シグルドは、スイルベーンの領主の部屋で留守番をしながら、
そろそろサクヤが死んでここに転送されてくるだろうと漠然と考えていた。
(サクヤが戻ってきたら、とりあえず慰めるふりをしつつ、
今度はケットシーの中に裏切り者がいるかもしれないとでも吹き込むとするか……
それでまあある程度の時間が稼げるだろうしな。
その間にサラマンダーがグランドクエストをクリアすれば、それでシルフともおさらばだ)
自身の明るい未来を想像し、シグルドは、にやつきを抑える事が出来なかった。
(何もかもが上手くいっている。計画は順調すぎるくらい順調だな)
レコンが捕まったのはシグルドが去ってから少し後であり、
その時接触していたサラマンダー達も、直後にハチマン達を待ち伏せしていたチームから、
壊滅したと連絡が入ったせいで、シグルドに連絡する暇が無かったため、
シグルドはレコンから情報が伝わっている事には未だにまったく気付いてはいなかった。
シグルドは領主の椅子にどっかと腰を下ろし、テーブルの上に足を投げ出して、
目をつぶって頭の後ろで手を組みながら、機嫌良さそうに鼻歌を歌っていた。
「随分機嫌が良さそうじゃないか。何かいい事でもあったのか?シグルド」
いきなりそう声をかけられたシグルドは、その声がとても聞き覚えのある声だったため、
驚愕して辺りをきょろきょろと見回した。
実はこの時、閉めたはずの部屋の扉が少し開いていたのだが、
シグルドはその事にはまったく気付かなかった。シグルドは正面の壁に、
月光鏡の魔法で映し出されたのだろう、映像が映し出されているのに気が付いた。
そこには先ほどそろそろ死んでいるだろうと予想していたサクヤが、
健在のまま映し出されており、そのサクヤが、シグルドの方をじっと見つめていた。
「さ、サクヤか……びっくりするじゃないか。会談は上手くいったのか?」
「驚かせてしまったみたいだな、すまない。会談は……予定通りにはいかなかった」
「そうか」
シグルドは、予定と違ってサクヤは何故か死んでいないようだが、
予定通り会談そのものは失敗したのだと思い、内心でほくそえんだ。
だがそんな気持ちはおくびにも出さず、残念そうな表情を作り、サクヤに話し掛けた。
「今回は残念だったな。もしかしたらケットシーの中にスパイがいたのかもしれない。
しっかりと調査をした上でまた機会を待てばいいんじゃないか?」
「ほう?ケットシーの中にスパイがねぇ」
「ああ。我々シルフの中に裏切り者なんかいるはずがないし、そう考えるのが妥当だろう?」
「そうだな、シルフの中に裏切り者がいるはずが無いな。
お前はサラマンダーになりたいシルフだから正確にはシルフとは言えないだろうしな」
「なっ……」
そのサクヤの辛辣な言葉の内容を理解し、シグルドは二の句が継げなかった。
「先ほど私は、会談が予定通りにはいかなかったと言ったな。
お前はそれを失敗だと思ったらしいが、それはまったく逆でな、
実際は、シルフとケットシーとウンディーネとサラマンダーの四種族が共闘する事になった」
「馬鹿な!そんな事は絶対にありえない!」
シグルドは、さすがにその言葉を信じる事は出来なかった。他の種族ならまだしも、
今まであれだけ争ってきたサラマンダーが融和路線を取るなどどう考えてもありえない。
「まあ、そう思うのが当然だろうな。彼らがいなかったらな」
「彼らだと?」
「俺達だよ、シグルド」
「よう、まだちっぽけなプライドにしがみついて、現実逃避してんのか?」
その二人の顔になんとなく見覚えがあったシグルドは、
二人といつ会ったのか思い出し、画面に向かって叫んだ。
「お前らは確か、リーファと一緒にいた二人組か!」
「キリトだ、宜しくな」
「俺はハチマン。ウンディーネの領主と先代領主が俺の知り合いでな、
ウンディーネに関してはまあ、そういう理由で共闘する事になった」
「先代だと……まさかお前、絶対暴君と知り合いなのか!?」
「うわ……お前自殺志願なの?そんなに死にたいの?」
「い、一体何を」
「ふ~ん、君、私に向かってそんな事を言っちゃうんだ」
「ひいっ……」
そう言って画面に入ってきたのが、確かに昔一度だけ見た事があるソレイユだったので、
シグルドは言葉を失い顔面蒼白になった。
「まあまあソレイユさん、どうせこいつにはもう未来は無いんでそのへんで」
「それもそうね、まあ後は任せたわ。もっとも、どこかで見かけたらその時は……ね」
ソレイユは笑顔でそう言って画面の中から消えたのだが、
シグルドは恐怖のあまり、まったく動けなかった。次に説明を始めたのはキリトだった。
「サラマンダーに関しては、まず俺がユージーンにタイマンで勝って、
その後ソレイユさんがダメ押しをして、それで共闘する事になったって感じだな」
「ユージーン将軍に勝っただと……」
シグルドは、次から次へと伝えられる驚愕の事実に、頭がまったくついていかなかった。
「それじゃあ後はサクヤさんにきっちり引導を渡してもらえ……ん?おお、やるじゃねーか」
ハチマンが突然訳のわからない事を言い出したので、シグルドは思わず聞き返した。
「お前は一体何を言ってるんだ!」
「あー、お前に言ってるんじゃないんだよ。よし、いいぞ、やれ!」
ハチマンがそう言った瞬間、シグルドは首にすさまじい衝撃を感じた。
そして視界がぐるりと回転し、どんどん下へと下がっていった。
「あれ、俺の体……」
シグルドは、首の無い自分の体が立っているのを見た。その背後に、誰かが立っていた。
よく見ると、それは自分がよく知っているプレイヤーだった。
「レコン……」
その言葉を最後に、シグルドは消滅し、そこにはリメインライトが一つ残された。
「ハチマンさん、俺、やりました!」
「おう、やるじゃねーか、ちょっと驚いたぞレコン。やっぱ裏切り者には死を、だよな!」
「はい!絶対に許せなかったんで、頑張って忍びこみました!」
「うむ、我々の代わりによくやってくれたな、レコン」
「はい、サクヤさん!」
「よし、後は私に任せろ。おいシグルド、その状態でも私の声はちゃんと聞こえているな?
お前はどうしてもシルフでいるのが嫌なようだから、その希望を私が叶えてやる事にしよう。
今この瞬間から、お前はシルフ領から追放だ。どこへなりと、お前の好きな所へ行くがいい」
シグルドのリメインライトは、抗議するように瞬いた後、きっちり一分後に消滅した。
今後シグルドは、シルフ領を追放された者として、
あてもなく各地を彷徨い続ける事になるのだろう。
「ふう、やはりあまり気分のいいものではないな。レコン、ご苦労だったな。
話は聞いていたと思うが、いずれ大きな戦いがある。
すまないが、そのままアルンへ向かってくれないか?」
「分かりました、サクヤさん!」
「レコン、私達の変わりにシグルドに罰を与えてくれて、ありがとう」
次にレコンに話し掛けたのは、リーファだった。
「リーファちゃん……」
「今回レコンは本当に良くやったわ、えらいえらい!」
「あ、ありがとう!」
「それじゃ、一足先にアルンで待ってるね」
「うん!」
レコンは、リーファに感謝してもらえた事が何よりも嬉しかった。
これもハチマンのアドバイスのおかげだな、そう思ったレコンは、
いずれ必ずこの恩を返そうと、密かに心に誓った。
戦いの後の話し合いを終えた一同は、それぞれ準備のために散っていった。
シルフとケットシーは、ハチマンとキリトから軍資金を提供され、
これで装備をきっちりと揃える事が出来ると喜んだ。
サクヤはシグルドの件の後始末があるらしく、先に去っていった。
アリシャはどうやら隠し玉があるらしく、期待しててね、と言って去っていった。
ユージーンは、軍資金を提供されるのを断った。
どうやらサラマンダーの軍備は、もうほとんど整っているらしい。
ユージーンは、後は兄貴に事情を説明するだけだと言い、笑いながら去っていった。
メビウスとソレイユには、クライン達の手持ちから軍資金が提供された。
これから速攻で軍を編成し、装備を整えるのだと言う。
ウンディーネ側からすれば寝耳に水なのだろうが、
この二人ならきっちり間に合わせるんだろうなと思いつつ、
ハチマンはウンディーネ側の事は全て二人に丸投げする事にした。
こうしてその場に残ったのは、ハチマン、キリト、リーファ、ユキノ、ユイユイ、コマチ、
イロハ、クライン、エギル、シリカの十名となり、
その十名は、最終目的地であるアルンへ向けて飛び立ったのだった。