ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第130話 人の繋がり

 ハチマンはそう呼びかけたが、それに答えたのはユイだった。

 

「パパ、あっちから何か来ます!この気配は……グランドマスターです!」

「分かった、ありがとうな、ユイ」

 

 ハチマンは、通路の方を注視した。そしてそこから出てきたのは、

ハチマンは知らなかったが、以前アスナを捕え、アルゴも使用した、

ナメクジタイプのアバターだった。ハチマンはそれを見て、面白そうに言った。

 

「晶彦さん、いつの間にそんな姿に……色男が台無しですよ」

「すまないね、すぐに使えるアバターがこれしか無かったんだ。久しぶりだね。

それと、せっかくだから私の事は、親しみを込めてヒースクリフと呼んでくれないか?」

「わかったよヒースクリフ」

 

 ハチマンは茅場の意をくんで、口調もかつて仲間だった時のように戻す事にした。

 

「手伝うのが遅れてすまなかった、意識を統合できたのが、ついさっきだったんだ」

「……ヒースクリフ、結局お前は今どういう状態なんだ?」

「そうだね、今ここにいる私は、茅場晶彦という男の残像だ。エコーと言ってもいい」

「……キリトなら分かるかもしれないが、俺にはさっぱりな例えだな」

「まあ、いずれ消えるかもしれない、はかない存在だと思ってくれればいい」

「そうか……」

 

 ハチマンは、ヒースクリフの隣に越しかけ、二人は一緒に空を眺めた。

 

「美しい景色だね」

「これも結局元を辿れば、あんたが作った空なんだけどな。

須郷はそれにちょっと手を加えただけだ」

「正直彼の事は、ほとんど記憶に無いんだ」

 

 それを聞いたハチマンは、面白そうにこう言った。

 

「これはヤツメウナギの吸血鬼の言葉なんだが、

多分ヒースクリフの人を見るモノサシは、一メートル単位でしか物を計れないんだと思う。

須郷は、ヒースクリフにとっては観測できるほど大きくない、

ほんの数ミリほどの存在だったって事なんだろうさ」

「……なるほど、そうかもしれないね」

 

 そう言うと、ヒースクリフはナメクジの触手をハチマンの頭の上に乗せ、なではじめた。

 

「お、おい……」

「私の最後の作品を汚す者を倒してくれて、本当に感謝する。

これでやっとケジメがつけられたな」

「……ああ」

 

 ハチマンは、そのままナメクジになでられる事を許容した。

それは二年以上前の二人の関係を彷彿とさせた。

そんな時、ふと思いついたといった感じで、ヒースクリフがハチマンに話し掛けた。。

 

「そういえば君が連れているそのピクシーは、

私の作ったカーディナルシステムの一部のようだね」

「メディカルヘルス・カウンセリングプログラムの、

【Y・Utility・Interface】通称ユイです!グランドマスター!」

「その名前も、ヒースクリフが付けたんだろ?」

「ああ、そうだな……どうやらちゃんとこの世界で自立出来ているようだね。

私の作ったSAOの一部は、こうしてずっと君の傍に残り続けるんだな」

「ヒースクリフ……」

「ハチマン君、ユイ君を通じて、これを君のナーヴギアのストレージに送っておいた」

 

 そう言うとヒースクリフは、銀色の卵のような物を取り出した。

 

「それは?」

「世界の種子だよ。どういう物かは、キリト君やアルゴ君あたりと一緒に調べるといい。

それをどうするかの判断は、君達に任せるよ」

「……分かった」

「それでは私はもう行くよ」

「どこへ行くんだ?」

「まだ見ぬ世界へ、さ。もし運命が重なり合ったら、その時にまた会おう……弟よ」

「晶……彦……さん」

「ではさらばだ。アスナ君と仲良くな」

 

 そう言うと、ヒースクリフ~茅場晶彦は、消えていった。

 

「パパ、グランドマスターの気配が消えました」

「そうか……ところでユイ、よく考えたら、ここでログアウトしたらどうなるんだ?」

「えーと、次に再出現する座標は、グランドクエストの間の扉の前になります」

「そうか、それじゃあ安心だな。よしユイ、パパはママを迎えにいってくるよ」

「はいパパ、二人が戻ってくるのを待ってますね!」

「寂しい思いをさせてごめんな」

「いいえパパ、前も言いましたが、今の私はパパのIDに紐付けされているので、

パパがいない間、私の意識は眠りについています。

なので、次会う時までは一瞬です、パパ!」

「そうか、そうだったな。それじゃ……行ってくる」

「はい!ママに会えるのを楽しみにしていますね!」

「またな、ユイ」

「はい、またです!」

 

 そしてハチマンは、ログアウトボタンを押した。

意識が一瞬ブラックアウトし、すぐに意識を取り戻した八幡は、

荷物はそのままに、すぐにその部屋を出て、外へと向かった。

明日奈のいる病院は、駐車場を挟んですぐ目の前だ。

 

(ヒースクリフと話していた分遅れちまった、急がないとな)

 

 八幡はそう考え、病院の駐車場を抜け、エントランスへ向かおうとした。

そこに、ふいに一台の車が入ってきた。車はハチマンに向け、まっすぐ進んできた。

八幡は危ないなと思いながら避けようとしたが、

車は八幡の動く方に方向を変え、なおも突っ込んできた。

 

「おわっ」

 

 八幡は必死でそれを避け、何とか身をかわす事に成功した。

その車は壁に激突して止まり、中から、見覚えのある男が降りてきた。

 

「お前は……須郷!」

「ちょこまかと避けやがって……ガキが!」

「お前、何でここに……」

「お前が言ってただろう、あの女の病室に向かうってな!

病室には確かに警察がいるんだろうが、お前には警察はついていない、

そう思って急いで車を走らせてきたんだが、案の定だったな!」

 

 そう言いながら須郷は、ナイフを取り出した。

 

「俺は捕まるかもしれないが、お前は絶対にここで殺す。目がまだ痛みで疼くんだよ!」

 

 よく見ると、須郷の左目は真っ赤に充血していた。

ちなみに須郷はやや内股になっており、股間も痛いのだろうと思われたが、

さすがにそれを指摘する事は躊躇われたため、八幡はそこには触れない事にした。

 

(まさかこうくるとは……ここは逃げの一手か?だがあいつは病院まで追いかけてきて、

絶対に看護婦さん達にまで危害を加えるよな……)

 

 八幡は、何とか避けつつ助けを呼ぶ方法を考えたが、にわかには思いつかなかった。

須郷はそんな八幡にはお構いなしに、スタスタと八幡に近寄り、ナイフを振り上げた。

八幡は攻撃がどこに来るかは分かるため、いつものようにそれを避けようとしたが、

ゲームの中とは感覚が違うため、なんとか避ける事には成功したが、

足をもつれさせて転んでしまった。

 

「くそ、しまった」

「どうやらゲームの中のように、素早くは動けないみたいだな。

お前はそのままここで死ね!」

 

 須郷は再びナイフを振り上げ、八幡に向けて突き出した。

八幡は転がってその攻撃から必死に逃れようとしたが、

次の瞬間、突然二人組が現れ、片方は須郷に体当たりをし、

もう一人がナイフを持っていた手を蹴り飛ばし、須郷のナイフは遠くに転がっていった。

その人物は、ニカッと笑いながら、八幡に話し掛けた。

 

「ヒキタニ君、危なかったな」

「戸部!それじゃあそっちは……」

「陽乃さんに言われて、一応ここで待機してたんだが、まさか本当に暴漢が現れるとはな。

まったくあの人にはほんとかなわないよ」

「葉山!」

 

 そこにいたのは、葉山と戸部だった。二人は素早く須郷を拘束した。

 

「まじ助かったわ……やっぱり現実だと、体が重くてな……」

「いいっていいって、ヒキタニ君、病み上がりみたいなもんだべ?

こういうのは俺達に任せとけって」

「比企谷、すまないが、警察に連絡してくれないか。

見ての通り、こっちは手が塞がってるんでな」

「おう、そこの病院にいるはずだから、すぐ連絡する。ちょっと待っててくれ」

「それにしても何だこいつ?ちょっと気持ち悪いんだが……」

「ちょっとっていうか、かなりだべ、隼人君」

 

 葉山と戸部に拘束されている須郷は、虚ろな目で、

ぶつぶつとわけのわからない事を呟いていた。

八幡は、病室にいるはずの菊岡に連絡を終えると、葉山と戸部に説明を始めた。

 

「まだSAOから戻らない人が、百人いるってニュースは知ってるだろ?

その犯人がそいつだ。やっと全員助けられたよ。本当にありがとな、二人とも」

「まじかよ……」

「すげー!やっぱヒキタニ君はヒキタニさんだわ!」

「俺だけの力じゃないさ。葉山や戸部、それに一緒に戦ってくれたみんなのおかげだ」

「そうか……お、警察の人が来てくれたみたいだぞ」

「八幡君、大丈夫かい?気付かなくてすまなかった」

「菊岡さん、俺も予想外だったんで気にしないで下さい」

「明日奈さんが目を覚ましたぞ。こいつの事は僕達に任せて、早く行ってあげるといい」

「ありがとうございます、宜しくお願いします菊岡さん」

「いいっていいって、お礼を言うのはこっちの方さ。

事件の解決に、多大な貢献をしてもらったんだからね」

「それじゃ行ってきます」

 

 八幡は菊岡に頭を下げると、次に葉山と戸部に言った。

 

「よし、葉山、戸部、一緒に行こう」

「え、いいのか?感動の再会なんだろ?」

「そうだよヒキタニ君、一人で行けって」

「確かにそうなんだが、明日奈に俺の友達を紹介したいんだよ」

「友達……」

「友達か……」

 

 戸部は葉山に、素早く耳打ちした。

 

「隼人君、俺ヒキタニ君に友達って言ってもらって、超感動してるんだけど」

「ああ、俺もだよ、戸部……とりあえず病室の前まで一緒に行って、

最初は二人きりになってもらって、後でその人を紹介してもらう事にしよう」

「だな!」

「すまん、いきなり友達だなんて言って、その、迷惑だったか……?」

 

 八幡は、おずおずと二人に尋ねた。二人は笑顔で八幡にこう答えた。

 

「そんな事ないって、気にすんなよヒキタニ君。俺達友達だべ?」

「早くその人を俺達に紹介してくれよ、比企谷」

「お、おう、それじゃ行こう」

 

 こうして三人は、病室へと向かっていった。

葉山と戸部は、打ち合わせ通り最初は病室の前で待っていると主張し、

八幡は、緊張しながら明日奈の病室の扉をノックした。


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