ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/12 句読点や細かい部分を修正


第156話 ハチマン・パレード

 某月某日、ハチマンと仲間達は、アルンの郊外に集結していた。

その周囲にはかなりの数のプレイヤーがひしめきあっており、

そこにいる全員が、その時を今か今かと待ちわびていた。

今日は待ちに待った、アインクラッドが開放される日なのであった。

 

「時間だな、よし、そろそろ上空で待機しよう」

 

 ハチマンがそう言い、一同ははぐれないように固まって飛び上がった。

それを皮切りに、周囲のプレイヤー達も飛び上がり始めた。

何人かのプレイヤーは、楽しそうに周囲をくるくると飛び回ったりしていたが、

例外なく全てのプレイヤーが、期待のこもった目で空を眺め続けていた。

それから数分後、ソレイユが、申し訳なさそうに仲間達に言った。

 

「待たせちゃってごめんねぇ、私も正確な時間は聞いてないんだよね」

「いやいや、俺達だけが優遇されるわけにもいきませんしね」

「待つのも楽しいもんッスよ!」

 

 混雑を避ける為、公式の告知時間もあいまいだったせいか、

アインクラッドは中々その姿を現さなかった。

そして周囲の雰囲気がやや弛緩し始めた頃、突然ハチマンが仲間を集め、こう言った。

 

「そろそろ出現するみたいだ。俺が合図したら、全員全力で俺に付いて来てくれ」

 

 仲間達はその言葉を聞いて空を見上げたが、どこにもそんな気配は無かった。

そんな中、アスナが何かを思い出したようにハチマンに尋ねた。

 

「あ、もしかしてハチマン君、見えたの?」

「ああ。何となくだけどな」

「なるほどね」

「アスナ、どういう事だ?」

 

 そのキリトの当然の問いに、アスナはこう答えた。

 

「キリト君なら分かると思うんだけど、前にもこんな事があったよね?

ほら、ダンジョンの中でどこに罠があるか、とか」

「ああ!あったあった!そうか、そういう事か!」

 

 キリトは言われて思い出したのか、納得したようにそう声を上げた。

 

「ねぇねぇ、どういう事?」

 

 困惑する仲間達を代表して、ソレイユが三人にそう尋ねた。

キリトはソレイユに頷き、事情を知らないメンバー全員に、昔あった事の説明を始めた。

 

「昔、ダンジョンを探索してた時の話なんだけど、

ハチマンは、普通じゃ見つけられない隠された罠を見付ける名人だったんだよ。

その理由が、推測なんだけど、普通の壁と、罠の仕掛けられている壁の、

わずかなデータ量の差が感じられるんじゃないかって、そういう話があったんだよ」

 

 皆はその説明を聞き、ぽかんとした。最初に口を開いたのはコマチだった。

 

「じ、じゃあもしかして、この空のどこかに、そういう場所が見えたって事?」

「まあ、感覚でなんとなくだけどな」

「どうしよう、お兄ちゃんがいつの間にか人間じゃなくなってた……」

「おいコマチ、お兄ちゃん泣いちゃうから、そのくらいにしとこうな」

 

 ハチマンは、泣きそうな顔でコマチにそう答えた。

そこに追い討ちをかけたのは、案の定ユキノだった。ユキノは笑顔でコマチに言った。

 

「コマチさん、ハチマン君は昔ちょっと捻くれてた分、物の見え方が人と違うだけなのよ。

でもちょっと変わってはいるけれども、生物学的には間違いなく人間だから大丈夫よ」

「は、はい、ユキノさん!」

「おい、お前それまったくフォローになってないからな」

 

 ハチマンはユキノにそう言いながら、再び空の一点をじっと見つめた。

それに釣られて仲間達もその方向を見たが、特に変わった部分は無かった。

 

「どうやら時間が無さそうだ。間違えたらすまないって事で、

全員とりあえず全力で飛ぶ準備を頼む」

 

 その言葉を聞いて、エギルがニカッと笑いながら言った。

 

「いいんじゃないか?仮に失敗しても、少し進入時の混雑に巻き込まれるだけだしな。

リスクは拠点の確保だけだろ。でももし成功したら……」

「俺達が一番乗りだぜ!」

 

 クラインがその言葉を引き継いでそう言った。

一同はその言葉に頷き、ハチマンの周囲に集まり、全力を出す準備をした。

そしてハチマンは最後に、ユミーを見ながらこう言った。

 

「ユミーはまだ飛ぶのに慣れてない部分もあると思うから、

ソレイユさんと……そうだな、キリトとリーファでフォローを頼む」

「ユミーちゃんはお姉さんが引き受けた!」

「ああ、了解だ、ハチマン」

「飛ぶのは得意よ、任せて!」

 

 ハチマンは三人に礼を言うと、再び上を見ながらカウントを開始した。

 

「行くぞ!三、二、一……」

「行っけ~~~!」

 

 ソレイユがそう叫び、仲間達は、全力で先頭を飛ぶハチマンの後を追った。

その前方には何も無かった為、周りのプレイヤー達は、後を追うのを躊躇した。

そして先頭を行くハチマンは、珍しく茶目っ毛を出したのか、飛びながら魔法の詠唱を始め、

次の瞬間、エフェクトと共に、背教者ニコラスの姿に変化した。

それを見た仲間達は笑いながら、ある者は花火のように魔法を放ち、

またある者は、神聖系の魔法の光を纏いながら、ぐるぐると螺旋状に飛び、

まるでパレードのように、仲間達の飛行を演出した。

その幻想的な光景に、周囲のプレイヤー達はどよめいた。

そしてソレイユが、とどめとばかりに水平方向に雷魔法を放った瞬間、ついにソレが現れた。

ご~ん、ご~んと鐘のような音が辺りに鳴り響き、

ハチマンの正面に、誰もが一度は写真等で見た事があるであろう、

浮遊城アインクラッドが、その巨大な姿を現したのだった。

それを見て他のプレイヤー達も慌ててハチマン達の後を追ったのだが、

その距離の差は何をどうしようとも埋められるようなものではなく、

ハチマン達は、パレード状態のまま、無事アインクラッドへの一番乗りを果たしたのだった。

 

「よっしゃ!俺達の勝利だぜ!」

「やった!一番乗り!」

「いえ~い!」

 

 アインクラッドの最下部には広い通路が口を開けており、

一同がそこに入ると、通路の壁には鏡のような装飾が施されていた。

 

「うーん、もしかして、これに触れって事か?」

 

 いつの間にか通常の姿に戻っていたハチマンが、そう言いながらその鏡に触れた瞬間、

いきなりハチマンの姿が消えた。どうやら中に転送されたようだ。

それを見た仲間達も同様に鏡に触れ、次々と中へ転送されていった。

そんな一同が転送されたのは、とある広場であった。

そこがどこなのか、すぐに理解したSAO組の七人は、感慨深げだった。

 

「まあ、ここが妥当だよな」

「そうだね、ハチマン君」

「全ての始まりの場所だしな」

「あの時はびっくりしたよね」

「おお、何か懐かしいな……」

「さっすがアルゴの奴、よく分かってるじゃねえか!」

「まさか茅場さんが出てきたりしませんよね?」

 

 転送された先は、茅場が最初に全員を集めた、あの広場であった。

確かにこの広場が、新たなる冒険の始まりの場所には一番ふさわしい。

そう思いながら、ハチマンは他の者達に説明を始めた。

 

「この場所は、SAOのサービス開始からしばらく後に、

プレイヤー全員が強制的に集められ、茅場晶彦がデスゲームの開始を宣言した広場なんだ。

要するに、ここから全てが始……」

「ちなみにね、そっちの通路の先に、屋台が並んでる所があったんだけど、

そこが私とハチマン君の、初めての出会いの場なんだよ!

ちなみにその時私は、男の子の姿をしていたんだけどね!」

 

 ハチマンは、最後まで説明する事が出来なかった。

やや興奮ぎみのアスナが、そう言ってハチマンの言葉を遮ったからだ。

 

「そういえば、二人の出会いの詳しい話は聞いた事が無かったわね」

 

 ユキノもハチマンの説明をそっちのけでアスナの言葉に乗っかり、

リズベットとシリカ以外の女性陣も、興味深げにアスナの周りに集まった。

ハチマンは、調子に乗って説明を始めようとしたアスナの口を、

背中側から抱きしめる形で塞ぎ、ため息をついた後に、

抗議するようにもごもごと何か言おうとしているアスナを抑えながら言った。

 

「あ~、ガールズトークはまた後でな。とりあえず他のプレイヤーが到着する前に、

手はず通りに予定をこなしちまおう。戦闘検証チームはキリトの後に続いてくれ。

街の探索チームは、とりあえず俺達が合流するまでは、エギルがリーダーとなって、

街中を探索しつつ、第一層の攻略会議が開かれた、あの広場で待っててくれ。

俺とアスナも拠点を確保してからすぐにそこに向かう」

「了解」

「おう、待ってるぞ、二人とも!」

 

 キリトとエギルはそう返事をすると、それぞれの目的の方向へと歩き出した。

残りのメンバー達もその後に続き、その場には、ハチマンとアスナの二人だけが残された。

 

「よし、それじゃ、俺達もダッシュであの宿へと向かうか」

「ん~ん~」

「おっと、まだ口を塞いだままだったか、アスナ、すまん」

 

 ハチマンはそう言い、アスナの口から手を離そうとしたが、

アスナはそのハチマンの左手を右手で握り、その手を離さないままクルっと回って、

ハチマンの腕の中から飛び出すと、そのままハチマンの手を引いて走り出した。

いきなりだった為、ハチマンは少し慌てたが、そのままアスナと一緒に走り出した。

 

「お、おいアスナ」

「ふふっ、あの時と逆だよ、ハチマン君!」

 

 アスナの言う通り、立場は逆であったが、それはまさに、あの時の再現であった。

ハチマンは懐かしく思いながら、アスナにこう言った。

 

「そうか、これがあの時アスナの見ていた光景なんだな」

 

 それに対してアスナは、笑顔でこう返した。

 

「これがあの時ハチマン君の見ていた光景なんだね」

 

 二人は顔を見合わせて笑い合い、しっかりと手を繋いだまま、

懐かしきあの宿へ向かって走り続けたのだった。


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