そしてついに、攻略会議の朝が訪れた。
リズベットは、まだ階層ボス戦に参加するのは、少しつらいだろうという事になり、
今回は不参加という事になった。
「ごめんね、二人とも」
「ううん、リズ、別に謝る事なんてないよ」
「そうそう、リズはリズに出来る事を頑張ってくれればいいんだ。
それが結果的に、俺たちの助けになるはずだ。
前も言ったと思うが、直接戦う奴だけがえらいなんて事は、まったく無い」
「うん、ありがと。二人の武器は私がきっちりメンテナンスするから、
だから二人とも、必ず勝って戻ってきてね」
「ああ、約束だ」
「うん、約束する」
簡単な話し合いの結果、アスナ一人が、先に会場へと向かう事となった。
ハチマンは、アルゴが頑張って今日に間に合わせた、
ボス編のガイドブックを、道具屋にこっそりと置いてから、会場に向かった。
後方にポツリと座るアスナの姿を確認し、ハチマンは、アスナの隣に腰掛けると、
ここまでの進行がどうなっているのかの説明を、アスナに求めた。
アスナはやや暗い表情で、ここまでに何があったかを、説明し始めた。
「まとめ役は、あのディアベルって人みたい。
気持ちの上ではナイトやってますって言ってたかな」
(ナイトか……俺も気持ちの上ではシャドウアサシンですとか言ってみたいが)
ハチマンは、それを聞き、中二病が再発しそうになった。
アスナはそんなハチマンの内心には微塵も気づかず、説明を続けた。
「そしたら、あのキバオウって名前の変な髪形の人が……」
「変な髪形?ああ、あいつか」
「うん。あの人ね、いきなり会議の前に、βテスターども出て来い!
お前らのせいで二千人も死んだんや!きっちり責任とれや!って言い出して……」
「はぁ?何だそいつは」
八幡は、呆れた顔でそう言った。
「で、その後に、あのエギルって大きな黒人の人が、情報はきちんとあったって言い出して、
それで一応場が収まった感じかな。あのエギルって人、前教会で見かけた事があるんだけど、
なんかいい人そうだった」
「なるほど」
その後、流れを詳しく説明してもらったハチマンは、自分の想定の甘さを悔いた。
そしてボス編のガイドブックの内容を思い出して、顔面蒼白になった。
(しまった……確定情報の、敵の数と武器変更の可能性についての言及はいいが、
敵の使うソードスキルや推定HP量、ダメージ量の各データと、
この情報はβテスト時のものであり、製品版では変更の可能性がありますっていう、
あの文はまずい。アルゴはこうなるのを承知で書いたのか?あいつめ……
ここまでニュービーとβテスターとの間に溝があるとは、俺には想定外だった。
一つ確実にいえるのは、このままではアルゴが危険だって事だ)
「ハチマン君、何かあったの?」
ハチマンの暗い表情を見て、アスナが心配そうに尋ねた。
ハチマンは焦燥を抑えつつ、今自分が考えた事を、アスナに説明した。
「アルゴさんが危険な立場に……」
「ああ、このままだと、その可能性が高い」
「ディアベルさ~ん」
その時一人のプレイヤーが、慌てて会場に駆け込んできた。
「ディアベルさん、こんな物が今、道具屋に!」
「ん?これは……鼠の本のボス編!?」
「ボス部屋は見つかったばかりだぞ?どうしてこんなに早く……」
「こんなに細かく……さすがだな……
うん、これならいけるな、数値的にはそこまで強いわけじゃなさそうだ」
だが、本の内容を見て、盛り上がる場をしり目に、またキバオウが騒ぎ出した。
「ほれ見い!あの女、やっぱりβテスターと関わりがあるんや!
奴自身もβテスターに違いないで!これは詳しく話を聞かんとあかんな!」
何人かが、そうだそうだ!と同意し、場の雰囲気が、一気にβテスター批判に傾いた。
ハチマンは、どうすればこの場を収める事が出来るのか、必死に考えていた。
(まずこの場の怒りを俺に向ける。これはキバオウ批判でいいだろう。
それには、誰もが理屈では納得できるような、正当な理由がなくてはならない)
クリスマスイベントを経てこのゲームに囚われ、多少前向きになったとはいえ、
やはりハチマンのこういう場合の対応は、とっさであればあるほど、
自己犠牲の上に成り立つものになってしまう様だった。
事前にもっと、考える時間があれば、また別の道もあったのだろうが、
いかんせん今回は、時間も準備もまったく足りていなかった。
ハチマンが、意を決して前に出ようとすると、それを止めるように、
アスナが、ハチマンの袖を掴んだ。何事かと振り返ると、
そこにはハチマンの目をじっと見つめる、アスナの姿があった。
ハチマンは、思わず目を逸らす。その様子を確認したアスナは、こう呟いた。
「やっぱり……」
ハチマンは、自分の考えがバレたのかと思い、
どう言い繕おうかと考えている隙に、いきなりアスナが、キバオウの前に踊り出た。
キバオウは、突然アスナが目の前に出てきた事に意表をつかれ、
周りのプレイヤーたちも、何事かと静まり返った。
そしてその静寂の中、アスナが言葉を発した。
「あなたはここから出たくはないの?どうして有用な情報に、素直に感謝出来ないの?」
その辛辣な言葉を発したのが女の子だと気付き、キバオウは絶句し、固まった。
同時に、女の子だ、というざわめきが、徐々に周囲に広がっていった。
それをきっかけに、場の雰囲気は、急速に変わっていった。
(そうだ、これは体育祭の時と同じだ。感情には感情。あの時の事を思い出せ)
ハチマンはここで流れを変えるべく、素早く考えをまとめた。
(今がチャンスだ。アスナの話だと、頼りになりそうなのはエギルとディアベルか)
ハチマンは、まだ周囲がざわつく中、まるでかばうかのように、アスナの前に立った。
アスナは再びハチマンの袖を掴み、ハチマンは、小さな声でアスナに囁いた。
「後は任せろ」
「大丈夫?変な事はしない?」
「ああ」
短くそう答えたハチマンは、冷静さを保つように心がけつつ、キバオウに話しかけた。
「キバオウさんよ、俺からも一ついいか?」
「ん、なんや」
ハチマンは、慎重に言葉を選びつつ、そのまま話を続けた。
「あんたの中に、割り切れない気持ちがあるのは理解できる。
ここで無条件に考えを変えろとは言わない。だがな」
そこで一度間を置いて、ハチマンは周囲を見渡す。
「ここにいる皆は、何とかこの悪夢を乗り越えようと決意して、ここに集まっているはずだ。
そして今、目の前に、必要な情報と仲間が揃った。
俺はこの状況に、深く感謝をしたいと思う。なあ、エギルはどう思う?」
突然ハチマンから話しかけられたエギルは、ハッと何かに気づき、この流れに乗った。
「ああ。俺も早く現実世界に帰還したい。大切な人が待っているんでな。あんたと同じだ」
その落ち着いたバリトンの声は、説得力を伴って、周囲に響いた。
「ディアベルはどうだ?」
更にハチマンは、ディアベルに、この場を纏める事を促すように、話しかけた。
「そ、そうだな。俺達の敵はβテスターじゃない。階層ボスだ。
今は黙って、この情報に感謝しよう。キバオウさんも、それでいいかな?」
キバオウは、やはりまだ納得出来ないようではあったが、
それでも場の雰囲気の変化を敏感にを感じ取ったのか、口に出してはこう言った。
「こ、この場はそれで納得したるわ」
「ありがとう、キバオウさん」
ディアベルは爽やかな笑顔を浮かべ、キバオウに感謝の言葉を述べた。
周囲のプレイヤー達からも、それに釣られたのか、賛同の言葉があがった。
ハチマンは、ディアベルの持つ雰囲気に葉山と同じものを感じ、
場を整えるのがうまいな、と思いながら、アスナと共に、元の場所へと腰をおろした。
「ハチマン君、うまくいったね」
「ああ。アスナはすごいな。あれで場の雰囲気が一変したからな」
「またハチマン君が、自己犠牲に走ろうとしてた気がしたからね。
勝手な事をしてごめんね?でも、ああすればきっと、ハチマン君が、
私の後を受けて、この事態を何とかしてくれるって、そう思ったの」
ハチマンには、その事でアスナを責める気などは当然無く、
逆にアスナに感謝した。
「俺だけじゃ絶対無理だったわ。ありがとうな、アスナ」
「うん、どういたしまして」
会議はなおも続き、次に、レイドを構成するためのパーティを組む事となった。
「アスナ、俺達はどうする?」
「参加者は全部で四十五人って言ってたから、三人パーティが一つできる事になるのかな。
とりあえず、一人でいるプレイヤーがどこかにいたら、誘ってみる?」
それを聞いて、ハチマンは周囲をぐるっと見回した。
ちらほらとこちらに目を向けてくる者もいたが、遠慮しているのか声をかけては来ない。
よく見ると、どうやらほとんどの者が、知り合い同士でパーティを組んでいるようで、
周りでは、どんどん六人パーティが出来上がっていった。
ハチマンは、まだ焦る段階じゃないと思い、そのまま周囲の観察を続けていたのだが、
その時ハチマンの目に、一人でまごまごしている、とあるプレイヤーの姿が映った。
(ん、どうやら余ってるいのはあいつだな)
ハチマンは、その事をアスナに説明し、あいつをパーティに誘ってもいいかと尋ねた。
そして無事にアスナの承諾が得られたため、ハチマンは、その人物の方へと向かった。
その人物も、どうやらハチマンの意図に気付いたのか、こちらに向かって歩いてきた。
「よっ、お互いあぶれもん同士みたいだし、俺達と一緒にパーティを組まないか?」
そのハチマンの言葉を聞き、その人物は、面白そうだと思ったのか、笑顔でこう答えた。
「ああ、俺で良ければ宜しく頼む」
ハチマンは、その人物を伴ってアスナの元へ戻り、三人はそこで簡単に自己紹介をした。
「俺はハチマンだ」
「私はアスナだよ」
「俺はキリトだ。宜しくな二人とも」
そのキリトという名前を聞いて、ハチマンは、記憶が刺激されるのを感じた。
確かあれはそう、最初の頃、街の外で……
「なぁ、キリト、もしかして最初の頃、クラなんとかって人に、
戦闘方法をレクチャーしたりしてなかったか?」
キリトはそれを聞き、一瞬つらそうな表情をしたが、
直後に何かを思い出したように、ハチマンに答えた。
「それはクラインの事だな。あ、どこかで見た顔だと思ったら、
やっぱりハチマンは、あの時横にいた人か」
「ああ、すごい偶然だよな」
「ははっ、本当にな」
ハチマンから、その時のキリトの様子を聞いて、
どうやらアスナも、キリトの事を、信頼に足る人物だと思ったようだった。
その後、合同演習と本番の予定が決まったところで、会議は解散になった。
三人パーティという事もあり、雑魚担当が確定している上に、
ハチマンがめんどくさがったため、三人は合同演習への参加は見送った。
これからどうしようかと三人は相談していたが、そこへ、一人の男が近付いてきた。
その男、エギルは、笑顔を浮かべながら、ハチマンに手を差し出した。
「よう、うまくやったな」
「エギルか、さっきは上手く俺の意図を読み取ってくれて、本当にありがとな」
「ん、もしかして、どこかで会ったか?」
「ああ、前教会に居ただろ?その時にな、こっちの」
ハチマンはそこで一旦言葉を切り、アスナの方を見つめた。
「アスナだよ、宜しくね、エギルさん」
アスナはその視線を受け、エギルに自己紹介をした。
「このアスナが、その時たまたまあんたの事を見掛けたらしく、
いい人そうだって褒めてたのを覚えていてな。
だから今回、あんたの事を利用させてもらった。迷惑をかけたなら、すまん」
そのハチマンの言葉を聞き、エギルは照れつつも、笑顔で、問題ないと答えた。
その後、ハチマンとキリトも自己紹介を終え、四人は握手をかわした。
「明日はお互い頑張ろうぜ」
「おう」
「うん」
「だな」
エギルはそう言って去っていき、
フォーメーションを確認しておこうと決めた三人は、そのまま街の外へと向かった。
そして街の外で、キリトの戦いぶりを見たハチマンは、驚愕していた。
(こいつはすごいな……一発でこっちに合わせてくるのか……
自分で言うのもなんだが、俺達の戦闘は、かなりコンビネーションのいい高速戦闘だ。
それに簡単にあわせるだけじゃなく、攻撃力も半端ない。
今、SAOの全プレイヤーの中で最強なのは、このキリトじゃないのか?)
一方キリトはキリトで、逆に驚いていた。
(なんだこの高速のコンビネーション、β時代のトッププレイヤー並の速さじゃないか)
こうして一通りフォーメーションを確認出来た三人は、
そのまま明日に備え、今日は解散という事になった。
その時キリトが、躊躇いがちに、ハチマンに話し掛けてきた。
「実は、二人の噂は聞いた事があったんだよ。面白くて強い二人組がいるって程度だけどな。
それが誰の事かは分からなかったけど、今の戦闘を見て確信したよ。
アルゴが言っていたのは、二人の事だったんだなって」
キリトの口からアルゴの名前が出た為、知り合いなのだろうが、
ハチマンは、一応その事を、キリトに確認した。
「キリトもアルゴと知り合いだったのか?」
「ああ、その通りだ。それにしても、今日はその……ありがとう」
キリトは、何に対してのお礼かは口にしなかったが、
ハチマンはその言葉の意味を、何となく察していた。
「こっちの都合でやった事だから、気にすんなよ。キ-坊」
「なっ、なんでその呼び方を……」
「なんだ、もしかしたらと思ったけど、やっぱりそうなのか。
あいつな、俺の事も、ハー坊って呼ぶんだよ」
「まじか、お互い大変だな」
「まったくだ」
二人は大声で笑い、アスナもそれに釣られて楽しそうに笑った。
即席パーティを組んでからそれほど時間は経っていなかったが、
三人の中には既に、しっかりとした絆が生まれていた。
「それじゃ、明日は宜しく頼むな、二人とも」
「うん、宜しくね、キリト君」
「宜しくな、キリト。そうだ、明日の戦闘の後、一緒にアルゴにおしおきしようぜ」
「いいなそれ、乗った!」
「じゃあ私も乗った!」
三人は、そこで別れの挨拶を交わし、キリトはとても楽しげな様子で去っていった。
ハチマンは、よく知らない他人とも、普通に気安く喋る事が出来ている自分に驚いたが、
同時にそんな自分に、心地よさも感じていた。
アスナは、そんなハチマンの様子に気付いたからだろうか、ハチマンに、こんな質問をした。
「どう?友達になれそう?」
「どうだろうな、正直まだわからない。でもなんか、悪くない気分だ」
「そっか」
こうして三人は出会い、そしてついに、最初の階層ボス攻略の日を迎える事となった。