「よし、着いたぞ。ここがボスの部屋だ」
迷宮の奥にあった豪華な扉の前に到着するなり、ハチマンは振り向き、仲間達にそう告げた。
「さあみんな、さくっと倒して二十二層に行くよ!」
ハチマンの隣を歩いていたアスナも振り向き、間髪入れずにそう言った。
ハチマンは無言で手を回し、背後からアスナの口を塞ぐと、改めて仲間達に言った。
「そんな訳ないだろ。とりあえず休憩って事で宜しく頼むわ」
「ん~ん~ん~」
アスナはどうやら抗議しているようだが、ハチマンはまったく取り合わず、
他の者も笑いながら二人を見ると、そのまま休憩に入った。
アスナもやがて納得したのか、大人しくなり、ハチマンはアスナの口から手を離すと、
仲間達の輪の中心に腰を下ろし、アスナもそれに従った。
「気持ちは分かるが、猪突猛進は俺の主義じゃない。まあ落ち着いてな」
「う、うん、ごめん」
「まあ気持ちは分かるから、気にするなよ、アスナ」
キリトがアスナをフォローし、仲間達も頷いた。
アスナは気をとりなおしつつも、生来の生真面目さからか、
手伝いに来てくれている四人の下へ、謝りに行った。
「みんな、ごめんなさい、ちょっと焦りすぎました」
そう頭を下げるアスナに対し、四人とも、まったく気にしていないという態度を見せた。
「まあ、ちょっと疲れたのは確かだけどね。アインクラッドの実装直後に、
誘ってもらった時よりも、更に早いペースでの進軍だったからね」
「サクヤちゃんもかぁ、私もここまでハイペースの進軍は始めてだったから、
少し休みたいとは思ってたんだよねぇ」
サクヤとアリシャがそう言うと、それを聞いていたユージーンが、
横から馬鹿にしたように言った。
「ふん、鍛え方が足りんな」
「ユージーン君やキリト君と一緒にしないでよね、この戦闘狂!」
「褒められたと思っておこう、なぁ、キリトよ」
「一緒にすんな!」
キリトがユージーンにそう返した瞬間、場がシンと静まりかえった。
キリトは、え?俺ってそんな感じ?と周囲の者に聞いて回ったが、
聞かれた者達は、曖昧に笑い返したり、あからさまに目を背けた為、
キリトは少し落ち込んだ様子でリズベットの隣に腰を下ろした。
そんなキリトの頭をぽんぽんとなでながら、リズベットは言った。
「はいはい、あんたはそれだけが取り柄なんだから、元気出しなさいよね」
そんな二人の微笑ましい光景をよそに、ユージーンがハチマンに話しかけた。
「しかしハチマン、本気を出したお前達は、やはりすさまじいな」
「まあ、この層限定だけどな。他の層では、こんなネタバレみたいな事をするつもりはない。
ボス戦に関しても、あるいは俺達がまとまって参加しなくちゃならないのは、
多分二十五層、五十層、七十五層くらいだろうしな」
「その層に何かあるのか?」
「あ~……」
ハチマンは、あまりネタバレするべきではないと思いつつも、
まあこれくらいはと思い、ユージーン達に、クォーター・ポイントの説明をする事にした。
「……と、いう訳で、ボスの強さが桁違いで、多くの犠牲者が出たのがその層なんだ」
「なるほど、俺達はたまに攻略にも参加しているし、覚えておこう」
「私達はあまり熱心に攻略はしていないから、平気かな、サクヤちゃん」
「まあそうだが、仲間の誰かが参加するかもしれないし、
少ない戦力で無駄死にさせるのも忍びないから、噂を流すくらいはしておくべきだろうな」
「なるほど、その手があったか!さっすがサクヤちゃん!」
「異議あり!」
拗ねていたはずのキリトが、突然大声を出した為、皆何事かと思い、キリトに注目した。
キリトはハチマンの下へ行き、熱く主張し始めた。
「キリト、いきなりどうした?」
「ハチマン、その三つのフロアだけじゃなく、もう一つ大事な層があるだろ!」
「大事な層?アスナ、そんなのあったか?」
「どこの事だろう……」
アスナは困ったように、元SAO組の方を見たが、皆首を傾げるばかりだった。
その時ユキノが、控えめにハチマンに声を掛けた。
「ハチマン君、もしかしたら、前話してもらった、あの層の事ではないのかしら。
ほら、実質キリト君が一人で倒したっていう……」
「「「「「「ああ~!」」」」」」
その場にいたSAO組の六人は、同時にそう言った。
「七十四層のグリームアイズか、キリトはまたあいつと戦いたいのか?」
「だってよ、どうやらあいつは、俺の心の中に今でも居座ってるみたいじゃないかよ。
だったらまた俺が倒してやるのが筋だろ?」
「お、おう、分かるような分からないような理屈だが、一応理解した。
それじゃ皆すまないが、いつか実装される七十四層の攻略にも参加してくれ」
そのハチマンの呼びかけに、一同は、おう!と返事をした。
「ハチマンよ、七十四層というのは、何か特殊な層なのか?」
「いや、何と言ったらいいか、昔な、バカが暴走して、
少人数でボス部屋に突撃するって事件があってな」
「なるほど、キリトが暴走したんだな」
「何でだよ!」
「む、今、バカが暴走したと……」
ユージーンに真顔でそう言われ、キリトはパクパクと口を開閉させたが、
抗議の言葉は中々出てこなかった。それを見たハチマンは、キリトをフォローする事にした。
「確かにキリトは戦闘バカだけどな、それとはまったく違う種類のバカの話だな。
……まあ本人が死んでるから、バカって言い方はやめておくか。
アインクラッド解放軍っていうギルドに、無謀な指揮官がいてな、
少人数で、下調べもしないままボス部屋に突入するって事件があったんだよ。
で、たまたまそこに居合わせた、俺とキリト、アスナ、クラインと、
他に数名の仲間が助けに入ったんだが、そのボスを、キリトが一人で倒したって話だな」
「さすがは戦闘バカ……」
「違う!俺が一人で削りきれる所まで、ちゃんと皆に削ってもらった上での撃破だからな!」
キリトは慌ててそう主張し、ハチマンも頷いた。
「ちなみにカゲムネ、お前は七十四層のボスと一度戦ってるぞ」
「えっ?」
ハチマンは、ニヤニヤしながらそう言った。
カゲムネはきょとんとしたが、そのカゲムネの視界に、気まずそうなキリトの姿が映った。
カゲムネはまさかと思い、震えた口調でキリトに尋ねた。
「キ、キリト、まさかそれってルグルーの……」
「あ、ああ、そのまさかだ……あれがグリームアイズな」
「うわあああああああ」
カゲムネはいきなり絶叫した。どうやらキリトが変身したグリームアイズに、
頭からボリボリと咀嚼された時の記憶が蘇ったらしい。
「ごめんって、あの時は本当に悪かったよ」
キリトはカゲムネに平謝りし、事情を知らない者達は、ハチマンに事情を聞かされ、
カゲムネに心から同情する事となった。
そしてその後、二十一層のボス戦に挑む事となったのだが、
汚名返上とばかりに張り切ったキリトの活躍もあり、二十一層のボスは、
あっさりと攻略される事となったのだった。
「よし、俺とアスナが先行し、ホームを確保する。
残りの皆は、のんびりと二十二層へと向かい、のんびりと門をアクティベートしてくれ。
ある意味、今のボス戦以上の、今日の最大の山場だ、頼むぞ」
「後はお願いね!」
「任せとけって」
ハチマンとアスナの呼びかけに、キリトが代表して返事をした。
ハチマンとアスナは、仲間達にしっかりと頷くと、全速力で階段を上り始めた。
その速度はすさまじく、二人の姿は一瞬で見えなくなった。
「うわ、すご……」
「あの二人が本気で走ると、やっぱ半端ねーな……」
「まあ、私達が門をアクティベートしない限り、他のプレイヤーは来れないのだから、
本当はそんなに急ぐ必要も無いのだけれども……事情が事情だから仕方が無いわね」
「だな、ホームの事も、ユイちゃんの事、キズメルの事も、
全てあの二人が待ち望んだ事だからな。それじゃ俺達も行こう!」
そしてキリトの号令で、一行は二十二層への階段を上り始めた。
その頃既に二人は二十二層へと到達していた。すさまじい速さである。
「はぁはぁ……アスナ、大丈夫か?」
「うん……だ、大丈夫……」
「さすがに一息いれるか。アスナ見てみろよ、ほら、あそこ」
ハチマンの指差す先に見えるのは、白い塔の上の部分であった。そう、それは……
「本当だ、あれ、秘密基地だよね?」
「周囲の光景も、すげー懐かしいな」
「うん、全然変わってないね!」
「ついに帰ってきたんだな、俺達」
「ただいま!みんな、ただいま!」
アスナは感極まったのか、町のNPCにそう声を掛けまくっていた。
NPCは当然定型文しか返さなかったのだが、それでもアスナは満足そうだった。
ハチマンとアスナは、どちらからともなく手を繋ぎ、秘密基地の方へと歩き出した。
そして秘密基地の塔の根元に着いた二人は、かつて入り口があった付近で、
隠された、家を購入する為のパネルを難なく発見し、そのまま占有した。
ハチマンとアスナは頷き、二人で家の購入の決定ボタンを押した。
すると、昔は無かったとある入力欄が現れ、二人は顔を見合わせた。
「家の名前を決めて下さい、だってよ」
「こんな機能が追加されたんだね」
「正式に名称を付けられるとは聞いてなかったが、まあちゃんと事前に決めてあったし、
その名前をそのまま入れるとするか」
「うん!私達のホーム、新たな秘密基地『ヴァルハラ・ガーデン』だね!」
ハチマンが家の名前の入力を終えると、チリン、とベルのような効果音が鳴った。
どうやらハチマンのストレージに、家の鍵が入った音のようだ。
ハチマンはそれを、ギルドメンバーの人数分複製し、ついでにゲスト用の鍵を四つ作成した。
「アスナ、それじゃあこれ」
「やった、ありがとう!」
「最初はアスナが開けるか?」
「いいの?それじゃあ開けるね」
アスナがキーをかざすと、塔の壁が音も無くスライドし、隠された入り口が現れた。
二人は中に入ると、螺旋階段を上り、塔の上部にある白い建物へと入った。
「うわぁ、何も変わってないね」
「ああ、昔のままだな。もっとも今の人数だと手狭だから、このまま一気に拡張しちまうぞ」
「うん!どうなるのかな?楽しみだね!」
「アルゴの話だと、塔の外見は変わらないまま、インスタンスエリア扱いで、
室内のフロアが増えるらしいぞ」
「そうなんだ、じゃあ、上を見てるね」
「分かった。それじゃ、とりあえずやってみるか」
「うん!」
ハチマンは、家に備え付きのコンソールを呼び出し、操作を始めた。
「個室は全部で……あれ、アスナ、今何人だ?」
「えっと……ハチマン君、私、キリト君、リーファちゃん、レコン君、リズ、シリカちゃん、
ハル姉さん、メビウスさん、ユキノ、ユイユイ、ユミー、イロハちゃん、コマチちゃん、
アルゴさん、クラインさん、エギルさん、クリスハイトさんで、十八人?」
アスナは指を折りながら、メンバーの名前を上げていった。
「ゲストの部屋も考慮して、三十部屋くらいにしとくか」
「それくらいかな?」
「追加設備は、展望台、バー併設の大広間、大型の外部モニター、くらいでいいか?」
「また何かあったら増やせばいいしね」
「庭で訓練が出来るように、観客席付きの簡易闘技場も作るか」
「ビーチチェアも忘れずにね!」
「それはこのコンソールじゃ無理だな、今度買ってくるか」
ハチマンが操作する度に、目の前で室内が拡張されていく。
アスナはその度に、うわぁ、うわぁ、と、楽しげな声を上げた。
「よし、完了だ。後は……今日のクライマックスだな。ユイとキズメルを復活させるぞ」
「うん!お願い!」
「よし……これだな、後はストレージ内のアイテムを関連付けて……これでいけるはずだ」
「ユイちゃん!キズメル!」
ハチマンが、最後の仕上げとばかりにコンソールを操作すると、
ハチマンのアイテムストレージの中に大切にしまわれていた、関連アイテムが消え、
目の前にユイとキズメルが出現し、アスナは即座に二人に抱き付いた。
「ママ!ただいま!」
ユイはかつてのSAO時代と同じ姿で、嬉しそうにアスナに抱きついた。
キズメルはデフォルト設定なのか、何故かメイド服姿だった。
キズメルは最初はきょとんとしながら戸惑っていたように見えたが、
やがてアスナをじっと見つめると、何かに気が付いたのか、驚きの表情をした。
「姿は前と違うが、もしかして、アスナ……アスナ、なのか?」
「うん、私だよ、キズメル!お帰りなさい!」
「そうか……私はまた、お前達と一緒にいられるのだな」
「待たせてごめんね、これからはずっと一緒だよ、キズメル」
アスナにそう言われたキズメルは、笑顔を返した。
「また会えて、本当に嬉しいよ、アスナ」
「私も、嬉しいよ、キズメル!ユイちゃん!」
「ママ!ママ!」
三人は固く抱き合い、ハチマンはそれを満足そうに見つめていたのだった。