ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第127話 メッキの王様

 気が付くとキリトは、見知らぬ通路に立っていた。

 

「よし、転移は成功したな、ってハチマン?」

 

 キリトは周囲に誰もいない事に気付き、少し悩んだが、とりあえず進む事にした。

 

「とりあえず移動するか……よし、こっちだ」

 

 キリトは進む方向を勘で決め、そちらに進んでいった。

何となく嫌な奴の気配がしたからだが、さすが歴戦であるキリトの勘は正しかった。

前方に鳥籠のようなものが見え、キリトは慎重に前に進んでいった。

奥から聞き覚えのある男女の声が聞こえ、キリトは足を止めた。

 

(この声は……アスナと須郷か……)

 

「一体何の用かしら」

「どうやらあなたのお友達がここに侵入したみたいなんでね、

ここで待たせてもらいますよ、アスナさん」

「ハチマン君が来てるの!?」

「何ですかその希望に満ちた顔は……気に入らねーなおい!」

「きゃっ」

「アスナ!」

 

 キリトはアスナの悲鳴を聞き、思わず飛び出してしまっていた。

見るとアスナは、檻の中で触手のようなもので手足を拘束され、ぶら下げられていた。

 

「キリト君!」

「やはり貴様達か……一体どうやってここに入ったんだ?クソがあ!」

「……しばらく見ないうちに随分下品になったんだな、須郷」

「ああん?さんをつけろよクソガキが!」

「もうお前は終わりだ、素直にログアウトして自首した方がいいんじゃないのか?」

「口の減らないガキめ……どうせ残りの二人の中に、

あのハチマンとかいうガキも入っているんだろう?

心配しなくても侵入者を三人まとめて拘束し、ログアウト不可状態にしてから、

そのまま海外に高飛びさせてもらうつもりさ!」

「三人?そうか、もう一人誰か来てるのか……まあとりあえず、

うっかり飛び出しちまった事だし、ハチマンが来るまで出来る事をやってみるか……」

 

 キリトはそう呟くと、武器を構えた。

 

「おやぁ?やる気なのかい?いいだろう、少し相手をしてやろう。

オブジェクトID【エクスキャリバー】をリジェネート!」

 

 須郷はそう叫ぶと、巨大な剣を呼び出し、見せびらかすように言った。

 

「どうだい?これが最強の剣【エクスキャリバー】さ。

ここでは私が神だから、こんな事も自由自在なんだよ!」

「はっ、神気取りかよ、お前にまともに武器が振れるのか?ちょっと構えてみろよ」

「とことん口の減らないガキめ!」

 

 須郷は【エクスキャリバー】を構え、キリトの方にじりじりと進んでいった。

キリトはそれを見て、須郷が戦闘に関してはド素人だと看破したが、

それゆえにまともに斬り合ってはこないだろうと思い、警戒を強めた。

その瞬間にキリトは、すごい力で地面に押し付けられた。

 

「ぐあっ」

「キリト君!」

「ハハハハハ、神が無様に剣で戦うわけがないだろう!

そんな事をしなくても、お前ごときはどうとでも出来るんだよ!」

「これは……重力を操る魔法か!」

「しかも無詠唱でね!これが神の力さ!」

「相変わらず汚い男ね、この卑怯者!」

 

 アスナが須郷にそう叫んだ。

 

「ああん?誰が卑怯だって?これはただの神の力さ!そうだ、いい事を思いついたぞ」

 

 そう言うと須郷は、アスナの入っていた檻の扉を開け、アスナに近付いたかと思うと、

アスナに平手打ちをした。

 

「須郷てめぇ、アスナに何をするつもりだ!」

「よく見ていろガキが。どうですアスナさん、このままだと痛くないですよねぇ?

ところがこうすると……システムコマンド!ペインアブソーバをレベル8に変更!」

 

 須郷はそう叫ぶと、再びアスナの頬を叩いた。

 

「痛っ……」

「ハハハハハ、どうです?痛いでしょう?通常は痛みを感じないはずですから、

少し痛くなるように変更させてもらいましたよ!」

「いくらでも殴ればいいじゃない!何をされても私はあなたには屈しない!」

「須郷、お前とことん下種野郎だな……」

「お前らが神に逆らうからだろうがあ!」

 

 須郷は突然そう叫ぶと、今度はキリトの元に向かい、

その手に【エクスキャリバー】突き刺した。

 

「ぐっ……」

「どうだ?痛いか?ヒャハハハハ、所詮お前ごときは神の前では何も出来ないんだよ!

せっかくだから、この女を陵辱しながら、あのハチマンってガキを待つ事にするさ!」

「ぐあっ」

 

 須郷はキリトに蹴りを入れ、再びアスナに近付いていった。

アスナは須郷を睨みながら、気丈にも言った。

 

「好きにすればいいじゃない、どうせあなたはこの中でしか威張れない、

メッキの王様でしかないじゃない。何をされようと、私は傷つかない!」

 

 それを聞いた須郷は、激高して叫んだ。

 

「それなら高飛びする前に、お前の病室に寄ってお前の体をとことん好きにしてやるよ!

それでも平気でいられるのか、このクソアマあ!」

「その汚い口を閉じて、さっさとアスナから離れろよ、須郷」

「ハチマン君!」

「ハチマン!」

 

 そう言いながら飛び込んできたハチマンを見て、須郷はニヤニヤとしながら言った。

 

「おやぁ?やっと来たのかい?遅かったじゃないか、ハチマン君。

ちょうど今からこの生意気な女を陵辱するところだ、君は黙ってそこで見ているといい」

 

 次の瞬間、ハチマンの体もすごい力で地面に押し付けられた。

 

「うおっ」

「ハチマン君!」

 

 アスナはハチマンも重力で拘束されたのを見て、焦ったように叫んだ。

そんなアスナの耳に、知らない女性の声が聞こえてきた。

 

(大丈夫、あの顔は絶対に何か策がある顔だから、心配しないで下さい。

今拘束を解きますから、ちょっと待ってて下さいね)

(!?……うん、分かったよ。で、あなたは誰?)

(私はですね……)

 

 須郷は、そんな会話が後方で交わされている事には一切気付かず、得意げに叫んでいた。

 

「ハハハハハ、二人揃って無様な格好だな!」

「……これがお前の奥の手か?」

「神の力らしいぞ、ハチマン」

「ハッ、これが神の力?こんなのピンチの中に入らねーよ、なあキリト」

「そうだな」

「いい加減飽きたし、さっさと終わりにしようぜ」

「ああ」

 

 そう言うと、二人は歯を食いしばって重力に逆らい、少しずつ立ち上がり始めた。

 

「馬鹿な……何故立てる!」

「そりゃあ……お前の……力が……まがいもの……だからだろ?」

「システムの力……なんか……に……簡単に負けて……たまるかよ」

「そんなはずは……」

 

 その瞬間、ハチマンの耳に、懐かしい声が聞こえた。

 

(そうだ、それでいい……)

 

 次の瞬間ハチマンの脳裏に、複雑な英数字の羅列と、いくつかのコマンドが浮かんだ。

 

(最後のパーツが揃ったな、ありがとう……)

 

 ハチマンは声の主に感謝し、コマンドを叫んだ。 

 

「システムログイン。ID【ヒースクリフ】パスワード……」

 

 ハチマンは、先ほど脳裏に浮かんだ英数字の羅列をそのまま叫んだ。

更にハチマンは、同時に頭に浮かんだコマンドを、即座に使用した。

 

「システムコマンド、スーパーバイザ権限変更。IDオベイロンをレベル1に」

「なっ……お前、一体何をした!」

 

 須郷はずっと開きっぱなしだったウィンドウが消えたため、

狼狽しながら手を振り、必死にウィンドウを呼び出そうとしていた。

 

「ハチマン、それヒースクリフのIDか?よくパスワードが分かったな」

 

 重力魔法が消え、体が軽くなったキリトが、

刺された手を閉じたり開いたりしながらハチマンに声をかけた。

 

「ああ、色々あってな。ユイ、もうこっちに来てもいいぞ」

「はい!」

「ハチマン君!ユイちゃん!」

 

 次の瞬間、アスナが須郷の横を駆け抜け、ハチマンに飛びついた。

ハチマンは両手を広げ、しっかりとアスナを受け止めた。

ユイはその周りを嬉しそうに飛び回っていた。

須郷はアスナの拘束がいつの間にか解かれていた事に驚愕した。

 

「そんな……一体どうして……」

「は~い、それは私がやりました!」

 

 背後からそう声が聞こえ、須郷は慌てて振り向いた。

「だ、誰だお前は……いつの間にそこに……」

「私は斥候ですからね、ちょっと前から隠れながら移動してました!

須郷さんでしたっけ?ちょっと油断しすぎなんじゃないですかねぇ?

ド素人ですか?自分の作ったゲームなのに、ちゃんとプレイした事無いんですか?」

「なっ……」

「それと、私の未来のお姉ちゃんに、色々ひどい事を言ってくれてたけど、

コマチ、絶対に許しませんからね!」

「未来のお姉ちゃん、だと?」

「待ってたぞ、よくやったなコマチ」

「お兄ちゃん、お待たせ!あとキリトさん、助けられなくてごめんなさい」

「おう、全然大丈夫だよコマチちゃん、俺もまったく気付かなかったよ、すごいな」

「えっへん、お兄ちゃんの妹ですから!」

 

 須郷はその会話を聞き、顔を真っ赤にして叫び始めた。

 

「何なんだお前ら!ザコのくせに、もう終わったようなのんびりとした会話をしやがって!」

「あ?どう見てももう終わってんじゃないかよ」

「あなた、ここから何か出来るつもりなの?」

「ラスボス気取りで実はザコだった須郷さん、うちのお兄ちゃんは容赦ないですよ?」

「そうだな……ここからは、お仕置きの時間だ」

 

 ハチマンは須郷に向かって、高らかにそう宣言した。


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