ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第119話 ここに集結す

 あれからアスナは、何とか檻から抜け出せないかと試行錯誤していた。

一番現実的なのは、檻の鍵の番号を何とか盗み見る事だ、

そう思ったアスナは、須郷に鏡くらい用意してくれと要求し、

それを使って番号を盗み見る事に成功していた。

須郷の話だと、今日は須郷はいないらしく、脱出を試みるには絶好のチャンスの日であった。

 

「さて、それじゃあ始めるとしますか」

 

 アスナは、緊張を解きほぐそうとして、あえて声に出してそう言った。

 

「六……二…………っと、よし、開いた」

 

 首尾よく檻の鍵を外したアスナは、慎重に奥へと進んでいった。

世界樹の中は、思ったよりも広く、通路はかなり先まで続いていた。

途中のドアには、【データ閲覧室】【仮眠室】などのプレートがつけられており、

たまに中を覗くと、そこはまさに研究所といった感じの設備が並んでいた。

 

(随分本格的に作り込んだんだね……外で他人に見られるわけにはいかないから、

中に研究所を丸ごと持ってきた感じなのかな……)

 

 アスナはそう思いながら、なおも探索を続けた。

そんなアスナの目に、【実験体格納室】という文字が飛び込んできた。

 

「実験体……人間を何だと思っているの……」

 

 アスナは怒りを覚え、その部屋をそっと覗いてみた。

中にはナメクジのような生き物が二匹いて、あちこち動き回っていた。

 

(あれは須郷の仲間の研究員かな?見つかるのはまずいね。

でもこの部屋なら、ログアウトするためのコンソールがある気もする……)

 

 アスナは少し悩んだ後、意を決して部屋に忍びこんだ。

見つからないように、慎重にディスプレイを覗きこんでいく。

そしてアスナはついに、【転送】と名前のついたコンソールを見つけた。

 

(【転送】……今まで見た中だとこれが一番それっぽい……)

 

 アスナはそう思い、そっとその文字に触れた。その瞬間に、小さな電子音が鳴った。

 

「ん、誰かいるのか?」

 

(しまった……まさか音がするタイプだったなんて……)

 

 アスナは焦り、見つかるのを覚悟で必死にログアウトするための文字を探した。

 

(あった!これだ!)

 

 アスナはついに、【仮想ラボ離脱】という文字を見つけ、それを押した。

【仮想ラボから離脱しますか?】【はい】【いいえ】という文字が現れ、

アスナは必死に【はい】を押そうとしたが、その瞬間にアスナの手に、触手が巻きつき、

そのままアスナは、コンソールから引き離された。

 

「くっ」

「危ない危ない、君もしかして、須郷さんが檻の中で飼ってる人かな?」

「多分そうだな。おい、どうする?」

 

 飼ってる、という言葉を聞いて、カチンときたアスナは、そのナメクジ達に言った。

 

「飼ってる、だなんて、あなた達は自分達が何をしているのか分かっているの?」

「もちろん分かっているさ。とりあえず須郷さんに連絡して指示をあおぐか」

「それじゃ、俺が行ってくる。ちょっと待っててくれ」

 

 片方のナメクジが、アスナが表示させた【はい】のボタンを押し、姿を消した。

 

「さっき、もちろん分かってるって言ってたわよね。

こんな非人道的な事をしてまで、お金が欲しいの?」

「もちろん欲しいさ。研究ももうすぐ完成する予定だし、会社が売れたら、

分け前をもらって海外に高飛びして、悠々自適の生活を送るつもりさ」

「そう、結局お金なのね……最低」

「最低で結構。最低ついでに、ちょっと君で遊ばせてもらおうかな」

「なっ……」

 

 そう言うとそのナメクジは、触手でアスナの足首を掴んで持ち上げた。

 

「うん、いい眺めになったな」

 

 アスナは衣服がまくれるのを片手で必死に押さえていた。

 

「うーん、もう一本触手があればなぁ……もう片方の手も拘束出来るんだけどな」

「くっ……やめ……」

「おい、須郷さんに怒られるぞ」

 

 その時、須郷に報告にいっていたもう一匹のナメクジが戻ってきて、そう言った。

 

「おっと、戻ってきたのか。須郷さん、何だって?」

「かなり怒ってたな。檻に戻して鍵の番号を変えとけってさ」

「はぁ……それじゃ戻しにいくか」

「須郷さんが、この後みんなで飲みに行こうってさ。研究が完成する前祝いだそうだ」

「おっ、それじゃさっさとすませて行こうぜ」

「おう」

 

 その会話の最中も、アスナは必死に打開策を探していた。

そしてアスナは、コンソールの横に一枚のIDカードが置いてある事に気が付いた。

 

(役にたつかはわからないけど、せめてあのカードを……)

 

 アスナは何とか足を伸ばし、足の指でそのカードを掴もうとした。

 

(もう少し……)

 

 そしてアスナは、何とかそのカードを足の指で掴む事に成功した。

 

(よし!)

 

 アスナは足を曲げ、空いていた手で素早くカードを回収した。

アスナはそのまま連行され、再び檻に戻された。

 

(とりあえずカードは見つからなかったかな)

 

 そうほっとしたのも束の間、檻に入ったアスナに、触手が二本伸びてきた。

 

「なっ……」

 

 その触手は、アスナの体中をまさぐり、アスナが隠していたカードを掴んだ。

 

「役得役得っと。手癖の悪い子だね、このカードは返してもらうよ」

 

 アスナはそれを聞き、悔しそうに言った。

 

「……気付いてたのね」

「まあね。君がカードを足で掴んだ時は、思わず拍手しそうになっちゃったよ。

まったく油断も隙もないな。逆に感動すら覚えたね」

「くっ……」

「まあ諦めるんだね。それじゃ、お疲れさま」

「……」

 

 アスナは悔しさで涙が出そうになるのを必死に堪えていた。

こんな奴らの前では絶対に泣かない、そう思ったアスナは、必死に泣くのを我慢していた。

やがて二匹のナメクジはいなくなり、辺りは静寂に包まれた。

 

「駄目だった……もう少しだったのに、悔しい……」

 

 アスナはそう呟くと、その場に泣き崩れた。

 

 

 

 アスナを檻に戻した二人は、そのままログアウトした。

その部屋には二人の他に、今日の深夜番のGMのバイトが一人だけ残っていた。

 

「さて、それじゃあ須郷さん達と合流しようぜ」

「本当はここに誰もいなくなるのはまずいんだが、須郷さんの誘いだし別にいいか」

「おいバイト、一人だからってサボるなよ」

「あっはい、お疲れさまです」

「二時間後くらいに他の奴が来ると思うから、俺達の事は適当に誤魔化しとけよ」

「はい……二時間くらい任せて下さい」

 

 二人が姿を消すと、そのバイトはどこかに電話をかけはじめた。

そして十分後、一人の女性が部屋に入ってきた。

その女性はバイトと話した後、そのままコンソールを操作し、仮想ラボへと潜っていった。

 

 

 

 アスナは思いっきり泣いた後、気を取り直し、次の作戦を考えていた。

 

「いつまでも悲しんでいるわけにはいかないね。他の脱出の手段を考えないと」

 

 そう呟いたアスナは、再びあのナメクジが近付いてくるのに気が付いた。

 

「何か用?忘れ物でもしたの?」

「ああ、忘れ物を届けにきたというか、届け物をしに来たゾ」

「届け物?」

「これだぞ、アーちゃん」

「アー……ちゃん……?」

 

 そう言ってナメクジが差し出してきたのは、先ほどのIDカードだった。

そのカードを受け取ったアスナは、震える声でナメクジに尋ねた。

 

「今、アーちゃんって……もしかしてあなた……」

「そのまさかだぞ、待たせたな、アーちゃん」

「アルゴさん!」

「時間が無いから手短に言う。もうすぐこの下に、ハー坊達が来るゾ」

「ハチマン君達がここに来てるの?」

「ああ。アーちゃんを助けるために、みんなここに来てるぞ。リズっち以外ナ」

「リズ以外?」

「リズっちは、アーちゃんと同じようにここに捕まってるんダ」

「そんな……リズもここに……」

「そのカードは、そのままだと恐らくすぐに須郷に取り上げられる。

その前に、下に来たハー坊めがけてそのカードを落とすんダ」

「分かった。ここから落とせばいいんだね」

「ああ。そのカードは、ここと下とを繋ぐ鍵になる。ユイちゃんの力によってナ」

「えっ?まさかユイちゃんもここに?」

「ああ。共用ストレージに収納されてた、ユイちゃんのアイテムが使用出来たらしい」

「そっか……ユイちゃんにまた会えるんだ……」

 

 アスナは、ユイの名前を聞いて、とても嬉しそうに言った。

 

「そろそろ時間がヤバイから、オレっちは戻るな。必ずみんなで助けるから、頑張るんだゾ」

「うん!ありがとう、アルゴさん!」

 

 アルゴはそう言うと、姿を消した。

アスナはハチマンがすぐ近くに来ていると知り、全身が喜びに震えるのを感じた。

 

「よし、頑張ろう」

 

 アスナは希望が見えてきた為、改めて気合を入れ、その時を待つ事にした。

 

 

 

 アルゴは仮想ラボからログアウトすると、内通者であるバイトに声をかけた。

 

「終わったぞ、将軍」

「アルゴさん、その呼び方はちょっと恥ずかしいんですが……」

「それじゃあ材木っちでいいカ?」

「まあまだその方がいいです。で、首尾はどうでありますか?」

「成功だ、オレっちはこのまま撤収するゾ」

「良かった……了解であります!お気をつけて!」

「ああ、それじゃあまたナ」

「はい!」

 

 アルゴは素早く撤収し、後には材木座だけが残された。

 

「八幡よ、後はお主に全て任せるぞ。こちらのミッションは終了した」

 

 材木座はそう呟き、心の中で友にエールを送るのだった。


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