ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/11 句読点や細かい部分を修正


第147話 理事長が語るのは

「二人が私達に頼んできたのは、俗っぽい事を言ってしまうと、お金の事よ。

二人で必ず雪ノ下家を今よりも大きくするから、貴方を全面的にバックアップしてくれと、

二人の願いはそれだけだったわ。最初私達は、その言葉には懐疑的だった。

でも二人に揃ってお願いをされるのは初めての経験だったから、

私達は夫婦で相談して、結局その頼みを受け入れたわ」

「そ、それは……」

 

 八幡は顔を青くし、何か言おうとしたが、理事長はそれを制して話を続けた。

 

「お金の事は別にいいのよ。あの二人がそう言うのだから、必ずそうなる。

親の欲目と言われるのを覚悟の上で、また俗っぽい言い方をしてしまうけれど、

私達は、二人の自慢の娘と、貴方の三人に投資をしたの」

「投資、ですか……」

「ええ、投資よ」

 

 理事長はにっこりと微笑み、更に話を続けた。

 

「二人はまだ学生だったけど、それからは積極的に会社の経営に関わり始めたわ。

主に私へのアドバイスという形だったのだけれどね。

そして二人が相談をして決めた案件は、ことごとく会社に利益をもたらしたの。

そうして一年くらい経った頃、二人がもたらした利益の合計は、

投資した分の金額を、はるかに超える額になっていたわ」

「す、すごいですね……」

 

 八幡はその話を聞き、あの二人なら確かにやるかもしれないと思いつつ、

そんな平凡な言葉を発する事しか出来なかった。

 

「私から見ても、あの二人はすごかったわ。特に陽乃ね。

私はそれまで陽乃の事を、確かに優秀だと評価はしていたの。

そしてその優秀な陽乃が、貴方を失った事でついに本気を出した、

そう思っていたのだけれど、それは間違いだった」

「間違い、ですか……」

「その間違いに気付かされたのは、陽乃のレクト入りを渋々認めて、しばらくしてからね」

「その話は聞きました。理事長は反対したんですよね?まあ当然だと思いますけど」

「陽乃には、政治家か会社の社長、どちらかを継いでもらわないといけなかったから、

私の立場だとどうしても反対せざるを得なかったのだけれど、

陽乃は軽々と、私達の想定の上をいったわ。

陽乃は眠り続ける貴方の体のバックアップをしつつ、先ず政府との太いパイプを構築した。

そして貴方が目覚めてからは、貴方が大切な人を取り戻す為のバックアップをしつつ、

まったく違う職種である、レクトとうちの会社との提携を実現させ、

被害者の支援を、レクトと共にうちの会社に全面的に協力させる事で、

会社の名声を不動のものとし、その上でレクトの社員としての本分もきっちり果たし、

損害賠償を上回る利益をレクトにもたらしている。

一体どうやったらそんな事が出来るのか、正直我が娘ながら恐ろしいわね」

「そうやって改めて話を聞くと、本当にとんでもないですね……」

 

 八幡はその話を聞いて驚くと共に、陽乃への尊敬の気持ちを、更に確固たるものにした。

 

「話が長くなってしまってごめんなさいね。説明はここまでだから安心してね」

「あ、いえ、大丈夫です。それよりもお礼って、俺はほとんど寝てただけなんですが……」

「確かにそうかもしれないけど、貴方がキッカケである事は間違いないのよ。

というか、貴方があの二人の中心なの。利益云々は正直どうでもいい。

それよりも私は母として、あの二人が力を合わせる姿を見る事が出来たのが本当に嬉しいの。

それに、ふふっ、私に逆らって、その上で私の想像をはるかに超える実績を収めた事もね。

あら嫌だ、私ったら、結局利益の事を言ってしまっているわね」

 

 そんな理事長の姿を見て八幡は、やっぱりこの人も、経営者の前に母親なんだなと、

深い感慨を抱いた。その上で八幡はこう返事をした。

 

「それで娘さん達の成長を実感出来たなら、利益の事を言ったっていいんじゃないですか?

確かに物差しの一つではありますしね。

あ、何か分かったような、生意気な事を言っちゃってすみません」

 

 謝った八幡に、理事長は微笑みながら言った。

 

「それもこれも、貴方のおかげね。本当にありがとう」

「いえ、俺なんか、二人と比べたら何もしていませんし……」

「貴方は本当に頑張って、大切な人を取り戻したんでしょう?

この前会った時、二人が嬉しそうに話してくれたわ。

その事が、うちにとってもかなりプラスに働いた事も、また紛れもない事実なのよ」

「仲間達の力があってこそですけどね」

「それでもよ。さっきも言ったけど、中心はあなたなのよ」

「は、はい」

 

 理事長は八幡の手をとり、更にこう言った。

 

「さっき言ったでしょう?ハル姉さんって。

陽乃が貴方と明日奈さんには、その呼び方を許している。それは実はすごく大事な事なのよ。

陽乃にとって、あなた達はもう完全に身内なの。最近のあの子は本当に楽しそう。

雪乃もそう。あの子の笑顔を見るのなんて、何年ぶりか分からないくらい。

ありがとう比企谷君。あなたがいてくれて、本当に良かった」

「こちらこそ、俺の体を守ってくれて、本当に感謝しています」

 

 八幡はそう言い、理事長の手を握ったまま、深く頭を下げた。

二人の話はそれで終わったのだが、帰り際に理事長は、八幡にウィンクしながら、

一言だけ言葉を付け加えた。

 

「貴方には本当は、陽乃か雪乃のどちらかと結婚してもらって、

本当の意味で身内になって欲しかったんだけど、こればっかりは仕方がないわね。

貴方の事を息子と呼べなくて本当に残念。ふふっ、明日奈さんとお幸せにね、比企谷君」

 

 八幡はそれを聞き、頭をかきながら、少し頬を赤らめつつこう返した。

 

「ご期待に応えられなくて本当にすみません。

その代わり、いずれ俺はハル姉さんの下で働くつもりなので、

その時は俺を自分の息子だと思って、沢山こき使って下さい」

 

 それを聞いた理事長は嬉しそうに微笑み、八幡に手を振った。

 

「それではまたね、比企谷君」

「はい、いずれまた」

 

 そして八幡は、そのまま理事長室を出た。

八幡は、理事長は想像していたよりも柔らかい人だったなと思いながら、

自分に可能な限りの恩返しはしようと、改めて決意した。

心地よい出会いの余韻を楽しみながら、自分の教室へと向かった八幡であったが、

教室の前には人だかりが出来ていた為、中に入るのに苦労すると思われた。

だが目ざとく八幡の姿を見つけた明日奈が、八幡の名前を呼び、手を振った瞬間、

その人だかりは真っ二つに割れ、道が出来た。

八幡は、勘弁してくれと思いながらも、そのチャンスを逃さずにスッと中へ入った。

教室に入ると、そこはまるで、少し前に見た光景が再現されているような状態になっていた。

明日奈を中心に、それを遠巻きに眺めるクラスメイトの図である、

要するに教室は、入学式直前の講堂と、ほぼ同じ状態となっていた。

 

「すまん、待たせた」

「お帰り、理事長はどうだった?」

 

 明日奈は興味深そうに八幡に質問した。

 

「事前の情報と違って、すげーいい人だった……」

「そっか、うん、良かったね、八幡君」

 

 明日奈は安心したように、笑顔を見せ、八幡もつられて笑顔を見せた。

 

「理事長と話してみて、改めて俺が受けた恩は返さなくちゃいけないなって痛感したよ」

「そっか……私もハル姉さんにはかなりお世話になったし、

二人で頑張って恩返しをしなくちゃだね」

「そうだな。で、これ、席順ってどうなってるんだ?」

 

 八幡は、とりあえず座りたいと思い、きょろきょろと辺りを見回しながら言った。

 

「八幡の席は、窓際の一番後ろかな。右が明日奈で、前が俺。

その右が里香で、俺の前が珪子って感じだな」

「何だよそのご都合主義的な席順は……」

 

 キリトの説明を聞き、八幡は少し呆れたように言った。

 

「いや、それがさ、最初は生徒の間で好きな場所に名前を書き込むようになってたんだけど、

皆こっちをチラチラと見るばっかりで、誰も選ぼうとしなかったんだよ。

だから仕方なく俺達が率先して席を選んだんだけど、

まあそのついでにベストポジションを確保させてもらったって感じかな」

「そういう事か……うーん、あんまり色々と遠慮されても、逆に困るんだが……」

 

 八幡はそう言い、周囲を見渡したが、

クラスメート達は、曖昧な笑顔を向けるだけで、決して近付いて来ようとはしなかった。

 

「ちょっと他のクラスも覗いてみたんだけど、どうやら攻略組の連中は、

少人数ごとに各クラスに散ってるみたいなんだよな。だからまあ何ていうか、

俺達に気さくに話しかけてくるような人間は、ここにはいないって思った方がいいかもな」

「私はもっと、他の人とも仲良くしたいんだけどな……」

 

 明日奈が少し寂しそうに、そう呟いた。

 

「まあ、時間が解決してくれるだろ。とりあえず学校生活を皆で楽しもうぜ」

「そうそう、先ずは五人で仲良く!」

「せっかく違う年齢なのに、同じクラスになれたんですしね!」

 

 里香が八幡に同意し、珪子も嬉しそうにそう付け加えた。

こうしてSAO内での力関係の影響を色濃く残したままではあったが、

五人の学校生活がスタートする事になった。


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