ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第121話 待たせてごめん

「このIDは……パパ!この真上にママがいます!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ハチマンは凄まじい勢いで上空へと飛び上がった。

咄嗟の事でもあり、誰もそれに反応する事は出来なかった。

そのハチマンの行動にハッとし、最初に動いたのはキリトだった。

 

「クライン、エギル、ハチマンを追うぞ!他のみんなは下で待機しててくれ!」

「お、おう!」

「わかった、行こう」

 

 クラインとエギルもキリトの言葉で我に返り、

三人はハチマンを追って、ぐんぐん上昇していった。

 

「……確か私達が写真を撮ったせいで、上との間に壁が作られたはずよね」

「……ねぇユキノン、私達があんな事をやらなかったら、

今ここにいる全員で一緒に飛べば、そのまま上に行けたのかな?」

「そうね、確かにその可能性は高いわ。でもコマチさんが上の様子を撮影しなかったら、

今この段階でそんな事をしようとは誰も思わなかったと思うわ」

「そもそも先輩達、ここにいませんでしたよね」

「なのであの時の私達の行動は、結果的に正解だったと思うわ。

だからおかしな事を考えないようにね、ユイユイ」

「う、うん……」

「ねえ、私、疑問に思ってる事があるんだけど、聞いていいかな?」

 

 一人状況が掴めていなかったリーファが、おずおずとユキノにそう言った。

 

「別に構わないわよ、何でも聞いて頂戴、リーファさん」

「あのさ、ハチマン君が言ってたじゃない、グランドクエストの事……」

 

 リーファは、つい先ほど自分が抱いた疑問を、正直にユキノに話した。

ユキノは、なるほどねと頷きながら、リーファに事情を説明した。

 

「実は私達の目的は、グランドクエストをどうにかしようとか、そういう事ではないのよ」

「えっ?」

「グランドクエストに挑むというのは間違ってはいないわ。

でもおそらく、内容はあなたが思っているのとは少し違う。

私達の本当の目的は、ハチマン君と、可能なら他の何人かを世界樹の上まで送り届ける事よ。

その為に、あのグランドクエストの広間の一番奥まで行きたいの」

「ハチマン君の仮説が正しかったら、そこは行き止まりなんじゃないの?」

「確かにそうね、でもあと一つ条件が揃えば、その問題はクリアされるのよ」

「条件?」

「この続きは、私から話していいものかどうか、ちょっと判断出来ないの。

なので、ハチマン君が上から戻ったら、どこまで話していいのか聞いてみる事にしましょう」

「うん分かった。何か複雑な事情があるみたいね」

「ごめんなさい、あなたを仲間外れにするとか、そんな気はまったく無いのだけれど、

ここから先は、リアルの事情も絡んでくるデリケートな部分なのよ」

「ううん、気にしないでユキノ。例えどんな事情でも、私はあなた達に協力するつもりだし」

「ありがとう、リーファさん」

「ううん、それにしても……」

 

 リーファは、上を見ながら言った。

 

「上にママがいます、って言ってたよね。その直後のハチマン君の様子は普通じゃなかった。

多分キリト君と、エギルさん、クラインさん、シリカちゃんの様子も……」

「そうね、その辺りの事も、多分後で話してくれると思うわ。とりあえず今は待ちましょう」

 

 

 

 一方ハチマンとユイは、見えない壁に阻まれて上に行く事が出来ないでいた。

 

「くそっ、開け!邪魔すんなよ!」

「ママ!ママ!」

 

 二人は見えない壁を必死で叩いていたが、壁はびくともせず、二人の侵入を阻んでいた。

そんな二人を、やっと追いついたキリト達が制止した。

 

「おい、ハチマン!」

「ハチマン、落ち着け」

「ユイ、落ち着くんだ」

 

 エギルとクラインはハチマンを抑え、キリトはユイをなだめた。

三人のおかげで少し落ち着いたのか、やがて二人は大人しくなった。

 

「すまん、我を忘れた」

「ごめんなさい、キリ兄」

 

 ハチマンとユイは、三人に素直に謝罪した。

 

「まあ気持ちは分かるよ、ハチマン」

「とりあえず落ち着いたみたいで良かったよ」

「なあ、この上にアスナがいるのか?」

「はい、間違いなくこのプレイヤーIDはママのものです!」

「とりあえず疑惑が確信になったな。ハチマン、どうする?」

 

 ハチマンは少し考えた後、ユイに向かって尋ねた。

 

「なあユイ、上にいるアスナに声を届かせる方法って何か無いか?

せめて俺達が来てるって知らせられれば、多少アスナを安心させる事が出来ると思うんだ」

 

 そんなハチマンの言葉に、キリトが頷きながら同意した。

 

「そうだな、アスナは二ヶ月も一人で耐えてきたんだろうから、

もし可能なら、早く安心させてやりたいよな」

「俺はアスナさんの精神状態がちょっと心配だな。

こんな所に二ヶ月も一人で閉じ込められたら、俺だってきつい」

「くそっ、須郷って野郎、絶対に許さねえぞ……早く安心させてやらないとな」

 

 ユイはハチマンの問いを受け、可能性を模索していたが、どうやら何か思いついたようだ。

 

「パパ、もしかしたら、警告モードで話しかければ上に届くかもしれません」

「警告モード……よし、やってみてくれ、ユイ」

「はいっ」

 

 ユイは、警告モードに切り替えて必死に上に向かって呼びかけ始めた。

 

「ママ!ユイです、ママ!」

 

 

 

 その頃アスナは、アルゴに言われた指示について考えていた。

 

「はぁ……このIDカードは絶対にハチマン君に届けないといけない。

でもよく考えたら、ハチマン君が下に来たとしてもそれを知る術が無い……どうしよう……」

 

 考えても考えてもいい手段は何も思い浮かばなかった。

おそらく期限は須郷が再びここを訪れるまでであり、

もしそれまでにいい方法を思いつかなかった場合は、運を天に任せて、

須郷が来た瞬間にカードを下に落とすしかない。

 

「その場合、このカードがハチマン君の手に渡る確率はどのくらいだろ……はぁ……」

 

 アスナは、アルゴと別れてから何度目かの溜息をついた。

そんなアスナの耳にどこからか、女の子の声が聞こえてきた。

 

「今、何か声が……」

 

 アスナは耳をすませ、声がどこから聞こえたのか探ろうとした。

どうやら声は、下の方から聞こえてくるようだ。アスナは必死に耳をすませた。

 

「………マ……ママ……」

「ママ?まさか……ユイちゃん?」

 

 声はか細く、ユイの声だという証拠は何も無かったが、アスナはユイの声だと確信した。

 

「下にハチマン君がいるんだ!早くカードを落とさなきゃ!」

 

 アスナは、私はここにいるよという気持ちを込め、カードを下に落とした。

 

 

 

「ん、何だ?」

 

 上を見ながらユイの声が届くように祈っていたハチマンは、

何かが落ちてくる事に気が付き、必死でそれを掴んだ。

 

「これは……何かのカードみたいだが……」

「パパ!それ、ALOのIDカードみたいです!」

「まじか、つまりアスナがこれを落としたって事か?」

「はい、多分」

「なあハチマン、それってアスナが、俺達の目的を知ってるって事になるんじゃないのか?」

「多分そうだな。って事は、誰かがアスナとの接触に成功したって事かもしれないな」

「菊岡さんが前に言ってた、協力者って人かな?」

「かもしれん。ユイ、そのIDで、この透明な壁を突破する事は可能か?」

「……無理ですパパ、どうもこれは誰も通れない特殊な壁みたいです。でもその代わり……」

「その代わり?」

「ママとの交信が可能です、パパ!」

「でかした、ユイ!」

 

 ユイのその言葉に、ハチマンは歓喜した。

 

「時間制限はありますが、すぐ繋ぎます、パパ」

「すまん、頼む。アスナ、聞こえるか、アスナ」

「……ハチマン君?ハチマン君なの?」

 

 アスナはハチマンの声を聞き、歓喜に震えた。

 

「私もいます、ママ!」

「俺もいるぜ」

「俺も俺も!」

「クライン、うるさいぞ。アスナさん、大丈夫か?」

「ユイちゃんにキリト君!それに、もしかしてクラインさんとエギルさん?」

「ああ、下にシリカもいるぞ。残念ながらリズとアルゴはいないが……」

「それならついさっきアルゴさんに聞いたよ。リズもここに捕まってるって」

「アルゴ?アルゴがそこに来たのか?そうか、協力者ってアルゴの事だったのか」

「うん、ハチマン君がもうすぐ下に来るはずだからって、カードを渡してくれて、

それを落とせって教えてもらったの」

「そうか……長い間待たせてごめんな、すぐ助けるから、もう少しだけ待っててくれ」

「うん、ありがとうハチマン君、みんなもありがとう」

「アスナ、一つだけ聞かせてくれ。犯人は、須郷で間違いないんだな?」

「うん、あの人が……須郷が犯人だよ。

人を思い通りに動かすための人体実験をしてるんだって自慢げに話してた」

「……あのクソ野郎」

「パパ、そろそろ時間が……」

「くっ、すまんアスナ、どうやらこうやって話すのには時間制限があるみたいでな、

明日アスナのいる場所になんとしてもたどり着くから、それまで待っててくれ!」

「うん!」

「必ず助ける!」

 

 そこで交信が途絶えたようで、ユイは首を横に振った。

 

「明日が決戦だな、ハチマン」

「ああ、絶対にあそこへたどり着く。そしてアスナとリズは絶対に取り返す」

「頑張ろうぜ!」

「やってやるぜ!」

「早くママに会いたいです!」

「そうだなユイ。よし、そろそろ羽根も限界だし、下に降りよう。

下で待っててくれてるみんなにも報告しないといけないしな」

 

 四人はそのまま降下していった。アスナはハチマンと会話出来た事に心を躍らせていたが、

ここで油断するわけにはいかないと、改めて気を引き締めた。

 

「何があっても平静に平静に、落ち着いて観察する。最後まで気を抜かない。

気を抜くのは全てが終わって、ハチマン君に会ってからでいい。

明日が勝負、よし、頑張ろう!」

 

 

 

 一方ハチマン達は、無事に仲間と合流していた。

 

「すまん、心配かけた」

「大丈夫よ。で、どうだったの?」

「ああ、かなり進展があった。色々と報告しなきゃいけない事がある」

「そう、こちらもリーファさんの事で話したい事があるのよ」

「ん、何かあったのか?」

「ええ」

 

 ユキノはハチマンに、先ほどのリーファとの話の内容を説明した。

 

「すまんリーファ、結果的に隠し事をしてるみたいになっちまってたな」

「ううん、そんな風に思ってないから大丈夫」

「この後こっちの事情も含めて何もかもまとめて全部話す。

とりあえずアルンの街中に、どこか落ち着ける場所ってあるか?」

「案内するわ。とりあえず移動しましょうか」

「すまん、宜しく頼む」

 

 一行はそのままアルンへと入り、落ち着いて話せる場所へと向かったのだった。


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