「よし、無事確保完了だ」
「やったね!」
頑張った甲斐もあり、二人は無事に拠点の確保に成功した。
ハチマンは懐かしそうに目を細めながら、農家の二階に設定されたその宿を見ていたのだが、
そんなハチマンにアスナは、中に入ってみようと提案した。
「中の設備について、一番詳しいのってやっぱり私達だし、一応昔と何か違いがあるのか、
チェックしておいた方がいいんじゃないかなって思ったんだよね」
「確かにそれが合理的かもしれないな」
ハチマンは、その提案には一理あると思い、アスナと共に室内に入る事にしたのだが、
中に入るとアスナの視線が浴室から離れない事に気付いた。
「おいアスナ、まさかとは思うが、中に入りたがった理由って、
風呂に入りたかったから、なんて事は無いよな?」
その言葉を聞いた瞬間、アスナは毛が逆立った猫のように直立し、
ギギギ、と音が聞こえるかのような動作で振り返った。
「ま、まさかぁ。こんな時に、そんな不埒な事を考えるわけが無いじゃない。
わ、私にだってそれくらいの分別はあるよ」
その言葉と態度を見て、色々と察してしまったハチマンは、
まあ一瞬で湯も沸く事だし、体や髪を拭く手間も無いからいいかと思いつつ、
一応クギを刺しておく事にした。
「そうか、俺は分別とか無いから、気にせず普通に風呂に入る事にするわ」
「えっ?えっ?」
「アスナと一緒に入れないのは残念だけど、まあ一人でも十分だしな。
それじゃあ残りの部屋のチェックは頼むな」
ハチマンがそう言って風呂場に一歩足を踏み出した瞬間、アスナがいきなり叫んだ。
「わ、私もハチマン君と一緒にお風呂に入る!」
それを聞いたハチマンは、アスナに振り返り、とてもいい笑顔で言った。
「そうか、ざっと設備に違いが無いか見るだけだから一人でいいかと思ってたんだが、
アスナがそこまで言うなら別に一緒でもいいか。それじゃあ、さっさとやっちまおう」
「えっ?えっ?」
ハチマンは、戸惑うアスナを尻目に、風呂の中に入って設備にどんな違いがあるか、
丁寧にチェックを開始した。アスナはそれを、呆然と眺めていたのだが、
やがて真っ赤な顔で下を向き、ぷるぷると震えだしたアスナは、
ハチマンに近付くと、両手をグーにして、ハチマンの背中をぽかぽかと叩き始めた。
「ハチマン君の意地悪!」
ハチマンは、しばらくアスナに叩かれるままにしていたが、
やがて調査を終えると、くるっと振り返り、そのままアスナを抱きしめながら言った。
「仕方ないな、十分だけだぞ」
「えっ?えっ?」
「風呂に入りたかったんだろ?」
「あ、えっと……う、うん」
「だから十分だけな」
やっとハチマンの言葉の意味を理解したアスナは、もじもじしながらハチマンに言った。
「えっと……い、一緒に?」
そのアスナの問いに、ハチマンは即答した。
「そんな訳ないだろ」
「ええええええええ?」
「それじゃあ、俺は他の設備をチェックしてるから、ごゆっくりな」
そう言ってハチマンは、風呂場から出ていった。
アスナはハチマンの手の上でコロコロと転がされた事に気付き、
しばらくの間、ぐぬぬ状態であったが、時間もあまり無いと気を取り直し、
ハチマンの好意に甘えてそのまま風呂に入る事にした。
一方ハチマンは、室内が昔とほとんど変わっていない事を確認し終わり、
懐かしさを覚えながら、ソファーに腰掛け、アスナが出てくるのを待つ事にしたのだが、
その時唐突に、入り口の扉が、コンコンココーンとノックされた。
ハチマンはその叩き方には覚えがあった為、迷う事なく扉を開けた。
「おう、アルゴか。やっとログイン出来たんだな」
アルゴは返事も無しにいきなり扉が開くとは思っていなかったらしく、
しばらく硬直した後に目をパチクリさせ、ハチマンに言った。
「さすがに今のはちょっと無用心じゃないか?ハー坊」
「ん、だって今のは『アルゴノック』じゃないか。何度も聞いてるから耳が覚えちまったよ」
「何だその呼び方は、まあ何でもいいけどな。ところでアーちゃんは一緒じゃないのカ?」
アルゴにそう尋ねられたハチマンは、黙って浴室を指差した。
それを見たアルゴが、ハチマンが止める間もなくいきなりそちらに突撃したので、
ハチマンは、慌てて扉に背中を向けた。
その直後に、浴室からアスナの悲鳴とアルゴの笑い声が聞こえたのだが、
昔と違い、今回は、見えてはいけないものが見える事もなく、
ハチマンは、アスナからのお仕置きを間一髪で回避する事に成功したのだった。
「ふう……いきなりだったから、本当にびっくりしたよ……」
数分後、三人は改めてリビングのソファーに腰掛け、会話を交わしていた。
アスナがため息をつきつつも、どこか満足したような声でそう言うと、
アルゴが懐かしさに目を細めながら、返事をした。
「思えばオレっちがアーちゃんと初めて会ったのは、この部屋の、あの浴室なんだよナ」
「うん、本当に懐かしいね。でもあの時は、扉を開けられただけだったけど、
今日はいきなり全裸のアルゴさんが湯船に飛び込んできたから、
別の意味であの時よりもびっくりしたんだけどね」
「はぁ?」
そのアスナの説明を聞いたハチマンは、驚きのあまりアスナとアルゴを何度も交互に見た。
アルゴは照れたような口調で、ハチマンに言った。
「いやぁ、オレっちとした事が、ハー坊にサービスしすぎちまったナ」
そのアルゴの台詞を聞いた瞬間、ハチマンはアスナに押し倒され、
ハチマンの両目の前に、アスナの指先が突きつけられたので、ハチマンは慌てて弁解した。
「お、おいアルゴ、冗談でもそういう事を言うな!俺の目が本当にやばいから!
いいかアスナ、俺はすぐ背中を向けたから、何も見ていない。本当だ、信じてくれ」
そのハチマンの弁解を聞いたアスナは、本当に?と伺うように、アルゴを見た。
アルゴは首を振りながら、アスナにこう答えた。
「その時はオレっち、ハー坊に背中を向けてたから、本当かどうかはわからないゼ」
「アルゴおおおおおおおおお!」
そのアルゴの返答に、ハチマンは絶叫した。アスナは目を細めながらハチマンを見たが、
やがてすぐにハチマンを解放した。それが嫌にあっさりした解放の仕方だったので、
ハチマンはほっとすると同時に、もっときついお仕置きがくるのではないかと、
少し警戒するそぶりを見せた。そんなハチマンに、アスナはいたずらっぽい笑顔を見せた。
「うんまあ、アルゴさんが装備を解除した瞬間にハチマン君が背中を向けてたのは、
私の位置からはしっかり見えてたから、ハチマン君が無実なのは知ってたんだけどね」
「アスナああああああああああ!」
ハチマンはそれを聞き、再び絶叫した。
「ふふっ、さっきのお返し、だよ?」
アスナは、右手の人差し指を立てて左右に振り、片目を瞑りながらハチマンに言った。
ハチマンは、何とか呼吸を整えると、少し悔しそうに、こう言った。
「くっ、きょ、今日のところは引き分けにしとく」
そんなハチマンを見てアルゴは大笑いし、アスナも、仕方ないなあと言いながら、
改めてハチマンの隣に座り直した。ハチマンは、ばつが悪かったのか、
話題を変えようと、平静を装ってアルゴに話しかけた。
「ところでアルゴ、今日は忙しいんじゃないかと思ってたけど、よくログイン出来たよな」
「オレっちも再びアインクラッドに来れるのを楽しみにしてたから、
無理を言ってちょっとだけ抜けさせてもらったんだゾ」
「なるほどな」
ハチマンは頷きながら、更にアルゴに質問した。
「しばらくは、ずっとアインクラッドの階層の更新で忙しいのか?」
「そろそろ材木っちや下の連中が育ってきたから、ALOの運営からは、
もう少ししたら手を引けるんじゃないかと思うゾ」
「材木座か……そういえばまだあいつにお礼を言えてないな」
「あっ、そうだね。ねぇハチマン君、今度二人でお礼を言わないとだね」
アスナがそのハチマンの言葉に頷きながら、そう提案した。
「よし、それじゃあ今度あいつに会いに行くか」
「うん!」
そんな二人に、アルゴがこう言った。
「それじゃあオレっちが、落ちた後に材木っちに話だけしといてやるヨ」
「すまんアルゴ、宜しく頼む」
「ところでアインクラッドがどう変わったか、説明した方がいいカ?」
アルゴのその提案に、ハチマンは首を振りながらこう答えた。
「さすがにそれはちょっとずるい気がするからいいわ。
まあ今みんなで情報収集をしている所だから、その辺りは問題ないと思う。
うちのメンバーは皆とんでもなく優秀だし、経験者も多いしな」
アルゴは、確かにナ、と呟きながら、ハチマンに頷いた。
「まあそれなら問題ないな。それじゃあオレっちはそろそろ落ちるゾ」
「ああ、それじゃあ落ち着いた頃にまた、一緒に冒険しようぜ」
「今度こそ百層クリア、だね!」
「だな。それじゃハー坊、アーちゃん、またな!」
アルゴは手を振りながら二人にそう挨拶し、そのままログアウトした。
残された二人も、アルゴの姿が消えるのを見届けた後に、確保した宿を出て、
そのまま仲間達の待つ、攻略会議が開催された、あの広場へと向かったのだった。