ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

103 / 1227
第102話 リーファの危機

「はぁ、とんでもないものを見てしまった……」

 

 直葉は病院を出ると、真っ直ぐ駅へと向かった。先ほどの光景が目に焼きついて離れない。

 

(いつか私もお兄ちゃんとあんな風に……いやいや無理無理っ。

ああいうのは私にはまだハードルが高すぎる)

 

 直葉は顔を赤くしたまま駅に着くと、電車を乗り継いで自宅へと戻った。

その間の事はあまり覚えていない。それほどまでに病院での出来事は、直葉には衝撃だった。

自宅に着くと直葉は真っ直ぐ自分の部屋に向かい、ベッドに倒れこんだ。

 

「やっと落ち着けた……まさかあんな場面に遭遇するなんて、びっくりしたな……

お兄ちゃんの言う通り、本当にもてる人なんだな、あの人」

 

 家に着いた事で、なんとか落ち着く事に成功した直葉だったが、

そうなると逆に思い出されるのは、兄のなんともいえない表情についてだった。

 

「それにしてもお兄ちゃん、一度も見た事が無い表情をしてたな……それにあのセリフ……

リズって人の事が好きなのかな……私はどうすればいいんだろ」

 

 直葉は先ほどの事を思い出し、あれこれ色々と考えていたが、考えは纏まらなかった。

いつの間にか辺りはすっかり暗くなっていた。

母から夕食に呼ばれた直葉はその事に気付き、慌てて下へと下りていき、食事をとった。

 

(今日はユキノからの依頼があるんだから、切り替えよう)

 

 食事をとってすっかり落ち着いた直葉は、ささっと入浴を済ませた後自室に戻り、

予定時間より少し遅れてしまったが、ALOにログインした。

 

「ちょっと遅れちゃったかな、急がないとまずいかも」

「あっ、リーファちゃ~ん」

「レコン、やっほー」

 

 そんなリーファを目ざとく見つけたレコンが手を振りながら近付いてきたので、

リーファはレコンに軽く挨拶を返した。

レコンはリアルでの同級生であり、ALOを始めた時からの長い付き合いの友達だった。

 

「リーファちゃん、今日はどうする?シグルド達と一緒に狩りにでも行く?」

「あー……」

 

 一瞬レコンに依頼の手伝いを頼もうかと思ったリーファは、

ユキノの依頼が訳ありのようだった事を思い出し、レコンを誘うのをやめた。

 

「ごめん、今日はちょっと約束があるんだよね」

「そっかぁ残念。それじゃまた今度ね、リーファちゃん!」

「うん、またねレコン」

 

 リーファはレコンと別れ、待ち合わせ場所に指定した森へと向けて飛び立っていった。

しばらくは何事もなく平穏無事に進む事が出来たリーファであったが、

目的地に近付くにつれ、何かおかしい事に気が付いた。

妙にパーティ単位で動いているサラマンダーが多いのだ。

 

(いつもこんな場所にはプレイヤーはほとんどいないのに、

今日は何故かサラマンダーのパーティによく遭遇する……何かあるのかしら)

 

 リーファは漠然とした不安を感じたが、理由についてはまったく分からなかった。

 

(どうしよう……ハチマン君とキリト君だっけな、スキルは高いけど素人だって話だし、

もしパーティ単位で襲われでもしてたらまずいよね……よしっ)

 

 リーファは覚悟を決め、飛ぶスピードを上げた。もちろん注意は怠ってはいない。

これでもリーファは、シルフの五傑と言われるほどの実力を持つ魔法剣士なのだ。

しばらく慎重に、かつ出来るだけ速く飛んでいたリーファであったが、

その甲斐あってか、無事に目的の木を視認する事が出来た。

だが、その事で多少気が緩んでしまった事は誰にも責められないだろう。

リーファは、自分の姿が敵の斥候に発見された事に気が付かなかった。

そして目的地に到着した瞬間に、リーファは敵の奇襲を受けた。

 

「……っち、しまった、見つかってたのか」

 

 リーファはその奇襲で、少なからずダメージを受けてしまった。

そんなリーファに、相手が声をかけてきた。

 

「こんな所にシルフの五傑が一人でいるとはね、これはとんだラッキーだな」

「あなた、私の事を知ってるのね。それならわかるでしょ?

私は六対一でもそう簡単にはやられないわよ」

 

 そう言いつつもリーファは、ユキノからの依頼が達成出来ないかもしれないと思い、

焦りを感じていた。だがここはやるしかない。そう思いリーファは、迎撃体制をとった。

 

「さすがに強気だな、六対一だが手は抜いたりしない。ここで仕留めさせてもらうぜ」

 

 そう言いながら男達は、一斉にリーファに襲い掛かった。

リーファも何とか抵抗していたが、多勢に無勢な事もあり、徐々に劣勢に立たされていた。

 

(ごめんユキノ、依頼が果たせないかもしれない。でも必ず何人かは道連れにしてみせる)

 

 そう覚悟を決めたリーファであったが、その瞬間リーファと敵の間に、

どこから現れたのか、プレイヤーが高速で飛来し、降り立った。

そのプレイヤーは、開口一番にこう言った。

 

「女の子一人に男が六人がかりとか、ちょっと格好悪くないか?」

「ちっ、もう一人いたのか……ってその格好、もしかしてニュービーか?これはお笑いだな。

初期装備の奴にそんな事を言われるとはな。バカかお前。

こちらから見れば、獲物が増えてラッキーってだけなんだけどな」

 

 そう言って男達は下卑た笑い方をした。だがリーファは別の事に思い当たったようだ。

 

「あなた……もしかしてユキノが言ってた人?」

 

 その問いを受け、キリトはリーファの方に振り向いた。

リーファはキリトの顔を見た瞬間、何故かドキッとした自分に気が付いた。

 

「やっぱりリーファさんだったか。俺はキリト、以後宜しくな。

俺達の依頼のせいで危険な目にあわせてごめんな」

「い、いえ、こちらも助かったわ。それじゃあ二人で協力して戦いましょう」

「いや、ここは俺達に任せてくれていいぞ。リーファさんは自分の回復に専念しててくれ」

「えっ?」

 

 リーファは、スキルこそ高いのかもしれないが、

明らかに初期装備のキリトにそう言われて困惑した。

何か自信があるのかもしれないが、戦闘はそんなに甘いものではない。

リーファは自分も戦うと主張しようとしたが、その瞬間に敵が襲い掛かってきた。

 

「キリト君後ろ!六人同時に襲ってくるわ!」

「ん?六人もいないだろ?」

「え?」

 

 そのキリトの言葉と同時に後方にいた敵のプレイヤーが二人、

エフェクトと共に消滅し炎の形となった。この炎はリメインライトと呼ばれるものだ。

プレイヤーは死ぬと、一分間この炎の形をとる事になる。

その間に蘇生を受ける事が出来れば、ペナルティも無くその場で復活する事が可能だが、

そうでない場合一分後に、ペナルティを受けた上で自分たちの領都へと飛ばされる事になる。

つまりこの表示が現れたという事は、敵が一瞬で二人倒されたという事に他ならない。

その事実を理解したリーファは、驚いてキリトに尋ねた。

 

「え……キリト君、今のは何?」

「俺達が二人組だってのは聞いてるだろ?」

「それじゃあ今のは……もしかしてハチマン君が?」

 

 男達も、突然の出来事に狼狽していた。

 

「何だよ今の」

「何で二人もやられてるんだよ!」

「さあ何だろうな。それより自分達の事を心配しなくてもいいのか?」

「くそっ、やるぞ!」

 

 キリトのその言葉で我に返った男達は、改めてキリトに向かって襲い掛かろうとした。

その瞬間にキリトの姿が消え、男達は再び狼狽した。

 

「なっ……どこだ!?」

「遅い」

 

 キリトの声が後ろから聞こえ、次の瞬間更に二人の男が炎となった。

 

「な……何なんだよお前は」

「お前らは、だぞ」

 

 そう言った男の背後にいつの間にか立っていたハチマンが、そう声をかけた。

慌てて振り向いた男は、ハチマンの姿を見る事なくそのまま炎となった。

残された男は、何が起こったのかまだ理解出来ていないようだった。

 

「何だよこれ……お前らニュービーじゃないのかよ!」

「さあな、世の中には不思議な事が沢山あるんだろ」

「さて、残るはお前一人だ。覚悟は決まったか?」

「くそっ、覚えてろ!」

 

 男は捨てセリフを吐き、その場から逃げようとした。

それを追おうとしたキリトを、ハチマンが制した。

 

「おいハチマン、あいつ逃げちまうぞ」

「まあ待てキリト。どうやらリーファさんも、あいつに仕返しをしたいみたいだぜ」

「お?おお、やるなぁリーファさん、いつの間に」

 

 ハチマンの言葉通り、いつの間にかリーファが相手の後ろに回りこんでいた。

 

「散々いたぶってくれたお礼はきっちりと自分の手でしないとね」

「くそおおおおお」

 

 そう言ってリーファは鋭い太刀筋で剣を振るい、最後に残された男も爆散した。

キリトは拍手をし、ハチマンはヒュ~、と口笛を吹いた。

こうして三人は、無事に合流を果たしたのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。