ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/12 句読点や細かい部分を修正


第173話 ありのまま

 こうして八幡達は去っていき、その場には、遼太郎と静だけが残された。

改めて二人きりになった事を自覚した静は、

ここからは絶対に失敗出来ないと、かなり緊張しており、

その為、静のいつもの悪い部分が顔を覗かせようとしていた。

自分を偽り、相手に出来るだけ自分を良く見せようと、無理に背伸びをしてしまう、

そのせいでいつも静が失敗してきた、あの部分である。

一方遼太郎は、残念ながらその事に気が付いてはいなかった。

八幡達とレースまがいな事をした後に、一緒にラーメンを食べるという一連の流れのせいで、

自分なりに考えていたデートの予定が全部パーになってしまい、遼太郎は、

これからどうすればいいか、とても悩んでいたのだった。

静はそんな悩む遼太郎の決断を、完全に受け身な状態で待っていた。

こういった経験の少ない遼太郎は、俺がしっかりしなくてはと、

使命感にも似た思いを抱きながら、一人で考え込んでいたのだったが、結論は出ない。

そんな焦る遼太郎の脳裏に、先ほどの静の言葉が浮かんできた。

 

『比企谷、君は自分一人では敵わない敵の存在を知り、

そしてそれを倒す為に、信頼する仲間の力を借りる事を覚えた。

君へのレッスンも全て終了だな。もう私が君に教えられる事は何も無い、卒業だ、比企谷』

 

(そうか……あの言葉は、八幡だけじゃなく、今の俺にも……)

 

 そして遼太郎は一人で悩むのをやめ、静と相談しようと思い、話し掛けた。

 

「静さん、これからの事なんですが……」

「は、はい、遼太郎さんの行きたい所に行きましょう」

「俺一人だと決めきれないので……って、静さん?」

「は、はい、遼太郎さん、次はどこに行けばいいですか?どこにでも着いていきます」

「え……?」

 

 そこで初めて遼太郎は、静の様子がおかしい事に気が付いた。

静の目が、まるで死んだ魚のような目に見えたのだ。

 

「し、静さん……?」

「何ですか?遼太郎さん」

 

 静は遼太郎の方を向いて返事をしたものの、その顔の動きは、

まるで、ギギギという音が聞こえてきそうな不自然なものだった。

遼太郎は、静を正気に戻す為にはどうすればいいか考えたが、いいアイデアは浮かばず、

結局八幡に電話する事にした。

 

「静さんすみません、八幡に電話するんで、ほんのちょっとだけ待ってて下さい」

「はい、待ってますね」

 

 遼太郎は、静の事を心配しながらも、急いで八幡に電話を掛けた。

幸い八幡がすぐに電話に出てくれた為、遼太郎は、とりあえず八幡に状況を説明した。

 

「……なるほど、どうやら先生は、フォースの負の面に落ちたっぽいな。

多分お前と二人きりになって、ここからが勝負だと、必要以上に入れ込んじまってるんだな。

さて、その状態の先生を元に戻す方法か……」

「自分でも情けないと思うんだが、いい案が思い浮かばねえ。頼む八幡、お前だけが頼りだ」

「まあ、まだお互いの事を良く知らないのに、

全部自分で解決しろってのも酷な話ではあるか。分かった、ちょっと待ってくれ」

 

 八幡は、少し考え込んだ後、遼太郎に言った。

 

「……そうだな、とりあえず衝撃を与えてみよう。クライン、今すぐ先生の胸を揉め。

って、痛ってぇ!おい馬鹿やめろ、いやいや明日奈、今のはほんの冗談だって。

おい雪乃、その凶器はどこから出したんだよ!お前の凶器はその言葉だろ!

そういった物理的手段を併用するのはやめてくれ!」

「は、八幡?おい八幡?生きてるか?」

 

 電話の向こうでは、ドタバタする音と共に、陽乃の笑い声と、

明日奈と雪乃が八幡に説教しているような言葉が聞こえてきた。

そしてしばらくすると、電話の向こうが静かになり、八幡は、遼太郎に返事をした。

 

「すまん、今のはほんの冗談だ。俺の命が危ないから、絶対に実行に移さないでくれ」

 

 八幡の、恐怖に満ちたその声に、遼太郎は当然といった感じで答えた。

 

「あったり前だ!そもそも俺は、そんなセクハラは出来ねぇよ!」

「お、おう、そうか、それは何ていうか、クラインらしからぬ真っ当な返事だな。

で、代案なんだが、ちょっと先生と電話を代わってくれないか?」

「わ、分かった。今度こそ頼むぜおい」

「大丈夫だ、一発で先生を目覚めさせてやるから」

「一発ってお前……ちなみにどんな手段で?」

 

 その自信満々な八幡の言葉に、遼太郎は恐る恐ると言った感じで質問した。

八幡はその問いに、簡潔にこう答えた。

 

「キットに煽らせる」

 

 遼太郎はその、煽るという言葉に、やや不安を覚えたが、

だがしかし、有効なのは間違いなさそうなので、その案を実行してもらう覚悟を決めた。

 

「分かった、何かあっても、それくらいは頑張って何とかするから、ガツンとやってくれ」

『分かりました、お任せ下さい』

 

 いきなりキットにそう言われた遼太郎は、反射的に、敬語で返事をした。

 

「あ、キットさんですか?お手数をおかけしますが宜しくお願いします」

「おい、何でお前、いきなり敬語なんだよ……」

 

 その遣り取りを聞いていたらしい八幡が、横から呆れたように遼太郎に言った。

 

「だ、だってよ、キットさんって明らかに、俺より格上っぽいじゃないかよ!」

「お、おう……まあそう言われると、一概には否定出来ないが……」

「とにかく頼む!今静さんに代わる!」

『了解しました』

 

 そして遼太郎は、静に電話を差し出した。

 

「キットさんが、静さんと話したいそうです」

「はい、遼太郎さん」

 

 静は、状況を理解しているのか分からないようなぎこちない動きで、電話を受け取った。

そして電話に出てしばらくした後、急に静の目に光が灯った。

そして静は、電話の向こうのキットに向かって、とても悔しそうに言った。

 

「こ、これで勝ったと思うなよおおおおお」

 

 遼太郎はその少し子供っぽい静の叫びを聞き、

笑いを堪えながらも、静が元に戻った事を確信し、心の中でキットに感謝したのだが、

次の瞬間、静は誰かに何か言われたのか、顔を真っ赤にしながら遼太郎の方を見た。

直後に静が遼太郎に電話を差し出してきたので、遼太郎は何事かと思いながらも、

その電話を受け取り、電話に向かって話し掛けた。

 

「もしもし?」

「おうクライン、『心配しなくても、クラインは先生にベタ惚れですよ』

って、今言っておいたから、後はお前に丸投げするわ。ちゃんと結果を出せよ」

「おいいい!そこまで言ったなら、せめてちょっとだけでも、何かアドバイスをくれよ!」

 

 その遼太郎の泣き言を聞いた八幡は、電話の向こうでため息をつきながら言った。

 

「やれやれ仕方ない、そうだな、その場所からなら、千葉……あ~、千葉駅前にでも出て、

後は好きな所を適当に回ればいいんじゃないか?」

「適当だなおい!」

「あながち適当って訳でもないんだがな、後は自分で考えろ」

「おい、八幡……?」

「それじゃ、後は二人でごゆっくりって事で」

「お、おい、八幡?八幡?」

 

 八幡はそう言い残すとあっさりと電話を切った。

遼太郎は八幡の残した言葉について必死で考え、

そして何かを思いついたようにハッとした顔をした。

静はまだもじもじしていたのだが、そんな静に遼太郎は語りかけた。

 

「あの、静さん、一つ俺から提案があるんですが」

「は、はい!」

「八幡達の乱入で、予定がすっかり狂っちゃったじゃないですか。

本当は、これからどうするか、静さんと相談して決めたいって思ってたんですけど、

八幡のアドバイスを聞いて、一つ思い付いた事があるんです」

「アドバイス、ですか……?」

「簡単に言うと、千葉に出て、適当に回れ、ってアドバイスです」

「千葉……千葉駅前ですか」

 

 静はそれを聞き、八幡の言葉の意味を考え始めたが、

静が何かを思い付く前に、遼太郎は静に言った。

 

「とりあえず今からそこに、一緒に行きましょう。

で、興味がある所を交互にでも選んで、そこに入りませんか?」

「普通ですね。あっ……ご、ごめんなさい私ったら」

「いや、いいんです、その通りです、普通っす!」

 

 静はその提案を聞き、思った事をうっかりそのまま口に出して言ったが、

それを遼太郎は笑顔で肯定した。

 

「多分それが、静さんの事をもっと良く知る為には、一番いい方法だと思うんです。

余所行きの場所に行くのは、少なくとも今じゃないって思うんっすよね」

「確かに……それなら私も、もっと遼太郎さんの事を色々理解出来るかも……」

 

 静は頷きながら、遼太郎に同意した。

 

「あざっす!それじゃあそうと決まったら、早速行きますか!」

「はい、遼太郎さん!」

 

 静は、花のように微笑みながら、遼太郎に言った。

こうして二人は、まったく背伸びをせず、自分達が興味を引かれた店に次々と入り、

時には何か買い物をし、時には何かに感動し、時には何かに怒りをぶつけた。

ちなみに夕食はサイゼだった。遼太郎はサイゼに入るのは初めてだったようで、

美味い美味いと言いながら、とても楽しそうに食事をしていた。

静はそんな遼太郎の姿を好ましく思いながら、

まったく緊張する事無く純粋に食事を楽しむ事が出来た。

 

「さて、次はどこに行きましょうか」

 

 食事を終え、店を出た後、満足そうにそう言った遼太郎に、静が遠慮がちに切り出した。

 

「あ、あの、遼太郎さん」

「はい、静さん!」

「ちょっと遼太郎さんを案内したい場所があるんですが」

 

 静の顔が真剣だった為、遼太郎は二つ返事でその提案をオーケーした。

 

「分かりました!どこへなりと、喜んでお供します!」


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