ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

190 / 1227
2018/02/08 句読点や細かい部分を修正


第189話 彼女が望む物

「ここでいい?」

「問題ない」

 

 主にプレイヤー同士の集まりに使われるレンタルスペースを確保した二人は、

そのまま中へ入った。シャナはソファーに腰を下ろし、ピトフーイが話し始めるのを待った。

ピトフーイは、少しもじもじしながら、シャナの顔を熱っぽく見つめていた。

 

「……何だよ」

「今度こそ『当たり』かと思って、期待しているのよ」

「当たり、ねぇ……何をもって、当たりと外れを区別するんだ?」

「私が得た情報だと、最後の戦いに参加した人数は三十人前後だったはず。

つまり、生き残った六千人中、トップと呼ばれる人は、

全人口のたった0.5パーセントしかいないって事じゃない。

そんな数少ない『当たり』に遭遇出来る確率は、ほぼゼロに等しいと思わない?」

「要するにお前、そのトップ連中に接触したいわけか。まあ、確率的にはそうだろうな」

 

 シャナは、その意見に同意した。

 

「そして、更にその上、トップに君臨した四人のプレイヤー。

二つ名しか伝わってこないけど、出来ればそのうちの誰かに話を聞けたら最高ね。

もっともそんな確率は、ほぼどころか、完全にゼロなのかもしれないけどね」

「そんな偶然は、ありえないな」

 

(実際はここにいるんだけどな)

 

「で、結局お前はどんな情報を求めているんだ?」

「あそこで一体何が起こっていたのかとか、まあ色々ね」

「何がって……要するにデスゲームだろ?」

「だから色々よ。例えば……プレイヤー同士の争いとかね」

 

(こいつ……俺の正体を探ろうと、鎌をかけてる訳じゃないよな。

そもそもラフコフに女のメンバーはいなかったはずだ。とすると、ただの興味本位か?)

 

「確かにそういう噂も流れていたな。真偽はどうか分からないが」

「で、どうなの?」

「知らない奴同士が集まると、必ず争いが起きるってのは、人類の歴史上の常識だろ?」

 

 ピトフーイはそれには答えず、じっとシャナを見つめた。

シャナは、そのピトフーイの瞳を真っ直ぐ見つめ返し、その場にはしばらく沈黙が流れた。

先に口を開いたのはピトフーイだった。ピトフーイは、埒があかないと思ったのか、

はっきりとした声でシャナに言った。

 

「貴方に一つ、情報を開示するわ」

「何の情報だ?」

「私が何故SAOに拘るのか、その理由よ」

「ふむ」

 

 シャナはその理由には余り興味が無かったが、

ラフコフのメンバーが絡んでいる可能性を考え、大人しく話を聞く事にした。

 

「で?」

「私はSAOのβテスターだったのよ。でも、どうしても外せない理由があって、

サービス開始当日に、製品版にログインする事が出来なかった、SAOルーザーなのよ」

「ルーザー、ねぇ……失敗した人間、失敗者って事か。

でもおかげで命拾い出来たんだろ?何か問題があるか?」

「私はSAOで、魂を焦がすような、命のやり取りがしたかったのよ!」

 

 突然ピトフーイが叫んだ。その叫びを聞いたシャナは、

ピトフーイがどれほど無念だったのかを何となく悟ったが、

至極真っ当な価値観を持つシャナは、それにまったく共感出来なかった。

 

(こいつがSAOにいなくて本当に良かった。

ラフコフに入団していた可能性が高かったからな。

しかしこうなると、とりあえずこいつは、ラフコフとは無関係……か)

 

「だから私は、とにかくSAOの話を詳しく聞きたいと思って、

SAOサバイバーと思われるプレイヤーを、片っ端から拷問しまくったって訳」

「だが、仮に詳しい話を聞けたとしても、お前の無念は晴れないだろ?

むしろ更に無念さが増すだけじゃないのか?」

「確かにそうかもしれないけど、それでも私は、当事者に話を聞きたい」

 

 頑なにそう主張するピトフーイに対し、シャナは、呆れたように言った。

 

「やっぱりお前、破滅願望の塊だな、正直壊れてるようにしか思えん」

「失礼ね、これでもちゃんと、常識的な価値観くらい持ち合わせているわよ。

ゲーム内の事を、リアルに持ち出さないくらいの分別はあるのよ」

 

 シャナはその言葉を聞くと、吐き捨てるように言った。

 

「それなのに、魂を焦がすような命のやり取り?

お前は結局合法的に殺人がしたいだけなのか?」

「違う!私は別に、人を殺したいなんて思っていない!」

「だが、プレイヤー相手に命のやり取りをするってのは、他人を殺す覚悟をするって事だ」

「それは……」

 

 ピトフーイはその矛盾に対し、何も答える事は出来なかった。

シャナはソファーから腰を浮かせながら、冷たい声でピトフーイに言った。

 

「どんな話かと思ったら、ただの殺人願望を聞かされるだけだったとはな。

本当につまらない時間だったわ。話はそれで終わりか?それならそろそろ俺は帰るぞ」

「待って!」

「待たない」

 

 そのまま帰ろうとするシャナに、ピトフーイは、縋り付きながら懇願した。

 

「お願い!プレイヤー相手の殺し合いは、ゲームの中だけで我慢するって約束するから!」

「そもそも実際に殺し合いが出来るようなゲームは、もう存在しない。

だからそんな約束は、俺にとっては何の意味も無い。当たり前の事だからな。

その上で一つ言っておく。俺も噂レベルで聞いただけだが、

お前の言う0.5%のプレイヤーは、多かれ少なかれ、プレイヤー同士の争いを経験し、

その上でそんな世界に嫌気がさして、頑張ってゲームをクリアしてきた奴らのはずだ。

だから断言しよう。お前のその願望を聞いた上で、

お前にSAOの話をしてくれるような奴は、誰一人として存在しない。

だからお前には、一生SAOの話を誰かからしてもらえるような機会は訪れない」

「そ、そんな……」

「例えお前がSAOをプレイしていたとしても、

魂を焦がすような暇も無く、一瞬でモブに倒されて死んでいただろうな」

「……」

 

 シャナは、あえてピトフーイに厳しい言葉を投げかけ続けた。

 

(こいつは多分、何を言っても根っこでは考えを改めない、危ない奴だ。

ならとことん追い詰めて、誰からも話が聞けないと思わせ、

その上で小出しに話をしてやって、俺にある程度依存させる。

その為には、俺の正体を明かす事も必要になると思うが、

それはこいつの弱みを握るか何かして、絶対的に優位になってからだな。

そうなれば、こいつから情報を引き出すのも楽になるだろう)

 

 シャナは、とても正義とは思えない黒い思考を巡らせていた。

当然である。シャナは正義の味方ではなく、自分とアスナと家族と、仲間達の味方なのだ。

そんなシャナの考えはつゆ知らず、ピトフーイは泣きそうな顔でうな垂れていた。

そんなピトフーイに対し、シャナは止めの一言を投げかけた。

 

「そもそもお前、本気でSAOの話を聞きたいのか?興味本位じゃないのか?」

「話を聞きたいのは本当に本気よ!それだけは間違いないわ!」

「で?」

 

 ピトフーイは、そう促され、一瞬で自分を捨てる覚悟を決めた。

 

「私、貴方に賭けるわ」

「賭ける?何をだ?」

「私のプライベートを賭けるわ」

「お前のプライベートが、俺にとって何の価値があるんだ?」

「会えば分かる」

「はぁ?」

「会えば、分かる」

「……」

 

 ピトフーイは、どうやら本気でそう思っているようだ。

そう考えたシャナは、これでこいつに枷を嵌められると、心の中でほくそ笑みながら、

会った後に自分達に害が及ばないように、どんな条件を付けるのか考え始めたが、

ふと別のリスクについて思い出し、その事について触れた。

 

「お前さっき、自分には分別があるって言ってたよな。

でもお前の分別が発揮されるのは、プライベート以外でなら……だろ?」

「いきなり何よ……何でそう思うのよ」

「だってお前、さっきあのエムって奴を殴ってたじゃないか。

もしかすると、名前の通りの性癖を持っているのかもしれないが、

あの様子だと、お前は家で日常的に、ああいう事をしてるだろ?」

 

 ピトフーイは、少し拗ねたようにシャナに言った。

 

「よく見てるのね。あれだけ私を貶めた上に、お説教でもしたいの?」

「いや、正直それはどうでもいい、好きにしろ。

ただし、俺に火の粉が飛ぶような事は絶対に許さん」

「分かったわ、約束する」

 

 ピトフーイはそう答えたが、シャナは何も言わない。

それどころか、ピトフーイの言葉を待っているように見受けられ、

ピトフーイは目をパチクリさせると、次の瞬間、シャナの言葉の意味に気が付いた。

 

「火の粉を飛ばすな、って、もしかして、会って話してくれる気になったの?」

「お前が一人で来るのが絶対条件だ。こっちは何人かに、遠くから俺達の様子を監視させる。

何かあった時以外に、そいつらがお前に近付く事は決して無いと約束する。

もっとも証明する事は出来ないから、俺を信じてもらうしか無いがな」

「信じるわ」

 

 ピトフーイは、何の疑問も抱かずに即答した。

シャナは、これはこれで問題がありそうだと思いながらも、自身の目的を優先する事にした。

 

「よし、それじゃあ早速、今から指定する場所に来れるか?時間は二時間後でどうだ?」

「大丈夫よ、行けるわ」

「ところで、お前にとってエムってどういう存在なんだ?」

「え?いきなり何?私にとってのエムは……サンドバッグ?それとも下僕……かしら?」

 

 シャナは、その言葉を自分なりに理解すると、最後にピトフーイに念押しする事にした。

 

「そういう奴に限って、主人の為とか言って、正義感と使命感に燃えて、

余計な事をしたがるもんなんだよな。きっちりエムの尾行は巻いておけよ」

 

 ピトフーイはその言葉を聞くと、プッと噴出し、大笑いを始めたのだった。




情報を持つシャナと、どうしても聞きたいピトの交渉なので、やはりシャナの優位は揺るぎません!それにしてもシャナさん、黒いですね!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。