「事情は分かったよ。つまり、お兄ちゃんとお義姉ちゃんが、バカップルだって事だよね」
「……俺としては、その言い方はあまり認めたくはないんだが」
「こんなにお似合いな二人なのに、ゴミいちゃん、ひどい!」
ちなみに最後のセリフは、明日奈が言ったセリフである。
それを聞いた小町は、目をキラ~ンとさせながら、明日奈に言った。
「お義姉ちゃん!早速小町の真似をしてくれたんだね!」
「小町ちゃん、いぇ~い!」
「お義姉ちゃん、いぇ~い!」
互いに呼び合いながら、ハイタッチをする二人を見て、八幡は肩を竦めた。
「いやいや、俺が言ってるのは『バ』の部分についてだからな。
あと、さりげなくお兄ちゃんを傷付けるのはやめような」
「そもそもお兄ちゃんがコソコソしてるからいけないんでしょ?
ほら、やっぱりゴミいちゃんで合ってるじゃない」
「まあ、それには色々と事情があってだな……」
「まぁまぁ小町ちゃん、多分八幡君にも、色々とその……ね?」
明日奈はそんな小町をなだめながら、早く説明しないと、というメッセージを込めて、
八幡にチラリチラリと目配せした。
「お義姉ちゃんがそう言うなら……じゃあさっさと説明して、お兄ちゃん」
「お、おう……」
八幡は、事の次第を最初からきちんと二人に説明する事にした。
二人は仲良く隣り合ってベッドに腰掛け、八幡の言葉に耳を傾けた。
「事の次第は、ラフコフの元幹部どもが、GGOをプレイするという情報が、
薔薇からもたらされた事だった。俺は偵察を兼ねて、GGOをやってみる事にした」
「薔薇?誰?」
「あ、小町は知らなかったよな。え~っと……」
八幡が、薔薇~ロザリアの事を、ストレートに小町に説明していいものか、それとも、
多少マイルドに説明すべきか迷っているうちに、明日奈が横から小町に説明を始めた。
「え~っとね、昔シリカちゃんを殺そうとしたり、実際に人を殺したり、
散々悪い事ばっかりして、キリト君と八幡君にきついお仕置きをされた人だよ」
「完全に悪人じゃん!お兄ちゃん、何でそんな人と交流してるの?」
「う……」
こうして改めて聞くと、確かに薔薇については、
かばう余地がほとんど無い悪人のように聞こえた。小町が怒るのも無理はない。
さすがの八幡もそう考え、薔薇の事をどうフォローしようか悩んだ。
だがそんな薔薇に関して、明日奈は更に説明を続けた。
「でも、何ていうのかな、今薔薇さんは、ハル姉さんの部下になってるんだけど、
ちゃんと人の心を取り戻したように見えるって言うか、うん、ギリギリ戻ってきたみたいな、
そんな感じかな。だからそんなに心配しなくても大丈夫だよ、小町ちゃん」
その明日奈の言葉を聞き、八幡は小町の真意に気が付いた。
小町はどうやら、怒っているというより、八幡の身を心配してくれていたようだ。
明日奈の言葉を聞き、そっか、と安心したような小町の姿を見て、
八幡は、やっぱり明日奈にはかなわないなと思った。
だが明日奈の説明は、それで終わりでは無かった。
「それにね小町ちゃん、薔薇さんは、八幡君に依存している上に、私に心酔してるから、
絶対に裏切る事は無いから、安心してね」
「そうなんですか!それなら安心ですね、って、え?依存?心酔?
格好いいお義姉ちゃんに心酔するのは分かるけど、お兄ちゃんに依存?しかもリアルで?」
「依存……してるか?」
小町のその疑問に、八幡も首をかしげたが、明日奈は引かなかった。
「目を見れば分かるじゃない。どこか八幡君の顔色を伺うような、あの目。
それでいて、八幡君に話しかけられると、どこかほっとしたような感じに見えるし、
最初は恋してるのかと勘違いしたけど、あれは間違いなく依存だね、うん。
さすがは八幡君、他人の精神支配はお手のものだね」
「あ、明日奈、それはさすがに人聞きが悪いと思うんですが……」
後半何故か敬語になってしまった八幡は、控えめに明日奈に抗議したが、
明日奈はガンとして聞き入れなかった。
「疑問に思うなら、今度試しに、少し無理目な感じで強引に誘ってみるといいよ。
あ、浮気になりそうな誘いは、絶対に許しませんからね!
その時の薔薇さんの様子を、しっかりと観察してみてね、八幡君」
「お、おう……もしそんな機会があったらな」
八幡のその答えに、満足そうに頷いた明日奈は、更に付け加えた。
「そもそも八幡君は、いずれハル姉さんの片腕になるわけじゃない。
そしたら薔薇さんは、八幡君の部下になる訳でしょう?
その時に備えて、今のうちに絶対に裏切らないように教育しておかないとね!」
「あっはい……そうですね……」
立ち上がり、うふふふふと笑いを漏らしながら力説する明日奈をよそに、
小町は八幡の下へ、とととっと駆け寄った。
(どうしようお兄ちゃん、お義姉ちゃんがとっても黒いよ!)
(ハル姉さんの影響か?まあ昔から明日奈は、俺の事になると目の色が変わる事があるし、
大丈夫、何も問題ない、問題ないはずだ。とりあえず話を戻すぞ)
(うん、お兄ちゃん、お願い!)
そして元の位置に戻った二人は、何事も無かったかのように会話を続けた。
「で、お兄ちゃん、そろそろ話の続きをお願い。お義姉ちゃんもほら、座って座って」
「あ、うん、八幡君、お願い」
明日奈が落ち着いたのを確認し、八幡は説明を続ける事にした。
「でな、薔薇からの情報を得て、試しにGGOをやってみたのはいいんだが……
ラフコフの奴らが本当にいるのかどうかが、正直まったく分からん」
その八幡の言い方に、二人はベッドの上でずっこけた。
「そ、そうなの?」
「ああ。そもそもSAOやALOみたいなゲームならともかくだ、
武器を直接振るうのと、銃を撃つのとでは、動きが違いすぎてな……
さすがの俺も、銃を撃つ姿を見て、あいつらだと判断するのは不可能だった」
「ああ~」
「なるほど~」
「会話を手がかりにしようとしても、何というか、
はなからロールプレイをしている感じの奴が多くてな、
そっちからも、まったく手がかりになりそうな情報は得られなかった」
そこまで言い切って、八幡は押し黙った。確かの八幡の言う通り、
仮にGGOが剣の世界だったら、多少のヒントは得られたかもしれないが、
剣と銃では、そもそもの基本体系が違いすぎる。
明日奈と小町も、そっかぁと言いながら押し黙り、再び八幡が話し出すのを待った。
「それでまあ、惰性でプレイを続けていた訳なんだけどな、
そんな時、たまたまいい狙撃銃が手に入ってな。M82A1って奴なんだが、
それで、スナイパーに転向する事にしたんだよ」
「糸で絡めとるの?」
「小町ちゃん、それはスパイダー!」
小町のボケに、明日奈が素早く突っ込んだ。
「スナイパーだ、スナイパー、狙撃手な。
それでまあ、対人専門のチームとかを遠距離から狩って、遊んでいた訳なんだが」
「あ、八幡君、そういう人達の事嫌いそうだもんね」
「そもそもそういうゲームなんだから、好き嫌いだけの問題なんだけどな、
確かに好きか嫌いかと言われれば、嫌いかもしれん」
八幡は明日奈に頷きながら言った。
「で、そんな時、大会が開かれるって話を聞いてな、試しに参加してみる事にした」
「バレットオブバレッツ」
「お?明日奈、GGOの大会の名前なんか、よく知ってるな」
「うん、まあさっきみんなで見てたからね、シャナ」
明日奈がそう言うと、八幡は、あちゃぁという風に顔を覆いながら言った。
「シャナ?お義姉ちゃん、シャナって?」
「多分、八幡君の、GGOでのプレイヤーネーム、だよね?」
「はぁ……正解だ。ちなみに八幡大菩薩から、源氏へと連想して、
そこから源義経に行って、最後にその幼名の、遮那王からとった名前だな。
で、シャナが俺だって、もう皆知ってるのか?」
「ううん、気付いたのは私だけのはずだし、他の人にも言わなかったからね」
それを聞いた八幡は、ホッとしたように見えた。
「別に隠すような事じゃないんだが、やっぱり何かちょっと、な」
「八幡君、仲間の為に偵察してます~みたいなのがバレるの、嫌いだもんね」
明日奈がニコニコしながらそう言い、八幡は少し顔を赤らめながら、そっぽを向いた。
「しかし、リプレイで自分が映ってる所は見たが、よくあれだけで俺だって分かったな」
「それはまあ、あの動きには覚えがあったからね。それにほら、私、八幡君の妻だから!
あれが八幡君だって、愛の力ですぐに分かったよ!」
「おお~!」
小町はそれを聞き、明日奈に盛大な拍手をした。明日奈はドヤ顔で立っていた。
八幡はそれを華麗にスルーし、話を続けた。
「そうか。GGOでは、近接戦闘に持ち込まれた事は今まで一度も無いから、
他のプレイヤーにも知られていない技術だったんだけどな、
そのまま隠しておきたかったんだが、今回はちょっと相手がアレで、熱くなっちまってな」
それを聞いた明日奈は、一瞬で真顔になった。
「で、やっぱりあれ、PoHとは別人?」
「やっぱり明日奈も感じたか。そうだな、多分違う。
上手く説明は出来ないが、あいつとは何か違う、もっとプロの軍人って感じだった」
「そっか、やっぱ負けて悔しい?」
「ああ」
小町は他の者よりも二人と話す機会が多かった為、
PoHの名前と、彼がどういう人物かは多少知っていた。
その為小町は、少し心細そうに八幡に尋ねた。
「ねぇお兄ちゃん、本当の本当に、大丈夫?」
八幡はそんな小町の頭をなでながら、力強く断言した。
「大丈夫だ、安心しろ。リアル住所を知られでもしない限り、何も問題はない。
そしてその可能性は、ゲーム内でバラさない限り皆無だ」
「うん!」
そう説明された小町は、安心したように八幡に微笑んだ。
明日奈もそんな小町を横から抱き締め、小町を安心させようとした。
そして小町が落ち着いた頃、明日奈が八幡に質問した。
「話は大体分かったんだけど、八幡君、あのソフトは?」
そう言って明日奈は、机の上の二本のソフトを指差した。
「ああ、あれな……実はな、しばらくプレイしてみて、ちっとも手がかりが得られないから、
これはラフコフのメンバーにある程度詳しくて、更に俺よりも遥かに社交的な、
明日奈に協力を仰ぐべきかと考えて、ソフトをもう一本買ったんだが……」
「だが?」
「その……明日奈にこういうゲームをプレイしてもらうのは、教育上悪いかなって……」
八幡がおずおずとそう言い、明日奈と小町は思わず噴き出した。
「あ、あはははは、八幡君がパパになった!」
「お兄ちゃん、お義姉ちゃんが大好きなのは分かるけど、いくらなんでも過保護すぎでしょ!」
「そ、そうか?」
八幡は照れながら、頭をかいた。
「ちなみに助けを求めるのは、キリト君でも良かったんじゃ?」
「それも考えたんだが、俺とキリトだけでこそこそプレイしてると、
何か浮気を疑われそうでちょっとな……」
「あははは、また考えすぎ!」
「で、それだと今度は、次は明日奈、次はリズってなし崩し的に人が増えそうだったから、
さすがにそれはやめといたって感じだな」
「そっかぁ」
明日奈はその八幡の説明に、一応は納得した。確かにキリトとリズベットに、
学校生活に加えてゲームの掛け持ちを頼むのは、少し悪い気がしたからだ。
だが八幡を一人にするのも躊躇われる。そして明日奈は一瞬で決断した。
「よし決めた、私もGGOをプレイするよ!」
明日奈はいきなり二人にそう宣言をした。
「そ、それは助かるが、本当にいいのか?」
「夫の背中を守るのは、妻の役目です!」
「いや、それ普通逆だからな……」
八幡は、即座にそう突っ込んだ。
「そして、兄夫婦を守るのは、妹の役目です!」
「小町、それも逆っぽい気がするぞ。っていうか、お前もGGOをやるつもりか?」
「当然!ここは比企谷家の、家族の絆を示す時だよ!」
「だよ!三人の力で、サトライザーを倒せ!」
「ぐっ……そこには触れてくれるな……本当に悔しいんだからな」
そんな二人の盛り上がっている様子を見て、八幡も覚悟を決めたようだ。
「分かった、今からソフトをもう一本買ってくるから、二人はマニュアルでも見ててくれ」
「うん!」
「当然お金はお兄ちゃん持ちでお願い!」
「当たり前だろ、ちゃんと分かってるって」
こうして明日奈と小町の、GGOへの参戦が決定した。
ちなみに三人は、毎回サトライザーがいるかどうか、かなり真剣に探したのだが、
ついに彼がその姿を現す事は一度も無かった。
これは、アメリカからの接続を、運営がシャットアウトした為だったのだが、
その事実を八幡が知るのは少し先の事だった。
GGO編に入る為の準備エピソードが、これで一通り終わった……はず……