ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/11 句読点や細かい部分を修正


第145話 免許を取ろう

「父さん、母さん、ちょっと相談があるんだけど……」

 

 とある日の夜、珍しく両親が揃っていた為、

八幡は丁度いい機会だと思い、車の免許を取りたいと両親に相談する事にした。

さすがの八幡も、この時ばかりは丁寧な言葉遣いを心がけていたようだったが、

違和感に耐えられなかったのだろう、早速小町が八幡にツッコミを入れた。

 

「お兄ちゃん、言葉遣いが気持ち悪い」

「いや、さすがに真面目な相談をする時に、父ちゃん母ちゃん相談があるんだが、

とは言えないだろ……」

 

 ちなみに今後八幡は、明日奈の前で、

両親の事を父ちゃん母ちゃんと呼ぶのが気恥ずかしく感じられた為か、

普通に両親の呼び方が、父さん母さんに変化していく事になるのだが、それは後の話である。

 

「実は、学校もまだ始まらないし、この機会に車の免許を取ろうかと思うんだけど……」

 

 八幡は気を取り直し、両親に向かってそう切り出した。

 

「ん、別にいいんじゃないか?」

「そうね、八幡ももう十九になるし、明日奈さんの所に通う以外の時間は暇なんだから、

タイミングとしてはベストかもしれないわね」

 

二人は特に反対する事も無く、あっさりとそれを承諾した。ちなみに資金に関しては、

政府からある程度まとまった金額が補償として支払われていた事もあり、

教習所に通った上で、働き始めるまでの駐車場代くらいは、問題なく捻出出来る。

ちなみに両親は、そのお金を全て八幡に管理させていた。

昔のだらしなかった頃とは違って、SAOから生還した後の、

息子の成長を肌で感じていたせいもあっただろう、

お金の使い道に関しては、無駄遣いする事は無いだろうと思っており、

特に何か口を出したりしようとはしなかった。

ただ、免許の取得に際し、両親はたった一つだけ条件を付けた。

それは、明日奈を今度家に連れてきなさいという条件だった。

八幡がその理由を尋ねると、両親は、見た事もないような満面の笑顔でこう答えた。

 

「私達のかわいい娘なんだから、毎日でも会いたいのは当然でしょ?」

「この件に関しては、本当に良くやったぞ、八幡」

 

 ちなみに二人は、明日奈がALOから解放された直後に小町から明日奈の写真を見せられ、

大喜びしたあげく、すぐ次の日に、仕事を休んで八幡と一緒に明日奈の見舞いに訪れていた。

そして明日奈に会った直後、二人は嬉しさのあまり、号泣しながら八幡を褒めたのだった。

 

「でかした!でかしたぞ、八幡!」

「こんな素敵な娘が、小町以外に出来るなんて、夢にも思わなかったわ」

 

 そんな二人を見て、さすがに恥ずかしかったのだろう、八幡は、明日奈に謝った。

 

「すまん、まさかうちの親が、こんな風になるなんて思ってもみなかった」

 

 だが当の明日奈は、八幡の言葉を聞いておらず、ぶつぶつと何かを呟いていた。

八幡がそんな明日奈の様子を不審に思い、耳を近付け、明日奈の呟きを聞き取ろうとした。

 

「私が八幡君のお嫁さん、私が八幡君のお嫁さん……」

「お、おい、明日奈……」

 

 そして明日奈は、いきなり八幡の両親に向かってこう言ったのだった。

 

「ふ、ふつつか者ですが、末永く宜しくお願いします、お父さん、お母さん!」

 

 その日以来二人は、明日奈の事が大のお気に入りなのであった。

ちなみに二人と小町の手によって、使っていなかった部屋が、

既に明日奈用の部屋として、着々と整備されつつあった。

それはさておき、こうして八幡は、免許を取得する事をあっさりと許可されたのだった。

八幡はまず陽乃にアドバイスを受けようと考えたのだが、

陽乃はそれを、執事の都築に丸投げした。

実は都築は過去に教習所の教官をやっていたらしく、こういう事は元プロに任せると、

陽乃は八幡に説明し、八幡もその説明を聞いて納得した。

こうして八幡は都築のレッスンを受けつつ、色々とアドバイスを受ける事にしたのだった。

 

「都築さん、オートマ限定でいいんですか?」

「ええ。今の日本で走ってる車は、ほとんどがオートマですからね。

マニュアルの新車も、もうほとんど作られていないんですよ、八幡様」

「なるほど」

「今回の場合、とにかく時間がギリギリですので、とにかく取得を優先して、

いずれマニュアル車を運転する必要が出た時点で、限定解除をすればいいと思います。

もっとも家や職場に古い車が無い限り、そんな機会は普通無いんですけどね」

「なるほど、すごく分かりやすいです」

 

 八幡は都築の説明を聞き、さすがは元プロだと尊敬の念を抱いた。

 

「それにしても都築さん、急にこんな事をお願いしちゃって本当にすみません」

「いえいえ、私も楽しんでやっておりますので、どうかお気になさらず」

 

 そう言った後に都築は、少し言い辛そうに言葉を続けた。

 

「それに私は昔、あなたを傷つけてしまいましたからね。

その罪滅ぼしという訳ではありませんが、時間の許す限り、

車の運転についてしっかりとお教えしたいと思います、八幡様」

「やめて下さい、あれは完全に俺が悪いんですから。

でもありがとうございます、都築さん。しばらくお世話になります。

後、出来れば二人の時くらいは、俺の事は、せめて君付けで呼んでもらえれば……」

「分かりました。では八幡君、これから一緒に頑張りましょう」

「はい、宜しくお願いします」

 

 こうして、八幡の修行の日々が始まった。

 

「学科に関しては、とにかく限界までスケジュールを入れましょう。

内容は覚えなくても問題ないですが、途中で寝るのだけは避けて下さい。

学科試験に関しては、引っ掛け問題に気を付けるだけですので、

直前にそういった練習問題をこなせば問題ないでしょう」

 

「実技に関しては、とにかくしつこいくらい確認をする事が大事です。

教官が見ているのは、あなたの顔の向きだと思って下さい」

 

「キープレフトで、道路のやや左よりをきっちりキープしながら走って下さい」

 

「大事なのは車両感覚です。車の幅をしっかりと把握出来るようにしましょう。

停車する時は、最初は感覚だけではなくサイドミラーも見ながら、

きっちりと端に寄せていきましょう」

 

「信号の無い横断歩道は歩行者優先です。教官はちゃんと見ていますから、

見落としの無いように気を付けましょう」

 

 ちなみにこの教習は、雪ノ下家の敷地内の練習コ-スで、

雪ノ下家の所有する教習車を使って行われていた。

八幡は、こんなものまで個人で所有しているのかと最初はかなり驚いたものだった。

八幡は都築の厳しいながらも優しさあふれる指導により、

着々と運転技術を習得していった。教習所の教官は、八幡の運転技術に皆驚き、

口々に八幡の事を褒め称えたが、まさか個人の家にある練習コースで、

内容をある程度先取りして練習していると言う訳にもいかず、

多少気恥ずかしい思いをしながらも、八幡は明日奈の喜ぶ顔を思い浮かべながら、

頑張ってきついスケジュールをこなしていった。

 

「都築さん、車の運転って楽しいですね」

「ええ、そうですね」

 

 都築は微笑みながら八幡にそう答え、更にもう一言付け加えた。

 

「ちなみに隣に好きな人が乗っているともっと楽しいですよ」

「それはすごく楽しそうですね」

「ええ。ただ隣に人を乗せるという事は、その人の命を預かるという事です。

その事だけは、忘れないようにして下さいね」

「はい!」

 

 そしてついに八幡は、卒業検定の日を迎える事となった。

 

「八幡君、卒業検定は、適切なコース取りと、しっかりとした確認と、

停車の寄せですからね。頑張って下さいね」

「はい、必ず合格してみせます」

「どうやら緊張はしていないみたいですね。合格の連絡を待っていますよ」

「はい、終わったらすぐに連絡を入れますね」

 

 そして卒業検定が始まり、八幡は、都築との練習の日々を思い出しながら、

順調に決められたコースを進んでいった。

そして卒業検定はあっけなく終わり、八幡はこの日、無事に教習所を卒業した。

八幡はすぐに都築に電話を掛け、合格した事を報告した。

 

「都築さん、無事に合格しました。長い間本当にありがとうございました」

「おめでとう、頑張った甲斐がありましたね、八幡君。

ただ、これでもう八幡君と一緒に走れないと思うと、ちょっと寂しい気持ちになりますね」

「俺も寂しいです。次に一緒に乗るとしたら、多分都築さんの運転で、

ハル姉さんと一緒って事になりそうですね」

「そうかもしれませんね。ちなみに免許をとった後に他人の運転する車に乗ると、

それはそれで、また色々と新しい発見があったりして楽しいものですよ」

「そうなんですか。それじゃあ都築さんの運転する車に乗せてもらうのを、

楽しみに待ってますね。とりあえず明日試験場に行って、早速免許を取ってきます」

「頑張って下さい、そして卒業おめでとう、八幡君」

「本当にありがとうございました……都築先生」

 

 次の日八幡は、問題なく試験に合格し、ついに目標だった運転免許を取得した。

そして陽乃の手配で数日後に納車をしてもらい、小町を乗せて何度か車を走らせてみた。

ちなみに小町は毎回、助手席ではなく後部座席に乗っていた。

これは決して八幡の運転技術を信用していなかったからではなく、

助手席に最初に乗るのは明日奈お姉ちゃんだから、と小町が主張したからであった。

そして明日奈の退院の日を迎えた八幡は、万全の体制で車に乗り込み、キーを回し、

明日奈を迎えに病院へと車を走らせたのだった。


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