「ユイ!」
「ユイちゃん!」
ハチマンとアスナが、前回ログアウトした宿屋の一室にログインした瞬間、
その場にユイが現れた。光を纏いながら、くるりんと回転しながら現れたユイに、
二人は矢継ぎ早に声を掛けた。
「ユイ、寂しくなかったか、大丈夫か?」
「ユイちゃん、いつも一人にしてごめんね」
「パパ?ママ?私はパパのアカウントに紐付けされているから、
前回お別れしてから、今パパとママに再会するまで、一瞬でしたよ?」
ユイは、いつもと少し違う二人の様子に、キョトンとしながらそう言った。
それでも二人は、決してユイの傍を離れようとはせず、
交互にユイの頭をなでたりしていたので、ユイは疑問に思いつつも、
思う存分二人に甘える事にした。しばらくそうしていた三人だったが、
やがてユイは満足したのか、おずおずと二人に話し掛けた。
「その、パパ、ママ、もしかして、私に何か話があったんじゃないんですか?」
ユイはどうやら、二人の様子から、そう判断したようだ。
それを聞いたハチマンは、何とも言えない表情で、ユイに話し掛けた。
「ユイ、説明しないといけない事が、いくつかあるんだ」
「今日の本題ですね、パパ、お願いします」
ユイは、少し緊張した表情でそう言った。
それを受けてハチマンは、ユイに先ほどアルゴから聞いた話の説明を始めた。
「ユイ、実はな……もうすぐこの世界に、アインクラッドが現れる事になったんだ」
「そうなんですか!?」
ユイも、そんな事はまったく予想をしていなかったのか、とても驚いた顔でそう言った。
「ああ、どうやらアインクラッドのデータが、丸々レクト社に残っていたらしいんだよ。
でな、それと同時に、ザ・シード規格のカーディナルシステムを、
新たにここに導入する事になったらしいんだが……そっちの中に、
ユイと同じタイプのMHCPがあったらしいんだ」
「あっ……つまり、それによって、私が消滅する事になるかもしれないって、
パパとママは心配してくれたんですね」
ユイはさすが理解が早く、すぐにその事に気が付いたようだ。
「さすがユイ、話が早いな。で、実際の所、どうなんだ?やはり上書きされてしまうのか?」
「そうですね……今の私の状態はとても不安定なので、多分そうなると思います。
でも今ある索敵機能とかの、カーディナルシステム由来の能力を全て切り離せば、
単体で自立し続ける事は可能です、パパ、ママ」
「そ、そうなのか……?」
「はい!」
ユイは、多分ドヤ顔なのだろう、得意げな顔で、そう言った。
ハチマンとアスナは驚きの表情のまま顔を見合わせたのだが、
とりあえずアルゴから聞いた説明を続ける事にした。
「次に、良い知らせの方なんだが、実はアルゴがな……」
ハチマンはユイに、アルゴに言われた内容通りの説明をした。
それを聞いたユイは、目を輝かせながら、満面の笑顔で二人に言った。
「すごいです、すごいです!私、絶対そっちの方がいいです!」
「そうか、でも、長期間封印される事になって、寂しくないか?」
「そうだよ、しばらくお別れになっちゃうんだよ?」
「パパ、ママ、アルゴさんも言ってた通り、私にとっては一瞬なので、大丈夫です。
でもそんなに私を大切に思ってくれて、ありがとうございます!」
ユイはそう言うと、二人の顔に飛びつき、交互に頬ずりをした。
二人はそんなユイを愛おしく思いながらも、寂しさを感じていた。
「俺は……しばらくユイに会えなくなるかと思うと、やっぱり寂しいぞ」
「私も……」
「パパ、ママ……」
ユイはそんな二人の姿を見て、より一層甘え始めた。
「大丈夫、大丈夫ですから、二人は存分に、アインクラッドを楽しんで来て下さいね。
次に会う時は、秘密基地の中で笑顔で再会ですよ!パパ、ママ、約束ですよ!」
「お、おう、任せろ、約束だ!」
「待っててね、ユイちゃん、ママが最速で手に入れてあげるからね!」
「はい!」
こうして、ユイに励まされた二人は、笑顔でユイとの別れを済ませ、そして今に至る。
「二人とも、心配だったろうに、長く待たせちまってすまなかったな。
やっとユイちゃんとキズメル復活の目処が立ったんだゾ」
「おお、アレがついに完成したのか?」
「ああ、なんとか二十二層の実装に間に合わせたゾ」
「アルゴさん、本当にありがとう」
明日奈は目を潤ませながら、電話の向こうのアルゴにお礼を言った。
「気にすんなよアーちゃん、これがオレっちの仕事でもあるしな。
それよりそっちの準備の方はどうなんだ?最速で二十二層に到達出来るのカ?」
「任せろ、事前に二十一層の攻略計画を作成して、既に全員に配布済みだ」
その返答に虚を突かれたアルゴは、呆れた口調で言った。
「そんなのよく覚えてたナ……」
「集合知って奴だな。経験者全員の知識を持ち寄って、何とか細部まで詰める事が出来た」
「家の購入資金は大丈夫カ?」
八幡は、この日の為に、思い付く限りの準備を整えており、
それは当然資金面にも及んでいた。八幡はアルゴに、自信満々にこう答えた。
「あの時の購入金額と、当時の相場との比較を元に、
ALOの市場調査を行い、綿密な計算をして、その倍の金額を集めてあるぞ」
「……リズっちが、相当頑張ったのカ」
アルゴは仲間達の中で、唯一金策が可能なスキルを持つリズベットが、
おそらくフル稼働したのだと推測し、その苦労に少し同情しつつ、そう言った。
ところがそれに対する八幡の返答は、予想外のものだった。
「いや実はそうでもないんだよな。よく考えてみろ、
俺とキリトの資金は、須郷を倒す時にほとんど使い切っちまったが、
SAO時代に豊富な資金を持ち、その資産が手付かずだった人物が一人いるだろ?
そのおかげで、稼ぎ直した金額は、そこまで莫大な額じゃないんだよな」
「SAO時代に金持ちだったプレイヤー……?商売をしてた、エギルの旦那……?
いや、でもエギルの旦那は、その資金のほとんどを、
中層プレイヤーの育成につぎ込んでいたはずだしナ……」
「えへんおほん、んっんっ、んーん」
「ああ!」
アルゴは少し悩んだのだが、明日奈のわざとらしい咳払いで、それが誰の事か理解した。
「お、気付いたか」
「まあ、本人が激しくアピールしてきたからな。
当時はそんな贅沢してるようにはまったく見えなかったから、盲点だったゾ」
「はい!実はお金持ちだったのは、私でした~!」
明日奈は、アルゴからは見えなかったが、手を上げながらそう言った。
「そうかそうか、確かにアーちゃんなら、そのくらい貯めてそうだよナ」
「SAOの時は、借りてた家の設備と服くらいにしか使い道が無かったけど、
家の方は途中から秘密基地に移ったから、たまる一方だったしね。
武器に関してはリズがいたし、防具はギルドからの支給だったしね」
「確かにナ」
アルゴは、とりあえずそっちについては問題無さそうだと思い、
次の問題点を八幡にぶつけてみた。
「ちなみに二十一層のボスクラスになると、かなり手強いと思うけど、
戦力は大丈夫なのか?オレっちとボスは、当日は多分参加出来ないゾ」
その問いに対し、八幡は再び余裕そうな口調でこう答えた。
「大丈夫だ、まず、キリトと戦う権利をエサに、ユージーンを雇った。
その流れで、カゲムネも参加する事になった」
「キー坊を生贄に差し出したのか……」
「次に、リーファとユキノに泣き落としをさせて、
サクヤさんとアリシャさんに手伝いを頼んだ」
「……あの二人、絶対に泣かなさそうだから、効果抜群だったろうナ」
「最後に、パワーレベリングでクリスハイトを促成栽培した」
「菊岡の旦那も災難な……」
「いや、菊岡さん結構ノリノリだったよ?」
「そうなのか……仕事柄、ストレスを貯めてたのかもナ」
アインクラッドが導入されて少しした頃、菊岡が、情報収集の一環としてと言いながら、
クリスハイトというキャラで、ハチマンの仲間になりたいと申し出て来た。
仲間達に事情を話して相談した結果、クリスハイトの加入は快諾された為、
今ではクリスハイトも、すっかりチーム・ハチマンの一員となっていた。
「と、いう訳で、全て問題ない。こっちの準備はバッチリだ」
「オーケー、ハー坊、アーちゃん、こっちの事は任せてくれ。そっちの事は頼むぞ。
オレっちも、ユイちゃんの事は大好きだからナ」
「おう!今日はわざわざ連絡ありがとな」
「ありがとう!全力で頑張るよ!」
こうしてアルゴからの連絡を受けた二人は、仲間達に連絡を回し、
全ての根回しを終え、その日を楽しみに待つのだった。