔薇からのようだ。
八幡はピトフーイに断りを入れ、直ぐに電話に出た。
「何かあったか?」
「さっきは気付かなかったけど、尾行が一人いるわ。
あんたの姿を見て、どうやらうっかり姿を見せてしまったみたいね」
「分かった、今後はそいつの監視を頼む」
「了解」
八幡は電話を切ると、ピトフーイの手を握り、移動を開始した。
「それじゃあこっちだ」
八幡は、そのまま今来た道を引き返し、ビルの中へと入った。
八幡は顔パスなので、同行者がいても問題なく通れるが、
おそらく尾行してきたエムは、ここを通る事は出来ないだろう。
ちなみにこの入り口は、盗聴器を付けられていた場合、発見する事が出来る優れものだ。
八幡は盗聴器の有無を確認し、そのまま最短ルートで裏口へと向かうと、
すぐ近くにあった地下鉄の入り口へと入り、そのまま電車に乗った。
次の駅で降りた八幡は、そのまま連絡口へと向かい、別の路線へ乗り換え、次の駅で降りた。
八幡は一応薔薇に電話を入れ、エムが今、完全に八幡達を見失っている事を確認した。
「よし、もう大丈夫だ」
「何が大丈夫なの?」
「お前、エムに尾行されてたぞ」
「え?本当に?あいつ、明日帰ったらお仕置きだわ」
「あ~、まあ、お手柔らかにな」
八幡は、お仕置きという単語に気を取られ、
ピトフーイが、明日帰ると言った事には気が付かなかった。
「さて、密談するならここか」
「カラオケボックス?」
「ああ、個室な上に、外に声が漏れる心配もないからな」
「まあ、それもそうだね」
二人はそのままカラオケボックスに入り、軽い食べ物と飲み物を注文すると、
そのまま椅子に座って一息ついた。
「ふう……」
「ごめんねシャナ、尾行はちゃんと巻いたつもりだったんだけどなぁ」
「まあ、エムがプロだって事だろ、気にすんなって」
八幡はそう言いながら、リモコンを操作し、とある曲をリクエストした。
「あれ、話す前に一曲歌うの?」
「いや、ちょっと違う」
そして曲が流れ出すと、ピトフーイは、ハッとした顔で言った。
「これって……」
「そうだ、お前の曲だろ?神崎エルザ」
そう告げた八幡の顔を、じっと見つめる神崎エルザの後ろで、
モニターに映し出された、まったく同じ顔の少女が、こちらを笑顔で見つめていた。
タイトルの二つの顔とは、ピトフーイと神崎エルザの事であり、
神崎エルザと、モニターの中の神埼エルザの事でもあります。
しかしまぁ、薔薇さんもピトさんも、いい性格をしていますね……