「こんな所に入り口が……」
「うわ、先輩、すごいです!というか、よくこんな所を見付けましたね!」
「おう、存分に褒めてくれ。そして中に入ったらもっと褒めてくれ」
『ヴァルハラ・ガーデン』に、始めて足を踏み入れた者達は、興奮状態であった。
普通のハウジングにはあり得ない、隠された扉、広大なスペース、そして秘密基地感。
螺旋階段を上る間に、その期待は嫌が応にも高まっていく。
ところが姿を現したのは、こじんまりとした、平屋の質素な建物だった。
「おお~懐かしいな、昔のまんまじゃねーか!」
「だな!」
「でもこの人数だと少し狭いのではないかしら」
「かも?」
「まあそれは、中に入ってからのお楽しみだ」
単純に懐かしむ者、狭さを危惧する者、そんな感想を聞きながらも、
ハチマンは平気な顔で、正式な鍵とゲスト用の鍵を、順番に配っていった。
鍵を受け取った者達は、順番に中へと入っていく。
そして全員が中に入った後、ハチマンとアスナも中に入ったのだが、
そんな二人を迎えたのは、興奮するメンバーの姿であった。
「何だこれ、すっげー!」
「中がこんなに広いなんて!」
「まさかこれほどとは……完全に物理法則を無視しているわね」
「ユキノン、きっとインスタンス扱いなんだよ!」
「う、羨ましい……」
「ハチマン、よくやった!」
その熱狂ぶりを平然と受け止めたハチマンは、皆を静かにさせると、厳かにこう宣言した。
「全員分個室も用意してあるから、後で部屋割りを決めよう。室内の設備は、各自で調整で」
その言葉を聞いたメンバーから、大歓声が上がった。
ゲストの五人は、その姿をとても羨ましそうに見つめていた。
「とりあえず、他の設備を案内する前に、二人ほど紹介したい人がいる。
といっても、当然ユイとキズメルなんだがな。まずユイ、こっちに来てくれ」
「はいパパ!」
その声と共に、奥のキッチンスペースからユイが飛び出してきた。
フェアリータイプではなく、昔のままのユイの姿に、キリト以外の者達は、
事前に聞いてはいたものの、いざそれを目にして、とても驚いたようだ。
「ユイちゃん、かわいい!」
「それが本当の姿なのね」
「あーし、家に連れて帰りたい……」
「やったね!おめでとう、ユイちゃん!」
そして次にハチマンは、キズメルを呼んだ。
「そして二人目、俺とアスナの大切な友人だった、キズメルだ」
その言葉を受け、キズメルが奥から出てきて、自己紹介をした。
「私はキズメルだ。ハチマンの大切な仲間達に会えて、本当に嬉しく思う」
そう微笑みながら自己紹介をするキズメルを見て、一同は衝撃を受けた。
「ダークエルフのメイド服……だと……」
「うわ、うわ、すっごい綺麗な人……」
「先輩、さすがというか、そのチョイスは破壊力が抜群ですねぇ……」
「あ~、一応言っておくが、この服装は俺の趣味じゃないからな、デフォルトだからな」
ハチマンはそう言ったが、仲間達の疑念は晴れなかった。
「本当に?」
「それじゃあユイちゃんは?」
「ユイのこの姿は、昔の服装が適用されてるだけだな。
ユイ、すまないが、ちょっと服装をデフォルト設定にしてみてくれ」
「はい!」
そう言うとユイは、驚いた事に何かコンソールのような物を呼び出し、
ぱぱっと操作したかと思うと、一瞬にしてメイド服姿になった。
「おお~」
「かわいい……」
期せずして、その姿を見た一同から拍手が起こった。
ユイは嬉しそうにその拍手に応えていた。
「それと実はな、服装だけじゃなく、外見のタイプも自由に変えられるらしいんだよ。
ユイ、キズメル、すまないが、ちょっとあの姿になってみてくれないか」
「はいパパ!」
「あの姿にはまだ慣れないが、徐々に慣れないといけないな」
ユイとキズメルは、自分の意思でコンソールを呼び出し、操作し始めた。
その光景に、一同は改めて驚いたが、次の瞬間、二人が小さな妖精形態になると、
場の熱狂は最高潮に達した。
「おおお」
「更に破壊力が増しましたね!」
「あーし、絶対二人とも連れて帰る……」
「ユミー、落ち着いて!」
熱狂する一同に、ハチマンは詳しく説明する事にした。
「あ~、前ちょっと言ったと思うが、妖精形態と通常形態は、自由に変更可能って事らしい。
本来はマスターが操作しないといけないらしいんだが、これは言っていいのかどうか……」
ハチマンは、一瞬ゲストの五人の事をチラッと見つめた。
「……まあいいか、これも前に説明したと思うが、ユイとキズメルは、特別な存在だ。
なので、他のNPCではありえない行動が可能になっている。
要するに……自律行動をする事が出来る。これはまあ、適用されているAIの差だな。
そしてこのAIはどうやら……成長するみたいなんだ」
その言葉に一同は息を呑んだ。ゲストの五人も、その言葉に驚愕した。
それはそうだろう、そんな高度なAIを、ハウジングピクシーに一々搭載していては、
とてもじゃないが運営が対応出来ない。ちなみにユイはドヤ顔をしていた。
「まあこの二人は、茅場晶彦の遺産だとでも思ってくれればいい」
その言葉で一同は一応納得した。茅場晶彦の仕事なら、まあありうるか、
その名前には、そう思わせるだけの何かがあった。
「という訳で、通常の仕様だと、ピクシーのオーナーが指示をした上で、
ある程度のシンプルな自律行動しか出来ない事になってるみたいなんだが、
この二人は、自分でコンソールを呼び出し、操作する事が可能になっている。
まあ紹介はこのくらいだな、皆、これからも二人の事、宜しく頼む」
そのハチマンの呼びかけに、皆は歓声を上げ、二人を歓迎した。
初対面の者は、キズメルに対して自己紹介を行った。
唯一既知であるキリトは、拠点の機能を確認したりしていたが、
そんな中、ボソッと呟いた者がいた。
この中で唯一、ハチマン達の事をよく知らなかったフカ次郎である。
フカ次郎は、あまりの展開に放心ぎみであったが、
どうやらやっと再起動を果たしたらしく、その最初の呟きは、ただただ感嘆に溢れていた。
「これって現実……?私の知らない、こんなすごい世界があったんだ……」
「フカ次郎、勘違いするなよ。ハチマン達は、本当に特別だからな。
何しろゲームの中だけじゃなく、リアルに英雄なのだからな」
「英雄……」
サクヤにそう言われ、フカ次郎は、内から湧き出る衝動を抑えられなくなったのか、
ハチマンに駆け寄ると、その手をとり、いきなり頭を下げた。
「最初から決めてました!私をこのギルドに入れて下さい!」
「最初からって……あ~、すまん、このギルドは、実はリアル繋がりの集まりでな、
新規加入は基本、それが条件になってるんだよな」
「私は篠原美優!北海道在住の……」
「おいこらちょっと待て、とりあえず落ち着け!」
ハチマンは、いきなり自分のリアル情報を喋りだしたフカ次郎の口を慌てて塞いだ。
一同はそんなフカ次郎の姿を、ぽかんとしながら見つめていた。
「おいリーファ、こいつはいつも、こんなに勢いだけで突っ走るタイプなのか?」
「ううん、そんなはずは無いんだけど……確かに熱心にプレイしているとは思うけど、
ここまで暴走した姿を見るのは始めてかも」
「そうか……」
ハチマンは、フカ次郎の口を押さえながら何事か考えていたが、
やがて何か思いついたのか、じたばたするフカ次郎にこんな提案をした。
「実はついさっき、ここの庭に、戦闘が出来る簡単な闘技場のような物を作ったんだが、
そこで特別に入団テストを行おう。キリトとアスナと俺と順番に戦って、
誰かのHPを八割まで削る事が出来たら合格だ。その時は入団を認める。
もしそれが駄目だったら、今は諦めろ。モードは半減決着モード、魔法は無しとする」
「そ、それでお願いします!ありがとう!」
そのハチマンの言葉を聞いた一同は、これは入団させるつもりは無いなと思い、
フカ次郎に同情したが、ハチマンの事だから、何か考えがあるのだろうと思い、
誰もハチマンの決定に、口を挟むような事はしなかった。
アスナだけは、思わせぶりな視線をハチマンに向けたが、
そんなアスナも、何かを口に出す事は無かった。
こうしてデュエルが三試合行われる事になったが、結果的に、フカ次郎は敗北した。
初戦は何とかキリトに攻撃を数発当てる事は出来たが、全てかする程度であり、
キリトの圧倒的な攻撃力の前に、あっさりと敗北した。
二戦目は、アスナのあまりの攻撃の早さに、何も出来ずに敗北した。
最後のハチマン戦では、全ての攻撃をパリィされ、カウンターを入れられ、一瞬で敗北した。
三人とも、一切手加減無しであった。フカ次郎は当然どんよりと落ち込んだが、
そんな落ち込むフカ次郎に声を掛ける者がいた。アスナである。
「ねぇフカ次郎さん、私が言うのも何だけど、元気を出して?」
「うん……」
アスナにどんよりとした目を向けるフカ次郎に対し、アスナは笑顔で言った。
「さっきハチマン君が言ったセリフをよく思い出してみて。
ハチマン君は、『今は』諦めろって言ったんだよ?」
「今は……?あっ!?」
「ネタばらしが早いぞ、アスナ」
「だって、ねぇ?」
ハチマンは、頭をぽりぽりと掻きながら言った。
「なぁフカ次郎、とりあえず落ち着いて考えてみろ。
リアル情報を教えられて、顔を合わせたとしても、
それだけで入団ってのはさすがに無理だ。だから先ずは、
俺達に自分を知ってもらう事から始めればいいんじゃないか?」
「それって……」
「何かあったらまあ、誘うくらいの事はするから、しばらく俺達と一緒に行動してみろ。
その上で今よりもっと仲良くなれたら、その時にまた入団の事は考える。それでいいか?」
「そ、それで!是非その方向でお願いします!」
「それじゃあまあ、頑張って俺達についてきてくれ。
それにはもう少し強くならないとかもだけどな」
「分かった!本気で頑張る!」
そんな喜ぶフカ次郎に、リーファが歩み寄り、ポン、とその肩を叩いた。
「良かったね、フカちゃん」
「うん!待っててねリーファ、私絶対に入団してみせるよ!」
「待ってるからね!」
こうしてフカ次郎はこの時から、今まで以上に強くなる事に貪欲となり、
後に見事に『ヴァルハラ・リゾート』への入団を果たす事となるのだが、
この時手に入れた強さは、いずれGGOで、彼女の友人の助けとなる事となった。
すみません、この話で終わりと書きましたが、次話のエピローグで第三章は終了となります。気がつくと第二章より長くなってしまいましたね……