ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


第163話 幸運な二人と不運な一人

 SAOでの昔話や雑談をしながら歩く一行のまえに、

重々しいレリーフの掘られた門と、懐かしい街並みが見えてきた。

目の前に広がっているのは、第二層の主街区ウルバス。

テーブルマウンテンを、外周だけ残して繰り抜いて作られた街である。

 

「懐かしいな……あの時と同じだ」

「うん!」

「よし、ハチマン、とりあえず転移門をアクティベートしちゃおうぜ」

「おう」

 

 ハチマンは、キリトに促されて扉に触れ、門を開いた。

ウルバスの地形は特殊な為、コマチが興味深そうにハチマンに言った。

 

「何この街。何か火口の中にいるみたいだね、お兄ちゃん」

 

 コマチのそのセリフは、かつてアスナが言ったセリフと、内容的にはそっくりだった。

そして今回はアスナが、かつてハチマンが言ったセリフを、代わりに言った。

 

「もうすぐ鐘が鳴るんじゃないかな」

 

 その言葉の直後に、街全体に、まるでプレイヤー達の再訪を祝福するかのように、

カランコロンと、澄んだ鐘の音が響き渡った。

 

「おお~」

「これは粋な演出ね」

「よ~し、二層への一番乗り、達成だね!」

 

 こうして、新生アインクラッドの一層の攻略は、

ハチマン一行の手によって、すさまじい速度で完了した。

 

「よし、それじゃあ少しだけ、各自で街を見て回ってもらうとして、

一時間後にここに集合の後、全員で、一層の生命の碑に向かおう。

一応目的は、慰霊の祈りを捧げる事なんだが、皆、それでいいか?」

 

 生命の碑に慰霊の祈りを捧げようという、先ほどのソレイユの提案を知らなかった者達も、

それはいいアイデアだと同意し、とりあえずしばらくは、観光がてらの自由時間となった。

女性陣は、アスナの案内によって、トレンブルショートケーキを食べに行く事になった。

男性陣はそれに対抗してか、肉料理を食べに行く事にしたようだ。

もっとも甘い物に目が無いハチマンだけは、

トレンブルショートケーキを食べたそうな気配を漂わせていたのだが、、

さすがに女性陣の中に一人だけ男が混じる事は、はばかられたようだった。

 

 

 

「何これ、すごい……」

「ショートケーキなのに、すごく大きいですね!」

 

 女性陣は、トレンブルショートケーキのボリュームに驚いていたようだったが、

そこは年頃の女の子である。多い者だと丸ごと一つ、少ない者でも半分は平らげたようだ。

一番皆が驚いたのは、ユキノがその巨大なケーキを一人で丸ごと平らげた事だった。

ちなみに同じく魔法メインで戦闘をしていたイロハが六割、

ソレイユとメビウスも、半分ほどしか食べなかったので、よりユキノの食欲が強調されていた。

ユキノは必死で、疲れた脳が糖分を欲していただけと言い訳していたのだが、

他の者達は皆、ユキノを生暖かい目で見詰めていた。

そして一時間後、再び集合した一行は、一層へと転移した。

ちなみにこの頃になると、目敏いプレイヤーの何人かが既に二層に現れており、

一層とはまったく雰囲気の違う二層の景色に驚きつつも、探索を進めているようだった。

 

「よし、着いたぞ。あれがかつて、生命の碑って言われてた物だ……って、おお?」

 

 突然ハチマンが、心底驚いたという様子で、生命の碑を二度見した。

釣られて仲間達も、生命の碑を見上げたのだが、その左上の、空白だった部分に、

新たな文字列が書き加えられている事に、皆気が付いた。

 

「え~っと……おお?あれって俺達の名前じゃね~か?」

「さっきまでは、何も表示されてなかったよね?」

「ああ、確かにさっき来た時は、何も書かれていない、ただの石碑だったな」

「全員の名前じゃなくて、七人の名前……?」

「最初の三人が、うちのパーティ、しかも誘った順か、なるほどな……」

 

 そこには確かに、『Floor1』の文字と共に、七人の名前が書き込まれていた。

ハチマン、アスナ、ユイユイ、リーファ、レコン、キリト、リズベット。

仲間達の総数、十七人中の、七人の名前である。そして皆の目が、自然とアルゴに向いた。

全員から視線を向けられたアルゴは、肩を竦めながら、説明を始めた。

 

「生命の碑は、今は剣士の碑って名前になってるんだよ。

表示されるのは、各層ごとにボスを倒したパーティの中から七人まで。

パーティリーダーと、後は誘った順番に数人って感じだな。

まあハー坊は、オレっちが言うまでもなく、ある程度の状況が分かったように見えたけどナ」

「まあ、何となくだけどな。これはしかし……」

 

 ハチマンは、その碑をじっと見つめながら、何事か考えていたようだったが、

とりあえず先に皆で、生命の碑……今は剣士の碑と言うとの事だが、

その碑に、かつての死者達を悼んで、鎮魂の祈りを捧げる事にした。

そしてそれが終わった後、ハチマンが皆にこう提案した。

 

「どうもそういう事らしい。せっかくだから、三層まで俺達で速攻クリアして、

記念に全員の名前を碑に残そうと思うんだが、皆どう思う?」

「賛成!」

「そういう事なら、やるしかないっしょ!」

「同じチームだって分かるように、三回とも先頭はハチマンの名前にしてくれよ」

 

 ハチマンはその事は考えていなかったらしく、少しきょとんとしながら言った。

 

「そうか、そうじゃないと全員仲間だって分からないのか。

そうすると、二層までで名前を載せられるのは十三人、三層で十九人か?

二人分余裕があるな、どうするか、誰か知り合いでも誘うか?」

 

 そのハチマンの言葉に、ユキノが先ずこう答えた。

 

「今までの付き合いから考えると、順当な所だとサクヤさんとアリシャさんなのだけれど」

「それだとユージーンが黙っていないだろうな」

「他に関わったプレイヤーっていうと、シグルド?無いね、うん、却下!」

「候補は三人か……」

「でもユージーンを誘ったとしても、残り一人はサクヤかアリシャだろ?

そうすると、尚更角が立つんじゃないか?」

「無理に誘うとしたら、カゲムネさん辺りになるんだろうけど……」

「こうなったらジャンケンでもしてもらうか?」

 

 仲間達の様々な意見を聞きながら、ハチマンは黙って考え込んでいたが、

さぼど悩む事も無く決断したのか、スッキリとした顔で言った。

 

「よし、誰かサクヤさんとアリシャさんに連絡を取ってくれ。

ユージーンは、まあ、自前の戦力で何とでもするだろ。

それにもしユージーンに文句を言われても、キリトが肉体言語で黙らせればいい」

「ははっ、了解!」

「それじゃあ決まりだね!」

 

 初日にいきなり一層ボスが倒された事は、プレイヤーの間で若干話題になっていたが、

剣士の碑の事は、少数のSAO経験者の間以外では、まったく話題になってはいなかった。

だが次の日の内に二層がクリアされるに至って、一体どんな集団がクリアしてるんだと、

さすがに無視出来なくなったのか、多くのプレイヤー達が情報を集め始めた。

そして剣士の碑の話が伝わると、その話題は一気に広がった。

その話題を受けて、剣士の碑を見に行ったプレイヤーの中にユージーンがいた。

ユージーンは、剣士の碑に表示された見覚えのある名前を見て、

慌ててハチマンとキリトに、その事について尋ねるメッセージを送ったのだが、

いくら待っても返事が来る気配はまったく無かった。

焦るユージーンだったが、しばらく経ってから、ついに待ち望んだキリトからの返信が来た。

 

『すまん、戦闘中だった。剣士の碑なら、ボスを倒したメンバーの中から、

七人の名前が表示されるらしいぞ』

 

 そのメッセージを見て愕然としたユージーンの横で、剣士の碑の文字が変化し始めた。

 

『Floor1 ハチマン、アスナ、ユイユイ、リーファ、レコン、キリト、リズベット』

『Floor2 ハチマン、ユキノ、コマチ、イロハ、ソレイユ、メビウス、ユミー』

 

 その下に、新たな文字列が加わり始めたのだ。

 

「おい見ろ!剣士の碑に、新しい名前が書き加えられていくぞ!」

 

 そのプレイヤーの声を聞き、慌てて剣士の碑を見たユージーンの目に、

彼の知るハチマンの仲間達の他に二つ、見知った名前が飛び込んできた。

 

『Floor3 ハチマン、クライン、エギル、シリカ、アルゴ、サクヤ、アリシャ』

 

「何……だと……」

 

 その二人の名前を見たユージーンは再び愕然とし、

自分の置かれている状況を、ある程度感覚で理解した。

そしてユージーンは、何かにハッと気付いたそぶりを見せると、

慌てて転移門へ向かって走り出した。そして門の転移先リストに四層が出現した瞬間、

ユージーンは必ずそこにハチマン達がいると推測し、四層へと転移した。

 

 

 

「よし、目的の三層クリアはこれで達成だ」

「でもこれ、確実に私達がSAOサバイバーだってバレちゃうよね、ハチマン君」

「まあ俺達は名前も前のままだし、見る人が見れば、

直ぐにSAOの元四天王だって分かっちまうからな。

命の危険がある訳でも無いし、別に構わないだろ」

「まあ、それもそうだね」

「やったねサクヤちゃん、これで私達の名前もあそこに表示されたね!」

「うむ、名誉な事だな」

「いや~、誘ってくれた皆には感謝だよ!ユージーン君には悪いけど、本当にありがとね!」

 

 その言葉通り、サクヤとアリシャは、ユージーンが誘われなかった事は既に知っていた。

それはさておき、盛り上がる一行は、そのまま四層に向かい、

恒例の、転移門のアクティベートを行う事にした。

ちなみにエルフの戦争キャンペーンシナリオは、ハチマンとアスナが代表で見に行った。

かつてキズメルと出会ったあの場所で、二人は隠れて待機していたのだが、

緊張する二人の目の前に登場してきたのは、

事前にある程度予想していた通りキズメルでは無かった。

それだけ確認すると、二人はくるりと背を向け、その場から黙って去っていった。

二人にとってのキャンペーンシナリオの登場人物は、

ハチマンのアイテムストレージで未だに眠り続ける、キズメル以外にはありえないのだ。

 

「さて、それじゃあ転移門をアクティベートするわ」

 

 四層に到着し、ハチマンが転移門をアクティベートした瞬間に、

誰かが転移門から転移してくる気配がした。ハチマンは反射的に身構えてしまったが、

門から飛び出してきたのは、よく知っている、そして今回誘えなかった人物だった。

その人物、ユージーンはいきなり絶叫した。

 

「お前ら!何故俺を誘わない!!!!」

「ユージーンか。今回は、仲間の人数の関係でどうしても誘えなかったんだ。

まあユージーンなら、サラマンダーの仲間と一緒に、ボスくらい自前で倒せるって」

「ハチマン!やっぱりそういう事なのか!」

「よっ、ユージーン、戦闘中だったから返信出来なかったけど、

メッセージの返事なら、ついさっきしたぞ。後、ハチマンの言った通り、誘えなくてスマン」

「キリトおおおおおおお」

 

 ハチマンとキリトの軽い感じの謝罪の後、

サクヤとアリシャがニヤニヤしながらユージーンに声を掛けた。

 

「すまんユージーン、お前を差し置いて、私達が先に歴史に名を刻んでしまったようだ」

「ごめんねぇ、抜け駆けみたいになっちゃったけど、今回はアンラッキーだったと思って、

自分のチームで頑張ってね、ユージーン君!」

「くそおおおお、貴様らだけずるいぞおおおおおおおおおお!

俺だってハチマン達と並んで名前を載せたかったのに!」

 

 ユージーンの絶叫と共に、ハチマン達のボス戦ラッシュは、

一段落という事で、とりあえずここまでという事になった。

ユージーンはその事で奮起したのだが、攻略がハチマン達のように超速で進む訳も無く、

それから一週間後に、サラマンダーの仲間達と共に、四層のボスを倒す事に辛くも成功し、

ギリギリハチマンの次に、ボスを倒したグループのリーダーになる栄誉を確保したのだった。


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