ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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すみません予約時刻が明日になってました……


第123話 兄妹

「……どうぞ」

 

 部屋の中から直葉の返事が聞こえ、和人は恐る恐るドアを開けた。

直葉はベッドに座ったまま俯いており、和人の方を見ようとはしなかった。

 

「スグ……その……」

「うん……」

 

 和人は直葉に話しかけようとしたが、それ以上言葉が出てこなかった。

直葉も何も言おうとはせず、ただ時だけが流れていった。

このままではいけないと思った和人は、言うべき言葉を必死に探していたが、

その和人より先に、直葉が重い口を開いた。

 

「ねえお兄ちゃん……」

「うん」

「ナーヴギアをもう一回かぶる事になったじゃない。その……怖くなかったの?」

「そうだな……まったく怖くなかったと言ったら嘘になるけど、躊躇はまったく無かったな。

むしろ、これで一歩前進出来るっていう喜びの気持ちの方が強かった」

「喜び……」

「やっと仲間を助ける手がかりが掴めたからな」

「仲間……」

「ああ」

 

 直葉は、キリトの言う仲間の中に、果たして自分も含まれているのかと考えていた。

私と、そのリズという人とでは、どれほどの違いがあるのだろう。

直葉は不安になりながらも、思い切って和人に尋ねた。

 

「お兄ちゃんにとって、リズって人は、どんな存在なの?」

「え、何でその名前を知ってるんだ?リズの事、スグに話した事あったっけか?」

 

 和人は、直葉の言葉が想像と違ったため、やや混乱した。

 

「ううん、前にお兄ちゃんが病室で呟いたのを聞いてただけ」

「ああ、そういう事か。俺はあの時リズの名前を呟いてたのか……」

「うん。で、どうなのかな……?」

「リズか、俺にとってのリズは、そうだな……ひまわり、かな?」

「え?」

「リズは、ひまわりみたいな奴だな。俺やハチマンは、どうしてもなんていうか、

影っぽいところがあるだろ?影?闇、何て言えばいいのかな……」

「ううん、何となくわかるよ」

「それと比べると、あいつはひまわりみたいな奴なんだよ。

いつも太陽の方を向いている、そんな感じの奴だ」

「そうなんだ……」

 

 和人はリズの事を話す時、どこか眩しそうな顔をしていた。

 

「で、リズがどうかしたのか?」

「あの……えっと……」

「うん」

 

 直葉は、こんな事を聞くのはルール違反なんだろうなと思いつつ、その問いを発した。

 

「もしSAOをクリアした後、目覚めないのが私だったら、お兄ちゃんはどうした……?」

「助けるさ。どんな手段を使ってもな」

「そ、そう……それじゃあ、リズさんと私だったら、どっちを先に助けた……?」

「後先なんかないな。二人とも助ける」

 

 キリトは、その問いに即答した。

 

「例えリズとクラインだろうが、スグとハチマンだろうが、全員助ける。当たり前だろ?」

「当たり前……うん、そうだね」

「ああ」

「ご、ごめん……変な事を聞いちゃったね」

「まあたった一人の妹だからな。そんなの別に構わないさ」

「妹……だから……?」

「ん?」

 

 妹、という言葉が出た瞬間、直葉の雰囲気が変わった事に、和人は気付かなかった。

そして直葉は、ためらいながらもはっきりと和人にこう告げた。

 

「お兄ちゃん、私もう知ってるの。私とお兄ちゃんが、本当は血が繋がってないって事」

 

 和人はそれを聞いて始めて、この問題がキリトとリーファの間だけの問題ではなく、

和人と直葉の間の問題でもあったのだと理解した。

 

「そうか……知ってたのか……父さんと母さんから聞いたのか?」

「うん。私ね、昔からお兄ちゃんの事を一人の男性として好きだった。

でもやっぱり兄妹だからって、自分の気持ちをずっと封印してきた。

そんな時、お兄ちゃんがSAOから戻ってこれなくなって、

心配でどんどん衰弱していく私を見かねたのか、お父さんとお母さんが教えてくれたの。

私とお兄ちゃんは、本当は血が繋がってないって。それからずっと考えてた。

私はお兄ちゃんを好きでいてもいいのかもしれないって。

そしてお兄ちゃんが戻ってきてくれて、これからどうしようって迷っていた時に、

私の前にキリト君が現れた。私はどんどんキリト君に惹かれていった。

当たり前だよね、二人は同じ人だったんだから」

「スグ……」

「私はお兄ちゃんの事が好きだったはずなのに、キリト君の事も好きになっていた。

お兄ちゃんに、リズさんって相手がいるのを知ってから、その気持ちは更に強くなった。

多分私はキリト君に逃げようとした。だから、こんなずるい私に罰がくだったんだと思う」

「違う!」

 

 まるで懺悔をするような直葉の言葉を、和人は即座に否定した。

 

「俺なんかがえらそうに言える事じゃないとおもうが、人を好きになる事に罪も罰も無い!」

「そう……なのかな」

「俺が言っていい事じゃないかもしれないけど、

でもスグが自分を責めるのは絶対に間違ってる」

「……お兄ちゃんは、リズさんのどこを好きになったの?」

「分からない」

「えっ?」

「ただ、一緒にいたいってそう思った。

きっとそういうバランスとタイミングだったんだと思う」

「バランスとタイミングかぁ……」

「自分でもおかしな事を言ってる気はするけど、でも他に言いようがない」

「ふふっ」

 

 直葉は突然笑い出した。和人はそれを見て、少しとまどった。

 

「何だよ」

「ううん、あのお兄ちゃんが一生懸命恋愛について語ってるのがおかしくて」

「自分でも似合わないのは分かってるけどな」

「ううん、そういう事じゃなくて、お兄ちゃんはやっぱお兄ちゃんなんだなって」

「どういう事だ?」

「何にでも一生懸命で、SAOで何度も危険な目にあったはずなのに、

それでも昔からほとんど変わらないのがお兄ちゃんらしいなってそう思ったの」

「……成長してなくて悪かったな」

「ううん、お兄ちゃん、すごく成長したと思うよ。ずっと見てきた私には分かる。

お兄ちゃんは、根っこは変わらないけど、何かやっぱり大人になった」

「よく分からないけど……そういうもんか?」

「うん」

「そっか」

 

 和人は、理屈はよく分からないが、とにかく直葉が明るさを取り戻した事に安堵した。

そんな和人に、直葉はしっかりとした口調で言った。

 

「お兄ちゃん、私も一緒に戦うよ。アスナさんとリズさんを絶対に助けだそう。

もっともその後私がこっちでリズさんと直接会って、

お兄ちゃんにふさわしい人かどうかチェックするので覚悟しておいてね」

「……その言い方だと、覚悟するのはリズなんじゃないのか?」

「まあ、お兄ちゃんの話を聞く限り、きっと合格しちゃうんだろうなって気がする。

でもそれだとやっぱ悔しいから、私がリズさんにこう言うの。

私とお兄ちゃんは血が繋がってないから、もしリズさんが今後お兄ちゃんを裏切ったら、

私がお兄ちゃんを取っちゃいますよって」

「……お手柔らかにな」

「ふふ、頑張ろうね、お兄ちゃん」

「ありがとな、スグ」

「お礼なんかいいよ。案外素敵なお姉ちゃんが出来て、私的に嬉しい事になるかもだしね」

「そうなってくれればいいんだけどな」

「そんな弱気でどうするの。絶対なるくらい言わないと!」

「分かったよ。絶対にそうなるから、だから一緒に戦ってくれ、スグ!」

「うん!」

 

 こうして和人と直葉の話し合いは、一応穏便に終わった。

直葉は前を向く事を選択したと言う事なのだろう。

和人は自分がうまく話せた気はまったくしていなかったが、

改めて女心の難しさというものを感じたのだった。

そしてこの後どうするかという話になり、和人は少し考えた後に言った。

 

「今頃話し合いも終わってるだろうし、病院には明日戻るとして、

今日はこのまま自分の部屋で寝るかな。とりあえず八幡に連絡を入れとくか……」

「あっ、でもお兄ちゃん、今日いきなり帰ってきたから布団とか全然用意出来てないかも」

「あー……」

 

 和人の困った顔を見て、直葉は少しもじもじしながらこう言った。

 

「お兄ちゃん、もし良かったら、今日だけでも昔みたいに一緒に寝ない……?」

「え、いやーさすがにそれはどうだろう」

「リズさんの話ももっと聞きたいし、ハチマン君とアスナさんの話も興味があるし……

だからお兄ちゃん、今日くらいはお願い!」

「……まあいいか。途中で寝ちまったら勘弁な」

「ありがとうお兄ちゃん、私も寝ちゃうかもしれないし、大丈夫だよ」

 

 その後和人は直葉と、何年かぶりに同じベッドで寝ながら色々な話をした。

一日中激しい戦いを繰り広げたせいか、二人は宣言通りそのまま寝てしまったようだ。

今後二人の関係がどうなるのかは分からないが、

今の二人の姿は、遊び疲れて寝てしまった子供の頃の姿を彷彿とさせるものだった。

こうして激動の一日が終わり、いよいよ明日、仲間達は最後の決戦の日を迎える事となる。


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