「GGO?」
八幡は、その名前にはまったく聞き覚えが無かった為、薔薇に詳しい説明を求めた。
「聞いた話だと、今度新しくリリースされる、『ザ・シード』規格のFPSらしいわね」
「FPSか……まあ確かにVR環境だと、本人視点のゲームになるよな。
で、そのゲームについて、他に何か情報はあるか?」
八幡の問いに、薔薇は少し考え込んでからこう答えた。
「ごめんなさい、私はその手の情報にはあまり詳しくないのよね。
あ、でももしかしたら、材木座さんならもっと詳しく知ってるかもしれないわ」
「そっか、それじゃあ後でそれとなく話を振ってみるわ。それにしても、材木座さん、か。
実際の所どうなんだ?あいつはこの職場で上手くやれているのか?」
少し心配そうにそう尋ねてきた八幡の表情を見て、薔薇は微笑みながらそれに答えた。
「そうね、少なくとも、材木座さんの事を悪く言う人間は見た事が無いわよ」
「そうか」
その答えに、あからさまにホッとした表情を見せた八幡を見て、
薔薇は微笑みを絶やさないまま、逆に八幡に問いかけた。
「そんなに材木座さんの事が心配だったの?」
「ばっ、何言ってんだお前、俺があいつの心配をする訳無いだろ。
ただちょっと、昔は人付き合いに問題がある奴だったから、それが心配だっただけだ」
「何動揺してるのよあんた……今自分で、心配だったって言ったわよ……」
「気のせいだ」
八幡は一言だけそう言うと、薔薇から目を背け、薔薇は声を殺しながら笑った。
「材木座さんはね、その……年齢の割りに見た目が落ち着いてるっていうか、
自分からはあまり喋らないけど、何か質問すると丁寧に答えてくれるし、評判はいいと思う」
「そうか」
(年の割りに落ち着いてるってのは、ふけてるって事で、
自分からは喋らないのは昔からだし、質問すると丁寧にってのは、
てんぱって必要以上にくどく説明してるともとれるが……社会人補正だろうか)
八幡は表面上は頷きながらも、そんな失礼な事を考えていた。
しかし遠目に見ても、天敵に囲まれているはずの義輝が、
話しかけられた時に目を背けるような事も無く、聞かれた事にはきっちり答えている姿に、
八幡は正直感動を覚えていた。
「あいつも昔と比べると、かなりいい方に変わったみたいだな」
「まあ、昔の事は知らないけど、今は何も問題無いと思うから、安心していいわよ」
「別に心配なんかしてなかったけどな」
「あんたさっきから、矛盾しまくってるわよ……」
そして二人はしばらく義輝の雄姿を眺めていたが、しばらくして八幡が薔薇に言った。
「それじゃあそろそろ戻るわ、貴重な情報をありがとな」
薔薇は八幡に頷くと、どうやら気になっていたのだろう、最後に一つ、質問をした。
「ねえあんた、もしかして、GGOをやってみようとか思ってる?」
「どうだろうな、まあ、その可能性は否定出来ないが」
「……多分危険は無いと思うけど、でも相手が相手なんだから、一応気を付けなさいよ」
それを聞いた八幡は、堪え切れなかったのか、プッと噴き出した。
「な、何よ」
「いやすまん、まさかお前に心配される日が来るなんてって思ったら、
ちょっとおかしくなっちまってな」
「わ、私だって、他人の心配くらいするわよ」
「そうだな、すまんすまん、それじゃまたな、薔薇」
「ええ、またね……八幡」
薔薇はそう言うと、踵を返し、去っていった。
八幡はその薔薇の背中に、頑張れよと呟きながら、義輝達の方へと歩いていった。
「盛り上がってるみたいだな」
「八幡君!」
「八幡!何故我を一人にする!」
八幡の名を呼び、駆け寄ろうとした明日奈だったが、
その機先を制し、義輝が真っ先に八幡に駆け寄った。
明日奈はその義輝の素早さに、きょとんとして立ち止まったが、
八幡と義輝の仲のいい姿を見て、素直に引き下がり、一歩下がって手を後ろで組みながら、
その光景を微笑ましそうに見ていた。
「材木座、お前、女子と普通に話せるようになったんだな。それにしても……」
八幡は義輝の耳に口を近付け、声を潜めて言った。
「今ここにいるのって、高校時代のお前にとっては天敵と呼べる奴だらけだろ。
正直お前がこの面子の中で普通に話せるとは思っていなかったわ。すごいなお前」
「我も成長したのだよ、八幡!まあしかし、我としては、
そんな連中と普通につるんでいる八幡の方が驚きなのだが……特にあの獄炎の……」
「あ~、まあ、慣れだ慣れ」
「慣れか……やはり逃げているだけでは、何も変わらないのだな……」
「それが分かっただけでもいいんじゃないか?」
「そ、そうかな?」
「ああ」
そして八幡と義輝は、顔を見合わせながら楽しそうに笑った。
その姿を見て、二人の話が一段落したと思ったのか、
明日奈を筆頭に、他の者たちもわらわらと二人の周りに集まってきた。
そして再び雑談が始まったのだったが、八幡は丁度いいチャンスだと思ったのか、
先ほど薔薇に教えられた、GGOというゲームについての話を、義輝に尋ねた。
「ところでこの前、『ザ・シード』関連がどうなってるかと思ってちょっと調べたんだが、
最近どうなんだ?評判がいいゲームもいくつか出てきてるみたいだけど、
そうだな、例えばGGOとかどんなゲームなんだ?材木座、知ってるか?」
この八幡のセリフを聞いた明日奈は一瞬硬直したが、
次の瞬間明日奈は、何でもないような表情を作り、
表面的には興味深そうに義輝の返事を待つそぶりを見せた。
(今、八幡君、自然さを装いながら、確信犯的に話を振った、私には分かる。
自分で言うのもアレだけど、妻の勘って奴。
でもやましい事があるようには見えない。こういう時の八幡君は、
多分何かしっかりとした目的を持って行動しているはず。例えば私を守る為とか……
ってのは自意識過剰かもしれないけど、ここは八幡君の邪魔をしないようにしよう。
でもGGOか……ゲームの名前らしいけど、そのゲームに、一体何があるんだろう)
明日奈はそう考え、GGOの名前を心に留めた。
「GGOか……八幡はどこまで知っているのだ?」
「いや、まったく分からん。名前とFPSって事と、評判は悪くないらしいって事くらいだ」
「そうか。GGO、正式名称は、ガンゲイル・オンライン。今八幡が言った通り、FPSだ」
「ねぇ、ちょっと聞いてもいい?FPSって何?」
優美子が、きょとんとしながら八幡に尋ねた。よく見ると、他の者たちも、
よくわからないという顔をしていたので、八幡は、簡単に説明した。
「一言で言うと、銃で撃ち合うゲームだな」
「ああ~、そういうの、ゲーセンにもあったかも」
「サバイバルゲームみたいなものなのかしらね」
「サバゲーですね!」
「まあ、そうだな。材木座、続きを頼む」
八幡は、皆が理解したのを見て、材木座に説明を続けるように求めた。
「世の中にはFPSなんてものは沢山あるが、GGOには強力な売りがある。
GGOでは、プレイヤーがゲーム内で稼いだお金を、リアルマネーと交換出来るのだ」
「ああ、昔あったな、そういうゲーム」
「何とかライフって奴?」
義輝は頷きながら、もう一言付け加えた。
「大会なんかもあるらしいし、プレイヤー間の殺し合いもALO並に自由だから、
我が思うに、そういった、なんというか殺伐とした面が、
今の社会状況的に人気の原因になっているのではなかろうか」
「なるほど、そういうゲームか」
(聞くだけじゃ完全には理解出来そうにもないが、確かにあいつら好みのゲームかもしれん。
とりあえず一応キャラを作って、潜入調査をしてみる必要があるか……)
八幡は義輝の説明を聞き、GGOを始める事を決意した。
明日奈はそんな八幡の姿を静かに見つめていた。
(何をするつもりか分からないけど、危ない事はしないでね、八幡君……)
その後、全員でサイゼに行って食事をし、その日の見学はそこで終わりとなった。
義輝は、久々に八幡と会えた上に、過去に自分が苦手としていた者達とも、
ある程度普通に会話をする事が出来た為、それが自信にもなったのだろう、
とても晴れやかな顔をしながら、一行を見送った。
そして帰り道、八幡は明日奈を寮まで車で送っていたのだが、
寮の前に着いた時、八幡は、自分から明日奈にGGOの話を持ち出した。
「なぁ明日奈、さっき気になってたみたいだけど、GGOの事なんだけどな」
「あ、うん」
「まあその……あれだ、心配しないでくれ。ただの取り越し苦労で終わるかもしれないし、
今はまだ何とも言えないんだ。もし問題がありそうだったら、詳しい事はその時に話すから」
「うん分かった。それにしても、よくあの一瞬で私の反応に気が付いたね」
明日奈は八幡の顔を覗き込みながらそう言った。
「俺は明日奈の視線には敏感だからな」
その言葉に喜びながらも、明日奈は少し心配そうな表情で言った。
「危ない事はしないでね?」
「ああ、約束する」
八幡はその明日奈の言葉に、しっかりと頷いた。
「それじゃあ今日の所はまあ、それでいいかな。
もっとも何も言われなければ、その事には触れないつもりだったんだけど、
ちゃんと私に話してくれたのは、ちょっと嬉しいかな」
「なんかすまん」
そんな謝る八幡の頬に、明日奈は笑顔で軽くキスをした。
「それじゃあまたね、八幡君。送ってくれてありがとう!」
「ああ、またな、明日奈」
明日奈はそう言って、手を振りながら、寮の中へと入っていった。
残った八幡は、GGOについて考えを巡らせながら、帰途についたのだった。