ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/14 句読点や細かい部分を修正


第182話 ギルドの旗揚げ

 ついにこの日、念願の、アインクラッドの二十一層から二十五層までが解放された。

過去の多くのMMORPGから得た教訓により、バージョンアップ後の混乱を避ける為、

通常は、メンテナンス終了からきっかり一日後に、次の層へと転送が可能になる。

そしてつい先ほど、転移門の転送先に、二十一層が表示された。

多くのプレイヤーが二十一層へと殺到しており、転移門広場は、いつも以上に混雑していた。

それは、ほとんどの攻略ギルドが集結している為だった。

 

「二十二層は、敵が出現しない、森と水のフロアだってまじか?」

「そうらしいな。どうやらハウジング狙いで、かなり多くの攻略ギルドが動いてるみたいだ」

 

 元SAOプレイヤーからの情報提供もあったのだろう、

数日前から、二十二層に関する噂が、かなり多く流れており、

ギルド間での情報交換も、活発に行われているようだ。

そんな中、さすがに混雑に耐えかねたのか、広場の中央で声が上がった。

 

「おい、ただでさえ狭いんだから、押すなって。

何だよこれ、さすがにひどくないか?いくらなんでもこの混み方は無いだろ。

って、あそこのスペースが開いてるじゃないかよ、なあ、あそこに移動しようぜ」

 

 この日の混雑には、人の多さ以外にも別の理由があった。

転移門広場の一角に、誰も近寄ろうとはしない、空白地帯があったからだ。

それに気付いた者が、そのスペースを指差しながら、仲間達に移動しようと提案したのだが、

仲間達は慌てて首を振り、その提案者を止めた。

 

「馬っ鹿お前、あそこにいる奴らをよく見ろって」

「あん?誰がいるって?……って、ユージーンとカゲムネに、サクヤにアリシャ?

あいつら敵対してるんじゃないのかよ……」

「分かんねーけど、触らぬ神に祟り無しだろ、何かあった時、巻き込まれるのは勘弁だぜ」

「確かにな」

 

 ほとんどの者が、同じ事を考えているのだろう、その四人には、誰も近寄る事は無く、

さりとてその四人が特に揉めたりする様子も無かった為、

広場は、奇妙な緊張感に包まれていた。

その均衡を破ったのは、突如現れた、黒ずくめの集団だった。

その集団は、周囲の者が止める間も無く、堂々と四人に近付いていった。

その数、総勢十六名。ハチマンを先頭に、両脇をアスナとユキノが固め、その後ろには、

無骨な格好のクライン、エギルと共に、レコン、クリスハイトの軽装チームが続き、

更にその後方には、リーファ、ユイユイ、イロハ、コマチ、ユミー、メビウス、

シリカ、リズベットの女性陣が彩りを添え、最後尾では、

巨大な剣を背中にさした、キリトが殿を務めていた。

ちなみに、ただでさえ女性プレイヤーが少ないこのゲームにおいて、

ここまで女性比率が高いギルドは、他には存在しない。

ここにいないソレイユとアルゴを加えれば、実に三分の二が女性である。

従って、いきなり現れたこの集団は、そういった意味でも注目を浴び、

広場にいたほとんどのプレイヤーは、ここで一体何が始まるのかと、

事の成り行きを、固唾を飲んで見守っていた。

そんな中、先頭を歩いていたハチマンが四人の前に到着し、その目の前で足を止めた。

四人は他のプレイヤーと同様に呆然としているように見えたのだが、

まず最初にユージーンが我に返り、ハチマンに話し掛けた。

 

「よう、随分と派手な登場だな。その格好、ギルドの制服か?ついに立ち上げたんだな」

「すまない、ギルドを立ち上げるのは始めてでな、慣れないせいで、少し手間取っちまった」

「気にするな、俺とお前らの仲じゃないか」

 

 そう言ってハチマンと親しげに握手をするユージーンの姿に、周囲がどよめいた。

 

 ユージーンのイメージといえば、どちらかというと、恐怖の象徴だ。

そのユージーンが、あれだけ気安い態度で接するこの集団は一体何者なのだろう、

プレイヤー達は、改めてそのメンバーに注目した。

 

「おい……あれ、よく見たら、絶対零度とバーサクヒーラーじゃないか」

「シルフ四天王のリーファもいるぞ……その後ろは絶対零度のパーティメンバーだろ?」

「あそこにいるのは、引退したって噂になってた、ウンディーネ領主のメビウスさんか?」

「最後尾にいるあいつ、すぐに二つ名が付くんじゃないかって噂の、

最近売り出し中の黒の剣士だぞ。何なんだこの強力なメンバーはよ」

 

 その話は瞬く間にプレイヤー達の間を駆け巡り、

周囲を埋め尽くすプレイヤー達のどよめきは、一向に静まる気配が無かった。

そんな中、注目を浴びた事でやっと我に返ったのか、サクヤとアリシャが再起動した。

二人はハチマンに駆け寄り、そのままハチマンに密着した。

 

「ハチマン君、もしかして、ついにギルドを立ち上げたの?」

「あ、はい、ようやくって感じですけどね。

あとアリシャさん、ちょっと距離が近いので離れて下さい」

「そうか、ついに決断したんだね。お揃いの制服が、とても似合っているよ。

私はそういうのは持って無いから、少し羨ましいよ」

「ありがとうございます。いいデザインの制服を選んでくれた仲間に感謝ですね。

あとサクヤさん、近いので離れて下さい」

 

 二人は必要以上にハチマンに近付き、至近距離から話し掛けていた。

それは端から見ると、まるでアリシャとサクヤがハチマンを取り合っているように見えた。

事実そうだったのだが、そんな状態は、当然長くは続かなかった。

 

「はい、二人とも、そこまでよ」

「その距離は、既に私達の縄張りの中だからね」

「おいアスナ、縄張りって……」

 

 ユキノが二人とハチマンの間にスッと入り、アスナは鼻息も荒く縄張りを主張した。

ハチマンは、そのアスナの、縄張りという表現に苦笑したのだが、

どうやらアリシャとサクヤは、別の印象を持ったようだ。

 

「さすがはハーレム王……」

「いずれ私達も落とされちゃうのかな、サクヤちゃん」

「私は別に構わないがな」

「あっ、抜け駆け?私も別に構わないよ!」

 

 ハチマンはその二人の言葉に、またたわいもない冗談を、と肩をすくめかけたが、

今の会話を聞いた周囲のプレイヤーに、いらぬ誤解を与えるかもしれないと考え直し、

急いで二人を制止しようとしたのだが、それは少し遅かった。

アリシャとサクヤが微妙に本気で言っていたのも、この場合はマイナス要素だった。

 

「おい、聞いたかよ……」

「随分女性比率が多い集団だと思ってたけど、まさかのハーレムか……」

「ハーレム王とか、何て羨ま……ふざけた野郎だ」

「いや、ちょっ、違……」

 

 ハチマンはいきなりの風評被害に慌て、ジト目で元凶の二人を見たが、

二人は早々と視線を逸らし、口笛を吹いていた。

 

「くっそ、絶対後でこき使ってやるからな……」

 

 ハチマンはそう呟き、どうしたものかと考え始めた。

こういう場合は、ネームバリューのあるユージーン辺りに間に入ってもらえるといいのだが、

ユージーンはキリトとさえ戦えればいいようで、我関せずという態度を貫いていた。

 

「仕方ない……よし、このままここで旗揚げだ」

 

 ハチマンの決断は、至ってシンプルだった。ハチマンは、拠点を手に入れてから、

うちわだけで行う予定だった旗揚げ式を前倒して、この場で行う事にした。

こうなったら派手にいくか、そう考えたハチマンは、キリトに声を掛けた。

 

「キリト!」

「了解!」

 

 さすがはハチマンの一番の相棒たるキリトである。

即座にハチマンの意思を汲み取り、行動を開始した。

キリトは背中に背負う大剣を振り回し、ダン!と地面に突き刺した。

その迫力に、周囲のプレイヤー達は一瞬で沈黙した。

仁王立ちするキリトの両脇を、他の者達が固めていく。

最後に、いわゆる月面宙返りで、一同の背後からハチマンとアスナが飛び、

ヒラリとメンバーの前に着地した。

そしてハチマンが一歩前に出て、周囲のプレイヤーに語りかけた。

 

「騒がせてしまってすまない。俺達は、ギルド『ヴァルハラ・リゾート』のメンバーだ。

俺はリーダーのハチマン。そして隣にいるのが、副団長のアスナだ」

 

 その紹介と同時に、アスナが優雅なカーテシーを見せ、直後にハチマンに寄り添った。

 

「そして同じく副団長の、キリトとユキノだ」

 

 キリトは再び大剣で、ダン!と地面を叩き、ユキノは静かに微笑んでいた。

 

「残りのメンバーの紹介は、すまないが、割愛させてもらう」

 

 メンバーは、思い思いに民衆に手を振ったり、ポーズを付けたりしてアピールした。

 

「俺達は、一応百層クリアを目的としているが、基本的にはエンジョイ系のギルドだ。

だが今回は、とある事情で、最速で二十二層に到達する事を目的としている。

それが面白くない奴も沢山いるだろう。そういった奴らの挑戦は、受けて立つつもりだ。

だが覚悟しておいてくれ。俺達のギルドは、ALOで最強だと自負している」

 

 その言葉にプレイヤー達はどよめいた。殺気だった視線をハチマンに向ける者もいる。

その時、沈黙を守っていたユージーンが、一歩前に進み出た。

 

「ハチマンの言ってる事は、遺憾ながら事実だ。サラマンダー軍は、こいつらに負けた」

 

 周囲のどよめきが、驚愕めいたものに変わる。

だがその言葉を素直に信じない者もまだ沢山いた。

ユージーンはその気配を感じ取り、決定的な一言を付け加えた。

 

「ちなみに今はいないが、絶対暴君も、『ヴァルハラ・リゾート』のメンバーだからな。

あの絶対暴君を差し置いて、このハチマンがリーダーをやっている、

お前ら、その意味が分かるか?こいつらに文句があるなら、覚悟をしておくんだな」

 

 そのセリフの意味を理解した瞬間、プレイヤー達の殺気は一瞬で霧散した。

 

「まあそういう事だ。という訳で、ちょっと急ぐんでな、ここで失礼させてもらう。

いずれまた、敵なり味方なりになる事もあると思うが、宜しく頼む」

 

 そう言うと、ハチマンはクルリと背を向け、迷宮区の方へと歩き去った。

その腕にアスナがすがりつき、その後を、談笑しながら残りのメンバーが追いかけていく。

その後を、ユージーンとカゲムネ、アリシャとサクヤの四人が慌てて追いかけていく。

こうしてこの日、ハチマンのギルド『ヴァルハラ・リゾート』は誕生し、

しばらくの間、プレイヤー達の話題を独占する事となった。

ちなみにこの後ハチマンは、『ザ・ルーラー~支配者』と呼ばれる事となる。


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