ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/10 句読点や細かい部分を修正


第139話 ストレス

「おいキリト、何だあのでたらめな動きは」

「すごいだろ、あれがハチマンのスタイルだよ、ユージーン。

中途半端な攻撃は全部弾かれて、全てカウンターが返ってくる。

ユージーンのその武器相手だと多分、攻撃しようとした瞬間に、

武器じゃなく、例えば腕や肩を攻撃されて、バランスを崩した瞬間に、

そのままカウンターが飛んでくると思う」

「そんなのどうしろって言うんだ……」

「ははっ、悩め悩め、悩む事でお前はもっと強くなるさ」

「そうか……そうだな、よし、いつか絶対に攻略してやる」

「これからもたまに遊ぼうぜ、ユージーン」

「ああ。お前達とこうして知り合えた事が、俺にとって一番の収穫だったよ。

これからも宜しくな、キリト」

 

 そして初心者のユミーは、ひたすら驚いていた。

 

「ソレイユさん、あーし、何も分かってなかったみたい」

「ん?ユミーちゃん、どうしたの?」

「あれは人間の動きじゃない……ハチマンが生きてきたのは、ああいう世界なんですね」

「そうだね、私も想像する事しか出来ないけど、あそこまで強くならないと、

生きていけない世界だったんだろうね」

「あーし、ここに来たのは遊びのつもりだったけど、

こんなあーしがあいつと一緒にいてもいいのかどうか……」

「いいに決まってるだろ」

「ハチマン君」

「ハチマン……」

 

 そこには、いつの間に来たのか、ハチマンとアスナが立っていた。

 

「難しく考えすぎだぞ、ユミー。俺も、ここにいるアスナだって、

元々遊ぶつもりでSAOを始めたんだ。結果的にああいう事になったわけだが、

今は本来の状態に戻っただけだ」

「そうだよユミーさん、私、もっとユミーさんと仲良くなって、一緒に楽しく遊びたい」

「ユミーでいいよアスナ。そっか、考えすぎか……

うん、あーし、みんなと一緒に楽しく遊ぶために、頑張って強くなるし!」

「そうそう、あくまで目的は、楽しく遊ぶ事だからな」

「ユミー、あっちで一緒に特訓しよう!」

「ありがとうアスナ、それじゃお願いするし!」

 

 アスナとユミーは、連れ立って闘技場の隅の方へと走っていった。

 

「うん、やっぱり楽しいのが一番だね、ハチマン君」

「ですね」

「姉さん、とても楽しそうね」

「ユキノちゃん」

 

 残された二人に、ユキノが話し掛けてきた。

 

「みんな、とても楽しそうで良かったわ」

「ああ、そうだな」

 

 いつの間にか闘技場のあちこちで、戦いが繰り広げられていた。

クラインとエギルとレコンは、先ほどの負けがよほど悔しかったのか、

三つ巴で戦い、少しでも強くなろうとしているようだった。

ユイユイとコマチは、リズベットとシリカを相手に、コンビ同士で戦っていた。

イロハはメビウス相手に魔法戦闘を挑み、リーファは何と、ユージーンと戦っていた。

 

「それにしても姉さんは、アスナさんの事が大分気に入ったみたいね」

「うん、妹だからね!」

「妹……」

 

 ユキノの表情が険しくなるのを見て、ハチマンはいい機会だと思い、

ユキノに質問する事にした。

 

「なぁ、ユキノはやっぱりアスナに何か思うところがあるのか?」

「別に無いわよ。何故そんな事を聞くのかしら?」

「あれ……そうなのか?」

「私が思うところがあるのは、姉さんによ」

「私に?一体どうしたの、ユキノちゃん」

「それは……」

 

 そう呟いたユキノの顔は真っ赤であり、体はプルプルと震えていた。

 

「何で…………よ」

「え?」

「何で実の妹はちっともかまわないのよ!」

「え、ええ~……」

「ユキノちゃん……」

 

 ハチマンの見る所、今のユキノは明らかに平衡を欠いていた。

 

(こうなったのは、おそらくアスナが解放された後だろうな。

だが攻略中からおそらく種は蒔かれていたはずだ。これを何とか出来るのは……)

 

 ハチマンは、困ったようにソレイユの方を見た。

ソレイユは分かってると言わんばかりに頷き、ハチマンに推測を述べた。

 

「最近ちょっと、ユキノちゃんの前で、ハリキリすぎちゃったかな、

私が思いっきり頑張ったせいで、私の事を頑張って追いかけてた時の状態に、

精神が少し逆行してるのかもしれないわ」

「しかしまさか、あのユキノが……」

「小学校に上がるくらいから、私はユキノちゃんをまったく甘やかさなくなったからね。

多分ずっと隠れたストレスになってたんだと思う。

で、最近私がアスナちゃんをとことん可愛がってるのを見て、

そのストレスが無意識に増大したのではないかしら」

「なるほど、何とかなりますか?」

「うん、まあここはお姉さんに任せなさい」

「お願いします」

 

 ソレイユはユキノにゆっくりと近付き、ユキノをいきなり抱きしめた。

 

「ユキノちゃんの事はかわいいに決まってるじゃない。たった一人の実の妹なんだもの。

でもそのせいで、私がユキノちゃんを大好きだって、わざわざ態度で示さなくても、

ユキノちゃんは分かってるはずだって思ってたのは私のミスね。

これからはもっと、二人でお出掛けしたりしましょう。普通の姉妹みたいにね」

 

 ユキノはそれを聞いて、コクコクと頷いた。

だがソレイユは、当然それで話を終えるような、甘い人間では無かった。

 

「分かってもらえて良かったわ。ところで、ユキノちゃん、

さっきからハチマン君が、あなたの恥ずかしい姿をじっと観察しているわよ」

「えっ?ハチマン君が?」

 

 ユキノはハチマンをきょとんと見つめた後、いきなり我に返ったのか、

今までの自分の言葉や態度をはっきりと思い出し、口をパクパクさせながら、

慌ててソレイユから離れ、ハチマンをキッと睨んだ。

 

「何か言いたい事でも?」

「い、いや……」

「そう。ところであなたは何故そんな所でつっ立っているのかしら。

他の人達が一生懸命戦っているというのに。

リーダーの自覚が足りないと言わざるを得ないわね。悔い改めなさい」

「お、おう……」

「とはいえ、本当に遺憾なのだけれど、あなたに一定の人望がある事は認めざるを得ないわ。

というわけで、今後への期待も込めて、今回の件は不問にしましょう」

「おう、あ、ありがとな……」

「もちろん言わなくても分かっているとは思うのだけれど、今回の件は不問にする代わりに、

今の事は忘れなさい。いいわね、忘れるのよ。ここでは何も無かった。オーケー?」

「オ、オーケー」

「よろしい」

 

 そこまで言った後、ユキノはハチマンに背を向け、仲間達の方を眺め始めた。

だがユキノの耳は未だに真っ赤であり、ハチマンはそれを見て、

何となくユキノの頭をなで始めた。

 

「……一体何のつもりかしら」

「何となく」

「そう……」

 

 ユキノはハチマンの手を振り払ったりはせず、なでられるのに任せていた。

 

「なあユキノ」

「何かしら」

「ソレイユ姉さんには今回沢山助けられたが、今後はログインの頻度も減るだろうし、

そういう事はもうほとんど無いはずだ。なので、今後はお前が俺を助けてくれよな」

「もちろんそのつもりよ」

「頼りにしてるからな」

「ええ、姉さん以上にしっかりと支えてみせるわ」

 

 そんなユキノにソレイユは言った。

 

「ユキノちゃん」

「何かしら、姉さん」

「私の代わりが出来るのは、結局何だかんだ言ってもあなたしかいないのよ」

「姉さん……」

「もっと自信を持ちなさい。私に出来る事は、必ずあなたにも出来る。

私達は、実の姉妹なんだからね」

「……はい」

 

 こうして姉妹の危機は去ったかと思われたが、直後に事態は急変した。

ユミーとの特訓がひと段落したアスナがやってきたのだ。

 

「あーっずるい!ハチマン君、私の頭も!」

「お、アスナ、ユミーはどうした?」

「あっちで休憩してるよ」

「そうか」

 

 そしてハチマンは、もう片方の手でアスナをなで始めた。

 

「で、なでてもらえるのは嬉しいんだけど、何かあったの?」

「そうなの、聞いてよアスナちゃん、ユキノちゃんがね、

最近私がアスナちゃんばっかりかまうもんだから、ちょっとすねちゃってね、

それでハチマン君と二人でなだめてたのよ」

「なっ……姉さん……裏切ったわね」

「私は何も約束していないですし~」

「くっ……」

「そうなんですか!それじゃあ私が、もっともっとユキノちゃんと仲良くなります!」

「えっ?」

 

 アスナはそう言うと、いきなりユキノに抱きついた。

 

「ちょっ、アスナさん」

「ア・ス・ナ」

「えっ?」

「ユキノさんが他人をさん付けで呼ぶのは知ってるけど、私の事は、アスナって呼んで。

その代わりに私もユキノさんの事、今度からユキノって呼ぶから」

 

 ユキノはそう言われて、困ったようにハチマンとソレイユを見たが、

二人はユキノに笑顔を向けるだけで、何も言わなかった。

ユキノはため息をつくと、恐る恐るアスナに呼びかけた。

 

「あ、アスナ……さん」

「もう、ユキノったら」

「頑張ってみるからお願い、もう少し待って頂戴、アスナ……さん」

「仕方ないなぁ、ちょっとだけだよ?」

 

 こうしてアスナが、ユキノとの距離を強引に力技で縮めた所で、

この日の活動は終了となった。

ちなみに一度も戦わなかったアルゴは、新しい仲間の情報収集に専念していたようだ。

同じく戦わなかったソレイユは、最後に戦いたがったのだが、

全員がそれを謹んで辞退した事は言うまでもない。


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