「お待たせ~」
「お休みのところ、わざわざすみませんハル姉さん。それにしても、すごい車ですね……」
「大丈夫よ、私も興味あったしね。車は言われた通り、一番速いのを選んで来たよ!」
この日八幡は、わざわざ陽乃を運転手として呼び出していた。
先日の、陽乃に対する『禁明日奈』を解除するという条件でである。
ちなみに本日のメンバーは、八幡、明日奈、雪乃の三人であった。
その車をじっと見つめていた雪乃が、八幡と明日奈の服の袖をちょんちょんと引っ張った。
どうやら雪乃は、二人に何か話があるらしい。
「雪乃、どうしたの?」
「二人とも、今のうちに覚悟を決めておきなさい。
姉さんがこの車を持ち出すなんて、かなり本気の証拠よ」
「……そんなにやばいのか?」
雪乃はその問いに、少し顔を青くしながら答えた。
「この車の名前はトランザム。排気量は実に六リットルを誇るわ。
それを姉さんが、あの平塚先生に対抗する為に本気で運転するのよ。想像出来るでしょ?」
「六リットル……」
「まあ、ハル姉さんの運転なら大丈夫じゃないかな、うんきっとそう」
「事故とかの心配はいらないのだけれど、問題は、加速時とカーブを曲がる時のGね」
「よく分からないけど、Gってそんなにすごいの?」
「ええ、だからまあ、覚悟だけはしておいた方がいいわ」
二人は雪乃のその言葉に、こくこくと激しく頷いた。今日がどういう状況かというと、
実は数日前、ついにクラインこと、壷井遼太郎と静がデートをする事になったのだが、
心配でこっそり後をつけようと、車で尾行しようとしていた八幡達は、
見事に静にちぎられてしまったのだった。それはもうぶっちぎりであった。
八幡が静に着いていけたのは街中だけである。
なんだかんだ普通に運転してはいるが、八幡はまだ初心者なのだ。
ちなみにその日のデートはある意味失敗に終わっていた。
最初の顔合わせの後、八幡達の尾行に気付いた静が、郊外に出た瞬間に加速し、
そのまま調子に乗って、かなり遠くまでそのままドライブしてしまったらしい。
もっともそれでも遼太郎は、とても楽しかったようだ。
車内で会話もはずんだらしく、二人の距離は、開始前と比べて確実に縮まっていた。
そして今日が、仕切りなおしの二度目のデートという訳なのだ。
「う~ん、これを運転するのは久々だなぁ。まあ、静ちゃんに対抗出来る車は、
うちにはこれしか無いんだけどね」
「確かにそうね」
雪乃は陽乃に頷き、更に、とんでもない一言を付け加えた。
「ちなみに二人とも、この車は人工知能搭載で、喋るわよ」
「ええっ?」
「おい、まじかよ……もしかしてこの車、大昔にやってたアメリカのドラマのアレなのか?」
「あなた、そんな事よく知ってるわね……そうよ。あのドラマに影響を受けて、
父さんが趣味全開で作り上げたのが、この車よ。見た目も改造して同じにしてあるわ。
ちなみに名称はQUEEN2000.通称は、QUETT~キットよ。
当然分かると思うけど、クイーンは母さんの事ね。
正直略語としては間違っているのだけれど、ここは父さんの顔を立てて、
二人も是非キットって呼んであげて頂戴」
雪乃にそう言われ、八幡と明日奈は、困ったように顔を見合わせた。
「呼んであげて頂戴と言われてもな……」
「うん……」
『私の事は、どうぞお気軽に、キットとお呼び下さい』
「きゃっ」
「おっと」
突然車が二人に話しかけ、それに驚いた明日奈は八幡に抱きつき、
八幡はそんな明日奈を咄嗟に受け止めた。
『失礼、驚かせてしまいましたね。大丈夫ですか?』
「う、うん、大丈夫だよ」
「お、おお……本当に喋ってる……しかも礼儀正しい……」
「なんかすごいね!」
二人は目を輝かせてキットに話し掛けた。
「まずは自己紹介だな。俺は八幡。宜しくな、キット」
「私は明日奈です。はじめまして、キット」
二人はとても興味深そうに、キットに自己紹介をした。
『はい、八幡に明日奈。お二人とも、本日は宜しくお願いします』
キットは、あくまで八幡の主観だが、久しぶりに外に出る事が出来て嬉しそうに見えた。
明日奈はまるで飼い犬をなでるように、キットをずっとなでていた。
そして頃合だと思ったのか、陽乃がやってきて、キットに話しかけた。
「さあキット、そろそろ出発するわよ。コンディションはどう?」
『はい陽乃、オールグリーンです。全て問題ありません。
さあ皆さん、どうぞ私に乗って下さい」
キットがそう言うと、キットのドアが、『上に』開いた。まさかのガルウィングである。
「あ、あれ、この車ってガルウィングだったか?」
「外装を変える時に、一緒に改造したのよ百パーセント父さんの趣味よ」
「まじかよ……」
「キット、すごく格好いい!」
『ありがとうございます、明日奈』
キットは明日奈に褒められて、嬉しそうにお礼を言った。
そしていざ車に乗り込む事になった時、助手席に乗ろうとした八幡を見て陽乃が言った。
「あ、あ~……全員後ろに乗った方がいいかもしれないわね」
「何かあるんですか?」
「いやね、助手席だと怖いんじゃないかと思って」
その陽乃の言葉を、八幡は笑い飛ばした。
「ははっ、何度も死ぬような目にあってきた俺ですよ、まったく問題ないですよ」
「本当にぃ?」
陽乃は、そんな八幡を、じとっとした視線で見つめた。
八幡はそんな陽乃に気圧され、こう付け加えた。
「で、でも今日は始めてですし、後部座席に乗ろうかな……」
「そう?自信がありそうだったから、助手席でもいいかなって思ったんだけどなぁ」
「は、はは……もちろん何の問題も無いですよ。でもまあ一応です一応」
八幡はそう言うと、これ以上突っ込まれないようにだろうか、
急ぎ足で後部座席へと乗り込んだ。雪乃は、八幡の隣に明日奈を座らせるべく、
少し後ろで待機していたのだが、そんな雪乃の背を、明日奈が押した。
「雪乃、八幡君の隣に座って座って」
「え?で、でも……」
「いいからいいから。私は反対の隣に座るから、ね?」
「わ、分かったわ。その……ありがとう」
雪乃は少し頬を赤らめながら、八幡の隣に乗り込んだ。それを見た陽乃は、ぼそっと呟いた。
「正妻の余裕ね……」
そんな余裕を見せた明日奈は、反対側のドアから車に乗り込み、
四人は、いざ遼太郎と静の待ち合わせ場所へと向かう事となった。
車を走らせる事十数分、前方に見覚えのあるスポーツカーが見えた所で陽乃は車を止め、
四人は前方の様子をこっそりと伺った。
前方では、今着いたばかりなのであろう静に、遼太郎が何か話しかけており、
その言葉を聞いた静が、激しく顔を赤くしつつも、嬉しそうにしている姿が見えた。
「平塚先生のあんな姿は、初めて見るかもしれないわね」
「俺は見た事があるが、しかし何というか、クラインもやるもんだなぁ」
「何かすごくお似合いだね!」
そして二人は静の車に乗り込んだ。どうやら出発するようだ。
「よしみんな、行くよ!」
「あ、安全運転でお願いします」
「それは静ちゃん次第だね」
「安全運転にならないの、確定じゃないっすか……」
「大丈夫、私の中では安全だから!」
その陽乃の言葉を聞き、八幡は何とも言えない表情をした。
『大丈夫ですよ八幡、私が決して事故らせませんから』
「おお、まじで頼むぜキット、明日奈、怖いと思ったらすぐに俺に捕まるんだぞ」
「うん!雪乃も遠慮なく八幡君に捕まってね!」
突然明日奈がそんな事を言い出し、雪乃はどぎまぎしながら言った。
「わ、私は大丈夫よ。安易に他人に頼ったりはしないから」
「そう?う~ん、でもなぁ……」
明日奈は自分の右頬を、立てた人差し指の腹でトントンと叩きながら、言った。
「えっとね、これは、さっき陽乃さんが言ったような、正妻の余裕とかのつもりは無いの。
ただ何となくね、このポジショニングが必要になるんじゃないかって、
そんな気がしてるんだよね。だから雪乃、もしその時が来たら、躊躇しないでね」
「明日奈ちゃん、聞こえてたんだ……」
「預言者かよ……」
その明日奈の真面目な表情を見て、雪乃は躊躇いながらも言った。
「わ、分かったわ。もしその時が来たら、躊躇しないと約束するわ」
「うん!」
そして数十分後、街を出た瞬間に、その予言は現実のものとなった。
「うわあああ、怖い怖い怖い怖い怖い」
「姉さん!ちょっと姉さん!」
二人は躊躇なく左右から八幡に抱き付き、涙目でそう連呼していた。
対照的に、陽乃は鼻歌を歌いながら運転しており、八幡も平気そうな顔に見えた。
しかし実際の所、八幡も、やや体制を低くし、足をしっかりとふんばりながら、
二人を左右の手でしっかりと抱きしめており、その顔色は、やや青ざめていたのであった。
ネタが古い……