ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/14 句読点や細かい部分を修正


第180話 なのかニャン?

 中継が終わると同時に、五人は深いため息をついた。

 

「なんかすごかったね……」

「ええ、そうね……」

「あーし、ああいうガチなのは苦手かも」

 

 ユイユイ、ユキノ、ユミーの三人は、やや表情を固くしながらそう言った。

それを見たリズベットは、場を明るくさせようとしたのか、こんな事を言った。

 

「よし、私、鉄砲鍛治になる!」

 

 アスナも空気を読み、その言葉に乗った。

 

「本当に?それじゃあ私、ガンヒーラーになるよ!こう、回復魔法を銃で飛ばすの!」

「そ、それじゃああたしは、ガンタンクになる!」

「じゃああーしは……ねぇユキノ、あーしは何?」

「あなた達は、一体何を言っているのかしら……」

 

 そして五人は顔を見合わせると、楽しそうに笑い出した。

先ほどまでの張り詰めた空気は既に無く、場は元の明るさを取り戻していた。

 

「そろそろいい時間だし、今日はこのくらいでお開きかな」

「そうね、話し合いの結果の報告は、アスナにお願いしてもいいのかしら」

「うん!任せて!」

 

 こうしてこの日の集まりは、ここでお開きとなり、

明日奈は比企谷家の自分の部屋のベッドの上で現実へと帰還した。

 

「さてと……八幡君は、多分自分の部屋かな」

 

 ログイン前、八幡は、今日は用事があるからと言っていた。

それは、決して八幡が自室にいる事を意味するものではないが、

明日奈は八幡が部屋にいる事を確信していた。

先ほどの集まりで、明日奈が仲間達に言わなかった事が一つある。

それは、あのシャナというプレイヤーについてだった。

明日奈は、シャナがゼクシードを両断した時の事を思い出す。

敵の武器を踏み台にして背後に回りこむ、あの動きを、明日奈は知っていた。

他の者には分からないで、明日奈だけが知る事実。

それはかつて、SAOをプレイしていた頃の序盤、二人が雑魚狩りをしていた時の事だった。

 

「ねぇハチマン君、敵に囲まれた時、うまい事抜け出せる、いい方法って無い?」

「無くも無いが、俺のは我流だからな、ちょっと難しいぞ」

「どうやるの?」

「そうだな、次に敵に遭遇した時、見せてやるよ、アスナ」

 

 そう言って八幡が明日奈に披露したのがあの動きだった。八幡が言うには、

 

『横から回り込むと、敵が武器を持っていた場合、運悪く攻撃をくらう可能性があるが、

武器を踏みつけて飛べば、敵は攻撃出来ないから、絶対安全だろ』

 

 という、とても乱暴な理論に基づくものだった。

その後、二人が強くなると、敵に囲まれる事もほとんど無くなり、

八幡がその技を披露する機会はほぼ無くなっていた為、

明日奈以外は、八幡がそんな事を出来る事すら知らないであろう。

シャナの動きは、その時の八幡の姿とピッタリ重なった。

明日奈がサトライザーからPoHの事を連想したというのも、

実はその事が背景にあったからだった。

明日奈はシャナの正体が八幡だと確信しつつも、もし八幡に何か事情があった場合、

八幡に迷惑がかかる事を恐れ、その事を他の者には言わなかったのだった。

八幡が素直に事情を話してくれるとは限らないが、

それでも明日奈は八幡の部屋へと向かう事にしたのだった。

 

「八幡君、いる?」

 

 明日奈はドアを軽くノックし、八幡に呼びかけた。だが少し待っても返事は無い。

試しにドアノブをひねると、ドアはすんなりと開いた。

明日奈が部屋の中を覗き込むと、案の定そこには、ナーヴギアをかぶった八幡の姿があった。

明日奈は、とりあえずといった感じで八幡が横たわるベッドに腰掛け、

八幡が目覚めるのを待つ事にしたが、八幡は中々目覚めない。

明日奈は、待っている間どうしようかと思い、きょろきょろと周囲を見回した。

と、机の上に、見た事がないゲームソフトのような物が置いてある事に気が付いた。

 

「これって……あ、GGOのソフトだ。でも、二本?」

 

 それは、開封されたGGOのソフトと、未開封のGGOのソフトだった。

 

「まさか、未開封の分は、私が使う用とか……なんてね」

 

 明日奈はそう呟くと、ソフトと一緒に置いてあったGGOのマニュアルを手にとり、

再び八幡の横たわるベッドに腰掛けた。

そのままマニュアルを読みながらごろごろしていた明日奈だったが、

明日奈にとって、GGOの世界観はまったく馴染みのないものだった為、

いつしか明日奈はうとうとと船を漕ぎ始め、そのまま眠りへと落ちていった。

 

 

 

 気が付くと隣に八幡の姿は無く、

明日奈は自分の体にタオルケットが掛けてある事に気が付いた。

そっと室内を見渡すと、八幡はゲーム内で明日奈達が作成した、

制服の最終候補の一覧を眺め、何事か考えているようだった。

そんな時、マウスを操作していた八幡の手が一瞬止まった。

 

「これは……正直見てみたい、見てみたいが、ま、まあ、却下だな、うん」

 

 八幡がその時見ていたのは、例のネコミミメイドのデザイン画だった。

それを確認した明日奈は、声を出さないように、ぷくくと笑いながら、

忍び足で八幡の背後へと忍び寄った。だが、次の瞬間八幡が、椅子をぐるんと回転させ、

明日奈の方を向いた為、明日奈は忍び足のままの、少し間抜けな格好で固まった。

 

「当然気が付いてるからな、明日奈」

 

 明日奈はそう言われ、悔しそうにぐぬぬと立ち上がると、

腕組みをし、真っ直ぐに八幡の目を見ながら言った。

 

「か、勘のいいガキは嫌いだよ!」

「お前それ、ハル姉さんの真似か?」

「あ、あら貴方、よく気が付いたわね。ミジンコ並の知性しか無いと思っていたけれど、

どうやらギリギリ霊長類の範疇には入っているようね」

 

 それを見た八幡は、腕組みしながらニッコリと笑顔で言った。

 

「ねぇ明日奈、それは私の真似のつもりかしら?謝罪と賠償を要求するわよ?」

「うぅ……」

 

 明日奈の渾身の、陽乃から雪乃への姉妹コンボも、

八幡の雪乃返しの前には、まったく通用しなかった。

 

「ヒッキー、ひどい!」

「明日奈にそう呼ばれるのは何か新鮮だな」

「あ、あーしだって、たまには傷付いたりするんだからね!」

「優美子が時々乙女になるのを、よく観察してるな」

「比企谷、貴様という奴は!」

 

 明日奈はついに、実力行使に出ようと、八幡のボディにへろへろのパンチを放った。

八幡はそのパンチを片手で難なく受け止めた。

 

「先生、パンチに腰が入ってませんね、そんなんじゃもう、俺は倒せませんよ」

「ぐぬぬぬぬ」

 

 悔しがる明日奈の頭に、天啓がひらめいた。

 

(これならいける。ソースはいろはちゃん)

 

 一瞬でプランを決めた明日奈は、まず八幡に、軽い言葉のジャブを放った。

 

「なぁハー坊、余裕を見せているが、これで本当に明日奈ちゃんが終わったと思うのカ?」

「語尾がなんとなくカタカナに聞こえる気がする。それにしてもお前、明日奈ちゃんて……」

 

 八幡が苦笑し、一瞬気を抜いた瞬間、明日奈は正面から八幡の上に腰掛け、

両手を開いて自分の頭の上に持っていき、ヒラヒラさせながら言った。

 

「ご主人様は、ネコミミメイドがお気に入りなのかニャン?もし私に着せたいのなら」

 

 更に明日奈は、そのままニャン?ニャン?と言いながら、

徐々に八幡の顔に自分の顔を近付け、八幡の耳元で、囁くように言った。

 

「責任……とって、下さいね」

「いいっ……」

 

 さすがの八幡も、これには顔を真っ赤にし、うろたえながら言った。

 

「いろはに聞いたのか?それはずるいぞ明日奈!あとこの体制はまずいからな!」

「何がまずいのかニャン?さっき見てたデザイン画の事かニャン?」

「わ、分かった分かった、俺の負けだ」

「分かればいいのニャン」

 

 八幡が負けを認め、明日奈がご満悦でそう言った瞬間、部屋のドアがガチャッと開いた。

 

「お兄ちゃん、制服のデザインの件はどう……あっ」

 

 どうやら制服の事が気になり、急いで帰ってきたようで、

気がせいたあまり、うっかりノックをしないままドアを開けてしまった小町は、

八幡と明日奈の体勢を見ると、一瞬固まった後、もじもじしながら言った。

 

「ご、ごめんお兄ちゃんお義姉ちゃん、小町ついうっかり……ご、ごゆっくり!」

 

 小町はドアをバタンを閉め、パタパタと自分の部屋に駆け込んでいった。

そしてドアの向こうからは、小町のこんな声が聞こえてきた。

 

「小町もこの年で、ついにおばさんかぁ……嬉しいような悲しいような」

 

 小町にいちゃついている所を見られ、しばらく顔を赤くしたまま固まっていた二人は、

顔を見合わせると、自分達が今どんな体勢でいるか気が付き、小町の言葉から、

自分達が今、どんな誤解をされたのか理解した。

二人は顔を青くすると、慌てて部屋の外に出て、小町の部屋のドアを叩いた。

 

「ちょ、待て小町、話を聞け!」

「待って小町ちゃん、誤解よ誤解!お義姉ちゃんの話を聞いて!」

 

 その後二人から、何故ああなったのか、態々行動と会話の全ての再現までされながら、

詳しく説明を受けた小町は、泣きながら明日奈に抗議した。

 

「お義姉ちゃん、どうして小町の真似はしてくれなかったの?」

「え、そっち?」

「おい、そっちかよ」

 

 明日奈は小町の頭を優しくなでながら、次はちゃんと小町の真似をするからと約束し、

とりあえずこの場は収まった。今日も比企谷家は平和なのであった。


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