ここで話は少し前へと遡る。
アインクラッドのALOへの導入が決まった日の午後、
アルゴは、ザ・シード規格のカーディナルシステムを精査していた。
「やっぱすげぇな茅場晶彦……これを一から作れって言われても、
オレっちだと何年かかるか想像もつかないナ」
そうぶつぶつと呟きながら、画面を凝視していたアルゴは、
とある名称のプログラムを見付け、一瞬で顔を青くすると、どこかへ連絡をとった。
数時間後、アルゴに呼び出された八幡と明日奈は、ダイシーカフェにいた。
「よぉ、二人とも、よく来たな。それにしても珍しいな、こんな時間に」
「エギル、アルゴはいるか?」
八幡は、挨拶もそこそこに、いきなりそう切り出した。
「アルゴ?いや、来てないな。待ち合わせでもしてるのか?」
「うん、何か緊急の用事みたいで、呼び出されたんだよね、私達」
「ふむ……」
丁度その時、カランコロンとドアのベルが鳴り響き、アルゴが姿を現した。
「お、噂をすればだな、アルゴ。やけに焦ってたみたいだったけど、何かあったのか?」
「ハー坊、アーちゃん、すまん、想定外の問題が発生したんだゾ」
「想定外……とりあえず話を聞かせてくれ」
三人はカウンターに座ると、まずアルゴが話を切り出した。
「次のバージョンアップのニュースはもう見たカ?」
「おう、見たぜ、アインクラッドだろ?まさかと思って二度見しちまったぜ」
カウンターの中でグラスを拭いていたエギルが、興奮ぎみに言った。
顔に疑問符を浮かべている八幡と明日奈に、アルゴは説明を始めた。
「今度のバージョンアップで、ALOに浮遊城アインクラッドが登場する予定なんだゾ」
「あれな、見た見た、で、あれはどういう事だ?記憶から可能な限り再現したとかか?」
「いや、実物だ。ちゃんと百層まであるんだゾ」
「ええええ?」
「おい、まじかよ、どんな裏技を使ったんだ?」
驚愕する二人に対し、アルゴは淡々と言った。
「別に何も。レクト内部を調査したら、アインクラッドのデータが出てきたってだけだナ」
「なるほど……そういう事か……すげーなおい!」
「すごいすごい!」
二人は話を聞き、かなり興奮していたが、次のアルゴの言葉を聞き、頭が真っ白になった。
「でも今のままでそれをやると、ユイちゃんが消滅しちまう可能性が高いんだゾ」
二人はしばらく固まっていたが、やがて再起動した二人は、アルゴに詰め寄った。
「ど、どういう事だ?何でここでユイの名前が出てくるんだ?」
「そうだよ、うちの娘をどうするつもり?」
アルゴは、まぁまぁと二人を宥めながら、こう質問してきた。
「そもそもだ、ユイちゃんって、どういう存在ダ?」
「俺達の娘だな」
「私達の娘だよ」
「いや、そういう事じゃなくてだナ……」
アルゴは少し困った顔で、二人にこう言った。
「メディカルヘルス・カウンセリングプログラムの、
【Y・Utility・Interface】、この言葉に聞き覚えがあるだロ?」
「それは確かにユイの正式名称だが……まさか、そういう事なのか?」
「八幡君、どういう事?」
明日奈も当然その言葉は知っていたのだが、それが何を意味するかは、
さすがにすぐには分からなかったようだ。
八幡は、今思いついた最悪の推測を、アルゴにぶつけた。
「まさかとは思うが、お前の見付けたアインクラッドの中にも、ユイがいたのか?」
「正解だぞ。考えてみれば当然だよな、今の、自我と呼べるレベルの意識を持たない、
素の状態のユイちゃんを、ついさっき見付けたんだゾ。
そしてもし、アインクラッドが正式に導入され、今のALOのカーディナルシステムが、
ザ・シード規格のカーディナルシステムに置き換わったら、どうなると思ウ?」
「まさか……同じ存在だから、上書きされちまう……のか……?」
八幡のその呟きに、アルゴが頷いた為、八幡は、やっぱりかと肩を落とした。
明日奈もその遣り取りを見て、泣きそうな顔でうつむいた。
しばらく二人は下を向いていたのだが、ほどなくして二人は同時に顔を上げると、
すごい剣幕でアルゴに詰め寄った。
「もちろん手はあるんだろ?何とかなるよな?」
「アルゴさん、私、信じてるからね!絶対だよ!」
「なぁ、オレっちが死刑宣告をする為にわざわざ二人を呼び出したとでも思ったのか?
当たり前だろ、二人とも落ち込みすぎだゾ」
アルゴが少し呆れたようにそう言うと、二人は安堵のため息をついた。
「な、なあ、ちょっといいか?ユイちゃんって、何か特殊な存在だったりするのか?」
その時、一人蚊帳の外だったエギルが、タイミングを見計らってこう質問してきた。
「あ……すまん、エギルにはそこまで詳しく説明してなかったっけか」
「ああ、高性能のプライベートピクシーとしか」
「そうか、後日全員に正式に話すつもりだが、先に説明しておく」
八幡はそう言うと、ユイの出自について、詳しく説明をした。
「そういう事だったのか……確かにそれだと、上書きされる可能性は否定出来ないな。
というか、間違いなくそうなるだろうな」
「すまん、当面は何の問題も無いからと、そのままにしておいたオレっちの責任だ」
「いや、俺も問題意識が欠けてたわ。そもそも今思えば、何故ユイが復活出来たのかすら、
ちゃんとは理解出来てなかったからな」
「私もだよ……」
四人は腕組みをしながらため息をついた。
「で、ユイはどうなるんだ?」
アルゴに大丈夫だと言われたとはいえ、少し心配そうな口調で、八幡が言った。
「そうだな、二人には申し訳ないが、ユイちゃんはしばらく封印って形をとらせてもらうゾ」
「封印か、それで何とかなるのか?」
「ああ。それで、カーディナルシステムからの一切の干渉をまず排除する。
その間に、ハウジングと絡めて、プライベートピクシーの仕様を大幅に変更して、
ユイちゃんとキズメルを、そこに紐付けるつもりだゾ」
「お、ついにか」
「え?キズメルも?」
ここで予想外にキズメルの名前が出てきた為、明日奈は驚きながら言った。
「ほら、MMOには、どうしてもソロプレイがメインになる層ってのがあるだろ?
その層への救済策って訳でもないんだが、少しソロプレイヤー寄りの追加要素が欲しくてな、
かといって、緩和しすぎるのもどうかって事になって、
で、家を買ったプレイヤーが対象で、自分より少し弱いくらいのピクシーを、最大二体まで、
つき従わさせられるようにするつもりなんだゾ」
「おお、大盤振る舞いだな」
その、予想外にご都合主義な感じの設定を聞き、八幡は感心したように言った。
「ちなみに熟練度を複数マックスにする事で二体目が解放される仕組みだぞ。
ハー坊はもう、その条件はクリアしてるな。
外見は、サイズも含めて色々とカスタマイズ可能になるから、ユイちゃんもキズメルも、
元の姿のままでの完全復活が可能だぞ。ちなみに途中変更も可能だから、
ピクシーの姿にいつでも変身可能だゾ」
「なんだアルゴ、お前が神か」
「アルゴさん、好きな物を注文していいよ!私がおごるからね!
エギルさん、メニューをお願い!」
「おう、毎度あり!」
アルゴはそれを聞き、メニューを開くと、ためらいなく一番高い料理を注文した。
八幡と明日奈は、よほど嬉しかったのだろう、アルゴの為に、
更に一番高いデザートまで注文する歓待っぷりを見せた。
「ユイとしばらく会えなくなるのは寂しいが、まあ仕方ないか。
問題は、ユイが寂しい思いをしないかって部分なんだが、どうなんだ?」
「そうだな、目を閉じて、開いたら、もう新しい自分になってるって感じかな。
ユイちゃんの体感だと、一瞬だとおもうゾ」
「そうか……それなら反対する理由は何も無いか。
帰ったらログインして、ユイに事情を説明しないとな」
八幡と明日奈は、顔を見合わせて頷いた。
寂しいが仕方ない、二人の目は、そう言っているようだった。
「今回の件に関しては、ボスがリーダーシップをとるって言ってたぞ。
万が一にも何かあったらいけないって事でナ」
「ハル姉さんが?」
「ハル姉さん……」
ここで、基本無表情なアルゴは、珍しく笑顔を見せながら、二人に言った。
「二人の幸せの為に、全力を尽くすそうだゾ」
「これは何かお礼をしないといけないな、明日奈」
「うん、何か考えてみよう」
「二人の為なら、全力で公私混同をする宣言までしてたからナ」
「……それっていいのか?」
八幡は、どう反応していいのか分からないという感じでそう言った。
アルゴは、ニャハハ、と笑いながら八幡に言った。
「ユイちゃんやキズメルの問題が片付いたら、もう公私混同する機会もほぼ無いだろうから、
別に構わないと思うゾ」
「まあ、それもそうか」
八幡はその答えに納得した。
「残る問題は一つだナ」
「何だ?」
「さっき言っただろ?家を手に入れる事だゾ」
「家か……まあ、あそこだな」
「私達にとっては、あそこ以外には考えられないよね」
「よし、今度みんなで集まって、計画だけ立てておこうぜ!」
こうしてアルゴから話を聞かされた日の夜、二人は、ユイと話す為にログインした。