「今だ!突撃!」
レコンを信じていたハチマンは、その隙を逃さず、突入の指示を出した。
「すごいねレコン……私も負けないよ!」
リーファはレコンの行動に驚きながらも、自分も負けてはいられないと思い、
先頭をきってその穴へと突撃した。
穴をふさごうと、敵が殺到し始めたその瞬間、唐突に敵のPOPが停止した。
「何だ?外からの干渉か……?アルゴ……材木座?陽乃さん?」
「ハチマン、今がチャンスだ。我らもつっこもう」
「そうだな、ユージーン、露払いを頼む!」
「私達もいくわよ!みんな、これが正念場よ!」
「エギル、あの壁に張り付いて、円形にハチマンをガードするぞ!」
「背後の守りは私が!先輩!行って下さい!」
「ユイ、転送準備だ!壁にはりついた瞬間に、俺とキリトと、
可能なら他に何人かを飛ばしてくれ!」
「はいパパ!」
「みんな、行くぞおおおおおおおおお!」
一同は一丸となって開いた穴へと突っ込んだ。
防御は完全に無視で、回復の全てをユキノに託し、ひたすら最奥を目指す。
その甲斐あってか、正面の敵はほぼ殲滅され、後は追撃してくる敵の大群がいるだけだった。
そしてついに一同は、グランドクエストの間の最奥の壁に到達した。
「よしユイ、頼む!アスナの所へ行くぞ!」
「はい!」
「ハチマンには絶対に近付けさせないぞ!」
「二人とも、アスナとリズの事は任せたぜ!」
「今度は私が守ります!」
「ハチマン君、こっちの事は任されたわ」
「ヒ……ハチマン、キリト君、頑張って!」
「お兄ちゃん、未来のお姉ちゃんをお願いね!」
「先輩、先輩!」
「キリトよ、俺以外に絶対に負けるんじゃないぞ」
「ハチマン君、お兄……ううん、キリト君、必ず二人の目的を達成してきてね!」
「任せろ!みんなの分もやってやるぜ!」
「ああ、絶対にやりとげる!」
「準備が完了しました。転送します!」
ユイがそう叫び、その場から二人の姿が消えた。
その瞬間、いきなり全ての敵が消滅し、辺りは静寂に包まれた。
「何だ……?」
「敵が消えた……」
「もしかして、世界樹にプレイヤーが進入したから、とかか?」
「はは、やった、やったね!」
一同は歓声を上げ、下の方からも、生き残りのプレイヤーが大歓声を上げた。
「どうやら私達の仕事はここまでね、あとはあの二人に任せましょう」
「ちょっと待って、人数が足りなくない?」
「そういえば、ハチマンとキリトの他に可能なら何人か転送するって言ってたな」
「誰がいないんだ?」
残された者達は、誰がいないかを確認する事にした。
すぐにそれは判明し、一同はある意味その人選に納得した。
最もユイには選ぶ暇が無かったので、ランダムに一人飛ばしただけなのだったが。
「なるほどね」
「妥当と言えば妥当なのかもしれないね」
「あとはあの三人に全て託そう」
「おーいおーい、みんな、やったね!」
その時メビウスが、下の方から手を振りながら呼びかけてきた。
「それじゃあみんな、メビウスさん達が呼んでるみたいだから、行きましょうか。
そうだリーファさん、レコン君に連絡してもらえないかしら。
あなたのおかげで作戦の第一段階は成功したってね」
「そうだねユキノ。あれだけ頑張ってくれたんだし、早く知らせてあげないとね」
一方その頃、レクト・プログレス社は大騒ぎになっていた。
「おい、どういう事だ?世界樹にプレイヤーが入ってるぞ!」
「俺達二人しかいない時によりによってこんなトラブルかよ……」
「とりあえず俺が須郷さんに連絡するわ」
「おい材木座!材木座!……っち、どこ行ったんだあいつ」
「須郷さん、自宅からすぐにログインするってよ」
「それじゃ、サーバーを落とすのはまずいか」
「こ~んば~んは~?」
「うわっびっくりした……あれ、君は確か本社の……」
「雪ノ下陽乃で~っす、陣中見舞いに来ました~!」
「今取り込んでるんだ、すまないが、今日は帰ってくれないか?」
「何かトラブルですかぁ?」
「あ、ああ、まあそんな感じだ」
「なるほどなるほどぉ……でも私としてもぉ、
あなた達に余計な事をさせるわけにはいかないからぁ、
ここを動くわけにはいかないんですよねぇ」
そして陽乃の雰囲気が突然変わった。
「あんた達の事は前から調査してたのよ。ほんとふざけた事をしてくれたわね」
その陽乃の表情は、まさに肉食獣が突然牙を剥いたような怒りの表情だった。
二人は気おされつつも、顔を見合わせ、そのままやけになって陽乃に襲い掛かった。
次の瞬間、二人は陽乃によって投げ飛ばされ、床に叩きつけられていた。
「ぐあっ!」
「ごめんねぇ、私、こう見えても合気道の免許皆伝なんだよね」
そう言うと陽乃は、内線のボタンを押し、どこかに連絡をとりはじめた。
「あ、ガードマンさん?さっき言った通り、ちゃんと防犯カメラを見ててくれた?
そうそう、いきなり二人が襲い掛かってきたからとりあえず制圧しといたわ。
早くこっちに来て、この二人を拘束してちょうだい。
ちょっと予定より早いけど、すぐに警察にも突入してもらうから、それまでお願いね」
「お前……最初からそのつもりで……」
「あんた達はもう終わりよ、そして須郷も……八幡君、こっちは終わったわ。
後はあなた達次第……もっとも八幡君達が失敗したとしても、須郷は私が逃がさないけどね。
でも出来る事なら成功して欲しいかな……頑張れ、弟。私の妹を絶対に助けるんだよ」
八幡とアスナを、自分の弟妹のように思っていた陽乃は、
そう呟きながら外で待機しているのだろう警察に電話をかけた後、
さらに別の場所に電話を掛け始めた。
「あ、私だけど、そろそろ説明した通りの配置で待機をお願い。うん、彼の事、お願いね」
そしてその頃ハチマンは、ついに世界樹の内部への侵入に成功していた。
「ふう、何とか成功したな。ユイ、キリトはどこだ?」
「ごめんなさいパパ、誰が来てくれたのかはまだわからないですけど、
もう一人転送させたせいで、少し三人の座標がズレちゃいました。
キリ兄達は、私達よりママに近いところにいます」
「そうか、もう一人送り込んでくれたんだな、えらいぞユイ!」
「はいっ、頑張りました!」
「ユイ、ママがどっちにいるか分かるか?」
「あっちです、パパ。あと、ママの近くに正体不明のプレイヤーがいます。
もう一人の人は……これは……パパ、誰が来てくれたか分かりました!」
「誰が来てるんだ?」
「………です!」
「そうか、あいつならきっとうまく動いてくれるはずだ。よし、俺達も向かおう」
「はい!」
ハチマンとユイは、他の二人と合流すべく、通路を進んでいった。
二人が【実験体格納室】の前に差し掛かった時、突然ユイがハチマンに叫んだ。
「パパ、パパ!今この部屋の中から一瞬【グランドマスター】の気配が!」
「【グランドマスター】?まさかそれって……くそっ」
(すまん、少し遅れる……頼むぞ、二人とも)
さすがにその言葉を無視出来なかったのか、ハチマンは【実験体格納室】の扉を開けた。
「晶彦さん……?ここにいるのか……?」
ハチマンは部屋に入り、そう呼びかけたが返事は無かった。
ハチマンは慎重に探索を進めていったが、あるモニターの前で見覚えのある名前を発見した。
「リズ……やっぱりここにいたのか!」
そのモニターには、確かにリズベットという名前が表示されていた。
「ユイ、このリズベットってプレイヤーを解放する事は可能か?」
「待って下さい……駄目です、今の私だと権限が足りません」
「そうか……くそっ、すまんリズ、もう少し待っててくれな、必ず助ける」
そして再びハチマンは探索を続行したが、あるモニターの前でユイが反応した。
「パパ、ここです!ここから気配がします!」
「ここか……」
ハチマンはそのモニターをじっと見つめた。
モニターの画像は、何の変哲もないデータの羅列だったが、その画像が突然乱れた。
そしてモニターの中に、一人の男の顔が表示されていった。
(ジジッ……ジッ…………)
「晶彦さん……?」
(……とうごう……すま…な……わたしの……な…………ディーを……つか………え)
その男の顔は、そう言い残すと、消えていった。
「おい、晶彦さん、晶彦さん!」
「気配が消えました、パパ」
「くっ、これ以上ここにいても無駄か、行くぞ、ユイ!」
「はいっ!」
ハチマンとユイは通路に戻り、奥へと進んでいった。
「な?ディー?とか聞こえたよな。ユイ、何の事か分かるか?」
「ディー、に該当する用語は、IDくらいしか思いつかないです、パパ」
「ID?……まさか……いや、確かにサーバーは一緒なんだから、ありうるのか……?」
そのまましばらく進むと、前方に広場のようなものが見えてきた。
その奥には、鳥籠のようなものも見える。ハチマンは立ち止まり、深呼吸をした。
「パパ、あそこにママがいます」
「ふう……よし、見つからないように、まず状況を把握するぞ」
ハチマンは心を落ち着けて、広場を慎重に覗き込んだ。
中の様子を確認した瞬間、ハチマンは前言をひるがえし、ユイに隠れているように言うと、
通路を飛び出して、鳥籠へ向かって走り出した。