バスに乗り、駅に着くと、小町がまずそこで別れる事になった。
「それじゃお姉ちゃん、今夜は家で待ってますね!」
「うん!」
家を出てからここまで、会話をしていたのは主に明日奈と小町であり、
八幡はやや蚊帳の外状態だったため、
八幡はここぞとばかりに小町に対してお兄ちゃんアピールをした。
「小町、くれぐれも気を付けてな。もし何かあったら、すぐにお兄ちゃんに連絡するんだぞ」
それに対して小町は、かなり適当に返事をした。
「あーはいはい、うん、気を付ける~」
次に小町は、少し真面目な顔になり、続けて八幡に言った。
「お兄ちゃんはお義姉ちゃんが万が一にも危険な目にあわないように、しっかりしてね。
もしお義姉ちゃんに何かあって、今夜来られないような事になったら……」
最後に小町がとんでもない殺気を放ちながらそう言い、
八幡はゴクリと唾を飲み込みながら、恐る恐る小町に聞き返した。
「なったら……?」
「小町の知る限りのお兄ちゃんの女関係の話を、全部お義姉ちゃんにバラすからね」
「そんなの俺にあるわけ……」
小町がドスのきいた声でそう言い、
八幡は、心当たりが無いと抗議しようとしたが、明日奈がそれに食いついた。
「えっえっ?何それ小町ちゃん、お義姉ちゃん今すぐ聞きたいな?」
小町はその迫力にやや気圧されつつも、何とか笑顔を作って明日奈に言った。
「大丈夫ですお義姉ちゃん、全てフラれた話ですから!」
明日奈はそれを聞き、納得したように頷きながら、小町に言った。
「あー、そっかそっか、まったく男を見る目が無い、愚かな人達の話か。
それならまあ聞く価値も特に無いね。
まあ私も興味が無いわけじゃないから、八幡君に対しては有効な手札なのは間違いないね。
ごめんね小町ちゃん、お義姉ちゃんちょっと勘違いして、
思わず相手を潰しに行く所だったよ、ふふっ」
そのとても黒い明日奈の発言を聞いた比企谷兄妹は、震え上がった。
「おい小町、明日奈の変なスイッチを押すのはやめてくれ……」
「う、うん、こんな黒いお義姉ちゃんも小町大好きだけど、でも気を付ける……」
そして小町は二人に手を振りながら去っていき、
明日奈と八幡は別の電車に乗り、学校の最寄り駅へと到着した。
「よし、予定時間ピッタリ!」
明日奈がそう言い、八幡は何だろうと思い、明日奈に尋ねた。
「ん、時間って、何か用事でもあったのか?」
「あ、えーっと……学校に着くのに丁度いい時間って意味」
「あ、ああ、そういう事か」
八幡はその答えに納得し、特に深く追求したりはしなかったが、
実は明日奈が言った予定時間とは、里香との待ち合わせの時間だった。
駅から出てきた二人を、待ち構えていた里香がロックオンした。
「来た来た、ほら和人、明日奈が作戦通りにちゃんと出来るかじっくりと見届けるわよ」
「何かトラブルが起こったら、即介入すればいいんだろ?」
「うん、和人、しっかり周囲を監視して!」
「何で俺がこんな事を……珪子じゃ駄目だったのか?」
「珪子には別の役目があるの!」
そこには里香の他に、里香に無理やりつき合わさせられたらしい、和人がいた。
「あの二人の平穏の為よ、我慢しなさい!」
「まあ、別にいいけどな」
こうして八幡と明日奈を、里香と和人が尾行する形が出来上がり、
駅から学校までの、明日奈に与えられた最初のミッションが開始された。
明日奈はまず、歩きながら八幡の腕をそっと抱き、
その後ぐいっと自分の胸を、八幡の腕に押し付けた。
「お、おい、ちょっ、明日奈?」
八幡は恥ずかしかったのか、慌てて明日奈に声をかけた。
「えへへ」
「おい、明日奈……」
「えへへ」
「明日……」
「えへへ」
「な、何でもない……」
「えへへ」
そんな明日奈の脳裏には、昨日里香から作戦を授けられた時の光景が浮かんでいた。
「明日奈、いい?まずは基本中の基本、二人で腕を組みながら学校に登校、よ!」
「でも里香、もしかして八幡君、恥ずかしがって離れちゃったりしないかな?」
「とりあえず絶対に腕を放しちゃ駄目。その上で、八幡が何か言ってきたら、
明日奈は、えへへ、と八幡に笑いかけるのよ!何を言われても、それで通しなさい!」
明日奈はそれでいいのかと疑問に思ったのか、里香に聞き返した。
「本当にそれで大丈夫なの?」
里香はニヤリとし、明日奈に言った。
「八幡は、絶対に最初は、自分から無理に明日奈を引き離そうとはしない。
先ずは、おろおろしながら明日奈に何か話しかけようとするはずよ。
その上で、八幡が何を言おうとも、明日奈が嬉しそうな顔をずっと見せ続けたら、
八幡はそこで必ず引き下がるはず。更に言うと、八幡はムッツリスケベだから、
密かに明日奈の胸の感触を喜んでいるはずよ!」
「う、うん、分かった!」
実際その通りの展開になり、八幡は予想通り引き下がった。
本当にムッツリスケベなのかどうかは、明日奈には判別する事が出来なかったが、
少なくとも自分が腕に抱き付く事で、喜んでくれてはいるようだと、漠然と感じていた。
そして二人は腕を組んだまま学校へと向かった。
駅の近くでは、まだ同じ学校の生徒の姿はまばらだったが、
学校が近付くに連れて生徒の数が増えていき、それと同時に二人の注目度も上がっていた。
「どうやら順調だな、里香」
「そうだね和人。あ、また一人、カバンから手紙を取り出そうとしてるけど、
八幡の姿が目に入った瞬間に諦めたね」
「おいおい、まるで映画のモーゼの十戒だな……」
和人は、面白そうにそう呟いた。寮住まいの明日奈が駅の方から通学してくるとは、
夢にも思っていなかったのであろう、何人かの男子生徒が、
明日奈の姿を見た瞬間に、慌ててカバンからラブレターと思しき手紙を取り出し、
渡そうと試みるのはいいのだが、明日奈しか見えていなかったのだろう、
直後に明日奈が八幡の腕に抱き付いている事に気が付き、
八幡の放つ強者のオーラと、明日奈の幸せそうな姿に打ちのめされ、
その場に崩れ落ちる光景が、先ほどから何回か見受けられた。
「しかしこのご時勢にラブレターとか、うちの学校の男どもはどうなってるんだ?」
その和人の当然の疑問に、里香はこう答えた。
「だって明日奈、絶対に自分の連絡先とか男子に教えたりしないもの。
八幡が参加しない遊びの誘いも、絶対に受けないしね。
後、廊下とかで知らない人に話しかけられても、基本サラっと流して相手にしないしね」
「そうか、だからラブレターみたいな古風な方法をとらざるを得ないんだな……」
「ちなみにラブレターを書いてるのって、百%始まりの街にずっといたような人達なのよ。
中層以上で戦ってたような人達は、やっぱり八幡と明日奈の噂くらい、
聞いた事があったと思うしね」
「ああ、確かに元血盟騎士団の奴等とかは、むしろ影で二人をガードしてるよな。
それでも沢山ラブレターが届くってのは、さすがに驚きだけどな……」
「その影のガードを、多少オープンにするのも、今回の作戦のキモなんだけどね」
二人がそんな会話をしている間にも、沢山の男子が撃沈していった。
撃沈した者同士で慰めあったりしている光景も見られ、
二人の歩く道筋は、とてもカオスな状況になっていた。
ちなみに八幡には、今日は話しかけてきそうなそぶりを見せる奴が妙に多いが、
結局誰も話しかけてこない、おかしな日だな、程度の認識しか無かった。
明日奈は何も考えずに、ひたすら八幡に甘えていた。
こうして最初の作戦は大成功を収め、二人は学校に到着した。
そんな二人を出迎えたのは珪子だった。
珪子に与えられた別の役割とは、明日奈の下駄箱をガードする事だった。
そのおかげで、その日は明日奈の下駄箱には、
一通のラブレターも入ってはおらず、明日奈は珪子に感謝した。
その後、教室へと向かう際は、さすがに校内で腕を組んだままでいるのは躊躇われたらしく、
明日奈は八幡と、手を繋ぐだけにとどめていた。
八幡はそれだけでもかなり恥ずかしさを覚えていたが、
明日奈のえへへ攻撃の前に敗北し、そのまま教室へ向かうという、
ある種罰ゲームのような状況を、許容せざるを得なかった。
「おい、見ろよあれ……」
「まじかぁ……さすがに諦めるか……」
「明日奈様、そんなぁ……」
「明日奈さん、すごく嬉しそう。私もあんな彼氏が欲しいなぁ……」
「おっ、ついに八幡さんと明日奈さんが、全校公認カップルへの道を歩き始めたのか」
「さすがは副団長に参謀!他を寄せ付けない圧倒的なオーラ!」
廊下のあちこちから、自分達に関する沢山の声が聞こえ、
八幡は、普段はまったく意識していなかった、そんな周囲の声に驚きを覚えていた。
そして改めて、自分と明日奈は有名人なんだと自覚した。
明日奈が嬉しそうなんだから、多少の恥ずかしさは問題ではない、
八幡は自分に何度もそう言い聞かせ、明日奈と共に教室へと向かった。
教室の扉を開けると、クラスメート達は一瞬驚きの視線をこちらに向けてきたが、
すぐに興味を失い、二人から視線を逸らした。
教室では明日奈は、結構八幡に甘えまくっている為、
さすがにクラスメート達は、しっかりと訓練されていたようだ。
そして授業が始まり、昼休みになった瞬間、明日奈は作戦通り、
八幡に次の爆弾を落としてきた。
「八幡君、今日は私、八幡君の分のお弁当も作ってきたから、屋上で一緒に食べよう」