新生アインクラッドは、第三部での登場となります。
第三部の開始予定は五月十日くらいを予定しています。
しばらく空いてしまいますが、お許し下さい。
「はい」
病室の中から聞き覚えのある声が聞こえ、八幡の心臓はオーケストラのように、
大きな音をたてていた。八幡は深呼吸をし、扉の向こうに呼びかけた。
「俺だ」
「どうぞ、中に入って」
八幡は緊張を抑えようと、もう一度深呼吸をしてから扉を開け、中に入った。
病室の中は、相変わらず清浄な空気で満たされており、
ベッドの上には、八幡が求めてやまなかった明日奈の姿があった。
だが明日奈は、八幡が近付けないように手で制し、顔が見えないように窓の方を向いていた。
八幡は、おずおずと明日奈に尋ねた。
「す、すまん……遅くなった事を怒ってるのか?」
「う、ううん、そうじゃないんだけど……私ずっとお風呂に入ってないし、その……」
「ああ……」
八幡は、明日奈がどうやら自分の匂いを気にしているようだと当たりをつけた。
よく見ると、明日奈は耳まで真っ赤になっており、とても恥ずかしがっているようだった。
八幡は、明日奈を安心させようと、にっこりと笑顔で言った。
「大丈夫だ、俺が毎日明日奈の体を隅々まで綺麗に拭いてたからな」
「ええええええええええ」
明日奈はその八幡の言葉にまんまと引っかかり、慌てたようにこちらに振り向いた。
八幡は、してやったりという顔をしながら明日奈に言った。
「まあ、もちろん嘘だけどな」
「なっ……」
八幡は、明日奈にそれ以上何も言わせまいとして、明日奈を抱きしめた。
「大丈夫、明日奈の状態は、ご両親が完璧に維持してくれてたはずだぞ。
いい匂いしかしないし、それに俺やキリトほど痩せてもいない、美人のままだ」
「本当に?」
「ああ、本当に本当だ。ここまでくるのに二ヶ月もかかっちまった。ごめんな」
「ううん、必死で頑張ってくれたって分かってるもん」
「やっとあの時の約束を果たせるな。これからはずっと一緒だ、明日奈」
「八幡君!」
明日奈は号泣し、八幡も号泣していた。SAOがクリアされてから二ヶ月と少し。
二人はついに、現実世界での邂逅を果たす事が出来たのだった。
しばらくそうしていた二人だったが、
八幡は、廊下で待たせている二人の事を思い出し、明日奈に話し掛けた。
「そうだ、実はここに来る前、病院の駐車場でな、須郷に襲われたんだよ」
「えっ、大丈夫だったの?って、大丈夫だったから今ここにいるんだよね。
あっ……だから警察の人が慌てて出てったんだね。
すぐそこに暴漢が出たとしか言ってなかったから……」
「実はその時友達に助けてもらったんだよ。今外にいるから紹介したいんだけど、いいか?」
「う、うん、大丈夫」
八幡は扉を開け、待たせた事を二人に謝りながら二人を病室に招き入れた。
「はじめまして、葉山隼人です」
「戸部翔っす!」
「結城明日奈です、こんな格好でごめんなさい」
「いや、こちらこそいきなり押しかけちゃって申し訳ない」
「ううん、あの、八幡君を助けてくれて、ありがとう!」
「くぅ~明日奈さんマジ女神だわぁ、やっぱヒキタニ君はヒキタニさんだわ!」
「えっ?」
「あっ、ごめん、ヒキタニ君じゃなくて、ヒキガヤ君ね!」
それを聞いた八幡は、ぽかんとした顔で戸部に言った。
「戸部、お前、俺の正しい苗字、知ってたんだな」
「当たり前っしょ!ヒキタニ君って呼び方が、
何かスペシャルっぽくて良くね?って思ったから、そのままにしてたっしょ!」
「お、おう、戸部はヒキタニ君のままでいいわ、うん」
「ふふっ」
明日奈はその遣り取りを聞き、花のように微笑んだ。
それを見た戸部は、頬を赤らめながら見とれていた。
あの葉山でさえも、少し顔を赤くしているようだった。
それを見た八幡は、少し調子にのったらしく、
明日奈の頭をなでながら、得意げに二人に言った。
「どうだ二人とも、俺の彼女はかわいいだろ」
それを聞いた二人はぽかんとしていたが、葉山が面白そうに、八幡に返事をした。
「あ、ああ……確かにすごい美人で驚いたというか、
比企谷がそんな事を言った事に驚いたというか……」
「うっわぁ~、ヒキタニさんまじぱねーわ!もうガチリスペクトだわ!」
「でしょ!私の八幡君はすごいでしょ!」
突然明日奈がそんな事を言いだした。明日奈は戸部をドヤ顔で見て、えっへんしていた。
どうやら変なスイッチが入ったらしい。
「おい明日奈、恥ずかしいからそのくらいで……」
「あ、うんごめん、つい嬉しくなっちゃって」
「あははははははは」
「明日奈さんもまじリスペクトだわ!二人とも最強にお似合いっしょ!」
葉山が笑い、戸部も楽しそうにそう言った。
八幡と明日奈もつられて笑い、病室は四人の笑い声で満たされた。
そんな中、誰かが病室の扉をノックした。そこにいたのは菊岡だった。
「随分楽しそうだね」
「菊岡さん」
「菊岡さん、ありがとうございました」
「これで事件も全て解決だ。二人とも、本当に良かったね」
「はい!」
「ありがとうございます」
「それじゃあ明日奈さん、もうちょっとだけ、いくつか質問したいんだけど、いいかな?」
「あ、それじゃ俺達はこれで。明日奈、また明日くるけど、
とりあえずこれ、俺の携帯のアドレスと番号な」
「あ、うん、私の携帯が届いたらすぐ連絡するね。
あと葉山君と戸部君も、今日は本当にありがとう」
「元気になったらみんなでどこか行くっしょ!」
「そうだな。それじゃ明日奈さん、またいずれ」
「二人とも、またね!八幡君は明日ね!」
三人は病室を辞し、そのまま外に出た。
外に出た瞬間、戸部が八幡にヘッドロックを仕掛けた。
「うおっ」
「このこの!ヒキタニ君、羨ましいっしょ!」
「戸部……」
葉山は、呆れたように戸部の名前を呼んだ。
「だってよぉ、隼人君も、明日奈さんまじ美人だって驚いたっしょ?」
「まあ、それは確かにな」
「でも俺、ヒキタニ君が幸せそうなのを見て、本当に嬉しかったんよ」
「戸部……そろそろ離せ!……おい、戸部?」
八幡は、戸部の声の調子がおかしかったので、
自力で何とかヘッドロックを外して、戸部の顔を見た。よく見ると、戸部は号泣していた。
「おい戸部……」
「ヒキタニ君、本当に良かったっしょ……本当に……」
そんな戸部を見て、困った八幡は、すがるように葉山の顔を見た。
だが、その葉山も静かに泣いていた。
「おい、お前ら……」
「すまん、人前じゃ泣かない主義の俺だが、さすがにくるものがあってな……」
「二人とも、俺なんかのために泣いてくれてありがとな」
八幡も、感極まったのか、二人と一緒に泣き出した。
「やっと大切な人を取り戻す事が出来たよ。
ここまでの二ヶ月が、今までの人生の中で一番長かった……本当に長かった……」
「やったぜヒキタニ君、やっぱこういう時は、勝利宣言っしょ!」
戸部は涙を拭いて、いきなりそんな事を言い出した。八幡も涙を拭き、戸部に応えた。
「そ、そうだな。よし……勝った!俺達はついに勝ったぞ!」
「おおー!」
「おお!」
三人は子供っぽく雄たけびを上げた。
そんな三人の姿に気付いた明日奈は、病室の窓からそれを笑顔で見つめていた。
和人は、携帯を握りしめたままひたすらその時を待っていた。
さすがに明日奈の目覚めと比べると、時間がかかるだろう事は分かっていたが、
和人は携帯を手放す気になれず、ひたすら待ち続けていた。
どれほど待っただろう、ついにその時が訪れた。
携帯が振動した瞬間、和人は誰からの着信かも確認せず、すぐに通話ボタンを押した。
「もしもし、桐ヶ谷和人です」
「あ、えーっと……私?」
「リズ、リズだな、俺だ、キリトだ」
「キリト……本当にキリトなんだ……」
「体の方は大丈夫か?目覚めたばっかりだろ?」
「うん、何か、長い夢を見てた感じ……つらい夢もあったし、嬉しい夢もあったかな」
「夢の時間は俺たちみんなで終わらせた。もう大丈夫だ、リズ」
「みんな、いるんだね」
「ああ。元気になったら、またみんなで集まろう」
「うん……うん!私、早く元気になる!」
「調子を取り戻してきたみたいだな。とりあえず事情も話したいし、明日そっちに行くよ。
リズが今どこの病院にいるか教えてくれよ」
「来てくれるの?」
「当たり前だろ。俺はまだ、リズに返事もしてないんだからな」
「キリト……うん、うん、待ってるね!えっと、ここはね……」
こうして二人はついに目覚め、クリア時に生き残っていたプレイヤーは、全員解放された。
リズベット~篠崎里香の入院していた病院は、和人の実家に近かったため、
和人は退院し、まめにその病院に通い、里香のリハビリを手伝っていた。
明日奈は、両親が今回の事件の事後処理に追われていたため、
陽乃が薦めた事もあり、八幡達が入院していた雪ノ下系の病院に移る事になった。
八幡の存在も大きかっただろう。
明日奈の両親は、今回の事件での八幡の功績を陽乃に聞かされていたため、
娘のためならばと明日奈の転院を許し、明日奈のリハビリには毎日八幡が付き添っていた。
こうして、二ヶ月の時が過ぎ、ついに明日奈と里香の退院の日が訪れた。