ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


第165話 薔薇の今

「子供か」

「し、仕方ないじゃない。あなただけならともかく、閃光のアスナ様の前に、

平気な顔をして出ていけるほど、私の神経は図太くはないんだから」

 

 薔薇は八幡に、小声で抗議をした。

八幡はその抗議を無視して、薔薇に消しゴムを差し出した。

 

「いや、しかしどう考えてもこれはな。何だよこれ、まるで………あ」

 

 八幡は、かつての薔薇がどんな武器を持っていたのかを思い出し、

まさかなと思いつつも、薔薇に尋ねた。

 

「なぁ、これ……まさか鞭のつもり……なのか?」

 

 八幡にそう言われた薔薇は、顔を真っ赤にしながら、小声で一気にまくしたてた。

 

「し、仕方ないじゃない……普段から鞭を持ち歩いている女なんて、

現実世界じゃ女王様扱いか、いいとこ仕事人扱いしかされないのよ。

だからこういう物で代用するしかないの。好きでこんなまがい物を持っている訳じゃないわ」

「お、おう……とりあえず鞭を持ち歩く事には、疑問の余地は無いんだな……」

 

 薔薇は尚も顔を真っ赤にしたまま、言い訳を続けた。

 

「この前だって、偶然子犬が道路に飛び出そうとしている所に遭遇して、

咄嗟にこれを使って助けたら、その子犬の飼い主からは変な顔をされたし、

それをたまたま見ていた風俗のスカウトマンから、本職の女王になって、

夜の世界でナンバーワンを目指してみないかった言われたわ……

別にこれは、そういう用途の為に持ってるわけじゃないのに……」

「じゃあどんな用途の為に持ってるんだよ……」

 

 八幡は、少し呆れたように薔薇に聞いた。

 

「ふ、不安だから……」

「は?」

「いざという時に、自分の身を守れる物が無いと不安じゃない?

別に今の生活に、ほとんど危険が無い事は分かってるわよ。でも、とにかく不安なの……」

「その気持ちは分からなくもないけどな。ほれ」

 

 そう言って八幡は、どこからか伸縮するタイプの警棒を取り出し、薔薇に見せた。

 

「多少いきすぎなのかもしれないが、俺も一応こういう物を持ってるからな。

確かにこれが、俺の精神の安定に、一役かっている事は間違いないだろう。

自分の身を守る事に神経を使うのはまあ、悪い事じゃない。

でもさすがにそれは、気休め以外の何物でもないだろ。

何か法に触れない程度に使えそうな物があるかどうか、今度探しておいてやるよ」

「あ……あり……がと」

「と、いう訳で、ほれ」

「えっ?」

 

 八幡は無造作に自分の携帯を取り出すと、薔薇に渡した。

 

「えっと、どういう事?」

「連絡先が分からないと、何かと不便だからな。そこにお前の連絡先を入れておいてくれ」

「わ、私が入れるんだ……それにしても、よく自分の携帯を、平気で人に渡せるわね」

 

 その薔薇のセリフに、八幡は懐かしそうに目を細めながら、

しかしあの時とはまったく違うセリフを返した。

 

「見られたら困るメールとかデータが沢山あるから、絶対に見るなよ」

「はいはい、あんたがもてるのは分かってるつもりだから、もちろん気を付けるわよ」

 

 そう言いながら、八幡のアドレス帳を見た薔薇は、あまりの女性の名前の多さに、

自分が八幡の女性関係を、本当に分かっていた『つもり』だった事を理解させられた。

 

「何これ……もてるにもほどがあるでしょ……」

「よく見ろ、男の名前もちゃんとあるだろ。それにそこに名前のある女性達と、

必要以上に接したりしているという事もないし、やましい所は何も無い」

「それはそうだけど、ぱっと見た感じ、女性の名前がずらりと並んでるとしか見えないわよ。

はい、それじゃあこれ、私のアドレスを入力しておいたわ。

それにしても、こんな状態でアスナ様がよく怒らないわね」

「さっきも言ったが、やましい事は何も無いからな。

それにしても、やっぱり気のせいじゃなかったな。

なあお前、何で明日奈の事を様付けで呼ぶんだ?

SAOの時は、確か明日奈とほとんど接点は無かったよな?」

 

 先ほどはスルーしたが八幡は、薔薇が明日奈の事を様付けで呼んでいる事に改めて気付き、

それに違和感を感じたのか、その理由を尋ねた。

それに対する薔薇の答えは、斜め上にぶっ飛んだ物だった。

 

「……私が言ったって事は絶対に秘密よ?」

「ん?何か問題でもあるのか?」

「……ええ」

「……分かった、どうしても必要にならない限り、誰にも喋らないと約束する」

「じゃあ、話すわ」

「ああ」

 

 薔薇は少しためらいつつも、その理由を、ぽつぽつと八幡に語り始めた。

 

「あなた、私の役職は知っているわよね?」

「ハル姉さんの、秘書っぽい事をやっているんだろ?」

「実際には使い走りだけどね」

 

 薔薇は八幡に頷きつつ、そう補足した。

 

「で、それがどう関係してくるんだ?」

「えっとね、つまりそのせいで、私は基本、ボスと一緒に行動する事が多い訳よ」

「まあ、当然だな」

「でね、ついこの前、貴方達、新生アインクラッドの三層まで、

仲間だけで一気に攻略したでしょう?」

「知ってたのか。尊敬してもいいんだぞ。いや、むしろ尊敬しろ」

 

 八幡はドヤ顔で薔薇にそう言った。

 

「そうね、正直本当にすごいと思ったわ。で、それなんだけどね……その動画をね……」

「ちょっと待て、動画?あの時の動画なんか有るのか?」

「ええ……ボスの個人的なコレクションよ」

「まじか……まったくあの人は……」

「で、その動画を、ボスは常に傍にいる私に、強制的に何度も見せてくるのよ……」

「お、おう……それはまあ、あれだ……」

 

 八幡は、何度も何度も同じ動画を見せながら、嬉しそうに動画の解説をする陽乃と、

それを正座しながら見ている薔薇の姿を想像し、さすがに薔薇に同情したのだが、

直後に薔薇が、何故かうっとりとしながら、早口でこうまくしたてた。

 

「ボスは、バーサクヒーラーと呼ばれていた女性が一番のお気に入りみたいでね、

彼女の活躍するシーンを、とにかく何度もリプレイで見せてくるのよ。

私は最初の頃は、機械的にすごいすごいって言っていたんだけど、

何度も見てるうちに何ていうか、他の人の戦闘シーンと、自然と比較するようになって、

段々そのすごさが分かるようになってきてね。まあ私がALOの戦闘システムを理解して、

バーサクヒーラー様がやっている事がどれだけすごいのかという事を、

ちゃんと理解出来るようになったってのも大きかったと思うんだけどね。

で、私はすっかりその、バーサクヒーラー様のファンになっちゃったんだけど、

後で彼女が、SAO時代に閃光のアスナと呼ばれていたプレイヤー、その人だって聞いて、

今ではすっかりアスナ様の虜になったって感じかしらね」

 

 その薔薇のカミングアウトに、八幡は、彼女に同情するのを一瞬でやめた。

そして深い溜息をつくと、おもむろに携帯を操作し、どこかへ電話を掛け始めた。

それをきょとんと見つめる薔薇の前で、八幡は電話の相手にこう言い放った。

 

「ハル姉さん、隠し持っている動画を提出して下さい。

あと一週間明日奈に近付くのを禁止します」

 

 それを聞いた薔薇は、一瞬固まった後、言葉の意味を理解し、

八幡に恨みのこもった視線を向けながら叫んだ。

 

「あんた、いきなり何て事をしてくれちゃってるのよ!この裏切り者!」

「うるさい、今がさっき言った必要な時だ。

むしろお前に同情して、少しは労ってやろうと思った俺の純粋な気持ちを返せ」

「虜になってしまったものは仕方がないじゃない!」

「うるさい。お前とハル姉さんは、しばらく明日奈に近付くのは禁止だ」

「べ、別に私はアスナ様の知り合いって訳じゃないし、何も変わらないわ!

ああっ、でもどうしよう、どう考えてもボスに殺される未来しか見えない……」

「自業自得だ、諦めろ」

「そ、そんなぁ……」

 

 直後に薔薇の携帯に、おそらく陽乃からであろう着信が入り、

薔薇は泣きそうな目で八幡をじっと見つめた。八幡は、ぽりぽりと頭をかきながら、

薔薇の方に手を差し出し、携帯を渡すように言った。

 

「……一体何をするつもり?」

 

 涙目で尋ねてきた薔薇に対し、八幡は肩をすくめながらこう答えた。

 

「このままだとちょっと寝覚めが悪くなりそうだから、

俺が電話に出て、お前をいじめないようにハル姉さんに言ってやる。

その代わりに、確か前も言ったと思うが、

ラフコフの残党どもに何か動きがあったら、ちゃんと情報を流せよ。

これはあくまで俺と明日奈の安全の為であって、断じてお前の為ではないから、

絶対に勘違いするなよ。いいな、絶対に勘違いするなよ」

「あ……うん……ありがと……」

 

 そして八幡は、差し出された薔薇の携帯をぶっきらぼうに受け取り、電話に出た。

 

「あ~、さっきは言い忘れましたが、こいつをいじめるのも禁止です。

理由ですか?こいつの情報が、俺と明日奈の平穏に繋がってるからって事で」

 

 電話の向こうでは、それを聞いた陽乃が何かわめいていたが、

八幡はそれを無視し、そのまま電話を切った。

 

「あんた、すごいのね……あのボスに対してそんな態度をとれるなんて……」

「ん、まあ、慣れだ慣れ」

「慣れるっていう類のものなのかしら……」

「まあいいだろ、実際に問題無いんだからな。と言う訳で、何か情報があったら頼むな」

「それよそれ」

「ん?」

 

 薔薇が、何かを思い出したかのようにそう声を上げた。

八幡がいぶかしげなのを見て、薔薇は八幡に説明を始めた。

 

「あのね、そもそも私があんたに合図を送ったのは、

仕入れた情報を、早く伝えようと思ったからだったのよね」

「おい、それってすごく大事な事じゃないか。何故早く言わない」

「ごめんなさい、私もその……友達が多い方だとはとても言えないから、

久しぶりに他人と気安く話せるのが嬉しくて……つい言いそびれてしまったの」

「もう分かった、お前の境遇はよく分かったから、話を続けてくれ」

 

 八幡は薔薇のおどおどする態度を見ていられなくなり、薔薇に話の続きを促した。

 

「これが大事な情報かどうかは分からない、正直どうでもいい情報かもしれないけど、

判断はあんたに任せて、私は報告だけするわ。

私はラフコフのメンバーとは、今はもうまったくと言っていいほど繋がりが無いんだけど、

昨日、そっちと微妙にまだ付き合いがある、元タイタンズハンドのメンバーと、

久しぶりに電話で話す機会があったのね。で、その時に雑談として出た話なんだけど、

あ、もちろん元メンバー達と一緒に、何か悪い事とかを企んだりとか、

そういう事はもう絶対してないから、そこは信用してね。

で、その人に聞いた話なんだけど、どうやらラフコフの幹部が、誰かは分からないけど、

今度新しく、GGOってゲームを始める事にしたらしいわよ」




ロザリアをあえて再登場させたのは、この話のためでした。
GGO事件が起きるのは、この数ヶ月後なので、もう少し今の章が続きます。

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