「よし、それじゃあとりあえず風呂に入っちまうとしようぜ。
三人が料理してた間に、風呂は俺がいれといたからな」
食事を終えた後、八幡がそう提案した瞬間に、明日奈が顔を赤くしてビシッと固まった。
(明日奈の奴、また何か勘違いしてるな)
八幡は明日奈の態度からそう察し、訂正しようと考えたのだが、
その八幡より先に口を開いたのは小町だった。
「お兄ちゃん、もちろん変な意味じゃないよね?」
「当たり前だ。俺がおかしな事を考えるわけが無いだろ」
「そうだよね。お兄ちゃんに限って、お姉ちゃんに一人でお風呂に入れなんて、
そんな冷たい事を絶対に言う訳がないよね。当然お姉ちゃんを一人にはしないよね。
お兄ちゃんを疑った小町が悪い子でした、ごめんなさい」
「おう、分かればいいんだ分かれば……あ?」
その瞬間、しょぼんとしていたように見えた小町が豹変した。
「はい、言質頂きました!お姉ちゃん、今日のクライマックスだよ、頑張って!」
「う、うん、頑張るよ!八幡君、ふつつか者ですが、宜しくお願いします」
八幡は呆れた顔で両親を見たが、両親は、ついに初孫が、とか、式はいつにする?とか、
そんな事を言うばかりであり、八幡は完全に孤立していた。
「はぁ……めんどくさい……めんどくさいが、まあ仕方ない……」
「お兄ちゃん、何か言った?」
「おい小町、ちょっとさっきの自分の台詞を思い出してみろ」
小町は少し考えた後、先ほどの自分の台詞を、出来るだけ正確に再現した。
「お兄ちゃんに限って、お姉ちゃんに一人でお風呂に入れなんて、
そんな冷たい事を絶対に言う訳がないよね。当然お姉ちゃんを一人にはしないよね」
「そうだな、小町の言う通りだ。分かったらさっさと明日奈と一緒に風呂に入ってこい」
「えっ?」
「確かに俺は、明日奈に一人で入れなんて言わない。当然明日奈と一緒だ、小町がな。
俺は明日奈が誰と一緒に入るかについては、一言も触れてはいない」
小町は自分の顎に手を当てて、んん~?と考え込み、
明日奈も頭を抱えて、ノー!と叫んだのだが、理論武装した八幡に敵うはずもなかった。
小町はぷるぷると震えながら、最後の抵抗とばかりに八幡に抗議した。
「お兄ちゃん、ずるい!小町はお兄ちゃんのそんな大人ぶった面を見たくはなかったよ!」
「ああん?今のは完全に小町のミスだろ。他人に何か策略を仕掛ける時は、
二重三重に罠をしかけておかないと、敵によってはそれを逆手にとって、
今の俺みたいに逆襲してくる事があるもんだ。今後はもう少し言葉の使い方に気を付けろ」
「ぐぬぬ……さすがは元血盟騎士団参謀……」
小町は悔しがったが、自分のミスのせいもあるので、それ以上は何も言えなかった。
明日奈は残念そうではあったが、さすがに恥ずかしかったのだろう、
どこかほっとしたような顔をしているようにも見えた。
「まあ小町も、我ながら無茶を言ってるって気もしないでもなかったし、
今回は仕方ないかぁ。それじゃお姉ちゃん、今日は小町と二人でお風呂に入りましょう!
そしてお兄ちゃんが後悔するくらい、二人でいちゃいちゃしましょう!」
「あ、う、うん、残念だけど、仕方ないね」
「それじゃあレッツゴーです!」
「うん、レッツゴー!」
八幡は、明日奈が意外とあっさりと引き下がった為、ホッと胸を撫で下ろしていた。
もし明日奈にごねられていたら、さすがの八幡も、うっかりオーケーしたかもしれなかった。
八幡が明日奈に対して甘いのは、周知の事実である。
(まあもしそうなった場合は、昔のように、水着を着て入るだけだけどな)
八幡は、明日奈と一緒に水着を着て露天風呂に入った時の事を思い出し、
懐かしさを感じると共に、今度一緒に温泉に行くのも悪くないなと考えた。
同時に、その時一緒だった、もう一人の仲間、キズメルの事を考えた。
キズメルを復活させる為には何が必要か、今度アルゴに相談してみよう、
とんでもない公私混同になるかもしれないが、それくらいは勘弁してもらおう。
そんな事を考えながら、八幡は、想像以上にガックリしていた両親をそのまま放置し、
自分の部屋へと向かい、読書をしながら、二人が風呂から出てくるのを待つ事にした。
しばらくして廊下から二人の声が聞こえ、部屋がノックされた。
「明日奈か?いつでも開けていいぞ」
八幡が返事をすると、パジャマを着た、風呂上りの明日奈が入ってきた。
八幡はそんな明日奈に色気を感じ、少しドキっとしたが、
その前に明日奈の着ているパジャマがとても気になり、明日奈に尋ねた。
「あれ、明日奈、そのパジャマって男物だよな?しかもどこかで見た事があるような……」
「あ、うん、これ、八幡君が中学の時に着てたパジャマだって」
明日奈が着ていたのが、どう見ても男物のパジャマだったので、
八幡は疑問に思ったのだが、どうやらそれは八幡のお古だったようだ。
「そうか、だから見覚えがあったのか、懐かしいな。でも何でそんな物を……」
「夕方に買い物をした時にね、パジャマを忘れた事に気が付いて、慌てて買おうとしたら、
小町ちゃんが、お兄ちゃんのお古で良ければありますよって言ってくれたから、
あまりの嬉しさに、それがいいってすぐに叫んじゃってね、それでねそれでね……」
明日奈がまた変なモードに入りそうになった為、八幡は慌ててそれを制した。
そして明日奈に適当に本でも読んでてくれと言った後、八幡も風呂へと向かう事にした。
ちなみにこの時明日奈が選んだ作品は、
後日、ALO内でのとある出来事に関係してくる事になる。
八幡は明日奈が選んだ作品を見て、その作品のアニメが録画してあるDVDの場所を、
一応明日奈に教えてから風呂へと向かった。八幡が風呂から上がり、部屋に戻ってくると、
明日奈は八幡のベッドに腰掛けて、その作品を熱心に視聴中だった。
「何だ明日奈、随分熱心に見てるみたいだけど、気に入ったのか?」
「うん!特にこの猫ちゃんがかわいくてかわいくて!特に目が!」
「あの目な……かわいい、かわいいのか……?まあ明日奈が気に入ったならいいか」
「もうちょっと見てていい?」
「ああ、別に構わないぞ。好きな所まで見ればいいさ。
まあ今日中には絶対に見終わらないと思うから、続きが見たいならDVDも貸してやるよ」
「うん、ありがとう!」
明日奈は八幡にお礼を言うと、また熱心に視聴を続行し始めた。
八幡は明日奈の後ろにごろんと横になり、何となく一緒に画面を見ていた。
途中で小町も合流し、明日奈と小町は、一緒に笑ったり泣いたり、会話をしたりしながら、
とても楽しそうにそのアニメを視聴していた。
その二人を見る八幡の表情には、いつの間か何らかの感情が浮かんでいたようだ。
明日奈は八幡の顔を見てそれに気付いたのか、何気なく八幡に質問してきた。
「八幡君、何か説明し難い表情をしてるけど、今は何を考えていたの?」
明日奈にそう尋ねられて、八幡は、自分は今どんな表情をしていたのだろうと思いながら、
その時考えていた事を、素直に明日奈に説明した。
「ん、特におかしな事を考えていたわけじゃないんだけどな、
今二人を見ていて、ちょっと羨ましいって思ったっていうか、
俺も初見の時に、そうやって一緒に見てくれる友達がいたら、
俺の中学生活も、少しは違ったものになったのかなって思ってな」
その八幡の説明を聞いた明日奈は後ろに倒れ込み、
寝そべっている八幡のお腹の上に頭を乗せると、八幡の顔を見ながら笑顔でこう言った。
「昔にはもう戻れないけど、これからは私がいるじゃない、ねっ?
そういう機会は、これから沢山あるよきっと」
「ああ、そうだな、本当にそうだ……」
八幡は嬉しくなり、その体勢のまま、再び画面に向かった明日奈の頭を優しくなでた。
そして時間が経ち、時計の針が十二時を回ろうとしたした頃、
小町がそろそろ寝ると言い出し、まず最初に部屋を出た。
明日奈もうとうとしていたようだったので、八幡は、明日奈を起こさないように、
そっと明日奈を抱き上げて部屋へと向かい、明日奈をベッドに横たえて布団をかけると、
そのままそっと部屋を出ようとしたが、その時明日奈が、こんな寝言を言った。
「八幡君……高貴な妖であるこの私が、ずっと一緒だからね……」
八幡は、噴き出しそうになるのを必死で堪え、こう呟いた。
「影響を受けすぎだろ、アスにゃんこ先生……そうだな、これからも宜しくな、明日奈」
そして八幡も自分の部屋に戻り、そのまま眠りについた。
そして次の日の朝、両親はもう出勤していた為、明日奈が三人分の朝食を作っていたのだが、
そこに小町が慌てた顔をしながら走り込んできた。
「あ、お兄ちゃん、お姉ちゃん、ALOのアップデート情報がさっき更新されたみたい。
こんな時間なのにご苦労様だよね」
二人が小町の差し出してきたスマホの画面を見ると、
それは、ALOの次のアップデート情報だった。
「どれどれ……お、遂にか……」
「ええっ?これって本当なの?」
その画面には、シンプルに一言だけ、こう書かれてあった。
『次のアップデートで、ALOに、あのアインクラッドが降臨!』
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、アインクラッドって、何?」
「そうか、小町はSAOって名前は知ってても、アインクラッドって言葉は知らなかったか」
「えっ、SAO絡みの用語なの?」
「そうだよ。私達が二年間戦ってきたSAOの舞台、それが浮遊城アインクラッドなの」
「話は軽く聞いてたが、遂に来たかって感じだな。
よし、今日の夜、早速全員に集合をかけるぞ」
こうして二人は、再びアインクラッドの地を踏む事となったのだった。