ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


第160話 アスナの雄叫び

「久しぶりだな!≪イルファング・ザ・コボルド・ロード≫!」

 

 クラインがボスを指差し、勇ましく言った。

だが当然のごとく、そんなクラインに周りから総ツッコミが入った。

 

「いやいや、クラインはあの場にいなかっただろ」

「うん、確かにクラインさんはいなかったね。この場にいる人の中では、

私とハチマン君、キリト君に、エギルさんだけじゃなかったかな」

「俺の記憶の中にもクラインはいないな」

「実は俺達の知らない所でこっそりと参加してたとかか?

あの時、はみだし者は全員、俺のパーティに集まっていたはずなんだけどな」

 

 四人から総攻撃を受けたクラインは、顔を真っ赤にしながら抗議した。

 

「うるせー!気分だよ気分!確かにあの時俺は、

仲間達と一緒に周辺地域で試行錯誤してた段階だったけどよ!

いずれは俺達も最前線にって、しっかりと前を向いて進んでいたんだぜ!」

 

 そんなクラインに、キリトは笑顔で言った。

 

「確かにクラインは、最終的にはしっかりと攻略組の一角を占めていたからすごいと思う。

だがしかしあの場にクラインがいなかったのは厳然たる事実だからな」

「くっそ、いい笑顔で辛辣な……お前らノリが悪いぞ!」

「確かにノリは悪いかもしれないわね」

 

 そんな会話をしているSAO組を尻目に、ユキノが軽やかな足取りで少し前に出た。

一同は、一体どうしたのだろうとユキノの姿を眺めていたが、

ユキノは突然、≪イルファング・ザ・コボルド・ロード≫を指差しながら言った。

 

「初めましてね、≪イルファング・ザ・コボルド・ロード≫

でも本当に申し訳ないのだけれど、まもなくあなたとはお別れね。

再びこの世に生を受けてから、まだほとんど時間が経っていないと思うのだけれど、

せめて精一杯私達に抵抗する事で、その短い生を、少しでも彩ってから死になさい」

 

 ユキノは一息でそう言い終えると、少し紅潮した顔でハチマンを見つめた。

ハチマンはポカンとしていたが、そんなハチマンに、ソレイユがこっそり耳打ちしてきた。

 

「ねぇ、もしかしてユキノちゃん、実はかなりテンション上がってるんじゃないの?

多分ここで乗っておかないと、後で拗ねるんじゃない?」

「まじすか……分かりました。や、やります」

 

 ハチマンはそのソレイユの言葉を受け、やや引き攣りながらもユキノに笑顔を返し、

深呼吸をして覚悟を決めると、ユキノの前に出て、短剣を高くかかげた。

 

「久しぶりだな、≪イルファング・ザ・コボルド・ロード≫

お前の命、再びもらい受けに来た!あの頃より更に強化された我が軍団の力に瞠目し、

その短い生をここで終えるがいい!皆、雄叫びを上げろ!」

「「「「「「「「「「「「「「「「おお!」」」」」」」」」」」」」」」

 

 結局全員乗せられたのか、一同はノリノリで雄叫びを上げた。

多分気のせいだとは思うが、今度は負けないと、

≪イルファング・ザ・コボルド・ロード≫の眼光が訴えているように見えた。

 

「ユイユイとメビウスさんは、俺と共にボスの担当を!次に取り巻き三体の担当だ!

一匹目はアスナとコマチ、それにソレイユさん、二匹目はリーファとレコン、それにイロハ。

ここまでは抑えるだけでいい。コマチとレコンはけん制しつつ基本回避!

ソレイユさんとイロハは離れた所から魔法でけん制を!

アスナとリーファは、うまくヒールを回してくれ!

残りのメンバーは主攻を担うキリトパーティだ!

取り巻きを順番に、一匹づつ倒していってくれ!」

 

 その指示を受け、各パーティはそれぞれ集まり、軽く打ち合わせを始めた。

 

「キリトパーティの打ち合わせが終わったらスタートだ、終わったら教えてくれ」

 

 キリトパーティ以外の三組は人数も少ない事もあり、あっさりと話し合いは終わっていた。

ユイユイは、ハチマンのサポートを受けるにしろ、ボスの抑えという大役を任され、

やや入れ込んでいるように見えたが、緊張はしていないようで、

いい感じにモチベーションを保っているように見えた。

レコンはリーファにいい所を見せようと思うあまり、緊張しすぎているようだったが、

そこはイロハが横からちょっかいを出す事によって、うまく緊張をほぐしていた。

さすがイロハは、レコンのようなタイプを転がすのはお手の物のようだった。

問題は、アスナ、コマチ、ソレイユの、比企谷家三姉妹(仮)であった。

話し合いが終わった後、コマチが少し青い顔で、ハチマンに話しかけてきた。

 

「どうしようお兄ちゃん、私、あの二人を抑える自信が無いよ……」

「抑えるのは敵だけでいいんだけどな……何かあったのか?」

「一応話し合いはしたんだけど、その内容はたった一言、

『キリト君達より先に絶対取り巻きを倒す』だったの……」

 

 ハチマンは、多分そうなるだろうなと予想はしていたので、さほど驚かなかったが、

コマチが不安そうなのを見かねて、一つアドバイスをする事にした。

 

「いいかコマチ、二人に、

『コマチ、ちゃんと出来るか不安なので、お姉ちゃん達にコマチの命を預けます』

って言ってみろ。多分それで、多少抑えぎみになると思うぞ」

 

(まあ、実際本当に多少だろうけどな……)

 

 コマチはそれを聞くと、アスナとソレイユの下へ戻り、何事か話していたが、

どうやら上手くいったようで、こっそりとハチマンに、成功の合図をしてきた。

ハチマンはそれを見てコマチに頷くと、キリトパーティの方に向けて話しかけた。

 

「話はまとまったか?どんな戦法でいくんだ?」

「ここのメンバーは、俺、アルゴ、リズ、シリカ、クライン、エギル、ユミー、ユキノ。

ユミーはどうやら魔法に興味があるようだから、遠くから魔法を撃ってもらう。

残りのメンバーは、とにかく殴る。多少くらっても、ユキノが何とかしてくれる。以上!」

「大雑把だな……まあ、キリトが言うならそれで問題無いんだろうな」

 

 ハチマンは呆れつつも、戦闘に関してはキリトを完璧に信用していたので、

特に何か口を挟むつもりは無かった。そんなハチマンに、キリトの方から話しかけてきた。

 

「なぁ、取り巻きの数がいじられてるって可能性は無いのか?

アルゴに聞くのは卑怯だと思うから、あくまでハチマンの推測でいいんだけどさ」

「そうだな……」

 

 ハチマンはアルゴをチラっと見て、にやにやしながら言った。

 

「まあ、それは無いだろ。アルゴのスケジュールはチラッと聞いたけど、

今日までは完璧にデスマーチだったからな、とてもそんな部分をいじる余裕は無かったはずだ」

「くっ……」

 

 アルゴは、そういった面に関しては、我関せずという態度をずっと貫いていたが、

この時ばかりは図星を突かれたようで、悔しそうな声を出した。

そんなアルゴを見て、キリトも納得したようで、アルゴの肩をポンと叩いて引き下がった。

 

「よし、それじゃあ準備も整ったようだし、そろそろいくか」

 

 ハチマンはそう言って前に出ると、武器を構えた。

他のメンバーも思い思いに構えを取り、一同は徐々に前へ前へと進んでいった。

そして一同が中央付近に差し掛かった時、ボスの目が光り、

ついに≪イルファング・ザ・コボルド・ロード≫が動き出し、それと同時に、

取り巻きが三体姿を現し、こちらへと走ってくるのが見えた。

 

「行くぞ!なぎ払え!」

 

 一同は接敵し、ついに初めての、ハチマンとその仲間達の、

アインクラッドにおけるボス戦が開始されたのだった。

当然の事なのだが、キリトチームの削りが一番早かった。

多少被弾もしているようだったが、そのダメージは即座にユキノが癒していた。

アスナはその様子を、少し後方で、歯噛みしながら眺めていた。

いくらソレイユが強いとはいえ、こういう戦闘だと、範囲魔法をぶっぱなす事も出来ず、

敵の攻撃を回避しながら単体攻撃魔法で攻撃する形になる為、

どうしても人数の多いチームに比べると、若干削りが遅くなるのが現状だった。

 

「回復と攻撃の両立……コマチちゃんをしっかりと守りつつ、攻撃もする……

その為にはどうすればいいか……」

 

 アスナは考え抜いた末に、一つの結論に達した。

 

「詠唱速度を調節して、常に回復魔法をスタンバイしながら、そのまま攻撃する!」

 

 そう決断したアスナは、魔法の詠唱をしたまま敵に突っ込んでいった。

 

「お、お姉ちゃん?」

 

 回復魔法の詠唱を続けている為、戸惑うコマチに返事をする事が出来なかったアスナは、

変わりにコマチに、大丈夫だという風にウィンクして、そのまま敵に猛攻撃を加え始めた。

 

「やるねぇ、さすがは我が妹。これは私も負けてられないね」

 

 アスナが攻撃に参加する事により、ソレイユに対する敵の攻撃が減り、

ソレイユは、足を止めて攻撃に集中する事が可能になった。

 

「これはもうコマチもやるしかない!」

 

 突っ込むアスナに気を取られて、コマチはやや被弾したのだが、

次の瞬間アスナからヒールが飛び、コマチのダメージはすぐ癒された。

その間もアスナはずっと攻撃を続けていた為、

コマチはうちのお姉ちゃんはすごいなと感動しながら、攻撃に集中し始めた。

キリトチームは人数の多さに多少油断があった為、

アスナチームの削りの早さが爆発的に上がった事に気付いていなかった。

その機に乗じ、アスナチームはキリトチームを抜き、先に敵を瀕死にさせていた。

ここに来て、もう回復はいらないと判断したアスナは、魔法の詠唱を止め、

雄叫びを上げながら、トドメとばかりにすさまじい攻撃を繰り出し、

ついにアスナチームは、キリトチームより先に取り巻きの一体を打倒する事に成功した。

それによって他の者達は、初めてアスナの状態に気付き、口々に言った。

 

「おい……アスナが叫びながら攻撃してるぞ」

「でも、直前まではしっかりヒールもしてたみたいよ。みんな被弾してないもの」

「まるでバーサーカー……でも、ヒーラー?」

「バーサクヒーラー!?新しいなおい!」

「バーサクヒーラーだ!」

 

 これが所謂、≪バーサクヒーラー≫アスナの誕生の瞬間であった。


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