「お、お邪魔します」
「お邪魔しま~す」
明日奈とかおりは家に入ると、やや緊張しながらリビングのソファーに腰掛けた。
そこには他に誰もいなかった為、明日奈は小町に尋ねた。
「小町ちゃん、お父様とお母様と八幡君は?」
「ふひっ」
「小町ちゃん?」
小町が変な声をあげた為、明日奈は小町の様子をうかがった。
小町はぷるぷると震えながら、携帯を取り出し、何か操作したかと思うと、
携帯の画面を明日奈に向けながらこう言った。
「お、お姉ちゃん、今の台詞をこの画面に向かってもう一回お願いします!」
「え、あ、うん。えーっと、小町ちゃん、お父様とお母様と八幡君は?」
「ありがとうございます!お父様お母様頂きました!」
小町が興奮ぎみにそう言い、明日奈は目が点になった。
かおりも状況が分かっていなかったが、今のやり取りを面白いと思ったのか、
笑いをこらえつつ、その様子を観察していた。
「こ、小町ちゃん、一体どうしたの?」
「最初から説明します。お父さんとお母さんは、明日奈さんが来ると知って、
仕事に行きたくない今日は休むと、二人揃ってだだをごねたので、小町が追い出しました。
その代わりに、お姉ちゃんの事を動画に撮って、後で見せてあげると約束したのです!」
「そ、そうなんだ」
「今の動画を見た瞬間、二人とも狂喜するに違いないのです。
これで小町のお小遣いもアップする事間違いなしの、ウィンウィンなのです!イェーイ!」
「それある!イェーイ!」
小町につられたのか、かおりが小町に親指を立て、そう言った。
小町も親指を立てながら、イェーイとかおりに返した。
その直後に、声を聞きつけたのか、二階から八幡が降りてきた。
「小町、随分と楽しそうだけど、どうした?お兄ちゃん、まだ眠いんだが」
八幡は、パジャマのままポリポリと頭をかきながら、リビングのドアを開けつつ言った。
そして中の様子を見た八幡は、ん?という風に首をかしげながら、再び小町に言った。
「小町、お兄ちゃんには部屋に明日奈がいるように見えてるんだが、
どうやらお兄ちゃん、まだ夢を見てるみたいだから、ちょっともう一回寝てくる……」
そう言ってくるりと身を翻し、ドアを閉めようとした八幡の手を、明日奈が掴んだ。
「八幡君おはよう!ほら、私だよ私、本物本物!」
明日奈は八幡に、必死で本物アピールをしたが、八幡はまだぼーっとしているようだった。
明日奈はどうしようかと考えた。今は人目もある為、抱きついたりするのはNGである。
それじゃあここは、あの手でいこうかな、と決断した明日奈は、
八幡に向けて、鋭い声で言った。
「ハチマン君、スイッチ!」
その言葉を聞いた瞬間、八幡の意識は一気に覚醒した。
八幡は戦闘態勢をとり、敵の姿を求めて辺りに鋭い視線を飛ばしたが、
ここがリビングである事を認識したのか、八幡はすぐに戦闘態勢を解き、明日奈に言った。
「おどかすなよアスナ……って、明日奈?」
「おはよう、八幡君!」
「おう、おはよう」
そんな二人を見て、小町が呟いた。
「さすがはお姉ちゃん……あの寝起きの悪いお兄ちゃんをこんなに簡単に起こすなんて……」
「何かすごかったね……」
かおりもそう呟き、その声を聞いた八幡は、ぐるりと明日奈を見て、小町を見て、
その視線が、かおりの顔を見て静止した。
「んっ、あれ?もしかして折本か?」
「うん、比企谷、久しぶり!」
「お、おう、久しぶり……ん~、今の状況が、まったく理解出来ないんだが……」
八幡は、何とか状況を理解しようと考え込んだが、当然思いつくはずもない。
そんな八幡に、折本が嬉しそうに言った。
「ごめん、たまたまこの家を探してた明日奈と知り合って、
案内ついでに私が勝手に押しかけちゃったんだ。
クリスマスイベント以来だね。本当に無事で良かった。お帰り、比企谷」
かおりの笑顔が心からの笑顔に思えた為、
八幡はきょとんとしつつも、きちんとかおりにお礼を言った。
「ありがとな、折本。まだ完全には状況が分かってないんだが、
もしかして、それを言う為にわざわざ来てくれたのか?」
「うん!家の前には何回か来たんだけど、そんなに親しくない私としては、
どうしても呼び鈴を押す勇気が出なくてね……」
「そうか、なんかすまん」
八幡は、穏やかな口調でかおりにそう言った。
過去のいきさつはどうあれ、クリスマスイベントで少し話せるようになり、
こうして今また来てくれた事が、八幡は素直に嬉しかった。
「それじゃあ部外者の私があんまり長居するのもあれだから、私はそろそろ行くね」
「おう、そうか?今日は本当にありがとな、折本」
「うん!あ、そうだ、明日奈、比企谷、良かったらアドレスを教えてくれない?
今度もし機会があったら、また話したいしね!」
そのかおりの申し出を受けて、二人はかおりと連絡先を交換した。
交換を終えると、かおりは満足そうな笑みを浮かべながら玄関を出て、
くるっと振り返ると、三人に手を振った。
「それじゃまたね!」
「おう、またな」
「かおり、またね!」
「かおりさん、お気をつけて!」
そして後に残った三人はリビングへと戻り、ソファーへと腰掛けた。
「折本は相変わらず元気いっぱいだったな。ちっとも変わってなかったわ。
それにしても、気がついたら明日奈と折本が目の前にいたから、
ちょっとびっくりしたな。今日は一体どうしたんだ?明日奈」
「えっとね、八幡君と一緒に学校に行こうと思って、早起きしてここまで来てみたの」
それを聞いた八幡は、ぽかんとしながら言った。
「それでわざわざ寮からここまで?嬉しいんだが、
そういう事なら今度は俺が迎えにいくから、あまり無理するなよ、明日奈」
「さすがに毎日だと大変だけど、たまになら大丈夫。
いい運動にもなったし、八幡君の住んでいる町も見れたしね!」
「ん、そうか。まあそれなら構わないんだけどな」
その後八幡は、小さな声でボソッと言った。
「俺も嬉しいしな」
その声は明日奈には届かず、明日奈は、ん?と首を傾げただけだったが、
しっかりと聞いていた小町が、即座に明日奈に言った。
「お姉ちゃん、お兄ちゃんは今ボソッと、俺も嬉しいしなって言ってました!」
「そうなんだ!うん、私も嬉しいよ!」
明日奈はそう答え、恥ずかしくなった八幡は、小町に恨みがましい目を向けながら言った。
「小町ちゃん、お兄ちゃん恥ずかしいから、たまには気を遣ってスルーしてあげてね」
「え~、だって小町、お兄ちゃんよりお姉ちゃんの方が好きだから、
お姉ちゃんが喜ぶ事はきちんと伝えないと」
それを聞いた八幡は当然落ち込んだが、小町はそんな八幡には目もくれなかった。
「そうそう、それでねお姉ちゃん、ちょっと見てもらいたい部屋があるの」
小町は明日奈の手をとり、明日奈を二階にある、とある部屋へと案内した。
「小町ちゃん、ここは?」
「じゃ~ん、ここは、お姉ちゃんの部屋になる予定の部屋です!」
「えっ、そうなの?」
「うちの両親が、楽しそうに基本的な家具だけ揃えました!
なので、いつ泊まりに来てくれても小町的には全然オッケーです!」
「ここが、私の部屋……」
その部屋は、まだベッドと洋服ダンスと鏡台があるだけの、
本当にシンプルな状態だったが、明日奈はとても嬉しくなり、興奮ぎみに言った。
「うわぁ……うわぁ……ありがとう、小町ちゃん!」
「気に入ってもらえると、小町も嬉しいです、お姉ちゃん!
今度一緒に、細かいものを色々と買いに行きましょう!」
「うん!」
そして二人がリビングに戻ると、そこでは八幡が、簡単な朝食を三人分料理していた。
「時間的にまだ二人とも何も食べてないだろ?今朝食が出来るから、待っててくれ」
それを聞いた明日奈は、ハッとしながら言った。
「そうだ、実は私も朝食を作ろうと思って、材料を持ってきたんだよね」
「そうか、それじゃあそれは、明日にでも頼むわ」
「明日?」
「あ……」
八幡はしまったと思い、慌てて明日奈に言い訳をした。
「すまん、つい昔一緒に暮らしてた時のノリで、つい明日とか言っちまった」
明日奈はそれを聞くと、即座に決断し、八幡に言った。
「うん、そうする!今夜泊まりに来るね!」
「えっ……」
「やったー!お姉ちゃんが初めてのお泊りだ!」
明日奈がいきなりそんな事を言い、八幡は絶句し、小町はとても喜んだ。
「いや、しかしだな、明日奈のご両親がどう思うか……」
「大丈夫、八幡君のご両親も一緒だし、ちゃんと説得するから」
「でもな……」
「大丈夫、ちゃんと説得するから」
「あっ、はい……」
八幡は、明日奈の迫力に押され、ついに引き下がった。
そして三人は仲良く会話をしながら朝食を終え、学校へと向かう事にしたのだった。