ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/11 句読点や細かい部分を修正


第146話 帰還者用学校、ついに開校す

 アスナが病院を退院してから今日で半年。

その間二人は順調に交際を続けつつ、この日の為に準備していた。

SAO帰還者の内、学校に通う必要のある者達は少し前に全員リハビリを終えており、

それをもって、ついに今日、念願の帰還者用の学校が開校される事となったのである。

当時中学一、二年生だった者達は、特別カリキュラムを受けてから、

その達成度次第で、通常クラスに編入される事になっていた。

元中学生は全て、特例で義務教育は終えたものと認定された。

中学三年生~高校二年生だった者達は、最初から通常クラスでの開始であった。

ちなみに学校の場所は、用地取得の関係から、都内寄りの千葉県内であり、

八幡以外の四人は寮生活を開始する事が決定していた。

ちなみにその四人とは、アスナ、キリト、リズベット、シリカである。

更に言うと、何故千葉なのかというと、用地を提供したのが雪ノ下家だったからだった。

 

「よっ、みんな同じクラスみたいだな」

 

 クラス分けが貼り出されている掲示板の前にいた八幡と明日奈に、和人が声をかけてきた。

後ろにはリズベットこと篠崎里香も居り、里香は嬉しそうに明日奈に抱き付いた。

 

「一緒のクラスだね、明日奈!」

「あ、う、うん」

 

 明日奈は確かに嬉しそうではあったが、どこか曖昧な表情を見せた。

それを疑問に思った和人と里香はいぶかしげな顔をしたが、

それを見た八幡が二人に手招きし、状況を説明した。

 

「実は俺も今朝菊岡さんに聞かされて、さっき明日奈に伝えたんだがな、

どうやらこのクラス分けは、ある程度SAO内での人間関係を考慮して、

問題が出来るだけ起きないように決められているらしいんだよ。

だから多分、こうなるんじゃないかなって話してたんだが、案の定だったって感じだな」

「ああ~、事前にネタバレされちゃってたから、明日奈は変な顔をしてたんだね」

「うん、そんな感じ」

「あ、いた!みなさ~ん!」

 

 そこにシリカこと、綾野珪子が満面の笑みで駆け寄ってきた。

珪子は先ほどの里香が明日奈にしたように、明日奈と里香に抱き付き、

とても嬉しそうに、同じクラスですね!と喜びを伝えた。

里香は身をもって明日奈と同じ体験をしたため、こういう事かと思い、苦笑した。

 

「さっきの明日奈の気持ちが良く分かったわ」

「だ、だよね?分かってくれるよね?」

「え?何かあったんですか?」

 

 きょとんとする珪子に、八幡は先ほどと同じ説明をした。

 

「……と、いう訳だ」

「そういう事ですか!でも、良かったですよね!」

 

 珪子が嬉しそうにそう言い、皆それに同意した。

その直後に校内放送が流れた。どうやら入学式が始まるようだ。

ちなみに保護者は誰も参加していはいない。保護者への説明会は、事前に何度も開催され、

当日は参加しない事とされていたからだ。これは。万が一保護者からマスコミに情報が流れ、

面白おかしく報道されるのを防ぐ狙いもあった。

もっともマスコミ各社はこの件については、下手な報道をすると世論から袋叩きにあう為、

プライバシーに十分配慮し、慎重に報道する方針であったため、

何か問題が起こる可能性は、実はほぼ皆無なのであった。

五人は講堂へと向かったのだが、中に入った瞬間、五人に周囲の視線が集中した。

というか、その視線のほとんどが明日奈に集中した。

これはまあ当たり前だろう。閃光のアスナの顔と名は、知らぬ者がいないほどであり、

始まりの街にずっと留まっていた者達にも、その顔と名はSS等で知れ渡っていたのだ。

 

「うわ、やっぱりすごいな」

 

 和人がそう言い、八幡は、ニヤニヤしながら和人に言った。

 

「お前の顔と名が広がるのも、時間の問題だと思うけどな」

「うっ、それは正直勘弁してほしいんだが……」

「多少は我慢しろって。お前が俺達全員を救ったのは確かなんだし、

お礼を言いたい奴も多いんじゃないか?」

「お礼なんか別にいらないんだけどな……」

「相手が女子でもか?」

「いや、まあ男女関係なく、えらそうにする気は無いって事で……」

 

 ちなみに八幡達のクラスの女子の数は、四十人中三人だった。つまりこの三人である。

ちなみに他のクラスの女子の数も、三~四人であった。

これは八幡が想像していたよりも、かなり多い数字だった。数字上は一割弱である。

それなのに、攻略組には女性プレイヤーがアスナしかいなかった事を考えると、

いかにアスナが特殊な存在だったかが分かるというものだろう。

ちなみにクラスは全部で二十クラス有る。

ちなみに来年は新入生は入って来ない。そして今いる二十クラス分の生徒が卒業した後、

通常の学校として新たに、毎年五クラス分の生徒を募集する予定になっていた。

 

「全部で二十クラスあって、女子が各クラス三、四人とすると、

大体女子の総数は七十人くらいになるのか。モテモテだな、和人」

 

 八幡がそう言った瞬間、和人が何か言い掛けたが、

それよりも早く、里香の肘打ちが和人の脇腹に突き刺さり、和人は悶絶した。

 

「ふんっ、天罰!」

「うぐっ……俺はまったく肯定していないのに、理不尽だ……」

 

 そんな五人の様子を、周囲は唖然とした目で見ていたが、

そろそろ式が開始されるとアナウンスがあった為、

五人を含めて全員が襟を正し、割り当てられたクラスのスペースに、自由に着席した。

そして式が始まり、来賓からの挨拶が続いた。

参加者の健康に配慮し、挨拶は可能な限り短くスピーディに進められたが、

その来賓の中に、予想外の人物が混じっていた。

 

「それでは次に、理事長の雪ノ下さんからご挨拶を賜ります」

「おい、まさか……」

 

 一瞬また陽乃かと思った八幡は、壇上の人物をじっと見つめた。

八幡の知る二人に似てはいるが、よく見るとその人物は、年齢がかなり上に見えた。

そして八幡は、その人物が誰なのかに思い当たった。会った事は無いが、多分間違いない。

昔花火の時、陽乃に聞かされた言葉を思い出し、八幡は冷や汗をかいた。

 

「まさかの隠しボスの登場か……」

 

 理事長を見て思う所があったらしく、明日奈が声を潜めて八幡に尋ねた。

 

「八幡君、雪ノ下って、もしかしてハル姉さんと雪乃の関係者?」

 

 今明日奈が雪乃を呼び捨てにしたように、最近仲間内では、

お互いの名前をかなりフランクに呼び合うようになっていた。

もっとも明らかな年上が相手だと、必ずしもそうでは無かったが。

 

「ああ、あの人は多分、ハル姉さんと雪乃の母親だよ、似てるだろ?ある意味隠しボスだな」

「隠しボスって……あれ?もしかして八幡君、冷汗をかいてる?」

 

 八幡は確かに冷汗をかいており、搾り出すような声で明日奈に言った。

 

「あの人はな……昔ハル姉さんに聞いた話だと、ハル姉さんより怖いらしいぞ」

「あっ……そういう事……」

「うおっ」

「ど、どうしたの?」

 

 八幡が突然おかしな声をあげた為、明日奈は驚いて、声を潜めたまま八幡に質問した。

 

「あの人、俺と目が合ってから、ずっと視線を外さないんだよ……」

「えっ?」

 

 明日奈が改めて壇上を見ると、

確かに八幡の方をじっと見つめたまま話をしているように見えた。

話はすぐに終わったが、八幡にはそれまでの短い時間がとても長く感じられた。

やがて式が終わり、しばらく休憩を挟みつつ、生徒は各教室へと向かう事になったのだが、

講堂を出ようとした八幡を待ち構えていた人物がいた。

 

「貴方が比企谷君よね?申し訳ないのだけれど、少しお時間を頂けるかしら?」

 

 その人物は、先ほどずっと八幡から視線を外さなかった、雪ノ下理事長その人だった。

八幡は当然断る事は出来ず、仲間達に先に行っていてくれと声を掛け、

大人しく理事長の後に続き、そのまま二人は、理事長室へと入った。

 

「ごめんなさいね、いきなり呼び出したりして」

「いえ……その、初めまして。お噂はかねがね……」

「あらやだ、どんな噂を誰に聞いたのかしらね。雪乃?それとも陽乃かしら」

「あ、その……陽乃さんです」

 

 八幡は緊張しつつも何とかそう返事をした。

そんな八幡をじっと見つめていた理事長は、突然ふっと顔を綻ばせた。

 

「緊張しないでいいのよ。別にとって食おうなんて思ってはいませんからね」

「はい……」

「本当に、ちょっと貴方とお話がしたかっただけなの。突然ごめんなさいね」

「い、いえ、それは全然構わないんですが、お話、ですか?」

「ええ」

 

 そういうと、理事長は、陽乃から聞いていた話からは想像もつかないような、

自然な笑顔で微笑んだ。八幡はそれを見て、怒られるわけではなさそうだと安堵した。

 

「その前に、先ずはお礼を言わせて頂戴」

「お礼、ですか?」

「ええ、陽乃と雪乃の事でね」

「ハル姉さんと……す、すみません、陽乃さんと雪乃さんの事、ですか?」

「そう、まさにそれよ!」

 

 理事長が、八幡の言葉に食いぎみに被せながらそう言った為、八幡は少し面食らった。

 

「貴方なら、昔の陽乃と雪乃の関係について、多分何となく理解しているでしょう?」

 

 八幡はいきなりそう聞かれ、とまどいつつも、とりあえず無難な返事をした。

 

「あ、はい、まあ、合ってるかは分かりませんが、なんとなくは……」

 

 理事長はそれに頷きつつ、続けて、と言った。

八幡は相手が何を求めているのか分からず、何を言えばいいのか正直困っていたが、

ここで取り繕った事を言うのは何となくまずい気がすると思い、

言葉を選びながらも、自分なりに感じていた事を正直に言った。

 

「昔の陽乃さんは、完璧に見えましたけど、逆に何ていうか、

サイボーグみたいだった印象がありました。強化外骨格を纏っているみたいな……」

「正直で、逆に気持ちがいいわね」

「す、すみません……雪乃さんも、体力以外は完璧に見えました。

一番の違いは、他人とのコミュニケーション能力ですかね」

「それは確かにね。後は?」

 

 八幡は少し考えながら、続けて言った。

 

「雪乃さんは最初、陽乃さんの背中を追いかけているようにも見えましたが、

秋辺りから、追いかけるのをやめたようにも感じました。

俺が知っているのはそこまでです」

「そしてその直後に、貴方は二人の前からいなくなってしまった」

「す、すみません……」

 

 八幡は、何か申し訳ない気持ちになり、反射で謝った。

そんな八幡に、理事長は優しい声で言った。

 

「貴方が謝るような事ではないわ。貴方は被害者ですもの。

月並みな言い方になってしまうけれど、本当によく頑張ったわね」

「は、はい」

 

 理事長は優しい目で八幡を見つめた後、こう語った。

 

「昔の陽乃は、私の目から見ても、出来すぎなくらいよく出来た娘だったわ。

非の打ち所の無い完璧な娘。でもどこか冷めている、面白味の無い娘よ」

 

 八幡は、面白味の無いという表現に驚きつつも、何とか言葉を搾り出した。

 

「それは……」

 

 理事長は、八幡に頷きつつ、話を続けた。

 

「そして雪乃は確かに、陽乃の後を必死に追いかけていた。

雪乃が一人暮らしを始めてからの事は、正直私にはよく分からないわ。

私が久しぶりに雪乃に会ったのは、年末、貴方がいなくなった直後だもの。

だから、雪乃が陽乃の後を追いかけるのをやめたというのは私には分からない。

でも、貴方がそう言うという事は、その頃から変化の兆候が見えていたのでしょう」

「変化、ですか?」

「ええ、そうよ。二人が突然私達夫婦の下にやってきて、

二人揃って頭を下げたのよ。貴方をうちの系列の病院に搬送した直後の話」

 

 そして理事長は、それ以降何があったのか、八幡に語り始めたのだった。




クリスマスイベント直後に巻き込まれた為、八幡と雪ノ下母の間には面識は無い設定で書いています。

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