ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/02/08 句読点や細かい部分を修正


第四章 GGO編
第188話 シャナを探す女


久々にGGOにログインしたシャナは、その瞬間、背中に鳥肌が立つのを感じた。

 

(誰かに見られている……この視線の持ち主は、何かヤバイ気がする)

 

 そう感じたシャナは、極力自然な態度を装い、近くにあった狭い路地に入っていった。

そのまま迷路のような廃墟のフィールドの裏路地をどんどん奥に進んでいったシャナは、

尾行の気配が無くならない為、いくつ目かの角を曲がった瞬間に上へと飛び上がり、

廃ビルの二階の窓に手をかけると、強引に体を引き上げ、

その窓から中に入り、そのまま通路を監視した。

そして通路を凝視するシャナの目に、二人のプレイヤーがそっと顔を覗かせる姿が映った。

一人はかなり背が高く、茶色の髪をしたごつい男、

そしてもう一人は、全身筋肉で出来ているような体をした長髪で細身の男だった。

 

(暗くて顔がよく見えないが、一体何者なんだ?)

 

 シャナは息を殺し、上から二人の監視を続けた。

二人はシャナの姿を見失った事に気が付くと、慌てて周囲の探索を始めたが、

やがて諦めたのだろう、がっくりと肩を落として立ち止まった。

シャナは、これで会話でもしてくれれば少しは情報が得られるんだがと、

聞き耳をたてていたのだが、その期待は完全に裏切られた。

細身の男が、いきなりごつい男を殴ったからだ。

 

(は?)

 

 シャナは戸惑ったが、その殴打はしばらく続き、聞こえてくるのは、

罵声らしき声だけだった。よく聞くとそれは、お前のせいで、とか、トロいんだよ、

と聞こえ、シャナは細身の男がごつい男に八つ当たりをしているんだと推測した。

やがて殴るのに飽きたのか、細身の男が喋りだした。

 

「……せっかく確認するチャンスだったのに、なんであんたはそんなにトロいのよ、エム」

 

 シャナはそのセリフを聞き、細身の男が、実は女だった事に気が付いた。

 

「すまん、ピト」

 

 どうやら女の方がピト、男の方はエムという名前らしい。

 

(ピト……女でピトなら、思い当たる名前が一つあるな。確か、ピトフーイと言ったか)

 

 ピトフーイは、実力はあるが、性格に問題があるプレイヤーとして、

古参プレイヤーの間では有名な存在だった。

自分が生き残る為なら平気で仲間を犠牲にする為、誰からも嫌われている、

ピトフーイはそういうプレイヤーだった。

 

(あのピトフーイが、まったく関わった事が無い俺を探していた……?

理由は大会のVTRを見たせいだとしか思えないが、

あれに映っていた物を見たとしたら、どっちだ……ナイフか、それともM82か……

もう少し情報を収集したい所なんだが、あのエムってのもかなり腕はたちそうだ。

戦ったとしても、さすがに二人相手だと、負けないにしろ万が一があるからな……)

 

 シャナは二人を制圧し、情報を直接聞き出そうかと考えたが、

ピトフーイが噂通りの実力を誇り、更にそこに、実力が未知数のエムが加わったとしたら、

今の自分でも、制圧に『ほんの少し』手こずるかもしれないと考え、

もう少し様子を見る事にした。どうやらエムは完全に指示待ちらしく、その場に座り込み、

ピトフーイはその前を、何か考えているのか、腕組みしながらうろうろしていた。

やがて考えが纏まったのか、ピトフーイはシャナの潜むビルを指差しながらエムに言った。

 

「よし、しばらくこの周辺で張り込んでみようか。とりあえず今日はそのビルの中に入って、

目立たない所でそのまま落ちよう」

「分かった」

 

 どうやら二人は今日はログアウトする事にしたらしく、

シャナは、それならそれでいいと考え、このまま二人をやりすごす事に決めた。

 

「それじゃあ落ちるとするか」

「ええ」

 

 二人はコンソールを操作し、同時にログアウトするかと思われた。

そして、二人の指がログアウトボタンを押したように思われたが、

実際にログアウトしたのはエムだけだった。

ピトフーイはログアウトボタンを押す直前に手を引っ込め、そのまま後ろで手を組み、

ビルの入り口の方へと振り返ってため息をついた。ピトフーイはそのままボソッと呟いた。

 

「さすがに一筋縄ではいかないか、あのナイフの腕……

もしかしたら話が聞けるんじゃないかって期待したんだけどな」

 

(何の話が聞きたいのかは分からないが、ナイフの方だったか。今あいつは一人……よし)

 

 そのセリフを聞いた瞬間、シャナは一人になったピトフーイを制圧する事を即決した。

音も無くピトフーイの正面に降り立ったシャナは、

振り返った体制のままのピトフーイが再びこちらを向く前に、そのまま正面から、

両腕が使えないようにピトフーイを左手で抱きすくめ、右手にナイフを持ち、

ピトフーイの首筋にそれを押し当てたのだが、予想に反してピトフーイは、

一瞬ビクッとはしたものの、一切抵抗する気配を見せなかった。

ピトフーイはゆっくりと正面に向き直り、シャナの顔を見て、ニッコリと笑った。

 

(こいつ……今までの行動は、わざとか)

 

 シャナは、これは失敗したかもしれないと思いつつ、

安易に主導権を渡さないように、慎重に言葉を選びながらピトフーイに声を掛けた。

 

「すまん、少し待たせたか?」

「ううん、来てくれただけで嬉しいわ。出来れば仲良くお話ししたいから、

そのナイフは引っ込めてもらえると嬉しいんだけど」

「俺は気が弱いんで、お前が怒ってるんじゃないかと思ったら、ちょっと怖くてな」

「ううん、気にしないで。私も似たような事を思っていたから」

 

 にっこりと微笑んだピトフーイは、両手を拘束されたまま、右手の肘から先だけを動かし、

笑顔のままスッと、その手の先をシャナの脇腹へと突き出した。

シャナはその瞬間、自然な動作でピトフーイの体から手を離すと、左半身を引き、

そのまま空いた左手でピトフーイの右手を掴んだ。

シャナがその手を強く握ると、カランカランと音を立て、ピトフーイの右手から、

いつの間に隠し持っていたのだろうか……ナイフが落ちた。

だが、同時にピトフーイも、自由になった左手でナイフを持つシャナの右手を掴んでいた。

 

「もう少し色っぽい展開になると思っていたんだがな」

「あら、十分色っぽくて、刺激的な展開じゃない」

「生憎と、俺にはそういう趣味は全く無い」

「あら、残念」

 

 二人はそう言葉を交わすと、お互いの手を同時に離した。

 

「で、俺を探していたみたいだが、何か用でもあるのか?」

 

 ピトフーイは落ちていたナイフを拾い、シャナからよく見えるように、

ナイフをストレージに仕舞ってから返事をした。

 

「そうね、聞きたい事が色々あるのは確かだけど、とにかく会いたかったというのが本音ね」

 

 シャナはそれを聞き、自らもナイフを仕舞うと、ゆっくりと首を横に振った。

 

「俺は浮気はしない主義なんだ」

 

 ピトフーイは腕を組んで人差し指を顎に当て、トントンと叩きながら、ふむ、と呟いた。

 

「シャナはリアルで結婚している、もしくは付き合っている人がいる、と」

「おう、俺の彼女は世界一かわいいぞ」

 

 ピトフーイはそう言われた瞬間、トントンしていた指をピタっと止め、シャナを見つめた。

 

「随分あっさりとバラすのね」

「リアルを変に隠そうとする奴ほど、余計な事を口走って墓穴を掘るもんだ」

「なるほどねぇ、あらかじめ話していい事と悪い事の線引きは、きっちりしてあるのね」

「そういう事だ」

 

 ピトフーイは、目に面白そうな光を湛えながら、確認するようにシャナに尋ねた。

 

「一応私と会話をしてくれる気はあると思っていいの?」

「どうやら戦意は無さそうだからな。さっきの攻撃も本気じゃ無かっただろ?」

「あら、分かるの?」

「だってお前、俺と同じSTRタイプだろ?

それがあんなに簡単にナイフを落としたりするかよ」

 

 ピトフーイはそう言われ、筋肉質で、女性らしい所の一切無い、

鍛え抜かれた戦士のような自分の肉体をアピールしながら言った。

 

「その判断はどこから?私がこんな見た目だから?」

「見た目と能力が比例するなんて考える奴は、早死にするだけだろうな」

「それには全面的に同意するわ」

「種を明かすと、口から出まかせを言っただけだ」

「あら、只の情報収集だったの?それとも私に個人的な興味があるの?」

「いや、全く」

 

 シャナは首を横に振り、続けてピトフーイに言った。

 

「そろそろ本題に入ったらどうだ?」

「ひどい男ね、それじゃあ……」

 

 ピトフーイは、深呼吸を一つすると、シャナの目をじっと見つめた。

その目は、絶対に嘘は見逃さないという、それでいて何かを追い求めるような、

不思議な光を湛えた眼差しをしていた。

 

「貴方は、SAOサバイバーなのかしら?」

 

 シャナはその問いに虚を突かれたが、内心の驚きを悟られないように、すぐ質問を返した。

 

「それを聞いてどうするんだ?」

「教えて欲しい事があるのよ。今まで何人かのSAOサバイバーを自称する男どもに、

まったく同じ質問をしたんだけど、ある意味全員外れだった。

確かにSAOサバイバーは何人か存在したけど、

どれも中層までをうろうろしていただけの、小物ばっかりだったわ」

「自称?そんな事をして何の意味がある?」

 

 シャナが呆れたようにそう言うと、ピトフーイも同意するように肩を竦めた。

 

「どうやらSAOサバイバーだって事を、ステータスか何かだと勘違いしているみたい」

「ステータスなぁ……」

「まあ、以前の名前さえバレなければ特にリスクがある訳ではないし、

箔がつくと思ってる男は、かなり多かったわよ」

 

 シャナはALOでは、まあ名前のせいが大きいのだが、

一部のプレイヤーには、完全に正体がバレちまってるよなと思いながら、

GGOでは極力慎重に行動しようと、改めて心の中で誓った。だが、条件次第では、

自分からバラさないといけなくなる事もあるだろうという覚悟だけはしておく事にした。

 

「しかしそいつらも、よく馬鹿正直にお前の質問に答えてくれたもんだな」

「拷問したからね」

 

 ピトフーイはそう言いながら、シャナにウィンクをした。

シャナは、絶対にこいつとは深く関わりたくないと思いながらも、ぐっと我慢し、

自分の目的との整合性を考え、今後を見据えて情報交換が出来ないか考えた。

何故かSAOサバイバーを探しているという、このピトフーイなら、

あるいは今後、自分の求める情報を持ってくる可能性がある。

シャナは、この話の落とし所を考えたが、それには情報が少なすぎた。

シャナは、出来れば絶対に邪魔の入らない所で話したいと思い、ピトフーイにこう尋ねた。

 

「長話をしている間に、お前がいつまでもログアウトしない事で、

不信感を覚えたお前の仲間がこの場所に戻ってくる可能性がある。

そんなゴタゴタは避けたい所だが、話をするのにどこかいい場所はあるか?」

「教えてくれるの?」

 

 シャナはその問いに、首を横に振った。

 

「まずお前の話を聞いてから判断する」

「分かったわ、それじゃあとりあえず街に戻って、

二人の同意が無いと、他人が絶対に入れない部屋を借りましょう」

「ああ、それでいい」

 

 シャナはピトフーイの提案を受け、ついでとばかりにピトフーイに軽口を叩いた。

 

「しかし、さっきそこで落ちた仲間は、お前の恋人か何かなんだな。

お前がログアウトしない事がすぐ分かるって事は、

少なくともお前らは、同じ家もしくは部屋からログインしている訳だ」

 

 ピトフーイは、目をパチクリすると、シャナに流し目を送りながら言った。

 

「あら、やっぱり私に個人的に興味があるの?

話の内容次第では、リアルで会ってあげてもいいわよ?」

「浮気はしないと言っただろ。ただお互いの持つ相手の情報を、イーブンに戻しただけだ」

「あら残念。それじゃあエムが戻って来ない間に、さっさと行きましょう」

 

 そう言うとピトフーイは、上機嫌で鼻歌を歌いながら街へと歩き出した。

どうやらシャナの事が気に入ったらしい。

シャナは、気に入られたらしい事にゲンナリとしながらも、ピトフーイと共に歩き出した。




この頃のピトフーイは、まだ原作ほど強くはありません

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