次の日八幡は、無事にギルドの創設と、拠点の確保、並びに、
ユイとキズメルの復活に成功した事を陽乃に報告する為、彼女のオフィスを訪れていた。
薔薇の案内で陽乃の部屋に入り、一通り報告をしたものの、当然陽乃に散々いじられ、
疲れた顔で部屋を出てきた八幡の目に、入った時と変わらず、
何故かそこで待ち続けていた薔薇の姿が目に入った。
八幡は、何か用事でもあるのかと思い、薔薇に話し掛けた。
「ん、俺を待ってたのか?何か用事でもあるのか?」
「……まあ、聞きたい事は無くも無いけど、用事は別に」
そう言いながらも薔薇は、チラチラと八幡の方を見ており、
何か用事があるのは明らかだと思われた。と、その時、お昼を告げるチャイムが鳴った。
その途端、薔薇の挙動が怪しくなった。時計と八幡を、交互にをチラチラと見始めたのだ。
八幡は薔薇の意図が分からず、とりあえず無難な話をする事にした。
「ちょうど十二時なのか、そういや昼飯の事はまったく考えてなかったな」
「そ、そうね、もし良かったら、この辺りに詳しい私が……」
薔薇がそう言い掛けた瞬間、八幡の後ろの扉がガチャッと開き、中から陽乃が顔を出した。
「八幡君、丁度お昼みたいだから、良かったら一緒に……あ、あら?」
薔薇は陽乃の顔を見た瞬間、慌てて視線を逸らした。
それを見た陽乃は、目を細め、値踏みするようにじっと薔薇を見つめた。
やがて何かに納得したのか、陽乃は背後から、八幡の耳に口を近付け、そっと囁いた。
「この機会に完全に掌握しておきなさい。いずれあなたの部下になるんだから」
「明日奈も同じような事を言ってましたけど、依存……って。いいんですか?
雪乃の時は、ハル姉さん、あれだけ嫌がってたじゃないですか」
「別に家族じゃないし?それに雪乃ちゃんの時とは違って、その方が本人も幸せでしょ」
八幡はそれを聞き、小さくため息をついた。
「俺にこいつを背負えと?」
「それくらいの度量は見せて欲しいなぁ」
「まあ本当にそうなのか、自分の目で判断してから決めますよ。それでいいですか?」
「うん、それでいいよ?」
八幡は、どうしようかと頭を悩ませたが、前に明日奈に言われた通り、
少し強引な手法でいく事に決めた。
「すみませんハル姉さん、今日はこいつと先約があるんですよ。
おい、お前の言ってたお奨めの店に、早く案内しろよ」
「あ、そうなんだ、それは残念、それじゃまた今度ね」
「はい、すみません。ほら薔薇、さっさと行くぞ」
それに対する薔薇の反応は、明らかに恋する乙女のものでは無かった。
八幡にそう言われ、口をパクパクとさせた薔薇は、
先ず八幡の顔色を伺い、怒っているようなそぶりが見えない事を確認すると、
次に陽乃の顔色を伺い、陽乃が笑顔を崩さないのを確認すると、ホッとしつつも、
少しおどおどとした様子で言った。
「そ、そうね、それじゃこっちよ」
「おう」
八幡は振り返り、薔薇に聞こえないように、陽乃に囁いた。
「なるほど、確かに明日奈とハル姉さんの言う通り、これは恋愛感情とかじゃないですね」
「もし恋愛感情だったら、かわいい義妹の為に、私が速攻潰してるに決まってるじゃない」
「はいはいそうですね。それじゃ行ってきます」
八幡は薔薇の後を追い掛け、陽乃はその八幡の背に声を掛けた。
「上手くやりなさい」
八幡は振り返らず、顔の横で手をヒラヒラと振った。
「えっと、確かこっち……」
「おい、詳しいんじゃなかったのかよ」
「く、詳しいわよ!誰かと一緒に食事に行くシミュレーションは、何度もしてたわよ!」
「実際に行った事は無いのかよ……」
八幡が呆れたようにそう言うと、薔薇は顔を真っ赤にして反論した。
「し、仕方ないじゃない、私はボス付きなのよ!いつ無茶振りをされるか分からないし、
気軽に外で食事なんて、出来ないわよ!」
「お、おう、俺が悪かった、確かにその通りだわ」
八幡は、確かにその通りだと思い、素直に謝罪した。
だが薔薇の気は、それでは収まらなかったようだ。
「悪いと思ってんなら、私をさっさとあんたの直属にしなさいよ!
今の学校を卒業して、大学に行って、それまで六年?長いわよ!……あっ、ご、ごめん」
喋っている途中で、八幡の目がスッと細くなったのを見た薔薇は、
途端にトーンダウンし、即八幡に謝罪した。
「お前、ハル姉さんに言われたからじゃなく、自分の意思で、俺の直属になりたいのか?」
そう言われた薔薇は、ビクッとしながらも、ぼそぼそと返事をした。
「別にあんたの事は嫌いじゃないし、頼り甲斐もあるし、何より命の恩人だし……」
「恩返しなら別にいらないぞ。俺は、俺自身と、俺の仲間達の為に戦っただけだからな」
「確かに私は仲間じゃなく、敵だったけど……」
「なら、どうしてだ?」
薔薇は、苦渋に満ちた顔で、絞り出すように言った。
「……よく悪夢を見るの」
「悪夢?どんな内容の?」
「ラフコフの奴らに、笑われながら切り刻まれる夢よ」
「……それが、部下になりたいのとどう関係するんだ?」
「……あんたと会ったり電話で話したりした日には、一度も悪夢を見た事が無いから」
八幡はその返事を聞き、自分の背中にずっしりと、重い物が圧し掛かってくる気がした。
八幡は何と言うべきか悩んだが、とりあえず一番大事な、
それでいて、とても残酷な言葉を薔薇に告げた。
「俺はお前と付き合ったりとかは出来ないし、
夜、お前が寂しい時とかに、一緒にいてやったりとかも、絶対に出来ないぞ。
俺にとってのお前は、拾ってきた子犬みたいなもんだ」
「そんなの当然分かってるわよ!でも仕方ないじゃない!
私には、あんたしかいないんだから!拾った子犬なら、餌くらいやりなさいよ!」
「逆ギレかよ……」
「そうですが、何か?」
「はぁ……」
八幡は、俺はどこかで何か間違えただろうかと自省しながら、
あの時、ロザリアをぶちのめす以外の選択肢は無かったよなと思い、
自分のやった事に対して出た結果に、責任をとる覚悟を決めた。
「分かったよ、俺がお前に一生餌をやり続けてやる。だからお前は、俺と明日奈の役にたて」
それを聞いた薔薇は、プイと顔を背けつつも、嬉しさを隠しきれない声で言った。
「し、仕方ないわね、あんたの言う通りにしてあげるわ!」
「へいへい、ありがとうよ」
「わ、分かればいいのよ」
「それじゃあさっさと飯にしようぜ。お前、何か俺に聞きたい事があるんだろ?」
こうして薔薇が案内したのは、何故かサイゼだった。
しかもいつ予約をとったのかは分からないが、個室の予約席だった。
「……何でサイゼ?」
「何よ、好きなんでしょう?文句あるの?」
「リサーチ済かよ。しかし、サイゼに個室なんてあったんだな」
「今はそういうご時勢みたいで、試験的に作ったみたいよ」
「なるほど……」
二人は個室に案内され、薔薇はメニューを見始めたが、
八幡はまったくメニューを見ようとはしない。薔薇がその事を尋ねても、
八幡は、必要無いの一点張りだった。そしていざ注文をする段になると、
八幡はすらすらといくつかのメニューを注文し、薔薇は呆気にとられた。
「……何であんた、季節メニューまでバッチリ記憶してんのよ」
「あん?お前、事前にリサーチしたんだろ?俺のサイゼ愛をなめるなよ」
「そんな重いサイゼ愛の情報は、さすがに持ってないわよ……」
ほどなくして注文の品も運ばれてきた為、二人は食事をしながら本題に入る事にした。
「で?」
「えっと……あんた、シャナ……よね?」
八幡は、その質問はまったく予想していなかったが、
たった数分の映像でよく見破ったなと、少し薔薇を見直した。
「よく分かったな」
「だって、あんな事が出来る人間を、私はあんた以外に知らないし」
「根拠はそれだけかよ……」
八幡は、再び薔薇の評価を下方修正した。
「以前情報を伝えてからかなりたつけど、結局あいつらは、あそこにいたの?」
「いや、それらしいプレイヤーは、まだ見付かってはいない」
「サトライザーは?」
「あれはどうやら別物だ。あくまで勘だけどな」
「そう……あんたがそう言うなら、きっと正しいわね」
「ああ……そうか」
八幡はふと、今回の件を薔薇が知っていた事で、新たな可能性に気が付いた。
「今思いついたんだが、あの短い映像からお前が分かったくらいだ。あるいはあいつらも、
シャナが俺だという可能性に辿り着くかもしれないな。
俺はBoBで思いがけずあんな事になってから、極力表に出ないようにしていたが
俺のいない所で、おかしな噂が広まったり、変な動きをする奴も出てくるかもしれない」
「まあ、そうかもね」
「そこでだ」
八幡は、真っ直ぐに薔薇を見つめながら言った。
「お前に早速命令する。SAOのキャラを、GGOにコンバートしろ。
その上で、別にまともにプレイしなくていいから、情報収集をしてくれ」
「それは構わないけど、一から始めなくていいの?」
「明らかに初期状態のキャラが聞きこみをしていたら、変に思われるかもしれないからな。
SAO時代のお前くらいの強さが、いかにも中堅って感じで、理想だな」
「なるほど、分かったわ。任せて!」
薔薇は命令された事には何の疑問も抱かず、むしろとても嬉しそうに、そう胸を張った。
その胸のボリュームを見て八幡は、何でこいつがモテないんだろうかと疑問に思った。
それと同時に八幡は……
(こうなった以上、こいつは俺のもんだ、誰にも渡さん。
言い方は悪いが、どうやら完全に、薔薇を支配下に置く事には成功したな)
と、完全に悪役チックな事を考えていた。明日奈と陽乃に思考を誘導されたとはいえ、
端から見ると真っ黒である。だが所詮八幡である。結局情が移り、いずれは薔薇の事を、
大切な仲間の一人として見るようになる時が来てしまうのかもしれない。
だが薔薇はむしろ、こっちの状態の方が、本人にとってはとても幸せな状態である為、
八幡の薔薇に対する態度は、内心はともかく、表面上は変わらないのであろう。
これは少し歪んだ形の、ウィンウィンな関係であった。
「初期装備のままじゃまずいだろうしな、ゲーム内で多少の援助はする」
「うん、お願い。今夜はボスに頼まれた仕事があるから、明日から早速活動を開始するわ」
「連絡は密にな」
「ええ」
こうして首尾よく薔薇を手駒に加えた八幡は、明日奈と小町と四人体制で、
GGOをプレイする事になったのだった。
そしてその日の夜、久しぶりにGGOにログインした八幡~シャナの出現の瞬間に、
たまたま居合わせたプレイヤーがいた。そのプレイヤーは、目に喜色を浮かべ、呟いた。
「やった、ついに見付けた……」
「ん?何か見付けたのか?」
「エム、あそこを見て。間違いない……シャナよ」
ここで、薔薇の事を少し書いておこうと思います。
当初はここまで出る予定はありませんでしたが、GGO編に行く為に、八幡の配下的なポジションの人物を確保したいと考えました。
ところが登場人物は、基本八幡とは対等な人ばかりです。とても配下扱いは出来ません。ギリで可能なのが、後輩のいろはあたりでしょうか。
だがそれだと、話的に普通すぎました。そこで白羽の矢が立ったのが、薔薇ことロザリアでした。
ロザリアであれば、以前八幡にぶっ飛ばされている為、配下的な扱いをされても不思議ではありません。
そして、薔薇を登場させ、書いているうちに、何か楽しくなってしまい、色々な属性を付けてしまいました。中々面白いキャラに仕上がった気がします。
と言う訳で、残念?ヒロイン、ロザリアさんの活躍を、ご期待下さい!
(と、言うほど出てこないかもしれませんが)
次話から、第四章GGO編に入ります。
そのうちスランプで筆が遅くなる時が来るかもしれませんが、頑張って書きますので、
今後とも宜しくお願いします。