ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第111話 集結の日~ルグルーの悪夢~

「バッ……バケモノ……」

「うわああああ、逃げろ!」

「お前ら落ち着け、これはスプリガンの幻影魔法だ!

リーチが長くなっただけで、強くなった訳ではない!」

 

 カゲムネはさすが司令官だけあり、そのバケモノの正体を正確に看破し、

味方を落ち着かせようと懸命に努力していたが、

キリトの変身した【グリームアイズ】はジャンプして敵のド真ん中に着地し、

巨大な武器の一振りごとに、まとめて数人のプレイヤーを吹き飛ばし続けていたため、

直面したプレイヤーは冷静になる事など当然出来ず、

むしろ根源的な恐怖のためかその場で硬直し、何も出来ないままキリトに倒されていった。

 

「くそっ、くそっ、こんなはずでは……」

 

 カゲムネは歯軋りし、どうすればいいかを必死で考えていた。

こうなっては、出来るだけ損害を抑える事を考えるしかない、

カゲムネはそう思い、味方に逃げるように叫んだ。

 

「お前達、どっちの方向にでもいい、とにかく逃げろ、逃げてくれ!」

 

 それを聞いた敵の前衛陣は、ハッとしてルグルーの街方面に逃げようとした。

だがその前に、ユキノとリーファ、それにユイユイとイロハの四人が立ち塞がった。

 

「あら、私は死んで街に戻ってその愚かさを悔いなさいと言ったのよ。

私に約束を破るような真似をさせないでもらえるかしら。イロハさん、お願い」

「はいっ」

 

 その言葉と同時にイロハが火球を放った。着弾と同時に、混乱した敵に向かって、

リーファとユイユイが斬り込んでいった。

多少抵抗はあったが、フォーメーションの崩れた重戦士達はバタバタと倒れていき、

やがてあっけなく全滅した。

 

「こっちは片付いたわ。次はあなた達の番よ」

「おう、任せろ」

 

 ユキノがそう声を上げ、ハチマンがそれに答えた。

あたふたしていた敵の後衛達は、その声が自分達の背後から聞こえた為、慌てて振り向いた。

 

「よっ、やっと気付いたか」

「なっ……いつの間に……」

「さっきの煙幕の時に移動したんだが、気付かなかったんだな」

「くそっ、攻撃だ!あいつを攻撃して退路を開け!」

「そうはいかないんだなぁこれが」

 

 再び背後から声が聞こえ、振り向く間もなく魔導師達がバタバタと倒れた。

 

「んなっ……」

「おうコマチ、やるじゃないか。さすがは俺の妹だな」

「コマチこの戦いで最初全然活躍してなかったからね!

お兄ちゃんもキリト君と一緒に変身するかと思って最初は様子を見てたんだけど、

途中で詠唱をやめたのが見えたから手伝いに来たよ!」

「よく見てたな、すごいぞコマチ。俺もそのつもりでここまで来たんだが、

キリトがあの調子で大暴れしてるだろ?

俺まで変身したら明らかにオーバーキルだと思って、途中で魔法を使うのをやめたんだよ」

「お兄ちゃん、ナイス判断!」

 

 コマチは、まだ大暴れしているキリトにチラッと目を向けてそう言った。

 

「さて、あっちは片付いたみたいだし、こっちもさっさと片付けるか」

「うん!」

 

 前衛も魔導師も失い、誰も守る者のいなくなったヒーラー達は、

ヒーラーなりに戦えるとはいえ当然ただの木偶であり、

数瞬後に二人の手によってあっさりと全滅し、その場にはカゲムネだけが残された。

 

「何だよこれは……こんなの戦闘じゃない……」

「まあ色々と勉強になっただろ、次の機会に今回の教訓を生かせよ」

「お前らさえいなければ、十分時間稼ぎは出来たはずだ。お前ら二人さえいなければ……」

「実際いるんだから仕方がないだろ。さてどうする?このまま捕虜になるか?

まあその場合、ユキノ自らお前を尋問する事になると思うが」

「うっ……し、司令官が、おめおめとこのまま捕虜になるわけにはいかん!」

「……まさかユキノが怖いわけじゃないよな?」

「なっ……そ、そそそんな事はない!カゲムネ、いざ参る!」

「まあいいか、とりあえず捕虜になってもらうぜ……ってキリト!ストップストップ!」

 

 その瞬間にカゲムネの背後にキリトが降り立ち、カゲムネをその大きな口でくわえた。

 

「うっ、うわあああああああああああ」

「あちゃあ……」

 

 辺りにカゲムネの悲鳴が響き渡ったが、キリトはそのまま口を閉じ、カゲムネを咀嚼した。

 

「うわっ、キリト君グロ……」

「おいキリト……さすがの俺もそれにはちょっと引くわ……」

「どうやらあの状態のキリト君は、意識がはっきりとはしていないのかしら。

夢を見ているような状態なのかしらね」

 

 戦闘を終え、合流してきたユキノがそんな推測を述べた。

 

「おう、来たのか。お疲れさん」

「私達は大した事はしていないわ。二人とも本当に強いのね。正直驚いたわ」

「相手にとっちゃ、俺達の存在は完全に計算違いだっただろうな」

「ええ、特に今のキリト君は、あちらからしてみたら本当に悪夢そのものだったと思うわ」

「ははっ、違いない」

「しかし随分派手にやったものね。これ、いつ元の姿に戻るのかしら」

「敵対する者がいなくなったから、そろそろ元の姿に戻るんじゃないか。

MPもほとんど残ってないだろうしな」

 

 そのハチマンの言葉通り、キリトは徐々に小さくなり、元の姿に戻っていった。

 

「キリト君!」

 

 リーファが真っ先にキリトに駆け寄り、声をかけた。

 

「おう、リーファ。どうやら全部片付いたみたいだな」

「うん。まさかキリト君があんな姿になるなんてね。変身してる時ってどんな気分なの?」

「あ、それ私も気になる!」

「私も気になります!」

 

 イロハとユイユイも、興味深そうにそう尋ねた。

ユキノとコマチも、口には出さないが、興味津々そうな目でキリトを見ていた。

 

「あーそうだな、自分がとても大きくなった気がして、武器も大きくなったし、

とにかくまとめてぶっ飛ばそうと思って夢中で剣を振るったんだが、いやー爽快だったわ」

「お前、最後あのカゲムネって奴を食ってたぞ」

 

 ハチマンにそう言われたキリトは、きょとんとした後、

何かを思い出すようなそぶりをした。

 

「あ、あー、そう言えば、口の中に何か肉を食べたような感触というか、後味が……」

「うえええええええ」

「ちょっ、おま……」

 

 それを聞いた一同は、思わずズサーッと後退った。

 

「ん?どうしたんだ?」

「い、いや……まあ問題ない」

 

 ハチマンがまず立ち直り、キリトにそう声をかけた。続いてユキノが発言した。

 

「本当は彼は捕虜にしたかったのだけれど、まあ仕方ないわね」

「おっとすまん、変身中はちょっと意識が曖昧でさ」

「問題ないわ。とりあえずこの回廊を抜けて、外に出ましょう。

外で敵が待ち伏せている可能性もあるから、慎重にね」

 

 一同はそのユキノの指示通り、回廊を抜けて外に出た。

外にはサラマンダーの姿はまったく見えなかった為、

一同はそれぞれ適当な場所へと腰を下ろし、今後の事を相談する事にした。

 

「さてみんな、最初の関門は越えたわ。とりあえず休憩しながら話しましょう」

「まずは、残りのサラマンダーがどこにいるかだな」

「そうね……まあ二つに一つだと思うわ」

「同盟締結の場を襲っているか、あるいはアルンを目指しているか、か?」

「ええっ!?」

「まずいじゃないですか!急いでサクヤさんやアリシャさん達と合流しないと!」

「そうね、多分状況からいって、そっちが本線だと思って間違いないと思うわ」

「もう少し情報が欲しいところだが、そう言ってもいられないだろうな」

「あっ、ちょっと待って。レコンに聞いてみる」

 

 リーファは思い出したようにそう言うと、ウィンドウを操作し始めた。

 

「あれ……いない」

「メッセージとかも何も入ってないのか?さっきまでゲーム内にいたんだよな?」

「うん……」

「メッセージすら送れない状況のまま、ログアウトした可能性があるな」

「一体何が……私、ちょっとログアウトして直接聞いてくる。みんなはその間休んでて」

「それじゃリーファさん、申し訳ないけどお願いするわ」

「うん!すぐに戻るから待ってて!」

 

 リーファはそのまますぐにログアウトした。

ベッドの上で目を覚ましたリーファは、携帯を手にとり、すぐに履歴を確認した。

 

「うわ……何これ。やっぱり何かあったんだ」

 

 携帯の着信履歴には、レコンの本名がずらりと並んでいた。

リーファは急いでレコンに電話をかけたが、レコンはすぐに電話に出た。

 

「一体何があったの?」

「リーファちゃん無事だったんだね、良かった……実は、シグルドが裏切ったんだよ!」

「知ってるわよ。たった今サラマンダーの軍勢三十人ほどを返り討ちにしたところだもの。

幸い犠牲者ゼロで済んだから、本当に良かったわ」

「良かった……でもその数相手に犠牲者無しって、ちょっとびっくりだよ……」

「こっちにはユキノ達に加えて、今はあたしとキリト君とハチマン君がいるのよ。

そこまで驚くような事じゃないんじゃない?」

「リーファちゃんはそう言うけど、十分驚く事だって。感覚が麻痺してるんじゃない?」

「そう言われると確かに否定できないかも」

「それよりリーファちゃん、話はそれだけじゃないんだよ。

僕はずっと姿を隠してシグルドを尾行してたんだよ。そしたらあいつ、

一人になった時にこっそり街の外へ出て、サラマンダー達と密会してたんだよ!」

「信じたくはなかったけどやっぱりそうなんだ……」

「そこであいつは……同盟締結の時間と場所の情報を、サラマンダーに売ったんだ!

サラマンダーがグランドクエストをクリアするのを邪魔されないように、

そしてクリア後に、自分がサラマンダーに転生した時便宜を計ってもらえるように、

あいつは仲間を敵に売ったんだよ!」

「やっぱりユキノ達の推測通りなのね……くっ、シグルド、絶対に許さないわ」

「へっ、予想通り?」

 

 レコンはその返事が意外だったのか、間の抜けた声でそう言った。

 

「レコン、ずっとメッセージへの返信が無かったけど、

今あなたの体はゲーム内ではどうなっているの?」

「ごめん、実はシグルドが去った後、もうちょっとサラマンダーから情報を得ようとして、

しばらくその場に残ってたんだけど、うっかり音を立てて見つかっちゃって、

今は麻痺させられて、サラマンダーに捕まってる」

「そう、大変な目にあわせてしまってごめんねレコン。

でもこれで予想の裏付けがとれたわ。ありがとう!」

「僕、リーファちゃんの役にたてたのかな?」

「もちろんよレコン、これからも宜しくね!」

「うん!」

 

 レコンはその一言で、今までの苦労が全部報われた気がした。

ハチマンの思惑はともかく、レコンにとっては十分幸せであったといえよう。

 

「私達はこれからすぐにサクヤ達の下へ向かうわ。

そっちに助けには行けないけど、ごめんねレコン!」

「大丈夫、多分リーファちゃん達がサラマンダー達の思惑をぶっ潰してくれたら、

僕もその時点で解放されるか殺されるかすると思う。こっちは一人で大丈夫だから、

リーファちゃん達は、サクヤさん達の事をお願い!」

「任せといて!それじゃ行ってくる!」

「うん!僕も今からインしてみるよ!」

 

 二人はそこで通話を終え、再びゲームへとログインした。

レコンがログインすると、既に敵はどこにもいなかった。

実は少し前に、ハチマン達に全滅させられた部隊からの連絡を受け、

レコンを捕まえていたチームは既にその場から撤退していたのだった。

自由の身になったレコンは、今シグルドがいるであろう、領主の館の方をキッと見上げ、

決意を秘めた表情で、そちらへ向かって歩き始めた。


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