ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2017/10/31 修正


第012話 第一層攻略会議の顛末

 そしてついに、攻略会議の朝が訪れた。

リズベットは、まだ階層ボス戦に参加するのは、少しつらいだろうという事になり、

今回は不参加という事になった。

 

「ごめんね、二人とも」

「ううん、リズ、別に謝る事なんてないよ」

「そうそう、リズはリズに出来る事を頑張ってくれればいいんだ。

それが結果的に、俺たちの助けになるはずだ。

前も言ったと思うが、直接戦う奴だけがえらいなんて事は、まったく無い」

「うん、ありがと。二人の武器は私がきっちりメンテナンスするから、

だから二人とも、必ず勝って戻ってきてね」

「ああ、約束だ」

「うん、約束する」

 

 簡単な話し合いの結果、アスナ一人が、先に会場へと向かう事となった。

ハチマンは、アルゴが頑張って今日に間に合わせた、

ボス編のガイドブックを、道具屋にこっそりと置いてから、会場に向かった。

後方にポツリと座るアスナの姿を確認し、ハチマンは、アスナの隣に腰掛けると、

ここまでの進行がどうなっているのかの説明を、アスナに求めた。

アスナはやや暗い表情で、ここまでに何があったかを、説明し始めた。

 

「まとめ役は、あのディアベルって人みたい。

気持ちの上ではナイトやってますって言ってたかな」

 

(ナイトか……俺も気持ちの上ではシャドウアサシンですとか言ってみたいが)

 

 ハチマンは、それを聞き、中二病が再発しそうになった。

アスナはそんなハチマンの内心には微塵も気づかず、説明を続けた。

 

「そしたら、あのキバオウって名前の変な髪形の人が……」

「変な髪形?ああ、あいつか」

「うん。あの人ね、いきなり会議の前に、βテスターども出て来い!

お前らのせいで二千人も死んだんや!きっちり責任とれや!って言い出して……」

「はぁ?何だそいつは」

 

 八幡は、呆れた顔でそう言った。

 

「で、その後に、あのエギルって大きな黒人の人が、情報はきちんとあったって言い出して、

それで一応場が収まった感じかな。あのエギルって人、前教会で見かけた事があるんだけど、

なんかいい人そうだった」

「なるほど」

 

 その後、流れを詳しく説明してもらったハチマンは、自分の想定の甘さを悔いた。

そしてボス編のガイドブックの内容を思い出して、顔面蒼白になった。

 

(しまった……確定情報の、敵の数と武器変更の可能性についての言及はいいが、

敵の使うソードスキルや推定HP量、ダメージ量の各データと、

この情報はβテスト時のものであり、製品版では変更の可能性がありますっていう、

あの文はまずい。アルゴはこうなるのを承知で書いたのか?あいつめ……

ここまでニュービーとβテスターとの間に溝があるとは、俺には想定外だった。

一つ確実にいえるのは、このままではアルゴが危険だって事だ)

 

「ハチマン君、何かあったの?」

 

 ハチマンの暗い表情を見て、アスナが心配そうに尋ねた。

ハチマンは焦燥を抑えつつ、今自分が考えた事を、アスナに説明した。

 

「アルゴさんが危険な立場に……」

「ああ、このままだと、その可能性が高い」

「ディアベルさ~ん」

 

 その時一人のプレイヤーが、慌てて会場に駆け込んできた。

 

「ディアベルさん、こんな物が今、道具屋に!」

「ん?これは……鼠の本のボス編!?」

「ボス部屋は見つかったばかりだぞ?どうしてこんなに早く……」

「こんなに細かく……さすがだな……

うん、これならいけるな、数値的にはそこまで強いわけじゃなさそうだ」

 

 だが、本の内容を見て、盛り上がる場をしり目に、またキバオウが騒ぎ出した。

 

「ほれ見い!あの女、やっぱりβテスターと関わりがあるんや!

奴自身もβテスターに違いないで!これは詳しく話を聞かんとあかんな!」

 

 何人かが、そうだそうだ!と同意し、場の雰囲気が、一気にβテスター批判に傾いた。

ハチマンは、どうすればこの場を収める事が出来るのか、必死に考えていた。

 

(まずこの場の怒りを俺に向ける。これはキバオウ批判でいいだろう。

それには、誰もが理屈では納得できるような、正当な理由がなくてはならない)

 

 クリスマスイベントを経てこのゲームに囚われ、多少前向きになったとはいえ、

やはりハチマンのこういう場合の対応は、とっさであればあるほど、

自己犠牲の上に成り立つものになってしまう様だった。

事前にもっと、考える時間があれば、また別の道もあったのだろうが、

いかんせん今回は、時間も準備もまったく足りていなかった。

ハチマンが、意を決して前に出ようとすると、それを止めるように、

アスナが、ハチマンの袖を掴んだ。何事かと振り返ると、

そこにはハチマンの目をじっと見つめる、アスナの姿があった。

ハチマンは、思わず目を逸らす。その様子を確認したアスナは、こう呟いた。

 

「やっぱり……」

 

 ハチマンは、自分の考えがバレたのかと思い、

どう言い繕おうかと考えている隙に、いきなりアスナが、キバオウの前に踊り出た。

キバオウは、突然アスナが目の前に出てきた事に意表をつかれ、

周りのプレイヤーたちも、何事かと静まり返った。

そしてその静寂の中、アスナが言葉を発した。

 

「あなたはここから出たくはないの?どうして有用な情報に、素直に感謝出来ないの?」

 

 その辛辣な言葉を発したのが女の子だと気付き、キバオウは絶句し、固まった。

同時に、女の子だ、というざわめきが、徐々に周囲に広がっていった。

それをきっかけに、場の雰囲気は、急速に変わっていった。

 

(そうだ、これは体育祭の時と同じだ。感情には感情。あの時の事を思い出せ)

 

 ハチマンはここで流れを変えるべく、素早く考えをまとめた。

 

(今がチャンスだ。アスナの話だと、頼りになりそうなのはエギルとディアベルか)

 

 ハチマンは、まだ周囲がざわつく中、まるでかばうかのように、アスナの前に立った。

アスナは再びハチマンの袖を掴み、ハチマンは、小さな声でアスナに囁いた。

 

「後は任せろ」

「大丈夫?変な事はしない?」

「ああ」

 

 短くそう答えたハチマンは、冷静さを保つように心がけつつ、キバオウに話しかけた。

 

「キバオウさんよ、俺からも一ついいか?」

「ん、なんや」

 

 ハチマンは、慎重に言葉を選びつつ、そのまま話を続けた。

 

「あんたの中に、割り切れない気持ちがあるのは理解できる。

ここで無条件に考えを変えろとは言わない。だがな」

 

 そこで一度間を置いて、ハチマンは周囲を見渡す。

 

「ここにいる皆は、何とかこの悪夢を乗り越えようと決意して、ここに集まっているはずだ。

そして今、目の前に、必要な情報と仲間が揃った。

俺はこの状況に、深く感謝をしたいと思う。なあ、エギルはどう思う?」

 

 突然ハチマンから話しかけられたエギルは、ハッと何かに気づき、この流れに乗った。

 

「ああ。俺も早く現実世界に帰還したい。大切な人が待っているんでな。あんたと同じだ」

 

 その落ち着いたバリトンの声は、説得力を伴って、周囲に響いた。

 

「ディアベルはどうだ?」

 

 更にハチマンは、ディアベルに、この場を纏める事を促すように、話しかけた。

 

「そ、そうだな。俺達の敵はβテスターじゃない。階層ボスだ。

今は黙って、この情報に感謝しよう。キバオウさんも、それでいいかな?」

 

 キバオウは、やはりまだ納得出来ないようではあったが、

それでも場の雰囲気の変化を敏感にを感じ取ったのか、口に出してはこう言った。

 

「こ、この場はそれで納得したるわ」

「ありがとう、キバオウさん」

 

 ディアベルは爽やかな笑顔を浮かべ、キバオウに感謝の言葉を述べた。

周囲のプレイヤー達からも、それに釣られたのか、賛同の言葉があがった。

 

 ハチマンは、ディアベルの持つ雰囲気に葉山と同じものを感じ、

場を整えるのがうまいな、と思いながら、アスナと共に、元の場所へと腰をおろした。

 

「ハチマン君、うまくいったね」

「ああ。アスナはすごいな。あれで場の雰囲気が一変したからな」

「またハチマン君が、自己犠牲に走ろうとしてた気がしたからね。

勝手な事をしてごめんね?でも、ああすればきっと、ハチマン君が、

私の後を受けて、この事態を何とかしてくれるって、そう思ったの」

 

 ハチマンには、その事でアスナを責める気などは当然無く、

逆にアスナに感謝した。

 

「俺だけじゃ絶対無理だったわ。ありがとうな、アスナ」

「うん、どういたしまして」

 

 会議はなおも続き、次に、レイドを構成するためのパーティを組む事となった。

 

「アスナ、俺達はどうする?」

「参加者は全部で四十五人って言ってたから、三人パーティが一つできる事になるのかな。

とりあえず、一人でいるプレイヤーがどこかにいたら、誘ってみる?」

 

 それを聞いて、ハチマンは周囲をぐるっと見回した。

ちらほらとこちらに目を向けてくる者もいたが、遠慮しているのか声をかけては来ない。

よく見ると、どうやらほとんどの者が、知り合い同士でパーティを組んでいるようで、

周りでは、どんどん六人パーティが出来上がっていった。

ハチマンは、まだ焦る段階じゃないと思い、そのまま周囲の観察を続けていたのだが、

その時ハチマンの目に、一人でまごまごしている、とあるプレイヤーの姿が映った。

 

(ん、どうやら余ってるいのはあいつだな)

 

 ハチマンは、その事をアスナに説明し、あいつをパーティに誘ってもいいかと尋ねた。

そして無事にアスナの承諾が得られたため、ハチマンは、その人物の方へと向かった。

その人物も、どうやらハチマンの意図に気付いたのか、こちらに向かって歩いてきた。

 

「よっ、お互いあぶれもん同士みたいだし、俺達と一緒にパーティを組まないか?」

 

 そのハチマンの言葉を聞き、その人物は、面白そうだと思ったのか、笑顔でこう答えた。

 

「ああ、俺で良ければ宜しく頼む」

 

 ハチマンは、その人物を伴ってアスナの元へ戻り、三人はそこで簡単に自己紹介をした。

 

「俺はハチマンだ」

「私はアスナだよ」

「俺はキリトだ。宜しくな二人とも」

 

 そのキリトという名前を聞いて、ハチマンは、記憶が刺激されるのを感じた。

確かあれはそう、最初の頃、街の外で……

 

「なぁ、キリト、もしかして最初の頃、クラなんとかって人に、

戦闘方法をレクチャーしたりしてなかったか?」

 

 キリトはそれを聞き、一瞬つらそうな表情をしたが、

直後に何かを思い出したように、ハチマンに答えた。

 

「それはクラインの事だな。あ、どこかで見た顔だと思ったら、

やっぱりハチマンは、あの時横にいた人か」

「ああ、すごい偶然だよな」

「ははっ、本当にな」

 

 ハチマンから、その時のキリトの様子を聞いて、

どうやらアスナも、キリトの事を、信頼に足る人物だと思ったようだった。

その後、合同演習と本番の予定が決まったところで、会議は解散になった。

三人パーティという事もあり、雑魚担当が確定している上に、

ハチマンがめんどくさがったため、三人は合同演習への参加は見送った。

これからどうしようかと三人は相談していたが、そこへ、一人の男が近付いてきた。

その男、エギルは、笑顔を浮かべながら、ハチマンに手を差し出した。

 

「よう、うまくやったな」

「エギルか、さっきは上手く俺の意図を読み取ってくれて、本当にありがとな」

「ん、もしかして、どこかで会ったか?」

「ああ、前教会に居ただろ?その時にな、こっちの」

 

 ハチマンはそこで一旦言葉を切り、アスナの方を見つめた。

 

「アスナだよ、宜しくね、エギルさん」

 

 アスナはその視線を受け、エギルに自己紹介をした。

 

「このアスナが、その時たまたまあんたの事を見掛けたらしく、

いい人そうだって褒めてたのを覚えていてな。

だから今回、あんたの事を利用させてもらった。迷惑をかけたなら、すまん」

 

 そのハチマンの言葉を聞き、エギルは照れつつも、笑顔で、問題ないと答えた。

その後、ハチマンとキリトも自己紹介を終え、四人は握手をかわした。

 

「明日はお互い頑張ろうぜ」

「おう」

「うん」

「だな」

 

 エギルはそう言って去っていき、

フォーメーションを確認しておこうと決めた三人は、そのまま街の外へと向かった。

そして街の外で、キリトの戦いぶりを見たハチマンは、驚愕していた。

 

(こいつはすごいな……一発でこっちに合わせてくるのか……

自分で言うのもなんだが、俺達の戦闘は、かなりコンビネーションのいい高速戦闘だ。

それに簡単にあわせるだけじゃなく、攻撃力も半端ない。

今、SAOの全プレイヤーの中で最強なのは、このキリトじゃないのか?)

 

 一方キリトはキリトで、逆に驚いていた。

 

(なんだこの高速のコンビネーション、β時代のトッププレイヤー並の速さじゃないか)

 

 こうして一通りフォーメーションを確認出来た三人は、

そのまま明日に備え、今日は解散という事になった。

その時キリトが、躊躇いがちに、ハチマンに話し掛けてきた。

 

「実は、二人の噂は聞いた事があったんだよ。面白くて強い二人組がいるって程度だけどな。

それが誰の事かは分からなかったけど、今の戦闘を見て確信したよ。

アルゴが言っていたのは、二人の事だったんだなって」

 

 キリトの口からアルゴの名前が出た為、知り合いなのだろうが、

ハチマンは、一応その事を、キリトに確認した。

 

「キリトもアルゴと知り合いだったのか?」

「ああ、その通りだ。それにしても、今日はその……ありがとう」

 

 キリトは、何に対してのお礼かは口にしなかったが、

ハチマンはその言葉の意味を、何となく察していた。

 

「こっちの都合でやった事だから、気にすんなよ。キ-坊」

「なっ、なんでその呼び方を……」

「なんだ、もしかしたらと思ったけど、やっぱりそうなのか。

あいつな、俺の事も、ハー坊って呼ぶんだよ」

「まじか、お互い大変だな」

「まったくだ」

 

 二人は大声で笑い、アスナもそれに釣られて楽しそうに笑った。

即席パーティを組んでからそれほど時間は経っていなかったが、

三人の中には既に、しっかりとした絆が生まれていた。

 

「それじゃ、明日は宜しく頼むな、二人とも」

「うん、宜しくね、キリト君」

「宜しくな、キリト。そうだ、明日の戦闘の後、一緒にアルゴにおしおきしようぜ」

「いいなそれ、乗った!」

「じゃあ私も乗った!」

 

 三人は、そこで別れの挨拶を交わし、キリトはとても楽しげな様子で去っていった。

ハチマンは、よく知らない他人とも、普通に気安く喋る事が出来ている自分に驚いたが、

同時にそんな自分に、心地よさも感じていた。

アスナは、そんなハチマンの様子に気付いたからだろうか、ハチマンに、こんな質問をした。

 

「どう?友達になれそう?」

「どうだろうな、正直まだわからない。でもなんか、悪くない気分だ」

「そっか」

 

 こうして三人は出会い、そしてついに、最初の階層ボス攻略の日を迎える事となった。


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