ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第013話 嵐の中、ボス戦は終わりを告げる

 ついに訪れた一層の階層ボス攻略の朝ハチマンは、

残してきた大切な人々の事を思い浮かべていた。

 

(今日が本当の意味での最初の第一歩になる。みんな、守ってくれよな……必ず帰るから)

 

 その大切な人々の中に含まれていない人物の声が、我も、我もと聞こえた気がしたが、

ハチマンはそれについては考えないようにした。

 

 

 

「お早う、二人とも」

「うっす」

「よっ」

「それじゃまあ、あいつらの後をのんびり付いて行くとしますか。

三人の俺達があんま出しゃばるのもあれだしな」

 

 アスナとキリトは、確かに目立つ必要はないとばかりに肩をすくめつつ、

ハチマンの後をついていった。

これだけの数がまとまっているだけあって、道中は何事もなく進み、

途中何度かの戦闘を挟みつつも、ついに一行はボス部屋の前に辿り着いた。

 

 作戦の概要の確認が成された後、ディアベルは何か質問はあるかなと皆に問いかけた。

それを受けて、ハチマンとキリトが手を上げた。

昨日の印象もあったのだろうか、まずハチマンが指名された。

 

「戦闘中のボスの挙動が、情報と大きく違った場合の対応を聞いておきたい。

場合によっては撤退も視野に入れるとして、

その判断と指示は、あんたがしてくれるって事でいいのか?」

「もちろん安全第一だ。シミュレーションは完璧だから、

誰も危険な目にあわせるつもりは無いけどね」

 

 次にキリトが質問内容を尋ねられたが、内容は同じだった。

 

「合同演習にも参加せん奴らが偉そうに口出しすなや。

こいつらの事なんぞ相手にせんでええで、ディアベルはん。

あんさんの指揮ぶりを知っとったら、そないな心配あるわけあらへん」

 

 二人はそのキバオウの言葉には反応せず、納得した旨を伝えて引き下がったが、

その後にハチマンとキリトは、今のキバオウの態度について、ひそひそと会話を交わしていた。

 

「ハチマンどう思った?」

「ああ、なんか昨日とちょっと違うな」

「言い方はあれだが、内容は随分と丸くなってるよな」

「まあこれで、戦闘中に仲間割れとかの危険は減ったと思っていいのかね」

「心配事が一つ減ったって感じか」

 

 そしてディアベルは、そのキバオウの言葉を受けて全員に言った。

 

「信頼ありがとう。今回は初めての階層ボス戦に挑むわけだが、

現状考えうる最高のメンバーが集まってくれた。

みんなで勝とうぜ!………さあ、行こう!」

 

 一行は雄叫びを上げ、ボス部屋へと突入を開始した。

エギルはちらっと後ろを振り向くと、三人に向けて拳を突き出し、親指を立てた。

三人は同じように拳を突き出し、親指を立ててそれに応えた。

 

「おお、なんか本場の合図って感じだわ」

「そうだな、なんかあいつかっこいいぞ」

「あははは、そうだね」

 

 多少は緊張していた三人であったが、いい感じに緊張が解れたようだ。

 

「なあ。キリト、アスナ。もしかしたら今回、犠牲が出るかもしれない。

俺はまだ人が死んだとことか見た事ないから、

もしそれを目にしたらショックを受けてしまうかもしれん。

そしたら俺の頬を引っ叩いて目覚めさせてくれ。

もし三人ともがショックを受けたら、一番最初に気が付いた奴が、

他の二人を引っ叩く。絶対に三人で生き残って、そしてクリアしよう」

「うん、わかった」

「ああ」

 

 三人はそう言葉を交わし、ボス部屋に突入していった。

 

 

 

 やがて徐々にボスの姿が見え、誰かがそれを見て呟いた。

 

「あれが第一層のボス、イルファング・ザ・コボルドロードか……」

 

 さすがは階層ボスとも言うべき威容である。

一同に緊張が走ったが、その緊張は、ディアベルの声によってかき消された。

 

「右手に骨斧、左手に湾刀。取り巻きは三体。全て情報通りだ、いけるぞ!

臆するな、声を上げろ!みんな、行くぞ!」

 

 ディアベルの叫びを受け、皆は、応!!!と応じ、突撃を開始した。

編成はABのボス用タンク隊とC~Gの各攻撃隊。

そして、三人パーティーの遊撃隊で構成されていた。

最初は三人の出番は無かったが、戦闘が進むに連れ、徐々に押される隊も出てきていた。

 

「A隊から、B隊にスイッチ!」

「C隊は後退準備を!F隊、スイッチの準備頼む!」

「G隊負傷者二名、一旦下がる!遊撃隊、しばらく支えてくれ!」

「遊撃隊、了解!」

 

 三人は指示を受け、初戦闘に挑む事となった。

三人の戦闘はまだ誰も見た事が無く、やはり人数が少ない事もあって、

他の隊は皆、所詮繋ぎの隊程度の認識しか持っていなかった。

負傷した二人のプレイヤーはポーションを使い、下を向いて回復するのを待っていた。

その間に他の者達は、何かあったら飛び出そうと遊撃隊の方を心配そうに眺めていた。

やがてHPも完全に回復し、その二人は同じ隊の仲間に呼びかけた。

 

「もう大丈夫だ、いける!」

「遊撃隊は大丈夫か?」

 

 ちょうどその時、遊撃隊の戦闘を見ていた他の仲間達が息を呑み、驚きの声を上げた。

それは純粋に驚きの声であり、悲鳴とかでは無かったため、

何かまずい事が起こったわけでは無さそうだと思いつつ、二人は仲間達に尋ねた。

 

「おい、どうしたんだ?」

「いや、あ、あれ……」

 

 仲間が指差す方を見た二人は、遊撃に任せた取り巻きの一体が、

ガラスが砕けるようなエフェクトと共に消滅するのを目撃した。

 

「え?おい、今何があった?」

「いや、何って……遊撃隊が、取り巻きを倒したって事じゃねーの……」

「え、だって、他はまだ最初の敵と戦ってるだろ………?」

「いや、そうだけどさ……」

「遊撃隊、任務完了。後退する」

 

 G隊のメンバーは放心していたが、ハチマンに視線を向けられると、慌てたように応えた。

 

「了解!こちらは他の隊の援護に入る」

 

 

 

 三人は当初からの予定通り、まずキリトとアスナが前衛に立った。

キリトの攻撃は速く、そして重かった。

アスナの突きは、目で追えるか追えないかの凄まじい速さを誇り、

取り巻きのHPは、恐るべき早さで削られていった。

 

「アスナ、スイッチ!」

「了解!」

 

 次にハチマンが前に出た。ハチマンの戦闘は一見地味に見えたが、

その実、ほとんどの攻撃をパリィしていた。

その恩恵を受け、キリトの削りが更に加速した。アスナから声が飛ぶ。

 

「スイッチ!」

「任せた!」

 

 その声を合図に、キリトが一旦後退した。

ハチマンとアスナは、恐ろしいほどのコンビネーションの冴えを見せ、

そしてほどなく、敵の撃破に成功した。

 

「遊撃隊、任務完了。後退する」

 

 ハチマンはそう叫んだが、G隊からの反応は無かった。

ハチマンが疑問に思い、G隊の方を見ると、G隊から慌てたような返事があった。

それを確認した二人は、キリトの元へと集合した。

 

「どうだアスナ、大丈夫だったか?」

「うんハチマン君、何も問題なし!」

「しっかしキリトよ、お前やっぱすげ~な……」

「それはこっちのセリフだよ、ハチマン。なんか昨日と動きが違うし」

「あ~、悪い、俺のスタイルだと、武器を持った人型の敵のが得意なんだよ」

「あれを見せられてそれを聞いたら、納得だな」

 

 たまたま後方でそれを見ていたエギルは、素直に感心していた。

目の前に明るい光が見えたような気がして、エギルは改めて気合を入れなおした。

同じようにそれを目撃していたキバオウも、

最初は他の人と同じように放心していたが、

すぐに我に返ると、三人を憎々しげに睨みつつ、再出撃に備えた。

そして再出撃の番が来ると、キバオウはわざわざ三人の横を通り、

すれ違いざまに三人に言葉を投げかけた。

 

「あんま調子こくなよ。あのくらいわいらにも出来るんや。

ええか、あんましゃしゃり出んと、大人しゅうしとけや」

 

 だが三人は相談もしていないのに、ぴったり揃ってキバオウに笑顔を向けた。

キバオウはその顔を見て、

 

「くそっ、なんやっちゅーねん」

 

 と、吐き捨てて仲間の元へ走っていった。

 

 

 

 要所要所での遊撃隊の活躍もあり、誰一人として死者が出ないまま、

ついにボスのHPは、残り一本となった。

今ボスは斧を失い、湾刀のみで戦っているような状態である。

そして最後の取り巻きと戦っていた三人が首尾よくとどめを刺し、後方へ下がると、

そのタイミングで本隊の方から大歓声があがった。

 

「よし、ボスの武器を両方とも奪ったぞ!」

「今がチャンスだ!D隊、俺に続け!」

 

 そんな叫びと共に、ディアベルのD隊がボスに突撃していった。

ディアベルは高揚していたためか気付いていないようだったが、

観察力に優れるハチマンの目には、ボスが何かを取りだそうとしているように見え、

ディアベルがかなりボスに近づいた辺りで、それが何かはっきりと見えた。

 

「おいキリト、あれ……刀じゃないか?」

「何だって?………あっ、まずい!」

 

 ハチマンにそう言われてボスの姿を観察したキリトは、

慌ててディアベルの方に駆け出そうとしたが、それはキバオウに邪魔された。

 

「なんやおんどれ、大人しゅう下がっとれ」

「邪魔するな!ボスが新しい武器を取り出そうとしてる、あれは刀だ!スタンするんだよ!」

 

 それでキバオウも今何が起こっているのか悟り、慌てたように振り向いた。

 

「ディアベエエエエエエエエル!刀だ!逃げろおおおおおおお!」

 

 キリトがそう叫び、ディアベルはキリトの声に反応して顔を上げた。

見るとボスの手には、新たに刀が握られていた。

誰にも言ってはいなかったが、実際のところディアベルもβテスターであり、

刀を使う敵を相手にした経験もあったため、落ち着いて敵の攻撃に対応しようとした。

だがその行動は一歩遅かった。次の瞬間に放たれたボスの一撃で、

D隊の全員がスタンさせられたのだ。

そして一番前にいたディアベルは、ボスの追撃で飛ばされた。

後方で見ていた隊から悲鳴があがる。

 

「くそっ、アスナ、あのボスを少しの間、俺と一緒に抑えてくれるか?」

 

 アスナはハチマンの声を受け、笑顔で即座に答えた。

 

「ハチマン君と一緒なら、大丈夫だよ」

「危険な目にあわせてごめんな」

 

 そして次にハチマンは、キリトに向かって叫んだ。

 

「キリト、少しの間、ディアベルの代わりに戦闘指揮を頼む!!

俺とアスナは少しの間ボスを抑える、

指示を出し終わったらキリトもすぐこっちに合流してくれ」

 

 ハチマンに声をかけられ、キリトは弾かれたように各隊に指示を出しはじめた。

 

「A隊B隊はスタンしたD隊を運び出せ!C隊E隊はその援護!

F隊G隊はいつでもボスに攻撃できるように準備して側面待機!ボスは俺達が抑える!」

 

 その指示を聞き、エギルが心配そうに声をかけてきた。

 

「おい、三人ともそんな軽装なのに、大丈夫なのか?」

「ハチマンとアスナならきっと大丈夫、俺もすぐ向かう!」

 

 ハチマンは必死に敵の攻撃を弾き、止め、また弾いていた。

だがさすがにこのクラスの相手の攻撃を、今のハチマンが全て封じる事は不可能だ。

何度も敵の攻撃がかすり、その積み重ねで、ハチマンは徐々にHPを削られていく。

しかし、ポイントごとにアスナがヒット&アウェイで敵の気を引き、

ついに二人は、キリトが到着するまで敵の攻撃を防ぎきった。

キリトは二人を下がらせ、一人でボスと対峙していた。

 

「キリト、絶対に死ぬなよ!」

 

 下がりしなにハチマンはキリトにそう声をかけた。

 

「ディアベルさんは大丈夫だ!誰かポーションを!」

 

 丁度その時後方からそんな声が聞こえ、キリトは安堵し、

あと少しの我慢だと思い、目の前の敵に集中した。

無難に敵の攻撃をさばいていたキリトだったが、

ソードスキル後の一瞬の硬直時に、敵のHPが丁度レッドゾーンに達した。

その為ボスの攻撃がいきなり激しさを増し、無防備なキリトに迫る。

 

「しまった……」

 

 キリトは、大ダメージをくらう覚悟をした。

その瞬間にハチマンが飛び込んできて、ボスの攻撃を弾き、

アスナがキリトを後ろに引っ張った。

 

「すまん、ちょっと待たせたか」

「いや、まだまだ余裕だったよ、相棒」

「はっ、しまったとか言ってた癖に」

「聞いてたのかよ!」

 

 そこにD隊を避難させ終わったエギル達タンク隊が駆けつけ、三人の前に出た。

 

「後は俺達が抑える!三人は下がってくれ!」

「悪い、頼む!」

 

 その時突然ディアベルの声が聞こえた。

 

「よし、俺がボスの喉を撃つ、これで決めるぞ!」

「え?」

「おい、何を言ってるんだあいつは!」

 

 見るとディアベルが、丁度ソードスキルのモーションに入ったところだった。

そんな一同の目の前で、ボスがディアベルの声に反応したのか、そちらの方を向いた。

それを受けるディアベルのHPは……まだ二割ほどしか回復していなかった。

 

「くそっ、ディアベル!ボスがそっちを向いているぞ!逃げろ!頼む、逃げてくれ!」

 

 だがキリトの叫びも虚しく、ボスの刀が振り下ろされ、

無防備なディアベルに直撃したボスの攻撃は、あっさりとディアベルのHPを全損させ、

ディアベルはそのままエフェクトと共に砕け散った。

誰も何もする事は出来ない、それは一瞬の出来事であった。

ハチマンとアスナにとって、誰かが死ぬ所を見るのは、これが初めての経験だった。

ハチマンは、ここでは人はこんなに簡単に死ぬのかと、呆然としつつ怒りを覚えていた。

アスナは、その安っぽいエフェクトを見て、

あんまりだ、こんなの人の死に方じゃない、と震えていた。

キリトは歯を食いしばり、ディアベルがいたはずの場所を見つめていた。

一時の楽観ムードは鳴りを潜め、全員が死というものを再認識させられていたのだ。

そんな雰囲気の中、最初に自分を取り戻したのはキリトだった。

過去にキリトは、今装備している片手直剣を得るためのクエストの最中に、

プレイヤーが死ぬのを目にした事があったからだ。

それは決して幸運と言ってはいけない類の出来事だ。

だが今この瞬間だけは、それを幸運と呼ぶ事にしよう。

キリトは事前の打ち合わせ通りにハチマンとアスナの頬を叩き、

その痛みで二人も我に返り、三人は顔を見合わせると、同時に声を張り上げた。

 

「みんな、目を覚ませ!タンク隊、ボスを抑えろ!」

「攻撃隊は側面に回り込んで一斉攻撃だ!」

「HPが減っている人は後方に下がって!」

 

 ショックの大きさからまだ立ち直ってはいなかったが、

その声に弾かれるように全員が動き出し、そしてそのまま最後の総攻撃が開始された。

しかし発狂状態になったボスは意外に手強く、中々HPを削りきる事は出来なかった。

そんな中、ハチマンがアスナとキリトに何か耳打ちし、三人は即座に行動を開始した。

まずアスナがボスの背後に回り込み、

ボスが武器を振り上げた瞬間にボスの左膝目掛けてリニアーを放つ。

武器を振りかぶっていたボスの体制がそのままわずかに崩れ、

次の瞬間にハチマンが凄まじい速さで、振りかぶったままだったボスの刀めがけて突撃し、

その根元に痛撃を加えた。ボスは二人の攻撃によって大きく体制を崩し、

そしてボスの正面にいたエギルに、キリトのこんな声が届いた。

 

「エギル、伏せろ!」

 

 そう言われて反射的に伏せたエギルの背中を踏み台にし、キリトが高く跳んだ。

 

「これで終わりだああああああああああ!」

 

 そのままキリトは渾身の力を込め、ボスを頭から真っ二つにした。

一瞬の静寂の後にボスの体が光りだし、そのままエフェクトとなって弾ける、

CONGRATULATIONの文字と共に。

 

 

 こうしてゲーム開始から一ヶ月、ディアベルを失う事となったが、

ついにプレイヤーの到達階層が、一つ更新される事となった。


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