ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


第167話 やじ馬達の絶叫

「お待たせ~」

「お休みのところ、わざわざすみませんハル姉さん。それにしても、すごい車ですね……」

「大丈夫よ、私も興味あったしね。車は言われた通り、一番速いのを選んで来たよ!」

 

 この日八幡は、わざわざ陽乃を運転手として呼び出していた。

先日の、陽乃に対する『禁明日奈』を解除するという条件でである。

ちなみに本日のメンバーは、八幡、明日奈、雪乃の三人であった。

その車をじっと見つめていた雪乃が、八幡と明日奈の服の袖をちょんちょんと引っ張った。

どうやら雪乃は、二人に何か話があるらしい。

 

「雪乃、どうしたの?」

「二人とも、今のうちに覚悟を決めておきなさい。

姉さんがこの車を持ち出すなんて、かなり本気の証拠よ」

「……そんなにやばいのか?」

 

 雪乃はその問いに、少し顔を青くしながら答えた。

 

「この車の名前はトランザム。排気量は実に六リットルを誇るわ。

それを姉さんが、あの平塚先生に対抗する為に本気で運転するのよ。想像出来るでしょ?」

「六リットル……」

「まあ、ハル姉さんの運転なら大丈夫じゃないかな、うんきっとそう」

「事故とかの心配はいらないのだけれど、問題は、加速時とカーブを曲がる時のGね」

「よく分からないけど、Gってそんなにすごいの?」

「ええ、だからまあ、覚悟だけはしておいた方がいいわ」

 

 二人は雪乃のその言葉に、こくこくと激しく頷いた。今日がどういう状況かというと、

実は数日前、ついにクラインこと、壷井遼太郎と静がデートをする事になったのだが、

心配でこっそり後をつけようと、車で尾行しようとしていた八幡達は、

見事に静にちぎられてしまったのだった。それはもうぶっちぎりであった。

八幡が静に着いていけたのは街中だけである。

なんだかんだ普通に運転してはいるが、八幡はまだ初心者なのだ。

ちなみにその日のデートはある意味失敗に終わっていた。

最初の顔合わせの後、八幡達の尾行に気付いた静が、郊外に出た瞬間に加速し、

そのまま調子に乗って、かなり遠くまでそのままドライブしてしまったらしい。

もっともそれでも遼太郎は、とても楽しかったようだ。

車内で会話もはずんだらしく、二人の距離は、開始前と比べて確実に縮まっていた。

そして今日が、仕切りなおしの二度目のデートという訳なのだ。

 

「う~ん、これを運転するのは久々だなぁ。まあ、静ちゃんに対抗出来る車は、

うちにはこれしか無いんだけどね」

「確かにそうね」

 

 雪乃は陽乃に頷き、更に、とんでもない一言を付け加えた。

 

「ちなみに二人とも、この車は人工知能搭載で、喋るわよ」

「ええっ?」

「おい、まじかよ……もしかしてこの車、大昔にやってたアメリカのドラマのアレなのか?」

「あなた、そんな事よく知ってるわね……そうよ。あのドラマに影響を受けて、

父さんが趣味全開で作り上げたのが、この車よ。見た目も改造して同じにしてあるわ。

ちなみに名称はQUEEN2000.通称は、QUETT~キットよ。

当然分かると思うけど、クイーンは母さんの事ね。

正直略語としては間違っているのだけれど、ここは父さんの顔を立てて、

二人も是非キットって呼んであげて頂戴」

 

 雪乃にそう言われ、八幡と明日奈は、困ったように顔を見合わせた。

 

「呼んであげて頂戴と言われてもな……」

「うん……」

『私の事は、どうぞお気軽に、キットとお呼び下さい』

「きゃっ」

「おっと」

 

 突然車が二人に話しかけ、それに驚いた明日奈は八幡に抱きつき、

八幡はそんな明日奈を咄嗟に受け止めた。

 

『失礼、驚かせてしまいましたね。大丈夫ですか?』

「う、うん、大丈夫だよ」

「お、おお……本当に喋ってる……しかも礼儀正しい……」

「なんかすごいね!」

 

 二人は目を輝かせてキットに話し掛けた。

 

「まずは自己紹介だな。俺は八幡。宜しくな、キット」

「私は明日奈です。はじめまして、キット」

 

 二人はとても興味深そうに、キットに自己紹介をした。

 

『はい、八幡に明日奈。お二人とも、本日は宜しくお願いします』

 

 キットは、あくまで八幡の主観だが、久しぶりに外に出る事が出来て嬉しそうに見えた。

明日奈はまるで飼い犬をなでるように、キットをずっとなでていた。

そして頃合だと思ったのか、陽乃がやってきて、キットに話しかけた。

 

「さあキット、そろそろ出発するわよ。コンディションはどう?」

『はい陽乃、オールグリーンです。全て問題ありません。

さあ皆さん、どうぞ私に乗って下さい」

 

 キットがそう言うと、キットのドアが、『上に』開いた。まさかのガルウィングである。

 

「あ、あれ、この車ってガルウィングだったか?」

「外装を変える時に、一緒に改造したのよ百パーセント父さんの趣味よ」

「まじかよ……」

「キット、すごく格好いい!」

『ありがとうございます、明日奈』

 

 キットは明日奈に褒められて、嬉しそうにお礼を言った。

そしていざ車に乗り込む事になった時、助手席に乗ろうとした八幡を見て陽乃が言った。

 

「あ、あ~……全員後ろに乗った方がいいかもしれないわね」

「何かあるんですか?」

「いやね、助手席だと怖いんじゃないかと思って」

 

 その陽乃の言葉を、八幡は笑い飛ばした。

 

「ははっ、何度も死ぬような目にあってきた俺ですよ、まったく問題ないですよ」

「本当にぃ?」

 

 陽乃は、そんな八幡を、じとっとした視線で見つめた。

八幡はそんな陽乃に気圧され、こう付け加えた。

 

「で、でも今日は始めてですし、後部座席に乗ろうかな……」

「そう?自信がありそうだったから、助手席でもいいかなって思ったんだけどなぁ」

「は、はは……もちろん何の問題も無いですよ。でもまあ一応です一応」

 

 八幡はそう言うと、これ以上突っ込まれないようにだろうか、

急ぎ足で後部座席へと乗り込んだ。雪乃は、八幡の隣に明日奈を座らせるべく、

少し後ろで待機していたのだが、そんな雪乃の背を、明日奈が押した。

 

「雪乃、八幡君の隣に座って座って」

「え?で、でも……」

「いいからいいから。私は反対の隣に座るから、ね?」

「わ、分かったわ。その……ありがとう」

 

 雪乃は少し頬を赤らめながら、八幡の隣に乗り込んだ。それを見た陽乃は、ぼそっと呟いた。

 

「正妻の余裕ね……」

 

 そんな余裕を見せた明日奈は、反対側のドアから車に乗り込み、

四人は、いざ遼太郎と静の待ち合わせ場所へと向かう事となった。

車を走らせる事十数分、前方に見覚えのあるスポーツカーが見えた所で陽乃は車を止め、

四人は前方の様子をこっそりと伺った。

前方では、今着いたばかりなのであろう静に、遼太郎が何か話しかけており、

その言葉を聞いた静が、激しく顔を赤くしつつも、嬉しそうにしている姿が見えた。

 

「平塚先生のあんな姿は、初めて見るかもしれないわね」

「俺は見た事があるが、しかし何というか、クラインもやるもんだなぁ」

「何かすごくお似合いだね!」

 

 そして二人は静の車に乗り込んだ。どうやら出発するようだ。

 

「よしみんな、行くよ!」

「あ、安全運転でお願いします」

「それは静ちゃん次第だね」

「安全運転にならないの、確定じゃないっすか……」

「大丈夫、私の中では安全だから!」

 

 その陽乃の言葉を聞き、八幡は何とも言えない表情をした。

 

『大丈夫ですよ八幡、私が決して事故らせませんから』

「おお、まじで頼むぜキット、明日奈、怖いと思ったらすぐに俺に捕まるんだぞ」

「うん!雪乃も遠慮なく八幡君に捕まってね!」

 

 突然明日奈がそんな事を言い出し、雪乃はどぎまぎしながら言った。

 

「わ、私は大丈夫よ。安易に他人に頼ったりはしないから」

「そう?う~ん、でもなぁ……」

 

 明日奈は自分の右頬を、立てた人差し指の腹でトントンと叩きながら、言った。

 

「えっとね、これは、さっき陽乃さんが言ったような、正妻の余裕とかのつもりは無いの。

ただ何となくね、このポジショニングが必要になるんじゃないかって、

そんな気がしてるんだよね。だから雪乃、もしその時が来たら、躊躇しないでね」

「明日奈ちゃん、聞こえてたんだ……」

「預言者かよ……」

 

 その明日奈の真面目な表情を見て、雪乃は躊躇いながらも言った。

 

「わ、分かったわ。もしその時が来たら、躊躇しないと約束するわ」

「うん!」

 

 そして数十分後、街を出た瞬間に、その予言は現実のものとなった。

 

「うわあああ、怖い怖い怖い怖い怖い」

「姉さん!ちょっと姉さん!」

 

 二人は躊躇なく左右から八幡に抱き付き、涙目でそう連呼していた。

対照的に、陽乃は鼻歌を歌いながら運転しており、八幡も平気そうな顔に見えた。

しかし実際の所、八幡も、やや体制を低くし、足をしっかりとふんばりながら、

二人を左右の手でしっかりと抱きしめており、その顔色は、やや青ざめていたのであった。




ネタが古い……

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