「おいキリト、何だあのでたらめな動きは」
「すごいだろ、あれがハチマンのスタイルだよ、ユージーン。
中途半端な攻撃は全部弾かれて、全てカウンターが返ってくる。
ユージーンのその武器相手だと多分、攻撃しようとした瞬間に、
武器じゃなく、例えば腕や肩を攻撃されて、バランスを崩した瞬間に、
そのままカウンターが飛んでくると思う」
「そんなのどうしろって言うんだ……」
「ははっ、悩め悩め、悩む事でお前はもっと強くなるさ」
「そうか……そうだな、よし、いつか絶対に攻略してやる」
「これからもたまに遊ぼうぜ、ユージーン」
「ああ。お前達とこうして知り合えた事が、俺にとって一番の収穫だったよ。
これからも宜しくな、キリト」
そして初心者のユミーは、ひたすら驚いていた。
「ソレイユさん、あーし、何も分かってなかったみたい」
「ん?ユミーちゃん、どうしたの?」
「あれは人間の動きじゃない……ハチマンが生きてきたのは、ああいう世界なんですね」
「そうだね、私も想像する事しか出来ないけど、あそこまで強くならないと、
生きていけない世界だったんだろうね」
「あーし、ここに来たのは遊びのつもりだったけど、
こんなあーしがあいつと一緒にいてもいいのかどうか……」
「いいに決まってるだろ」
「ハチマン君」
「ハチマン……」
そこには、いつの間に来たのか、ハチマンとアスナが立っていた。
「難しく考えすぎだぞ、ユミー。俺も、ここにいるアスナだって、
元々遊ぶつもりでSAOを始めたんだ。結果的にああいう事になったわけだが、
今は本来の状態に戻っただけだ」
「そうだよユミーさん、私、もっとユミーさんと仲良くなって、一緒に楽しく遊びたい」
「ユミーでいいよアスナ。そっか、考えすぎか……
うん、あーし、みんなと一緒に楽しく遊ぶために、頑張って強くなるし!」
「そうそう、あくまで目的は、楽しく遊ぶ事だからな」
「ユミー、あっちで一緒に特訓しよう!」
「ありがとうアスナ、それじゃお願いするし!」
アスナとユミーは、連れ立って闘技場の隅の方へと走っていった。
「うん、やっぱり楽しいのが一番だね、ハチマン君」
「ですね」
「姉さん、とても楽しそうね」
「ユキノちゃん」
残された二人に、ユキノが話し掛けてきた。
「みんな、とても楽しそうで良かったわ」
「ああ、そうだな」
いつの間にか闘技場のあちこちで、戦いが繰り広げられていた。
クラインとエギルとレコンは、先ほどの負けがよほど悔しかったのか、
三つ巴で戦い、少しでも強くなろうとしているようだった。
ユイユイとコマチは、リズベットとシリカを相手に、コンビ同士で戦っていた。
イロハはメビウス相手に魔法戦闘を挑み、リーファは何と、ユージーンと戦っていた。
「それにしても姉さんは、アスナさんの事が大分気に入ったみたいね」
「うん、妹だからね!」
「妹……」
ユキノの表情が険しくなるのを見て、ハチマンはいい機会だと思い、
ユキノに質問する事にした。
「なぁ、ユキノはやっぱりアスナに何か思うところがあるのか?」
「別に無いわよ。何故そんな事を聞くのかしら?」
「あれ……そうなのか?」
「私が思うところがあるのは、姉さんによ」
「私に?一体どうしたの、ユキノちゃん」
「それは……」
そう呟いたユキノの顔は真っ赤であり、体はプルプルと震えていた。
「何で…………よ」
「え?」
「何で実の妹はちっともかまわないのよ!」
「え、ええ~……」
「ユキノちゃん……」
ハチマンの見る所、今のユキノは明らかに平衡を欠いていた。
(こうなったのは、おそらくアスナが解放された後だろうな。
だが攻略中からおそらく種は蒔かれていたはずだ。これを何とか出来るのは……)
ハチマンは、困ったようにソレイユの方を見た。
ソレイユは分かってると言わんばかりに頷き、ハチマンに推測を述べた。
「最近ちょっと、ユキノちゃんの前で、ハリキリすぎちゃったかな、
私が思いっきり頑張ったせいで、私の事を頑張って追いかけてた時の状態に、
精神が少し逆行してるのかもしれないわ」
「しかしまさか、あのユキノが……」
「小学校に上がるくらいから、私はユキノちゃんをまったく甘やかさなくなったからね。
多分ずっと隠れたストレスになってたんだと思う。
で、最近私がアスナちゃんをとことん可愛がってるのを見て、
そのストレスが無意識に増大したのではないかしら」
「なるほど、何とかなりますか?」
「うん、まあここはお姉さんに任せなさい」
「お願いします」
ソレイユはユキノにゆっくりと近付き、ユキノをいきなり抱きしめた。
「ユキノちゃんの事はかわいいに決まってるじゃない。たった一人の実の妹なんだもの。
でもそのせいで、私がユキノちゃんを大好きだって、わざわざ態度で示さなくても、
ユキノちゃんは分かってるはずだって思ってたのは私のミスね。
これからはもっと、二人でお出掛けしたりしましょう。普通の姉妹みたいにね」
ユキノはそれを聞いて、コクコクと頷いた。
だがソレイユは、当然それで話を終えるような、甘い人間では無かった。
「分かってもらえて良かったわ。ところで、ユキノちゃん、
さっきからハチマン君が、あなたの恥ずかしい姿をじっと観察しているわよ」
「えっ?ハチマン君が?」
ユキノはハチマンをきょとんと見つめた後、いきなり我に返ったのか、
今までの自分の言葉や態度をはっきりと思い出し、口をパクパクさせながら、
慌ててソレイユから離れ、ハチマンをキッと睨んだ。
「何か言いたい事でも?」
「い、いや……」
「そう。ところであなたは何故そんな所でつっ立っているのかしら。
他の人達が一生懸命戦っているというのに。
リーダーの自覚が足りないと言わざるを得ないわね。悔い改めなさい」
「お、おう……」
「とはいえ、本当に遺憾なのだけれど、あなたに一定の人望がある事は認めざるを得ないわ。
というわけで、今後への期待も込めて、今回の件は不問にしましょう」
「おう、あ、ありがとな……」
「もちろん言わなくても分かっているとは思うのだけれど、今回の件は不問にする代わりに、
今の事は忘れなさい。いいわね、忘れるのよ。ここでは何も無かった。オーケー?」
「オ、オーケー」
「よろしい」
そこまで言った後、ユキノはハチマンに背を向け、仲間達の方を眺め始めた。
だがユキノの耳は未だに真っ赤であり、ハチマンはそれを見て、
何となくユキノの頭をなで始めた。
「……一体何のつもりかしら」
「何となく」
「そう……」
ユキノはハチマンの手を振り払ったりはせず、なでられるのに任せていた。
「なあユキノ」
「何かしら」
「ソレイユ姉さんには今回沢山助けられたが、今後はログインの頻度も減るだろうし、
そういう事はもうほとんど無いはずだ。なので、今後はお前が俺を助けてくれよな」
「もちろんそのつもりよ」
「頼りにしてるからな」
「ええ、姉さん以上にしっかりと支えてみせるわ」
そんなユキノにソレイユは言った。
「ユキノちゃん」
「何かしら、姉さん」
「私の代わりが出来るのは、結局何だかんだ言ってもあなたしかいないのよ」
「姉さん……」
「もっと自信を持ちなさい。私に出来る事は、必ずあなたにも出来る。
私達は、実の姉妹なんだからね」
「……はい」
こうして姉妹の危機は去ったかと思われたが、直後に事態は急変した。
ユミーとの特訓がひと段落したアスナがやってきたのだ。
「あーっずるい!ハチマン君、私の頭も!」
「お、アスナ、ユミーはどうした?」
「あっちで休憩してるよ」
「そうか」
そしてハチマンは、もう片方の手でアスナをなで始めた。
「で、なでてもらえるのは嬉しいんだけど、何かあったの?」
「そうなの、聞いてよアスナちゃん、ユキノちゃんがね、
最近私がアスナちゃんばっかりかまうもんだから、ちょっとすねちゃってね、
それでハチマン君と二人でなだめてたのよ」
「なっ……姉さん……裏切ったわね」
「私は何も約束していないですし~」
「くっ……」
「そうなんですか!それじゃあ私が、もっともっとユキノちゃんと仲良くなります!」
「えっ?」
アスナはそう言うと、いきなりユキノに抱きついた。
「ちょっ、アスナさん」
「ア・ス・ナ」
「えっ?」
「ユキノさんが他人をさん付けで呼ぶのは知ってるけど、私の事は、アスナって呼んで。
その代わりに私もユキノさんの事、今度からユキノって呼ぶから」
ユキノはそう言われて、困ったようにハチマンとソレイユを見たが、
二人はユキノに笑顔を向けるだけで、何も言わなかった。
ユキノはため息をつくと、恐る恐るアスナに呼びかけた。
「あ、アスナ……さん」
「もう、ユキノったら」
「頑張ってみるからお願い、もう少し待って頂戴、アスナ……さん」
「仕方ないなぁ、ちょっとだけだよ?」
こうしてアスナが、ユキノとの距離を強引に力技で縮めた所で、
この日の活動は終了となった。
ちなみに一度も戦わなかったアルゴは、新しい仲間の情報収集に専念していたようだ。
同じく戦わなかったソレイユは、最後に戦いたがったのだが、
全員がそれを謹んで辞退した事は言うまでもない。