話は少し前まで遡る。キリトの指揮する戦闘検証チームは、
最初の頃は慎重すぎるくらい慎重に、街の周辺で、敵の強さがどのくらいなのか、
全員で一匹に挑んでみたり、わざと敵の攻撃をくらってみたり、攻撃魔法を試したり、
回復魔法の存在が、過去と比べてどのくらいのアドバンテージになるのかを調べたりと、
検証のお手本のような地味な作業を繰り返していた。
当初から、どうも敵が弱いなと感じていた一行だったが、
それがはっきりしたのは、ユミーがソロであっさりと敵を圧倒した時であった。
「ねぇ、あーしが敵をこんなに簡単に倒せるって事は、この層の難易度って、かなり低い?
まあ最初だからかもしれないけどさ」
「うーん」
キリトは、腕組みをしながら、ここまで得られたデータを受け、検証のまとめを始めた。
「俺の体感だと、敵同士の強さのバランスというか、比較は昔と変わっていない気がする」
その言葉に、一番説明して聞かせるのが難しいと思われているユイユイが、
案の定首をかしげながらキリトに尋ねた。
「ん~、それってどういう事?」
「要するにこれはさ、SAOのサーバーデータをALOに流用してあるだろ?
で、多分だけど、敵の強さを調整する際に、個々のモンスターデータをいじってたら、
とてもじゃないが手間がかかって仕方ないだろ?」
「うん」
「で、実際どうやって調整してるかの仮定だけど、多分ボスの強さだけを、
上位のプレイヤーが数パーティで倒せるような難易度に調整して、
残りの敵は、例えばボスの強さを倍にしたとしたら、他の敵も倍、
半分にしたなら、他の敵も半分、みたいに、そのまま細かい調整をしなかったんだと思う」
「ああ!」
ユイユイは、その説明でどうやら理解出来たようで、ポン!と手を叩きながら言った。
「つまり一層は、始まりの層だけあって、他の層と比べると、
敵の強さの上下の幅がかなり広いからこうなってるって事だね!」
そのユイユイの的確な返答に、一同はかなり驚いた。
特に一番驚いたのは、ユイユイと一番付き合いの長い、ユミーだった。
「ユイユイ?本当に中の人もユイユイ?」
「ユミー、どしたの?当たり前だし!」
「そ、そう……随分的確な答えだったから、ちょっと驚いた」
「あたしも、それなりに長くゲームしてるしね!」
そんな驚きの出来事もあったが、その後、全員で意見を出し合った結果、
特にキリトの仮説を否定する材料も見当たらなかった為、
とりあえずもう少し強めの敵がいる場所へと向かうべく、
一行は、迷宮区の方へと向かう事にした。
「そういえば、この辺りに何かいたような……」
キリトがそう呟いた瞬間、斥候としてかなり先に進んでいたレコンとコマチの二人が、
かなり慌てた様子で前方から走ってきた。
「どうした二人とも、何かあったのか?」
「キリトさん、すごく大きい人型のモンスターが前方にいます!
名前は《イルファング・コボルト・ゲートキーパー》!」
「あ……」
キリトは、その報告を受けて始めて、フィールドボスの事を思い出した。
キリトは第一層のフィールドボス戦には参加していなかったから、これは仕方ないだろう。
「みんなすまん、フィールドボスの事をすっかり忘れてた。
俺もハチマンもアスナも、ここのフィールドボスとは戦った事が無いから、
存在自体すっかり忘れてた……エギルくらいかな、戦った事があるのは」
「で、どうする?」
年上であり、比較的落ち着いているメビウスが、冷静な声でそう言った。
それを受けてキリトは、仲間達の顔をぐるっと見回した後、こう即決した。
「よし、俺達で倒しちまおう」
「やりますか!」
「やりましょう!」
どうやらコマチとイロハの後輩コンビは、やる気満々のようだ。
「でも、大丈夫かな?」
「今のあーしのスキルで通用するのかな……」
対して、ユイユイとユミーは、どちらかというと慎重論を唱えた。
だが、それに対してキリトは、こう即答した。
「大丈夫だ、問題ない」
「そう即答するって事は、何か根拠があるんですよね?キリトさん」
そのコマチの言葉を受け、キリトは自分の意見を説明した。
「俺は直接戦った事は無いけど、誰がその戦闘に参加したかは知ってるんだよな。
そのメンバーから類推すると、今のこのメンバーで問題なく倒せるはずだ」
「ボス戦とは違うメンバーだったの?」
「人数で言えば半分くらい、しかも、俺とハチマンとアスナがいなかった上に、
仲間内でいがみあっていたけど、それでも倒せた。こう言えばある程度は想像出来るだろ?」
その説明を聞いた一同は納得した。その上で、キリトの自信満々な態度に皆安心し、
慎重だったメンバーも、戦う方へと気持ちが傾いていった。
更にキリトが、少し表情を改め、皆にこう言った。
「正直あの頃はさ、死んだらもうその人は戻ってこなかったから、
すぐ立て直すとかは一切出来なかったんだよ。一度二十五層で壊滅した事があってさ、
その時は、立て直すまで一ヶ月以上かかったんだよな」
そしてキリトは、笑顔でこう続けた。
「だけど今は違う。やばかったら逃げればいいし、蘇生魔法もある。
だから、強敵との戦闘を楽しむつもりで気楽にいこうぜ!」
「まあ、なんだかんだ一番楽しむのはお兄ちゃんだよね」
「そうだなリーファ、それは間違いない」
その二人の遣り取りに、皆笑顔を見せ、フィールドボスへの挑戦が全員一致で決定された。
「……で、戦ってみたんだけど、これがなんか思ったより弱くてさ……いや、違うな。
スイッチ無しで、前線から動かずに全員で攻撃しまくれるってのは、
俺の想像以上に凶悪だったよ」
連絡を受け、戦闘検証チームに合流した街探索チームに、キリトはそう語った。
「つまりこういう事だろ?スイッチする必要が無い分、何ていうのかな、
下がってアイテムで回復してる時間は、実質何もしてないのと同じだから、
その時間が無くなった上に、更に回復魔法の力もあって、戦闘効率は以前の倍以上だと」
「そうそう、そんな感じだよ、ハチマン」
「ふ~む」
ハチマンは腕組みすると、キリトに質問を続けた。
「なぁキリト、戦った感じ、最低何人でフィールドボスを倒せたと予想する?」
「そうだな……俺とハチマンとアスナのうちから二人、それにヒーラーが一人でいけたな」
「一層の敵の強さの調整の問題もあるんだろうが、その程度か……」
次にハチマンは、エギルに質問した。
「なぁエギル、フィールドボスと、ボスの取り巻き、どっちの方が強かった?」
「それならさすがにフィールドボスだと思う」
「そうか……」
考え込むハチマンに、ユキノとキリトが同時に尋ねた。
「ハチマン君、もしかして、とんでもない事を考えていないかしら」
「ハチマン、もしかして、とんでもない事を考えてるよな?考えてるだろ?」
慎重そうなユキノと比べ、キリトは何かを期待するように、
わくわくした様子でそうハチマンに尋ねた。
「ちょっとキリト、あんた何でそんなにわくわくしてんのよ」
リズベットが眉をひそめながらそう言うと、キリトは目を輝かせながらそれに答えた。
「何言ってるんだよリズ、普通分かるだろ?
何でハチマンが、わざわざボスの取り巻きの話を引き合いに出して、
エギルにあんな質問をしたと思ってるんだよ。そんなの答えは一つじゃないか」
「何でってそりゃあ、戦う事になった時の為……に……って、えっ、まさか」
「やっぱりそういう事なのね」
とまどうリズベットの言葉を、ユキノが引き継いだ。
「ハチマン君、あなた、このままボスに突撃しようと思っているのね」
ハチマンは、ユキノににやりと笑いながら言った。
「敵の強さは予想より弱いと判明し、行動パターンも把握している。
まあ、敵の強さに関しては、俺達が当時のボス攻略チームと比べて、
全然強いっていう理由もあると思うけどな」
ユキノは頷きながら、それには同意した。
「まあ、それは確かにそうなのよね」
それを聞いたハチマンは、畳み掛けるように言った。
「そして今ここには、奇跡的にうちのチームのメンバーが、全員揃っている。
ここまでお膳立てされれば、今後全員揃う事があるかどうかは分からないから、
今やらなくていつやるんだって話になるだろ?。
ソレイユ姉さん、すみませんがアルゴにもう一度ログインするように伝えてもらえますか?」
「おっけ~、待ってて!」
ソレイユはそれを聞いて、アルゴを呼ぶ為に即ログアウトした。
「よ~しお前ら、うちのチームの記念すべき初戦は、雑魚戦はまあカウントしないとして、
第一層のボス《イルファング・ザ・コボルド・ロード》って事に決まりだ」
ユキノはそのハチマンの決断を受け、表情を改め、覚悟のこもった表情で言った。
「そうね、分かったわ。さあ皆、リーダーの決断が下されたわ。
総力を持って、ボスを血祭りにあげるわよ!」
ユキノの言葉の後に、メンバーの大歓声が続いた。
「よっしゃああああああ!」
「盛り上がってきたぜ!」
「やるぞおおおおお!」
「男連中はすごく嬉しそうね……」
「でも、何かこういうのっていいですよね」
「私達も頑張ろうね!」
「お兄ちゃん強気だなぁ」
「ヒ……ハチマン、昔と全然違うよね」
「先輩変わりましたね」
「まあ、いいのではないかしら。こういうのはやっぱり楽しいものよね」
「僕、このチームに入れて本当に良かったよ、リーファちゃん」
「死ぬ気で頑張るのよ、レコン」
「あーしも足を引っ張らないように頑張らなくちゃ」
「ユミーちゃん、何かあっても私が頑張って回復するから一緒に頑張ろう!」
アルゴもソレイユからの呼び出しを受けて無事に合流し、
こうして一同は、ボス部屋へと向かって歩き始めた。