結局その日の三人のお泊り会は中止となった。
これは、里香と珪子が明日奈に色々と吹き込んだ結果、
明日奈が、ふんすっ、と鼻息を荒くして、朝一で比企谷家に向かうと宣言したからであった。
明日奈は小町に連絡を入れ、家の場所を確認すると、明日に備えて早めに眠りについた。
そして次の日の朝早く、明日奈は目を覚ますと、ごそごそと色々準備を始めた。
準備を終えた明日奈は荷物を確認し、制服に着替えると、
寮を出て電車に乗り、比企谷家の最寄駅に降り立ち、
携帯で地図を見ながら、目的地を目指して歩き始めた。
「ここが八幡君の住んでいる町かぁ……」
明日奈は興味深げに辺りを見ながら歩き、ついに目的地近くへとたどり着いた。
「多分この辺り……八幡君の家は、えーっと……」
その明日奈の呟きが聞こえたのか、直前にすれ違った女性が、
ピタリと足を止めて明日奈に話しかけてきた。
「ごめん、ちょっといいかな?今呟いてた八幡って、もしかしたら比企谷八幡の事?」
「あっ、うん」
明日奈は、八幡君の知り合いかな、と思いながら、その同年代に見える女性に返事をした。
「やっぱりそうなんだ~。あ、私は折本かおり、比企谷の中学の同級生かな。
もし比企谷の家を探してるんだったら、良かったら私が案内しようか?
その変わり、ちょっとお願いがあるんだけど……」
「あ、私は結城明日奈です」
明日奈は、案内してもらえるのは助かるなと思いつつも、
どんなお願いなのか、少し警戒しつつ、かおりに質問をした。
「えっと、お願いの内容次第、かな?」
それを聞いたかおりは、表情をやや真面目なものに変え、こう言った。
「もし貴方が、これから比企谷の家に行って、比企谷に会うのなら、
ちょっとだけ私にも会わせて欲しいの。絶対に迷惑はかけないって約束するから、お願い!」
かおりはそう言って、明日奈に頭を下げた。明日奈はとまどいつつも、
かおりの事は八幡から聞いた事が無かった為、詳しく説明してくれとかおりに頼んだ。
「えっとね、私と比企谷は、中学こそ一緒だったけど高校は別だったし、
特に親しいわけじゃなかったの。でも二年前のクリスマスイベントをキッカケに、
普通に言葉を交わせる程度には仲良くなれたと私は思ってたの。
ところがその直後に、比企谷はその……ゲームから出られなくなっちゃったじゃない?
私がその事を聞いたのは、少し後だったんだけどね。
で、先日、プレイヤーが皆解放されたってニュースを見て、
比企谷が無事だったのかすごく気になって、
たまたま番号を知っていた一色さんって人に電話をして、
安否を知っているか尋ねたら、無事だったって教えてもらえてね」
明日奈はいろはの名前が出てきた為、知り合いというのは本当だろうと思った。
ちなみに、もしかしたら恋のライバル登場?という警戒感が同時に芽生えたのは、
年頃の女の子にとっては、仕方が無い事だろう。
「でね、それを聞いて、すごく安心したんだけど、
そうしたら次は、せめて直接おかえりって言いたいなって思っちゃってね、
中学の時の同級生の男の子に比企谷の家の場所を聞いて、
何度か家の前まで行ったりしたんだよね。
でも、そんなに親しくもなかった私が、いきなり家に押しかけるのもなぁ、
なんて毎回思っちゃって、いつも呼び鈴を押す勇気が出なかったの。
だから貴方と一緒なら、私も勇気が出るかもって思って」
「なるほど……」
明日奈は事情を聞いて納得した。同時にかおりの表情を観察し、
どうやら恋のライバルでは無さそうだと安心した為、かおりに案内を頼む事にした。
「分かりました!それじゃ一緒に行きましょう!」
「ありがとう!それじゃあ案内するね。こっちこっち!」
「うん!」
二人は会話をしながら、連れ立って八幡の家へと向かった。
「私の事は、かおりって呼んでね」
「あ、それじゃあ、私の事も明日奈で」
「よろしくね、明日奈!」
「うん、よろしくね、かおり!」
「それでね、ちょっと聞きたい事があったんだよね」
「うん、何でも聞いて!」
「えっとね……」
かおりは、明日奈にいくつか質問したい事があったようで、
少しためらいながらも、明日奈に尋ねた。
「答えにくかったら別に答えなくてもいいんだけどさ、
こんな朝早くに、比企谷の家に何の用事があるのかなって思って」
「あー、確かにそう思うよね。えっとね、八幡君と一緒に学校に行こうと思ったの」
「あ……」
かおりは何かに気付いたのか、ピタッと足を止め、明日奈に言った。
「その制服、見た事無いなって思ってたけど、比企谷と一緒にって事は……」
「うん、SAOの帰還者が通う学校の制服だよ」
「そっか、それじゃあ明日奈もあのゲームを……」
「うん」
「ごめん、私、明日奈に無神経な質問を……」
かおりの表情が申し訳無さそうな表情に変化していくのを見て、
明日奈は慌ててかおりに言った。
「そんな顔しないで。確かにつらい事も多かったけど、楽しい事だっていっぱいあったんだ。
八幡君に出会えたのもそのおかげだしね。だから、普通に接してくれると嬉しいな。
質問も普通にしてくれた方が嬉しい」
かおりはそれを聞き、自分の頬を両手でパチンと叩くと、明日奈に言った。
「分かった。変な事を言ってごめんね、明日奈」
「ううん、気にしないで何でも質問してね、かおり」
「うん!」
かおりがやっと笑顔を見せた為、明日奈もつられて微笑んだ。
そしてかおりは、明日奈に質問を続ける事にした。
「登校のお誘いって事は、明日奈はもしかして、比企谷の彼女なの?」
それはかなりストレートな質問だったが、明日奈はとても嬉しそうに即答した。
「うん!」
かおりは、そんな明日奈を眩しそうに見つめた後、感慨深げに言った。
「そっかぁ、あの比企谷にもついに彼女が……うん、何か私もすごく嬉しい!
ねぇ明日奈、今の比企谷ってどんな感じなの?」
「とっても頼りになって、とっても優しいよ。私も何度も助けてもらったよ。
まあ、普段は基本的に、とってもぶっきらぼうなんだけどね」
「あ、それあるー!」
かおりは昔何度も見た、八幡のぶっきらぼうな態度を思い出し、
懐かしさを覚え、そう言った。
「でも、比企谷と明日奈が二人とも無事で、本当に良かったって思う!」
それを聞いた明日奈は、嬉しそうにかおりに言った。
「八幡君と、その友達の和人君と、それと沢山の仲間と一緒に頑張ったから、
ゲームをクリアする事が出来たんだよね。
おかげで今日、こうしてかおりと出会う事も出来たよ」
それを聞いたかおりは、巷で流れている噂を思い出した。
「あっ、そういえばこの前噂で聞いたんだけど、ゲームのクリアに最も貢献したっていう、
三人のプレイヤーの一人が、比企谷だったりするの?」
「えっ?そんな話が噂になってるんだ……私が今言った事は、絶対内緒でお願い!」
明日奈はまさか、そんな噂が流れているとは思っていなかった為、
焦ったようにかおりに言った。
「うん、もちろんだよ!そっかぁ、比企谷が……で、もう一人がその和人って人で、
後一人はもしかして明日奈だったり?」
「う、うん、噂が三人ってなってるなら、最後の一人は多分私かも……」
かおりは冗談のつもりで言ったのだが、明日奈が肯定した為、驚愕した。
「あ、明日奈って強いんだ……」
「あ、うん、ま、まあ」
明日奈が頬を染めてそう答えたのを見て、かおりは嬉しくなったのか、
いきなり明日奈の手を握り、ぶんぶんと上下に振った。
「すごいすごい!」
かおりは、満面の笑みを見せ、更にこう言った。
「明日奈、私と友達になってよ!それで今度、もし良かったら、
楽しかった方の話を、いっぱい聞かせて!」
そのかおりの申し出に、明日奈も自然と笑顔になり、言葉が自然と口をついて出た。
「うん!」
そして二人はついに比企谷家の前に到着し、明日奈は少し緊張しながら呼び鈴を押した。
次の瞬間、すぐにドアが開き、中から小町が飛び出してきた。
「お姉ちゃん!待ってました!」
小町は明日奈に抱き付いたが、その小町の顔のすぐ目の前に、
明日奈のすぐ後ろに立っていたかおりの顔があり、二人の目が合った。
「あ、あれ?もしかして、かおりさんですか?」
「あ、あは……小町ちゃん、久しぶり」
その後明日奈とかおりは、小町に事の経緯を説明し、
小町も以前八幡から聞かされたクリスマスイベントの時の話を思い出し、
中学時代のように、かおりが八幡を傷付けるような事はもうしないだろうと判断した為、
無事にかおりも、比企谷家に入る事が許されたのだった。