「こちらハチマン、感度はどうか、送れ」
「こちらキリト、問題なし、送れ」
「了解、アスナはどうか、送れ」
パーティチャットからそんな声が聞こえ、アスナは慌てて会話モードを切り替えた。
「え、えっと……?こちらアスナ、大丈夫、聞こえるよ、お、送れ?」
アスナは、多分ちゃんと聞こえるかどうか聞きたいんだろうなと考え、
二人の真似をしつつ、そう答えた。ハチマンはそれを聞くと、すぐに報告を始めた。
「たった今、俺が担当のフィールドボスフラグを全てクリアした、送れ」
「あ、こっちも全部クリアしたよ!……送れ?」
「了解……対象を確認中……発見、これより戦闘に入る、送れ」
報告を受けたキリトが、遠くで待機していたレコンにハンドサインを送る。
それを見たレコンは、何かを探すそぶりを見せ、発見したのか、すぐにハンドサインを返す。
どうやら問題なくフィールドボスのPOPを確認したようだ。
それを聞いていたユキノが、呆れたように横から会話に参加した。
「あなた達はさっきから、一体何をやっているのかしら……」
「ユキノの乱入を確認、言い訳は任せた、これより帰投す、交信終了」
間髪入れず、ハチマンはそう言うと、会話を終了した。
「なっ……お、おい、ハチマン!ずるいぞ、ハチマン!」
「キリト君、任せたよ!こっちも戻るね、交信終了!」
「アスナまでハチマンの真似すんなよ!おい、おい!」
「聞いているのかしら?……キリト君?」
「はっ、はい!」
キリトは、ギギギギッという音を立てながらユキノの方へと振り返った。
「ユキノ、前と比べてちょっと性格変わってないか?」
「その言い方は正確では無いわね。前と比べてと言うなら、本来はこちらが素よ。
この前あの二人に、ありのままでいるようにって言ってもらったの」
「うん、ユキノンは、本来こんな感じだよ!」
「そっか、なるほどな。それじゃそういう事で!」
ユイユイが嬉しそうに、ユキノの隣に駆け寄ってそう言い、
キリトはそれに合わせ、手をシュピッと上げると、そのまま立ち去ろうとした。
「ユイユイ、捕まえて」
「おっけー!」
ユイユイはユキノにそう頼まれ、キリトの襟首をぐいっと掴み、そのまま持ち上げた。
キリトは何とか逃れようとしたが、こう見えてユイユイは、キリト並のパワーを誇っている。
いかにキリトとはいえ、そんな体制でユイユイから逃れる事は不可能だった。
キリトは借りてきた猫のようにユイユイに首根っこを掴まれ、
しどろもどろになりながら、説明を始めた。
「えっと、昨日たまたま、ハチマンとレコンと一緒になってですね、
宿屋でとあるアニメの一挙放送を一緒に見たんですけど、
その時の自衛隊の方々の無線での遣り取りとか、ハンドサインがツボにはまって、
それでついノリで練習してみたというか……そういう事です、はい」
「何故いきなり敬語なのかしら。でも、昨日の一挙放送って、まさかとは思うのだけれど、
遠くから魔法を撃たせて、弾ちゃ~く、今!とかやろうとはしていないわよね?」
「ユキノも見たのかよ!」
キリトはその予想外の言葉に、思わず突っ込んだ。
ユキノは虚を突かれたのか、一瞬ぽかんとし、直後に顔を赤らめながら、
もじもじと言い訳がましく説明を始めた。
「いえ、その……ハチマン君が入院中に、何度かアニメを見ている事があって、
私もたまに一緒に見ていたのだけれど、その中に、その作品があったのよ」
「なるほど……」
ユキノの説明に、キリトは納得したように呟いた。
「お、おほん、そういう訳で、この話はここで終わりにしましょう、
さっさとフィールドボスを倒すわよ、指揮はキリト君に任せるわね」
ユキノは露骨に話題を変え、そう提案した。
「そうだな……よし、やるか!ってユイユイ、そろそろ俺を降ろしてくれ」
「あっ!」
ユイユイは突然そう言われ、慌てて手を離した為、キリトはそのまま地面に激突した。
「痛っ!」
「ご、ごめん!」
「いや、だ、大丈夫だ」
「ふふっ、あなた達、何をやっているの」
倒れたキリトに、ユキノがそう言いながら手を差し出した。
キリトはその手を掴み、立ち上がろうとしたのだが、
そんなキリトに、ユキノはこの日一番の笑顔で言った。
「弾ちゃ~く、今!は、私に言わせて頂戴。一度言ってみたかったのよね」
突然そんな事を言われ、ユキノの笑顔をぽかんと見つめるキリトに、
同じくぽかんとしていたユイユイが、こっそり囁いた。
「さっきはああ言ったけど、ユキノン、やっぱりちょっと性格変わったかも」
「実はハチマンに、かなり影響受けてるのか?」
「もしかしたらそうかも。でもまあこんなユキノンも悪くないよね」
「違いない」
「ほらあなた達、さっさと行くわよ」
ユキノにそう声を掛けられ、二人は気を取り直し、すぐに返事をした。
「お、おう!」
「今行く!」
前方を見ると、他のメンバーは既に集結していた。
キリトはそれを見ると、背中の大剣を抜き、真っ直ぐにフィールドボスのいる方向を示した。
「よし、ヴァルハラ・リゾート、出撃だ!」
続いてユキノが指示を出す。
「まず敵が見える所まで移動しましょう。敵に感知されないように気を付けて」
それに、おう!と返事をした一同は、そのままフィールドボスへと向かって歩き出した。
やがてフィールドボスが姿を現し、一同は戦闘体制をとった。
「まずはリーファさん、イロハさん、ユミー、クリスハイトさんの四人で魔法攻撃を。
私が、今!と叫んだら、ユイユイを先頭に、全員で突撃よ!
敵のヘイトを取りすぎたと思ったら、その人は一時的に下がるのを徹底する事。
私は右翼を、メビウスさんは左翼をカバーでお願い」
「聞いた通りだ、行くぞ!魔法攻撃用意!」
ユキノの指示の後、キリトがそう声を掛け、四人は魔法の詠唱を開始した。
四人は他の者の詠唱に合わせ、うまく発射のタイミングを調整していく。
そして頃合だと見たのか、キリトが合図を出した。
「攻撃開始!」
それを聞いた四人が、同時に魔法を発動させる。
リーファの風、イロハの炎、ユミーの雷、クリスハイトの光、
四属性の攻撃魔法が、絡み合いながらボスへと向かっていく。
「弾ちゃ~く…………今!」
「行っくよ~!おおおお!」
ユキノのその言葉と同時に、ユイユイが雄たけびをあげながら突撃し、
他の者もその後に続いて走り出し、攻撃を開始した。
ゲストとして呼ばれたユージーン、カゲムネ、アリシャ、サクヤの四人も、
何度も一緒に行動している為か、他のメンバーとしっかり呼吸を合わせ、
その実力をいかんなく発揮していた。
別行動でフィールドボスのフラグをクリアしたハチマンとアスナは、
途中で合流し、仲間達の下へ向かって全力で走っていたのだが、
その二人が到着する頃には、既にフィールドボスは爆散していた。
「くそ、間に合わなかったか」
「みんな、倒すのがすごい早いね!」
そう言う二人に向かって、一同は思い思いに親指を立てたり、手を振ったりした。
「それじゃあこのまま少し休憩して、その後は迷宮区に突撃だ」
そのハチマンの指示に従い、一同は休憩に入り、
トイレに行ったり水分を補給する為に、交代でロールアウトする事にした。
ハチマンは脳内に迷宮区のマップを思い浮かべ、攻略ルートをチェックしていたのだが、
そんなハチマンにユージーンが声を掛けてきた。
「信じられないくらいスムーズだな、ハチマン」
「お、ユージーンか、今日は手伝ってもらって、本当にありがとな」
「いや、お前達と一緒に行動するのは楽しいから、何も問題は無いさ」
ユージーンは機嫌良さそうにそう答えた。
「今日はこのまま二十二層を目指すのか?」
「ああ、そのつもりだ。その先に行く予定は、今の所無い。
まあ、個人単位でのボス攻略への参加は自由だって、皆には言ってあるけどな」
「そういえば詳しく聞いてなかったな、二十二層に、何かあるのか?」
「それは俺も聞いておきたい」
「それ、私も聞きたい!」
「差し支えなければ、私にも説明を頼む」
いつの間に来たのか、カゲムネ、アリシャ、サクヤも、ハチマンにそう尋ねてきた。
ハチマンは丁度いい機会だと思い、四人に今回の行動についての説明を始めた。
「……そういえば、あのピクシーの娘の姿を、最近見ていなかったな」
「そうか、そういう事か」
「ねぇ、ユイちゃんって、ハチマン君にとって、どういう存在なのかな~?」
「確か、娘と言っていたように思うが」
「ああ、それはな……」
ハチマンは、この四人なら、ペラペラと他人に漏らしたりしないだろうと思い、
かつてSAOであった出来事を、かいつまんで説明した。
それを聞いたユージーンは、目をうるうるさせながらハチマンの肩を叩き、
カゲムネは黙って頷いた。アリシャとサクヤは、少し離れたアスナの所に行き、
アスナの手を握りながら何事か話し掛け始め、アスナは笑顔でそれに答えていた。
「しかし、お前達がかつてホームにしていたその塔は、どうやら特殊な拠点のようだな」
「ああ、多分、隠しホームなんだと思う。見つけたのは偶然だけどな」
「……もしかして、そういう場所が他にもあるのかもしれんな」
「ジンさん、俺達も探してみますか?」
「そうだな、それもいいかもしれん」
ユージーンは、笑顔でカゲムネにそう答えた。
「しかしお前らは、本当に強いな」
「まあ、SAO時代のアドバンテージがあるからそう見えるんだろうな」
「多分それだけじゃないさ」
ユージーンはそう言うと、眩しそうにハチマンの仲間達を眺めた。
「お前達をみていると、種族ごとにいがみあっていた昔の自分達が、馬鹿みたいに感じる」
「まあ、そういう仕様だったんだから、仕方ないだろ」
「それはそうなんだが、アインクラッドに来てから、まあちょっと、な」
ユージーンは空を見上げながらそう言った。
「ここでは種族ごとの争いなんて、あまり意味が無いからな」
「この後もこうやって一緒に遊ぶ事もあれば、戦わなくてはいけない時もあるだろうさ、
これからも宜しくな、ユージーン、カゲムネ」
「ああ、今度は負けないぞ」
ハチマンとユージーンは握手を交わし、カゲムネもそれに混じった。
二十一層の攻略は、尚も続く。