ハチマンは街に辿り着いた後、アスナに短く帰還の報告を入れた。
一層への転移門へ向かおうと歩き出したハチマンの視界に、
どうやら武器強化を依頼しているであろうプレイヤーの姿が映った。
(あれが噂の職人か。どれ、ちょっと見学でもするか)
目立たないようにベンチに腰を下ろし、ハチマンはその様子を見学する事にした。
(何であいつ、あんなに辛そうな顔してるんだ?
あれ、今何か不自然な動きをしたか?あと依頼した武器が何か……違和感がある)
その違和感が何かは分からなかった。
そして次の瞬間、澄んだ金属音と共に武器が砕け散った。
(は?なんだ?強化で武器破壊なんて聞いた事が無いぞ。一応アルゴに確認するか)
ハチマンはアルゴに詳細を書いたメッセージを送り、
とりあえずそのまま宿に戻り、休憩する事にした。
ハチマンはベッドに横たわり、先ほどの出来事について考えていた。
(何度もリズが武器を強化する所を見てきたが、それと比べると何かが違った。
だがそれが何かはわからない。一体どういう事なんだ)
そうやって考え事をしていたが、ふとメッセージが二通来ている事に気付いた。
一つはアスナからで、明日ハチマンの武器の強化素材を取りに行こうというものだった。
もう一つはアルゴからで、最近それ関係の情報を求められる事が多いので、
ハチマンからの情報も踏まえ、こちらでも詳しく調べてみるとの事だった。
その日は疲れていたのでアスナに返信だけして、ハチマンは眠りについた。
次の日ハチマンとアスナは、ハチマンの体術スキル取得のため滞っていた、
ハチマンの武器強化用の素材収集を一気に終わらせ、街へと戻ってきた。
どうやらハチマンがクエストを行っている間に、
リズベットの鍛治スキルの熟練度は、武器強化を頼むのに十分な数値に達したらしい。
「アスナの武器は、もうすぐにでも強化できるのか?」
「えっとね。後はハチ系のモンスターから低確率で落とす素材が必要なんだけど、
リズの武器の相性が、ハチとはちょっと悪くてね。
だから、ハチマン君が戻ってきたら一緒に行ってくればいいんじゃないかってリズが」
「なるほどな。それじゃ明日一気に終わらせるか」
「うん、お願いします」
二人が話していると、前方から背の高い人影が近づいてくるのが見えた。
「おっ、久しぶりだな二人とも」
「エギルさん!」
「久しぶりだな、エギル」
それは、ボス戦で交流を深めたエギルだった。
エギルは、攻略についての近況を話してくれた。
キバオウが、いずれギルドを作る事を前提にアインクラッド解放隊を作った事。
リンドというプレイヤーがディアベルの跡を継ぎ、対抗グループを作った事。
今日これからフィールドボスの偵察が行われる事。
「やっぱ、一から何もかも始めなくちゃいけなかった一層と比べて、攻略速度が上がったな」
「ああ。お前らも参加するか?」
「いや、その段階だと途中から出しゃばってるように見えるかもしれないし、
フィールドボスは遠慮するわ。階層ボス戦には参加するつもりだけどな」
「私もそれでいい」
「そうか。ここだけの話、正直俺もあいつらとはあまり気が合わないんでな、
偵察には参加するが、フィールドボス戦には参加しないつもりだ」
その後教会の話をしたり、軽く雑多な情報交換等を終え、
後日の再会を約束して、エギルは去っていった。
もうかなり辺りも暗くなってきてたので、二人は解散して帰ろうとしたのだが、
ちょうどそこにアルゴがやってきた。
「今度はアルゴか」
「よ~うお二人さん。ちょっと話があるんだが、いいカ?」
「別に構わないぞ」
「うん、大丈夫」
「昨日の鍛治屋の話なんだけどな、ハー坊」
「鍛治屋さん?」
「調べてみたんだが、どうもキナ臭いんだよナ」
ハチマンは、事情のわかっていないアスナに、昨日の経緯を簡単に説明した。
「強化失敗でのロストなんて、リズもそんな事一言も言ってなかったけど、ありうるの?」
「オレっちが調べたところによると、確定でロストするケースが一つだけあル」
「どんな時だ?」
「強化試行回数が残ってない武器を、更に強化しようとして失敗した時だナ」
「成功した場合はロストしないのか?」
「ああ、強化もされないが、ロストもしないナ」
「なるほど、そういうのもあるんだね。で、今回のケースは?」
「ありえないな。オレっちの調べた限り、そんな事例が報告されたケースはない。
実際問題、あの職人以外には、そういった事はまったく起こっていないナ」
アルゴはさらにつけ加えた。
「最も、他人の依頼を受けるほどの腕の職人は、表に出てるのはまだあいつしかいないから、
失敗してもまあそういう事もあるんだろうなって事になっちまってるって感じだナ」
ハチマンは考え込んだが、まだ情報が足りない。
「他にあいつ絡みの情報はないのか?」
「あの職人、Nezhaで、ネズハって言うんだがな。
レジェンドオブブレイブスってチームの一員なんだヨ」
「伝説の英雄達か」
「ああ、で、どうもそのチームの羽振りが最近いいらしいんだヨ」
「アルゴさんそれってまさか……」
「ああ。なんらかの手段で武器を摩り替えて、その武器を売って稼いでいる可能性がナ」
「そういう事か……」
「ひどい!それって詐欺じゃない!」
アスナはかなり憤っていた。
もし自分が大切にしている武器がそんな手段で奪われたらと考えたら、
そんなのは絶対許せないと、怒りを覚えたのだろう。
「まあ待ってくれアスナ。あいつの肩を持つわけじゃないんだが、
俺が初めてあいつを見た時、あいつなんかすごいつらそうにしてたんだよな」
「それって脅されてやってる可能性もあるって事?」
「もしくは、何か負い目があってやっているが、
内心はこんな事やりたくないって思ってる可能性があるって感じか」
「それでもそんな事は許される事じゃないよね」
「ああ。アルゴ、何か考えはあるのか?」
「オレっちも実際に見てみたいし、ハー坊にも近くでよく観察してほしいから、
一つこっちから仕掛けてみたいと思うんだが、協力してくれないカ?」
「わかった。何をすればいい?」
「これの強化を、オレっちの変わりにハー坊に依頼しにいって欲しいんだヨ」
そう言って、アルゴは一本の片手直剣を取り出した。
「これは、検証のためにオレっちが自分の手持ち素材で強化した武器なんだヨ」
「行くのは構わないが、どうやって詐欺を証明するんだ?」
「強化を頼んでも、その後オレっちが別の武器を装備しない限り、
所有権はまだオレっちにあるだろ?
だから、終わった後別の場所に移動して実体化させてみる。
失敗したら、武器破壊はありうるって事になる。成功したら、詐欺確定だナ」
「それじゃ、終わったら私の使ってるあの宿に移動しよう。一番広いしね」
アスナがそう提案し、段取りが決まった所で、三人は計画を実行する事にした。
「なあ、ちょっと頼みたい事があるんだが、今いいか?」
「はい。お買い物ですか?それともメンテナンスですか?」
「強化を頼みたい。素材は持ち込みで」
「……はい、それでは武器を拝見します」
その顔を見てハチマンは、やっぱりやりたくないのか、と漠然と思った。
そういえばこいつ、最初に買い物かメンテかとしか聞かなかったな、とも思った。
「プロパティはどうしますか?」
「スピードで頼む」
そして想定通り、武器は砕け散った。
ハチマンは終わった後、驚愕と悲しみの演技をするつもりで準備していたのだが、
自分の武器ではないはずなのにいざ目の前でそれが起こると、
演技をするまでもなくとても心が痛くなると感じていた。
「それじゃ、武器を出してみるゼ」
あっけなく、失われたはずのそれは現れた。
「これで確定だな」
「ああ。ありがとな、ハー坊」
「ハチマン君、他に何かわかった?」
「そうだな……あいつ、左手でこっそり何かのメニュー操作をしていたと思う」
「操作……こんな感じカ?」
アルゴは可能な限り速くメニューを操作し、武器を持ち替えた。
「違うな、もっと全然速かった。ボタンを一つか二つ押しただけって感じだった」
「まさかとは思うが……クイックチェンジかもしれないナ」
「クイックチェンジ?」
「ああ、アスナも前、スキルの熟練度があがった時、硬直時間短縮を選んだだろ?
それのカテゴリーで、クイックチェンジって武器を一発で変えるオプションがあるんだよ。
しかし鍛治屋がクイックチェンジ?ありうるのか?」
「どうやら最初から鍛治職人を目指してたわけじゃないらしいんだよナ」
「そうなのか?」
「ああ。今日はありがとな二人とも。その線でもうちょっと調べてみるヨ」
「わかった。とりあえず何か協力できる事があったら言ってくれ」
「今回の件でハー坊は面が割れちまったから、次はキー坊に頼むつもりだけどナ」
「そうだな。それ以外に何かあったらいつでも言ってくれ」
アルゴは二人にお礼を言い、去っていった。
残された二人は、なんともいえない雰囲気に包まれていた。
「どうしてあんな事するんだろうね、ハチマン君」
「そうだな……何かしら理由はあるんだろうけど、な。
最初あいつ、買い物かメンテかって聞いたんだよ。
多分強化という言葉は言いたくなかったんだろう。
で、強化を頼んだら、すごい悲しそうな表情になってな……
で、依頼が終わった後、俺の方もな。その…俺の武器じゃないはずなのに、
失敗した瞬間は、なんかすごいつらかったわ」
「誰も幸せになれないって事なんだろうね」
「ああ。アルゴとキリトなら、何とかしてくれると信じるしかないな」
「そうだね、あの二人はすごいもんね!」
それで多少気は晴れたのだろうか。
次の日の予定を相談し、ハチマンはそのまま自分の宿へと戻った。