「ふう、参った参った完敗だ。本当にお前は強いな。俺もまだまだだと思い知らされたよ」
蘇生されたユージーンは、開口一番にキリトにそう言った。
「あんたも中々強かったぜ」
キリトはそう言うと、ユージーンに右手を差し出した。
「機会があったらまたやろう」
ユージーンはそう答え、キリトと固い握手を交わした。
その会話にサクヤとアリシャが加わり、二人は熱心にキリトの勧誘を始めた。
「キリト君、良かったらケットシーに雇われない?好待遇を約束するよ」
「待てアリシャ、彼は私が護衛を頼んだユキノの連れだ。優先交渉権は当然シルフにある」
「え?あーいや、俺には色々とやる事が……」
「そ、そこをなんとか!」
そう言うとアリシャは、キリトの顔に胸をおしつけた。
「色仕掛けはずるいぞアリシャ!それなら私だって……」
サクヤはそれを見て、慌ててキリトの反対側の顔に胸をおしつけた。
キリトは何とか振りほどこうともがいていたが、いきなり後ろから冷たい声が掛けられた。
「あなた達、私達の大切な仲間に何をしているのかしらね」
「ヒッ」
「ユ、ユキノ……」
二人が振り向くと、そこには冷たい目で二人を見下ろすユキノの姿があった。
二人は慌ててキリトから離れ、声を合わせてユキノにごめんなさいと言った。
ユキノはため息をついたが、そんなユキノにユージーンが話しかけた。
「今回はほとんど全部お前達にしてやられたな、ユキノ。
正直お前達さえいなければ、俺達の勝利で終わっていたと思うんだがな」
「お久しぶりね、ユージーン将軍。そうね、私も多分そうなっていたと思うわ。
もっとも私達初期メンバーの四人とリ-ファさんだけでは、
戦局をひっくり返すまでには至らなかったと思うのだけれども」
「確かにそうかもしれないな。しばらく見ないうちに、随分と強い仲間が増えたんだな」
「私が集めたわけではないのだけれど、ちょうどいいからこの機会に宣言しておこうかしら」
「宣言?」
「ええ。ここには丁度、私と関係の深い四つの種族の代表が集まっている事だしね」
「四つの種族?」
「そうよ」
そう言うとユキノは、ハチマンとメビウスに目で合図をした。
ハチマンとメビウスはそれに答え、こちらに向かって飛んできた。
そしてメビウスがまず、サクヤ達に声をかけた。
「サクヤちゃんアリシャちゃん、そしてユージーン君、久しぶりだねっ」
「あ、あなたはメビウスさんじゃないですか!」
「メビウスちゃん、久しぶり!」
「メビウスか、まさかウンディーネの領主まで一緒だったとは……」
「四つとはつまりそういう事よ。そして私はここに宣言するわ。
私達は今まで中立を貫いてきたけど、それももう終わり。
私達はたった今この瞬間から、このハチマン君の旗の下に集結するわ」
「えっ?」
「ユキノ、本当なの?」
「もちろんよ。私達は今後ずっと彼と共に歩み、彼の方針に従う。
リーダーはハチマン君、副リーダーはキリト君、私は三番手以下という事になるわね」
「私もウンディーネの領主をやめて、ハチマン君のチームに入るよ!」
突然メビウスがそんな事を言い出した。総武高校のメンバーは、めぐりなら当然だと思い、
その言葉を平然と受け入れていたが、他の者は当然の事ながら仰天した。
「まさかそんな……」
「そこまで本気なのか……」
「人数はともかく、種族の垣根を越えた一大勢力の誕生だな……」
代表の三人だけではなく、周囲のプレイヤーもざわつき始めた。
ハチマンは、何か大事になっちまったなと思いながら、頭をかきつつ挨拶をした。
「あー、どうやらまあそういう事らしいんで、これから宜しく頼む」
そして真面目な表情になると、サクヤ、アリシャ、ユージーンの三人に改めて話しかけた。
「早速だが、各種族の代表の三人に話があるんだ。
良かったら聞くだけでも聞いてもらえないだろうか」
そして次にメビウスに、ウンディーネの事は想定してなかったんで、と前置きした上で、
話を聞くだけ聞いてくれるようにお願いした。
「わかったよ、ハチマン君」
ハチマンの言葉を受け、まずメビウスが頷いた。
「私は助けてもらった立場だし、もちろん聞くよ!」
「私も同様だ」
「俺は敗者だからな、聞けと命令してくれても構わんぞ」
「命令ってのは性に合わないんで、せめて要請くらいに受け止めてもらっていいか?」
「ふっ、わかった、ではその要請を受諾しよう」
こうして残りの三人の同意も得られたため、ハチマンは三人に頭を下げ、説明を始めた。
「すまん、助かる。まず俺達の目的なんだが、グランドクエストをクリアする事だ」
「うん?何か平凡な目的だね?」
「正確には、世界樹のグランドクエストの間の最奥まで到達したいんだ。
おそらくグランドクエストは、未実装だろうからな」
「……何だと?」
「どういう事?」
「何か根拠はあるのかね?」
「まずグランドクエストの基本仕様なんだが……」
ハチマンは、最初にグランドクエストをクリアした種族だけが、
アルフに生まれ変わる事への疑問点を四人に丁寧に説明した。
「むむむ」
「にわかには同意できないが、さりとて無視出来る意見でもない」
「確かに他の種族に先を越されたら、俺もキャラクターを作り直すかもしれん」
「この仕様だと、グランドクエストがクリアされた瞬間にゲーム自体が終わってしまう。
クリアした以外の種族はどんどん衰退し、やがていなくなるだろう。
要するに種族の意味が無くなり、空を飛べる以外の楽しみがまったく無くなる。
これだけ人気のあるゲームなんだ。そんな事は運営的にありえないと思わないか?」
「だが今のところ、仮説でしかない。俺個人としてはお前の意見に賛成だ。
だが、今日の戦闘で負けはしたが、戦力的にはシルフとケットシーの連合軍より、
まだ我がサラマンダー軍の方が戦力が上だ。そんな状況で兄貴を説得するのは正直難しい」
「ユージーン君、そこにウンディーネが加わったらどうかな?」
突然メビウスが、そんな事を言い出した。
「三種族連合か……それなら確かに脅威だな。だがこう言っては悪いがメビウス、
お前は引退の噂が囁かれるほど、今回久しぶりにログインしたはずだ。
その状況でウンディーネ内部の意見をまとめるのは、かなり時間がかかるんじゃないのか?」
「確かにそれはあるかも……」
「おそらく兄貴なら、その間にサラマンダーだけでクリアだ、とか言う可能性が高い」
「……あなたのお兄さんを拉致監禁すべきかしらね」
それを聞いたハチマンは、慌ててユキノを制止しようとした。
「おい馬鹿やめろ、ユキノ、もちろん冗談だよな?」
「まあ半分くらいは冗談よ。話を続けて頂戴、ハチマン君」
「半分かよ……」
半分とは言いつつ、さすがに本気じゃないよな?と考えたのか、
ハチマンとユージーンは、ほっと胸をなでおろした。
二人はお互いの行動に気付き、顔を見合わせて苦笑した。
「まずサクヤさんとアリシャさんと交渉がしたい。
俺達と一緒にグランドクエストに挑んでもらえないだろうか。
こちらが提示出来る条件は、軍資金の提供だ。具体的にはこれくらいだな」
ハチマンは二人に金額をそっと耳打ちした。
「そんなにか!?」
「……本当に?」
「ああ」
サクヤとアリシャは考え込んだが、すぐに答えは出たようだ。
「シルフ軍は、君に協力する事を約束しよう」
「ケットシー軍も協力を約束するよ!」
「ありがとう、二人とも」
ハチマンは二人と握手を交わした。
「さて、残るはサラマンダーだが……今の状況じゃ難しいんだろうな」
「兄貴に話はすると約束しよう。だがあまり期待は出来ないとだけ言っておく」
「ちょっと待って、ユージーンくん」
その時メビウスが、ウィンドウを操作しながら突然ユージーンに声をかけた。
「どうやら、正式にウンディーネ軍はハチマン君に協力する事に決まりそうだよ」
「……何か証明は出来るのか?」
「うん……一応話は聞いてたんだけど、来れるかどうか分からないって話でね、
今メッセージが来て、どうやら間に合ったみたい。ほらあそこ……来るよ」
メビウスはそんなよく分からない事を言って、空の一点を指差した。
その瞬間空に稲妻が走り、轟音と共に落雷が大量に発生した。
その場にいた全ての者は、このいきなりの出来事に恐れ慄いた。
「うおっ、何だ」
「あそこ、誰かいる」
「まさか……これは……」
全ての者の注目を集めながら、その人物は空から降下し、ハチマンの前に立った。
「じゃ~ん!私の名はソレイユ!来ちゃった、てへっ」
そう言ってソレイユはハチマンに抱き付こうとしたが、ハチマンはそれを完璧にガードし、
ソレイユの頭にアイアンクローをかました。
「おい誰だお前は、いきなり何をする」
「うう~ひどいなぁ、せっかくハチマン君を助けに来たのに」
「えっ?俺の事を知ってるのか?アルゴ……じゃないよな?」
ハチマンは唯一ここにいない仲間の名前を一応出してみたが、
目の前の女性はどう考えても言動や行動がアルゴらしくないなと思い直した。
そんなハチマンにユキノが、何かに思い当たったといった感じで、
こめかみを押さえながら話しかけた。
「ハチマン君、ソレイユというのはね、フランス語で太陽という意味よ」
「太陽?……おい、まさか」
「そのまさかでしょうね。メビウスさんがいた時点で気付くべきだったわ。
あなたもALOをプレイしていたのね……姉さん」
「うげっ」
「ええええええええええええええ」
ハチマンはのけぞり、キリトと総武高校組は驚きの声を上げた。
クライン達は事前に知っていたのか、魔法の威力には驚いたようだが、
登場した事自体には驚いていないようだった。
サクヤとアリシャとユージーンとリーファは、何故かフリーズしていた。
「さすがユキノちゃん、気付くのが早いね。まあ私が来たからにはもう安心よ」
ソレイユはそう言って、ハチマンにアイアンクローをされたまま、
ドヤ顔で胸を張ったのだった。