次の日の朝、八幡と和人は予告通り陽乃に呼び出され、
そのまま車でいずこかへ向かっている最中だった。
「陽乃さん、一体どこに向かってるんですか?」
「ん~?言わなかったっけ?ダイシーカフェだよ」
「ダイシーカフェですか」
「そういえば昨日、エギルに大体の場所だけ教えてもらったっけ」
「これで正確な場所が分かるなら、まあ良かったのかもな」
そしてしばらく走った後、車はとあるビルの横で停車した。
「このビルだよん。さあ二人とも、降りて降りて。
都築、後でまた連絡するからそしたら迎えをお願いね」
「はい、陽乃お嬢様」
三人は車を降り、陽乃の先導によって、ビルの中へと入った。
「おっ、あそこじゃないか」
「確かにダイシーカフェって書いてあるな」
「俺、こういう店に来るのは初めてだから、ちょっと緊張するな」
「確かにお酒を出す店に来るのは初めてだな。もっともまだ飲めないけどな」
「それじゃ入りましょう」
三人がドアを開けると、エギルが三人を笑顔で出迎えた。
「よぉ、こっちじゃ初めましてだな」
「そうだな。初めまして、比企谷八幡だ」
「桐ヶ谷和人だ」
「俺はアンドリュー・ギルバート・ミルズだ。宜しくな、二人とも」
「アン……?」
「ギル……?」
「今まで通り、エギルでいいぜ」
「おう、分かった」
「それじゃあ俺もキリトで」
「了解だ。オレっちもアルゴでいいゾ」
最後のその言葉に、二人は慌てて振り向いた。
そこにはいつの間にかアルゴが立っており、アルゴは、何食わぬ顔でカウンターに座った。
「二人とも、さっさと座れヨ」
「お、おう」
「アルゴも陽乃さんに呼び出されたんだな」
「いや、むしろ呼び出したのはオレっちだゾ」
「ああ、そうなんですか?陽乃さん」
「そうよ。今日は大事な話があるから、貸し切りにさせてもらったわ」
それを聞いた瞬間、二人の顔色が変わった。
「ま、まさか貸し切りにしてまで俺達にお仕置きを……?」
「お、俺は何も言ってません!全部ハチマンが言いました!」
「き、キリト……こういう時は連帯責任だろ?俺とお前は友達だよな?」
「初めまして、ハチマンさんでしたっけ?」
「ぐっ……裏切り者め」
「やだなぁ二人とも、あんな事くらいで目くじら立てて怒ったりしないから安心して。
今日はね、ハチマン君のナーヴギアに収納されていたプログラムの事で話があるのよ」
「あ」
「ああ!」
二人はその言葉を聞くと、真面目な顔になり、大人しくカウンターに座った。
「晶彦さんから渡された、あのプログラムの事ですね」
「ええそうよ。アルゴちゃんからやっと解析が終了したって聞いてね、
それで今日、こうして集まってもらったの」
「何の話だ?」
「エギルにはまだ説明してなかったよな。実はな……」
八幡は、明日奈を救出した後に茅場と遭遇した事と、
その時にあった出来事を、エギルに説明した。
「茅場晶彦の遺産って事か……」
「まだどこかで活動してるのかもしれないけどな」
「それじゃあアルゴちゃん、報告をお願いね」
そしてアルゴの報告が始まった。
「ああ。結論から言うと、あれはVRMMOの種みたいなもんだったゾ」
「VR?」
「MMOの?」
「種ぇ?」
「ああ。分かりやすく言うと、SAOやALOのサーバーみたいな大規模サーバーでないと、
制御が難しかったカーディナルシステムを、小規模サーバーでも使用できるようにし、
その上で稼動するゲームの開発支援機能を同時に含むプログラムだゾ」
和人はその説明を聞いて、自分なりにこう結論付けたようだ。
「なるほど、要するに、RPGツクールみたいなものって事でいいか?」
「あー……まあそれでいいカ」
「つまり、このプログラムがあると、最低限の環境さえ整えれば、
SAOやALOのようなVRMMOが作り放題って事でいいんだよな?」
アルゴは頷きつつも、更にこう補足した。
「実はそれだけじゃないんだゾ」
「他にも何かあるのか?」
「このプログラムを使って作られたゲーム同士で、キャラの移動が出来る。
これは解除する事が出来ない。つまり、発売された直後のゲームに、
正確にはそのゲームの運営を始めて三ヶ月後からなんだが、ALOのキャラを移動させて、
強くてニューゲームを実現する事が可能なんだ。もちろんALOに戻る事も可能だナ」
「互換性があるって事か……それはすごいな」
「そうだな。これが拡散したら、本当に世界が変わるゾ」
「さて、そういう訳なんだけど、ハチマン君、どうする?」
陽乃は、いつになく真面目な顔をして、八幡に問いかけた。
「どうする、とは?」
「これは本当に、世界を一変させるほどの大変なプログラムなのよ。
ゲームだけでなく、医療分野や軍事部門にまで応用出来る、
画期的なプログラムと言えるわ。そしてその持ち主は、あなたという事になる。
これをどうするかはあなたが決めるのよ」
「これを俺が……」
「ちなみにライセンス料をかなり低く見積もっても、
このプログラムをライセンス販売すれば、あなたは億万長者になれるわ。
あなたの大好きな、働きたくないでござる、が実現できるわよ」
「なん……だと……」
ハチマンはそれを聞き、呆然と呟いた。
「さあどうする?下手をすると、あなたの名前が歴史に残るわよ」
「俺の名前が歴史に!?」
「ハチマンの名前が教科書に載るかもしれないな」
「え?」
「ハチマンの名前が試験に出るのか……」
「お、おう……覚えにくい名前で、何かすまん……」
「気にするのそこかよ!」
その八幡の言葉に、和人はそう突っ込んだ。
「まあ冗談じゃなく、それくらい大変なものだって事ね」
「は、はぁ……それじゃあ……」
「いらないわよ」
陽乃は機先を制し、八幡が何か言おうとしたのを止めた。
「……まだ何も言ってません」
「今あなた、これを私に管理させようとしたでしょう?」
「バレてやがる……」
「しかもタダで譲ろうとした」
「陽乃さん、前から思ってたけど、エスパーですか?テレパシーとか使えません?」
「あ、バレた?昨日の八幡君の妄想とか、公開した方がいい?」
「ちょ、ま、それはやめて下さい、ごめんなさいもうしません」
「……今のはほんの冗談だったんだけど、本当に妄想してたの?」
「…………」
「ハチマン……」
「何だよキリト」
「ハチマン……」
「何だよエギル」
二人は八幡を正面と左から挟み、肩をぽんと叩くと、
とてもいい笑顔で八幡に微笑んだ。
「お前らよせ!そんないい笑顔で俺を見るな!おいアルゴ、携帯を置け!
アスナにチクろうとすんな!」
「よく見てるなぁ、ハー坊」
八幡は、ハァハァと激しい呼吸を繰り返していたが、
深呼吸し、呼吸を落ち着けると、真面目な顔で陽乃とアルゴに尋ねた。
「もし仮に、仮にですよ、これをライセンス公開したとして、
こっそり拡散させた場合と比較して、軍需産業への影響はどのくらいになると思いますか?」
「そうねぇ……そういう所はもう独自にVRを導入してるから、
そこまで大きな影響は無いんじゃないかしら」
「そうだな、そういう技術を持たない小国にとっては大きいかもしれないが、
これのせいで、世界が劇的に危機に陥るような事は無いとおもうゾ」
「そうですか……よし、それじゃあこれは、正体不明の人物の仕業って事で、
全世界に拡散してもらえませんか?」
「……本当にそれでいいの?」
「ええ。晶彦さんの望みが何だったのか、今となっては分かりませんが、
俺がもらった以上、俺が決めます。これは全世界に拡散します」
「分かったわ。それじゃアルゴちゃん、宜しくね」
「了解」
八幡は、更に思いついたように付け加えた。
「あ、ついでに陽乃さん、ALOのカーディナルシステムも、
このプログラムに変更しません?そしたらライセンス料絡みの問題もクリアになって、
完全にレクトの紐付きじゃなくなりますよね?ALOから他のゲームにも行きやすくなるし、
いい事ずくめじゃないですか?」
その八幡の提案に、陽乃は少し考え込んだ後にこう言った。
「そうねぇ、ライセンス料はいらないってレクトからは言われてるんだけど、
その方が後々問題にならなくて、いいかもしれないわね、アルゴちゃん」
「はいはい、オレっちがやればいいんだロ?」
「ごめんねぇ、あっちの方も忙しいと思うけど、頑張って」
「あっち?」
「ああ、それは企業秘密だから、公開出来るようになったら教えてあげるわ」
「ああ、そうですね、ネタバレは良くないですしね」
「早くオレっち以外の優秀な技術者を確保してくれよな、ボス」
「レクト・プログレスの元技術者の中から、
まともな人間を回してもらう事になってるから、
もう少し待っててね。この後、その連中を集めての会合の予定だから、
そこでしっかりと人員を確保して、なるべく早く体制を整えるわ。
ちなみに旧アーガスの人間もいるんだけどね。これがそのリストよ」
八幡の位置からは、そのリストは見えなかったが、
何気なくそのリストを見た和人が、驚いたようにそのリストを引ったくり、
じっと見つめたかと思うと、顔を上げ、陽乃に言った。
「陽乃さん、その会合、俺とハチマンも連れてって下さい!」