気が付くとキリトは、見知らぬ通路に立っていた。
「よし、転移は成功したな、ってハチマン?」
キリトは周囲に誰もいない事に気付き、少し悩んだが、とりあえず進む事にした。
「とりあえず移動するか……よし、こっちだ」
キリトは進む方向を勘で決め、そちらに進んでいった。
何となく嫌な奴の気配がしたからだが、さすが歴戦であるキリトの勘は正しかった。
前方に鳥籠のようなものが見え、キリトは慎重に前に進んでいった。
奥から聞き覚えのある男女の声が聞こえ、キリトは足を止めた。
(この声は……アスナと須郷か……)
「一体何の用かしら」
「どうやらあなたのお友達がここに侵入したみたいなんでね、
ここで待たせてもらいますよ、アスナさん」
「ハチマン君が来てるの!?」
「何ですかその希望に満ちた顔は……気に入らねーなおい!」
「きゃっ」
「アスナ!」
キリトはアスナの悲鳴を聞き、思わず飛び出してしまっていた。
見るとアスナは、檻の中で触手のようなもので手足を拘束され、ぶら下げられていた。
「キリト君!」
「やはり貴様達か……一体どうやってここに入ったんだ?クソがあ!」
「……しばらく見ないうちに随分下品になったんだな、須郷」
「ああん?さんをつけろよクソガキが!」
「もうお前は終わりだ、素直にログアウトして自首した方がいいんじゃないのか?」
「口の減らないガキめ……どうせ残りの二人の中に、
あのハチマンとかいうガキも入っているんだろう?
心配しなくても侵入者を三人まとめて拘束し、ログアウト不可状態にしてから、
そのまま海外に高飛びさせてもらうつもりさ!」
「三人?そうか、もう一人誰か来てるのか……まあとりあえず、
うっかり飛び出しちまった事だし、ハチマンが来るまで出来る事をやってみるか……」
キリトはそう呟くと、武器を構えた。
「おやぁ?やる気なのかい?いいだろう、少し相手をしてやろう。
オブジェクトID【エクスキャリバー】をリジェネート!」
須郷はそう叫ぶと、巨大な剣を呼び出し、見せびらかすように言った。
「どうだい?これが最強の剣【エクスキャリバー】さ。
ここでは私が神だから、こんな事も自由自在なんだよ!」
「はっ、神気取りかよ、お前にまともに武器が振れるのか?ちょっと構えてみろよ」
「とことん口の減らないガキめ!」
須郷は【エクスキャリバー】を構え、キリトの方にじりじりと進んでいった。
キリトはそれを見て、須郷が戦闘に関してはド素人だと看破したが、
それゆえにまともに斬り合ってはこないだろうと思い、警戒を強めた。
その瞬間にキリトは、すごい力で地面に押し付けられた。
「ぐあっ」
「キリト君!」
「ハハハハハ、神が無様に剣で戦うわけがないだろう!
そんな事をしなくても、お前ごときはどうとでも出来るんだよ!」
「これは……重力を操る魔法か!」
「しかも無詠唱でね!これが神の力さ!」
「相変わらず汚い男ね、この卑怯者!」
アスナが須郷にそう叫んだ。
「ああん?誰が卑怯だって?これはただの神の力さ!そうだ、いい事を思いついたぞ」
そう言うと須郷は、アスナの入っていた檻の扉を開け、アスナに近付いたかと思うと、
アスナに平手打ちをした。
「須郷てめぇ、アスナに何をするつもりだ!」
「よく見ていろガキが。どうですアスナさん、このままだと痛くないですよねぇ?
ところがこうすると……システムコマンド!ペインアブソーバをレベル8に変更!」
須郷はそう叫ぶと、再びアスナの頬を叩いた。
「痛っ……」
「ハハハハハ、どうです?痛いでしょう?通常は痛みを感じないはずですから、
少し痛くなるように変更させてもらいましたよ!」
「いくらでも殴ればいいじゃない!何をされても私はあなたには屈しない!」
「須郷、お前とことん下種野郎だな……」
「お前らが神に逆らうからだろうがあ!」
須郷は突然そう叫ぶと、今度はキリトの元に向かい、
その手に【エクスキャリバー】突き刺した。
「ぐっ……」
「どうだ?痛いか?ヒャハハハハ、所詮お前ごときは神の前では何も出来ないんだよ!
せっかくだから、この女を陵辱しながら、あのハチマンってガキを待つ事にするさ!」
「ぐあっ」
須郷はキリトに蹴りを入れ、再びアスナに近付いていった。
アスナは須郷を睨みながら、気丈にも言った。
「好きにすればいいじゃない、どうせあなたはこの中でしか威張れない、
メッキの王様でしかないじゃない。何をされようと、私は傷つかない!」
それを聞いた須郷は、激高して叫んだ。
「それなら高飛びする前に、お前の病室に寄ってお前の体をとことん好きにしてやるよ!
それでも平気でいられるのか、このクソアマあ!」
「その汚い口を閉じて、さっさとアスナから離れろよ、須郷」
「ハチマン君!」
「ハチマン!」
そう言いながら飛び込んできたハチマンを見て、須郷はニヤニヤとしながら言った。
「おやぁ?やっと来たのかい?遅かったじゃないか、ハチマン君。
ちょうど今からこの生意気な女を陵辱するところだ、君は黙ってそこで見ているといい」
次の瞬間、ハチマンの体もすごい力で地面に押し付けられた。
「うおっ」
「ハチマン君!」
アスナはハチマンも重力で拘束されたのを見て、焦ったように叫んだ。
そんなアスナの耳に、知らない女性の声が聞こえてきた。
(大丈夫、あの顔は絶対に何か策がある顔だから、心配しないで下さい。
今拘束を解きますから、ちょっと待ってて下さいね)
(!?……うん、分かったよ。で、あなたは誰?)
(私はですね……)
須郷は、そんな会話が後方で交わされている事には一切気付かず、得意げに叫んでいた。
「ハハハハハ、二人揃って無様な格好だな!」
「……これがお前の奥の手か?」
「神の力らしいぞ、ハチマン」
「ハッ、これが神の力?こんなのピンチの中に入らねーよ、なあキリト」
「そうだな」
「いい加減飽きたし、さっさと終わりにしようぜ」
「ああ」
そう言うと、二人は歯を食いしばって重力に逆らい、少しずつ立ち上がり始めた。
「馬鹿な……何故立てる!」
「そりゃあ……お前の……力が……まがいもの……だからだろ?」
「システムの力……なんか……に……簡単に負けて……たまるかよ」
「そんなはずは……」
その瞬間、ハチマンの耳に、懐かしい声が聞こえた。
(そうだ、それでいい……)
次の瞬間ハチマンの脳裏に、複雑な英数字の羅列と、いくつかのコマンドが浮かんだ。
(最後のパーツが揃ったな、ありがとう……)
ハチマンは声の主に感謝し、コマンドを叫んだ。
「システムログイン。ID【ヒースクリフ】パスワード……」
ハチマンは、先ほど脳裏に浮かんだ英数字の羅列をそのまま叫んだ。
更にハチマンは、同時に頭に浮かんだコマンドを、即座に使用した。
「システムコマンド、スーパーバイザ権限変更。IDオベイロンをレベル1に」
「なっ……お前、一体何をした!」
須郷はずっと開きっぱなしだったウィンドウが消えたため、
狼狽しながら手を振り、必死にウィンドウを呼び出そうとしていた。
「ハチマン、それヒースクリフのIDか?よくパスワードが分かったな」
重力魔法が消え、体が軽くなったキリトが、
刺された手を閉じたり開いたりしながらハチマンに声をかけた。
「ああ、色々あってな。ユイ、もうこっちに来てもいいぞ」
「はい!」
「ハチマン君!ユイちゃん!」
次の瞬間、アスナが須郷の横を駆け抜け、ハチマンに飛びついた。
ハチマンは両手を広げ、しっかりとアスナを受け止めた。
ユイはその周りを嬉しそうに飛び回っていた。
須郷はアスナの拘束がいつの間にか解かれていた事に驚愕した。
「そんな……一体どうして……」
「は~い、それは私がやりました!」
背後からそう声が聞こえ、須郷は慌てて振り向いた。
「だ、誰だお前は……いつの間にそこに……」
「私は斥候ですからね、ちょっと前から隠れながら移動してました!
須郷さんでしたっけ?ちょっと油断しすぎなんじゃないですかねぇ?
ド素人ですか?自分の作ったゲームなのに、ちゃんとプレイした事無いんですか?」
「なっ……」
「それと、私の未来のお姉ちゃんに、色々ひどい事を言ってくれてたけど、
コマチ、絶対に許しませんからね!」
「未来のお姉ちゃん、だと?」
「待ってたぞ、よくやったなコマチ」
「お兄ちゃん、お待たせ!あとキリトさん、助けられなくてごめんなさい」
「おう、全然大丈夫だよコマチちゃん、俺もまったく気付かなかったよ、すごいな」
「えっへん、お兄ちゃんの妹ですから!」
須郷はその会話を聞き、顔を真っ赤にして叫び始めた。
「何なんだお前ら!ザコのくせに、もう終わったようなのんびりとした会話をしやがって!」
「あ?どう見てももう終わってんじゃないかよ」
「あなた、ここから何か出来るつもりなの?」
「ラスボス気取りで実はザコだった須郷さん、うちのお兄ちゃんは容赦ないですよ?」
「そうだな……ここからは、お仕置きの時間だ」
ハチマンは須郷に向かって、高らかにそう宣言した。